40 決断
「全員、無事か! 返事をしろ!」
張り詰めた団長の声。
どこか遠くに聞こえるのは耳に水が入っているからだ。
「こっちはなんとか……」
と返しながら、俺は前髪からバジャアア、と氷水を垂らした。
体を起こして、思わず身震い。
でも、身震いできるってことは体があるってことで、それだけで御の字だ。
背負っていた背嚢がえぐられているが、体は無傷。
「拙者も無事でござる」
ギンジェロウは2頭身になって難を逃れたらしい。
「あ、あたしも……」
グノンはジャンプして大股を広げていたのが見えた。
あの水流ブレスを跳んで避けるとは大したモンキーだ。
「ヴぉ……」
ギガンポスが悲痛なうめきを上げた。
巨大な手の中で、誰かがうずくまっている。
「デッガぁドナぁ、おらを守っだだ。ヴぉ、守っでぶっ飛んだだヴぉ……」
デカすぎるギガンポスでは、伏せても水流ブレスを避けきれない。
デッガードナーがとっさに大盾が張ったらしい。
「ガ、ハハ……。不覚……」
とギンジェロウみたいなことを言っている。
とりあえず、生きてはいるらしい。
「わ、わたしが治癒します……!」
ばしゃばしゃとシエが駆けていった。
チューします、に聞こえて、死ぬかと思ったのは今どうでもいいな。
「ミーもDO肝が潰れたYO……。癒やしてチョンマゲ」
「おい、貴様! そうだな! 僕もさすがに冷凍レバーだ! ――団長! 団長のおかげで命拾いしました! さすが団長! Myゴッド!」
肝臓が潰れるか冷えるかしている奴らばかりだが、とりあえず、全員息はあるらしい。
「ハルト」
トルネライトが俺の肩にポンと手を置く。
鷹のような目がボス部屋を一周していた。
神殿を支えるすべての円柱に切れ目が入っている。
崩れ落ちなかったのは、ちょうどダルマ落としの要領でぶった斬られたからだ。
「どうやら君の考察通りらしい。外の影龍こそ我らが真に屠るべき敵だ」
「ですね。そのうえ、たぶん、タコ助の比じゃないレベルの強さしてますよ。なんせ、神殿まるごと輪切りですしお寿司」
寿司と言えば、だ。
以前、《ちょっと板前っぽくなれるスキル》でギンジェロウに寿司を握ってやったとき、面白い話を聞いた。
「名人級のサムライに斬られると、斬られたことに気づかないらしいですよ。しばらくしてから、ブシャアアアアと血を噴いて倒れるそうです」
「そうか。――ふむ」
俺たちは自分の体をぺたぺた触って確認した。
大丈夫そう。
切れ目とかはない。
もっとも、神殿のほうは遅れて崩れるかもしれないが。
さて、こっからは真面目な話だ。
「外にいる影龍も実は遠隔操作された分体でしたって可能性、ありますかね?」
神はなんて言ってます?
「いや、あれが本体で間違いなかろう。この桁外れの威力がなによりの証拠だ」
トルネライトは切れ目から外を覗いて言った。
暗い湖面を遊泳する巨大な影が見えている。
「団長、ご決断を」
ガーファスが眼鏡をチャキと鳴らした。
決断。
すなわち、討伐作戦続行か、無念の撤退か。
「打って出る。影龍を叩くぞ」
トルネライトの横顔は剣のように真っ直ぐだった。
それでこそ団長です、おい貴様、団長のご英断を万雷の拍手で称えろ、殺すぞ、と眼鏡が掴みかかってくる。
うるせえな。
しかし、続行か。
湖を泳ぎ回る影龍を討つ手立てがあるのだろうか。
「核の場所さえわかれば、私が斬る」
まるで俺の心を透かし見たようにトルネライトは雄笑した。
「だが、私だけではダメだ。核の場所を探し当てるにはハルト、君のスキルが必要だ」
「もちろん、勇躍させてもらいますよ」
「……そうでなくッちゃあな!」
デッガードナーが半身を起こして大盾を引き寄せた。
それをギガンポスに押し付け、
「こいッつを持って行けやあ。ガッハッハ、オレの代わりにしっかり仲間を守れよお!」
「ヴぉ! ヴぉ!」
でっかい頭が力強く頷く。
ギガンポスのデカさはそれだけで心強い。
主に俺を守るために、ぜひ頑張ってほしい。
本体のブレスで両断の憂き目に遭った分体タコが山のような巨体を持ち上げた。
そういえば、こいつもいるんだったか。
「オクトパスはミーが引き受けるYO!」
いつの間にか、俺の背後に立っていたガンヴァーナが二本指を立ててニンニン言っている。
機動力のあるガンヴァーナなら、触手をかわしつつタコを引き付けることができるだろう。
三次元の機動力ならウチにも優秀なのがいる。
「グノンも残れ」
「いいわよッ!」
てっきり核のある本体のほうを叩きたがるかと思ったが、グノンはやる気満々の顔で棍棒をぐるぐる回している。
「あのタコ、殴った気がしないのよね!」
「そりゃ水袋だしな」
「だから、気がすむまでボコるわ! なぜなら、あたしがそういう気分だからよッ!」
そうかい。
好き放題やっちゃってくれ。
「キンモー、シクヨロだYO!」
「あたしはキモくないわよッ!」
「モンキーって意味だYO……」
「あたしはモンキーじゃないわ! バナナよ!」
「Oh……」
グノンはかつて、ガンヴァーナのいた次席パーティーに所属していた。
そのときはうまくいかなかったようだが、今の彼女は成長している。
「任せたぞ、グノン!」
「フン! 任されてやるわよッ!」
二人は人間離れした機動力でタコに向かって行った。
「僕が持て余したグノンを貴様ごときが使いこなすとはな。もう死ね」
ガーファスが蹴ってくる。
彼なりの最大限の称賛だと受け取ろう。
「団長、僕も団長と本体を叩きます。もう魔力が底をついていますが、肉の盾でも投石でもなんでもやって団長のお役に立ってみせます」
「いや、君はここに残れ。ガーファス」
「いいえ、残りません! 団長のいらっしゃる場所こそ、僕のポジションです!」
「しかし……」
「今回ばかりは下がりません! 最後までおともします!」
イエス・マムしか言わないイエスマンのガーファスが珍しく食い下がった。
頭にあるのは豚貴族ベギアード中爵のブヒリ顔だろう。
「いや……。だが」
トルネライトも珍しく長考しているようだった。
そして、……ハッとする。
俺を見て、また長考。
「……」
神は彼女に一体どんな啓示をもたらしているのだろう。
想像もできなかった。
「団長! お願いします!」
「……うむ。まあ、いいだろう。面白いものも見られそうだしな」
トルネライトの神妙な笑みは俺に向けられていた。
俺なんて、だいたいいつも面白いだろう。
滑稽という意味なら。
「拙者も打って出るでござる!」
おそらく第4層において最強の前衛、ギンジェロウも名乗りを上げた。
これはガチに心強い。
しかし、ベストメンバーとは言い難い。
ベストコンディションでもない。
『七星』のガーファスは魔力切れ。
空のワインボトルくらいの火力しかない。
守りの要、デッガードナーは治療中。
ヒーラーのシエはそれに付きっ切り。
機動力要員2人はタコ助の対処に割かれ、無傷の俺は稀代のポンコツ。
頼みの綱はトルネライトとギンジェロウのみ。
後衛不在の前衛2人で外のデカブツを討つとなると、骨が折れそうだな。
「ヴぉ!」
巨大な顔がだいぶ高いところで鼻息を荒げている。
そうだった。
ギガンポスもいたな。
こんなデカイ奴を勘定に入れ忘れるとか、俺の視野もだいぶ狭まっているらしい。
いちおう、頭脳担当らしいから、俺も頭の中くらいはフル稼働させないとな。
「諸君、行こう。今こそ決着のとき」
団長トルネライトを先頭に、俺たちは神殿を打って出た。
気分は精鋭騎馬隊さ。
ラウンド・ツーの始まりだ。




