43 夢か現か
後頭部に至福の感触がある。
天の花園に寝転んでいるような気分だった。
後頭部だけだがな。
そのほかのすべてがバッド・コンディション。
背中は硬くて冷たく泥っぽい感触に支配されており、全身漏れなくぐっしょりしている。
なんだ、この局所的天国は。
鉛を吊るしたみたいに重いまぶたを持ち上げると、そこには天使がいた。
濡れた空色の瞳が尊い水滴を俺の頬に落としてくる。
局所的ヘブンの出どころがわかった。
天使の膝枕だ。
生前、どんな善行を積めば、こんなご褒美を受けられるんだ?
「トラッシュハルトさああああんん……!!」
うわああああんん、と抱き着かれ、ご褒美が拡充された。
それはそうと、俺のロー気味だった頭の回転も足し算ができるくらいにはハイになってきた。
「シエ……」
と天使の名を呼ぶ。
真っ白な頭をなでたところで、自分の右腕の先に右手がついていることに気がついた。
炭みたいに崩れ落ちた記憶がある。
あれは夢か?
それとも、これが夢なのか?
足し算できる程度じゃわからんな。
「起きたか、ハルト」
泣きじゃくる天使の向こうから魅惑の女神みたいなクールビューティーが現れた。
どう魅惑的なのかというと、服の脇腹部分がない。
でかい狼に服を噛みちぎられたみたいなファッション。
くびれた腰と鼠径部のライン、パールのような柔肌が剥き出しで、おまけに、角度的に下乳まで――
「ブッ!?」
突然、俺の顔に臭せえ靴裏がめり込んだ。
「おい、貴様! いやらしい顔で団長を見上げやがって貴様! 殺すぞ貴様貴様!」
ガーファスだった。
レンズの奥の目が少し赤い。
人の顔を蹴るのはどうかと思うが、蹴り方には若干の容赦がある気がした。
ちなみに、女神のほうはトルネライトだ。
「ここは天国ですか? みんな死にました?」
だいぶ遅ればせながら、俺はボス戦の真っ最中だったことを思い出した。
戦闘中の張り詰めた空気はない。
むしろ、弛緩している気がする。
向こうのほうではデッガードナーがサケフキにキスし、オクトパ酒を直飲みしている。
2頭身化したギンジェロウはすでに出来上がって泣き上戸の無様をさらし、グノンとガンヴァーナはヨーヨーキーキーやっている。
ギガンポスはトマトの木から鈴なりのトマトをもいでは頬張っていた。
すべてが終わった後の、打ち上げの雰囲気。
どうなって、こうなった?
「まだ困惑しているようだな。さもありなん」
トルネライトはガーファスのローブを羽織りつつ、イケメンな微笑みを浮かべている。
「討伐隊に欠けはない。私も君も五体満足で元気満々だ。我らの天使が頑張ってくれたのでな」
ああ……、と思い出す。
『死なせません! トルネ姉さんも! トラッシュハルトさんも! わたしが絶対に!』
天使がそう言っていた。
あれはシエだったわけね。
「詠唱もなしに、あれほどの治癒魔法を行使するなど、我が妹ながら驚愕を禁じえぬ。比喩などではなく、私は女神の降臨を見た」
「俺には天使に見えましたね」
女神ってほど顔にも体型にも年齢は刻んでいないのだ、うちのシエは。
でも、なるほど。
それでトルネライトは失った脇腹を取り戻し、俺の右手もトカゲの尻尾みたいに生え変わったわけか。
その規模の治癒魔法は相当高度なものだと思う。
おそらくは聖女級。
魔法は術者の性格や心の昂りを反映しやすい。
姉は致命傷。
そのうえ、自分をかばったパーティーリーダーが全身の穴と言う穴から大出血し、腕は炭化してボロリ。
感情のフラッドが天上の奇跡を顕現させたとしても、おかしくはないわけだ。
もちろん、シエの並外れた資質があったればこその御技だが。
「シエが助けてくれたんだな。ありがとう」
俺は自分に覆いかぶさる小さな体をおニューの手でなでた。
ぶるんぶるん、とシエは白い髪を振り乱す。
「助けていただいたのはわたしですっ! ごめんなさい。わたしのせいで……」
「パーティーメンバーにごめんは不要だ。ありがとうでいいんだ」
「はいっ!」
涙をゴシゴシ拭いて、シエは天使の笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございますっ! またトラッシュハルトさんに助けられちゃいました!」
「また助けちゃいました」
俺たちはしばし安堵の笑みを交わし合った。
ガーファスもケッ、って感じで鼻を鳴らしていた。
あの……。
ところで、影龍どこ?




