5 翡翠の館
「おお……」
ひねりのない驚きの声が俺の口を突いて出る。
馬車を降りた先にあったのは貴族が住んでいそうな巨大な邸宅だ。
白の塔を背景にした、淡い緑の壁面がよく映えている。
巷では翡翠宮と称される建物である。
「我がギルド『星風の団』のギルド本部だ。ようこそと言わせてくれ」
俺の後から降りてきたトルネライトが誇らしげに言った。
「そこらの貴族よりよっぽど豪邸だな。俺なんて安宿の屋根裏が活動拠点なんだが」
世辞のひとつでも言うのが筋だと口を開いてみたが、自虐がかえって陰気な空気を作ってしまった。
ハッハッハ、とそんな空気を一撃で吹っ飛ばす笑い声をトルネライトは腹の底から響かせている。
「何を言う。今日から君の拠点でもあるのだぞ、ハルト」
「そのへんがよくわからないんだが。何がどう転べば、へなちょこCラン冒険者をギルドに引き入れようと思うんだ?」
突然の連行にめちゃくちゃ面食らいつつ、移動中の車内で人違いでないことは確認済み。
このトップランカー様は本気で俺をギルドに加えようと画策中らしい。
意味がわからん。
最高級ワインの樽に泥を入れるがごとき愚行よ。
実は馬鹿なのか?
「詳しい話は中でゆるりといこうではないか」
王様のような足取りで館に入っていくトルネライトに、俺は流されるままついていく。
翡翠宮の中も、それはもうリッチな雰囲気だった。
Sランク冒険者ギルド『星風の団』は、4つあるトップギルドの中でもバリバリのガチ勢で知られている。
現在は塔攻略の最前線――第6層を攻略中のはず。
5つのパーティーからなるギルドで、所属する全員が名持ちの冒険者。
俺もネームドと言えばネームドだが、無論、彼らが持っている名は蔑称などではない。
「みんな強そう……」
すれ違う面々を見ながら、またしても俺はひねりのない感想を述べる。
いやホント、うっかり肩でもぶつけた日には即死するんじゃないかってレベルの猛者たちがゴロゴロしている。
モンスターハウスって感じ。
ますます俺が招かれる意味がわからん。
食われるのか、俺……。
「わぁーっ! トラッシュハルトさんっ!」
天使が馬鹿長い廊下の向こうから駆けてくる。
白い子犬のような愛くるしさを振りまきながら、だ。
彼女はシエことシエロマリア。
俺を見て、わぁーっ、なんて言ってくれる、おそらくは世界唯一の人だ。
ありがたい。
というのはさておき、なぜシエがここに?
「トラッシュハルトさん! 来てくださって本当に嬉しいですっ!」
キュキュキューッと急制動をかけたシエがフローラルな香りを俺にぶつけて止まる。
来たというか、連行された感じなわけだが。
「帰ったぞ、シエ」
「おかえりなさい、トルネ姉さん!」
「……姉さん?」
なるほど。
そういえば、シエはフーヴェントという姓を名乗っていた。
トルネライトも同姓だ。
二人は姉妹だったわけだ。
その割には似ていないが。
「トルネ姉さん、トラッシュハルトさんはすっごくかっこよかったんですよ! わたしのこと、助けてくれてっ! 白馬の王子様みたいだったんです!」
「シエ、その話はもう耳にタコができるほど聞いたぞ」
「じゃあ、もっと聞いてくださいっ! トラッシュハルトさんは本当にすごい人なんですから!」
「そうか。なら、もう一度聞いておこうか」
「はいっ! あれは、わたしが1階層の――」
俺が唐辛子テイストのシャボン玉でコボルトをいじめた話が、強大なドラゴンと三日三晩戦った勇者の武勇伝並みに壮大な語り口で紡がれた。
やんややんやする美少女姉妹の背中を見つめながら長廊下を進む俺。
居心地?
悪いね、だいぶ。
「シエが俺をべた褒めして、それを真に受けたお姉様が俺をスカウトに来た。って感じであってるか?」
俺は隣を歩く眼鏡の青年に尋ねた。
神経質そうな人で、たぶん俺にいい印象を持っていない。
馬車の中でもずっと俺を睨んでいた。
「僕は貴様が嫌いだ」
ほらな。
面と向かってそう言われた。
「だが、歓迎しよう。貴様が団長の客人だからだ」
トルネライトの後ろ姿を見つめる眼鏡氏は、恋する乙女じみた恍惚の笑みをにじませている。
きっと彼は団長に近づく男は全員嫌いなのだろう。
「安心してくれ。誘いは断ってすぐ帰るから」
「なんだと? 殺すぞ、貴様!」
「……へ?」
「団長の誘いを断る奴は僕がゆるさない。十分に苦しめてから殺してやる!」
「……俺にどうしろと!?」
「僕は貴様が嫌いだ。入団には断固反対だ。でも、敬愛する団長の判断が間違っているはずがない。よって、貴様は『星風の団』に入らねばならない。よって、僕は貴様を歓迎する。糞がァ」
眼鏡氏は俺と握手……いや、俺の手を握り潰した後、ローブで手を拭った。
「……ああ、僕としたことが名乗り遅れたな」
眼鏡をちゃきりと鳴らし、
「僕はガーファス・ズィーベンレンズ。『七星』のガーファスと言えば通りがいいだろうか」
「……っ」
通りがいいなんてものじゃない。
『七星』のガーファスといえば、7つの属性魔法を完璧に操るという超絶技巧の持ち主で超有名だ。
いずれはSランカーも確実と言われる、『星風の団』の副団長様。
「何度でも言おう。僕は君が嫌いだ!」
俺、すごいな。
わけもわからないまま入団させられそうになっているギルドの、その副団長様に入団前から超絶嫌われているんだが。
どういう状況だコレ……。
「さあ、ついたぞ。ここで話そうじゃないか」
最上階の一番立派な扉の前でトルネライトは足を止めた。
「ちゃんと生きて出られる部屋なんだろうな」
第2層のほうがリラックスできそうとか思いながら、俺は一歩を踏み出した。




