44 殊勲賞と猜疑心
「誇れ、ハルトよ」
まだ寝起き加減の抜けない俺に、団長様より謎の命令が下された。
とりあえず、首をかしげておく。
コキッと音がした。
「おい、貴様! 団長が誇れとおおせだ! 早くドヤ顔で大爆笑しろ! だが、やったら殺す! よし、やれ! 早くしろ貴様!」
「うるせえな眼鏡。で、何を誇るんです?」
「おいおい、忘れたとは言わせないぞ、ハルト。君の殊勲賞ではないか」
殊勲賞……つまり、大金星。
ジャイアント・キリングか。
影龍の姿が見えない件と結びつき、俺は鼻の穴を広げた。
「動けるようなら来たまえ。百聞は一見に如かずだ」
「おい、貴様! 動けずとも来い! 団長がお呼びだ! 首だけになっても僕なら行く! 貴様もそうしろ! 殺すぞ!」
ということなので、まだフラつく中、シエに甲斐甲斐しく体を支えてもらいながら俺は立ち上がった。
この松葉杖、なにぶん非力ゆえ、うぅぅーんん、と可愛くうなっている。
たまらん。
あえて、のしかかって困らせてみたくなる。
俺は悪い奴だ。
戦災にも似た爪痕が残る、中央神殿・護岸部。
湖面を見下ろした俺は、あおん? と鳴いた。
「……影龍?」
かどうか、イマイチ判然としないものが水面にたゆたっている。
捨てられた絵の具みたいとでも言えばよいか。
影龍の配色に酷似した汚泥のようなものが浮かんでいて、刻一刻と溶けているようだった。
「統率者たる核を失った水魔のなれ果てだ。タコのほうも似たようなものだ」
トルネライトが滅びた古代都市でも眺めるふうに言う。
「君の右腕から放たれた光の奔流が影龍の核を粉々に打ち砕き、天井に大穴をあけたのだ」
「あー、それ、半分夢だと思っていました」
現実だったか。
俺は右手をグッパーしてみた。
反動がまだ確かに骨肉に残っている。
それでも信じられない。
まさか、俺のスキル《スキルコレクト/神与収集》にあんな隠し能力があったとは。
しかも、その威力たるや階層主さえも一撃で屠るほど。
生まれて初めて鏡を見て、自分が怪物であることを知った、みたいな衝撃よ。
「おい、貴様! どういうことだ? 説明しろ」
インテリ顔のガーファスにこそ解説役は似合いそうだが、俺は頭の中でなんとか理屈を組み立てた。
「スキルを5つほどまとめて使うと、腕が熱を持つことがあるのは知っていたんだ」
だから、自分の中で5を上限にしていた。
火傷が怖いからな。
「でも、俺は同時に100個すべてのスキルを行使することもできる。切羽詰まってとっさにやったのがソレだった。結果がコレ。たとえるなら、アレだな」
思いっきりイキむとデカいオナラが出る、みたいな。
と言おうとして、さすがに品性を疑われるのでやめた。
「なるほど。アレか……」
トルネライトはすべてを察しているようだった。
やだ、恥ずかしい。
「討伐成功……ですか」
まだ夢の中にいるような、フワフワしたものを感じる。
階層主の討伐。
冒険者にとって最大の誉れだ。
これといって感慨の念も湧いてこないのは、実感に乏しすぎるからだろう。
勝どきをあげる至福の瞬間に居眠りするヘマもやらかしてしまったし。
「いずれにしてもハルト、討伐がかなったのは君のおかげだ」
トルネライトが俺に手を差し出した。
「よくやってくれたな」
なんとも照れ臭い。
みんなの奮闘があったから成し遂げられたことです、と謙遜ではなく事実を述べつつ、俺は手を握り返した。
「そうなんですっ! みんなみんなすごいんです! でも、トラッシュハルトさんが一番すっごいです! とっても素敵ですっ!」
「おい、貴様! あまり調子に乗るなよ! 僕の活躍がなければ――」
ふと、思った。
トルネライトはどこまで見えていたのだろう、と。
『面白いものも見られそうだしな』
影龍との交戦前、彼女はそう言ったのだ。
「面白いもの」とは、十中八九《スキル・バースト/百神与砲》のことだろう。
だとしたら、トルネライトは俺が血反吐を吐いて死にかけることを前もって知っていたことにならないか?
シエが治すところまで見通していたのだろうか。
自分の腹に風穴があいた件もだ。
どうせ治るからと高を括っていた節があるように思う。
最後はハッピーエンドで丸く収まる――。
それを読み切ったうえで、甘んじて痛みを受け入れたのだろうか。
終わりよければ、すべてよし。
……大局を見ればそうかもしれない。
だが、死にかけた俺としては思うところがある。
「……」
トルネライトの言葉と言えば、だ。
『この一戦、一人の脱落者もなく、我々の完全勝利に終わる。そう告げているのだ。私の直感が』
あの勝利宣言についても、俺は飲み下せていない。
まだ小骨みたいに引っかかったままだ。
頭に浮かぶのは、『コバンザメ』のチューが見せた最期の顔。
仲間ともども悲鳴すら上げる間もなく消し飛んだ……。
たしかに、『星風の団』は誰も死ななかった。
脱落者ゼロと言われればそうだった。
でも、少し薄情すぎやしないだろうか。
脱落者の中に最初からチューたちを含めていないなんて。
便乗商法とはいえ、同じ人間、同じ冒険者だ。
それを物の数にすら入れていないのは、どーよって感じだ。
それこそ、トルネライトなら彼らの死すら見通せたはず。
知っていて止めなかったのだとしたら、それは、もはや……。
『Sランクスキル持ちはみな、何かが欠如していると聞く。さて、君は何が欠けているんだろうね』
これもトルネライトの言葉だ。
Sランクスキルの持ち主は何かが欠けている。
俺にその自覚はないが、彼女はどうだろう?
自分の何が欠けていると思っているのだろう。
完璧に見えるトルネライトの真円にも、どこかに欠落があるのだろうか。
あるとしたら、それは――
「……」
俺は頭を振った。
浮かんでくる黒いモヤモヤを振り払う。
やめよう。
俺は彼女のスキルについて、ろくに知らない。
万能なんてことはないだろうし、限られたリソースを団員のためにすべて費やし、飛び入り参加したチューたちの分までフォローしてやる余裕はなかったのかもしれない。
疑うほうが馬鹿だな。
「どうかしたかね、ハルト」
トルネライトは笑顔だった。
俺はその顔にしばし釘付けとなり、ガーファスに睨まれて目をそらす。
「?」
そのとき、不意に違和感を覚えた。
景色がどこかおかしい。
水没都市という割に水面から顔を出している建物が多すぎる気がする。
水面も遠いような……。
「もしかして、水位が下がってます?」
「うむ。あれを討伐した直後からな。潮が引くように刻々と下がっている」
「この階層は、階層主を倒して初めて解放される仕様だったんですね」
「またすぐにでも、この地に戻ってこなくてはならんな」
「お宝いっぱい沈んでそうですからね」
当面、第4層の湖底探索が冒険者たちのトレンドになるだろう。
俺も水場に強いスキルを集めておかないと。
「おい、貴様!」
トルネライトが酒宴の輪に向かうと、ガーファスだけ引き返してきた。
「なんだ? 誰か殺すのか?」
と俺は肩をすくめる。
「いや、殺さない。ただ、その、なんだ。アレだな。そのなんというか……」
「ガーファスさんはトラッシュハルトさんにお礼を言いたいんですよねっ?」
言いよどむ眼鏡に天使が手を差し伸べた。
「まあ、なんというか、その通りだ……。僕は貴様が大っ嫌いだ。だが、貴様のおかげで階層主を討伐できた。団長のお命も助かった」
ちょこっ。
ガーファスはほんの少しだけ頭を下げた。
「この僕が礼を言ってやる。トラッシュハルト」
悔しさと照れ臭さが渾然一体としたようなムニムニした表情である。
俺は苦笑した。
「みんなで討伐したんだ。一人欠けても失敗に終わっていたと思う。俺はいいとこどりしただけのラッキーボーイだな。礼なんていらん」
それにしても、
「初めて名前で呼ばれたな」
「おい、貴様! 野郎に名で呼ばれて嬉しいのか、貴様は!」
「全然嬉しくねえよ。特に殺す殺す言う陰険眼鏡にはな」
「なんだと? この僕に名を呼ばれて嬉しくないなんて失礼だろ! 殺すぞ貴様!」
「お二人は仲がいいですねっ!」
「お目目、大丈夫かシエ……」
「僕のお古でよければ眼鏡を貸すが?」
「ほらっ! 息ぴったりです!」
およそ受け入れがたい指摘だが、無邪気にぴょんぴょんして嬉しそうに笑うシエを見ていると、こっちまでニッコニコだ。
「さあ、諸君! 宝物殿を拝みに行こうではないか!」
トルネライトがひとつ手を打って喜色をにじませた。
「宝の山を前にした暁には、私もヒャッハーと叫ばせてもらおう!」
「おい、貴様ら! とっとと立てェ! 団長がヒャッハーする珍重なる機会を僕は早くみたい! 目に焼き付けたい! 早くしろカスども! ぶち殺すぞ!」
光る魚が水面下を慌ただしく乱舞している。
それが俺には、我々の勝利を祝福する光の祭典に見えていた。




