39 返答
出かける間際とか、急いでいるときに物がないとイラつくやつ。
アレを3万倍にしたようなパニックが起きていた。
もォ、どこだよオオ、と。
あっちこっち探し回るが、ないもんはない。
「おい、貴様! 核はどこだ!?」
「核、どこでしょうかっ!?」
「もうッ! どこなのよ! ないじゃないの!」
「ないッじゃねえ! 探せえ!」
「こっちにもないわよ! ……YO!」
「ヴぉお……! ヴぉおお!?」
「ござらぬでござる」
一撃で人間をハッシュドトマトに変える水流ブレスが間断なく死の線を引くボス部屋。
物探しをするには最悪だ。
氷魔法の連発で、濡れた体はすっかり冷え切っている。
ギンジェロウ以外、全員の動きが重い気がした。
心臓まで凍っている気がするのは、このままじゃいずれスリ潰されて終わるって自覚があるからだろう。
ジリ貧だ。
家が崩れるような音を立てて、水魔大王が氷の中から這い出してきた。
氷片がバラバラ散らばり、あっちこっちで水柱が立つ。
ガーファスがもう一度凍りつかせるものと期待した。
だが、
「くそ、魔力が……」
とか言いやがる、あの眼鏡。
頼みの火力要員も底をつきかけている。
体感温度がまた一段と下がった気がする。
猛者どもが、どいつもこいつも唇を青くしていた。
あれ、本気でヤバイんじゃねコレ?
水魔大王の緑のアフロがヅラのように滑り落ちた。
水を吸いまくってダニのように膨らんでいた熱砂スイカが落果して赤色をぶちまける。
それが血の海に見えたのは俺だけじゃないはず。
タコの造形が崩れる。
全体的にどす黒く変貌。
触手から牙や爪が伸び、巨大な悪魔のごとき姿に変わった。
「おい、貴様! こいつ、大きくなってないか……!」
「いや、質量は変わっていないはずだ! また律儀に変身しようとしているんだ。俺たちが想像した、一番恐ろしい姿に」
水魔は冒険者の望む姿に化ける。
巨乳美女にもバナナにもなるが、恐怖の念を読み取れば恐ろしい姿にも化ける。
「俺たちがビビった分だけこいつは禍々しい姿に変わるぞ。歌でも歌うか!」
「……」
「………………」
「…………」
「……」
「よし、歌はなしだな。照れ屋さんどもめ」
俺のボケで少し空気が緩んだ。
そのおかげか、異形化の一途をたどっていた水魔大王にも待ったがかかった感じだ。
すでに、だいぶおどろおどろしいがな。
「来るぞ!」
無数の触手がうねる。
そのうちの一本がトルネライトの顔に化けて突っ込んできた。
誰だよ、怖いものの代名詞に団長を思い浮かべた奴。
失礼だろ。
「くっ。僕には団長を攻撃することなんてできない……!」
「くっ、じゃねえよ眼鏡! 《3秒間モザイクをかけるスキル》!」
「おい、貴様! 団長のご尊顔にモザイクをかける奴があるか! これでは団長のご尊顔がわいせつ物みたいじゃないか!」
「いいから、仕留めろよ! 3秒経っちまっただろ!」
俺たちのコントでボス部屋に和やかさが戻ってきた。
ボス部屋に和やかさが最初からあったかどうかはともかく、だが。
一陣の竜巻にも似た剣撃が悪魔を押し返す。
少し振り返りつつトルネライトは背中で言った。
「考えろ、ハルト。私たちは戦闘に集中する。君が答えを出せ」
戦力にならない雑魚は頭を動かしてろザァーコ、ってことだな。
「了解!」
俺が考える。
つまり、俺が討伐隊の頭脳。
そんな大役が務まるか甚だ疑問だが、俺しかいないなら俺がやるっきゃない。
腹を決めるさ。
ぱちん、と両頬をぶっ叩いて気合を入れる。
俺がすべきは核の位置の特定。
それも当てずっぽうじゃダメだ。
ちゃんと、根拠を持って「ここだ」と指図しなければならない。
「ちなみに、団長! 勘だとどこです!?」
「ない」
それだけつぶやくと、トルネライトは疾風のように突っ込んでいった。
核が、――ない。
ないとかあるのか!?
統率者なき烏合の衆がこれほどまでに統制された動きができるものか?
どこかに必ず核があるはずだが。
「せあッ!」
トルネライトの剣が触手を斬った。
が、切断するには至らない。
皮一枚でくっついている。
切れ味が落ちているのかと心配したが、そんな俺の懸念をトルネライトは勘で察したらしい。
「斬り落とせば、また遠隔操作されよう。生かさず殺さず。これが吉と判断した」
さすが団長です、おい貴様、団長はすごいだろ、と眼鏡がわめくが、俺の耳にはほとんど届いていなかった。
「遠隔操作……か」
その言葉が引っかかる。
水魔大王は本体から切断された手足を「分体」として操ることができる。
遠隔操作系スキルってやつで。
しかし、そうなるとアレだな。
離れていても戦闘可能なら、この場に核がいる必要はなくなる。
核は安全な場所で高みの見物を決め込めばいい。
そもそも、「本体」の定義とは?
あの悪魔みたいなタコが本体だと思っていたが、それは……違う。
水魔にとっての本体はあの悪魔ダコじゃない。
――核だ。
核こそが本体。
その本体から切り離して遠隔操作できるなら、あの悪魔ダコ自体が巨大な分体とも考えられるわけで……。
つまり、俺たちは空っぽの人形を滅多刺しにして喜んでいるアホってことになる。
核のない分体をタコ殴りにしようと、その先に勝利はない。
核、核、核……。
一にも二にも核を潰さないと。
「……」
核が剥き出しでどこかの棚の中とかに置かれているとは考え難い。
核は核で強力なガーディアンに守られているはずだ。
ここから離れた場所にいて、核を守れるだけの力がある存在。
それも、たぶん水に近い場所にいる。
となると、考えられる可能性は多くない。
というか、ひとつしかなくね?
「まだ、推測の域を出ないが……」
俺は控えめに口を開いた。
「あのタコ自体、遠隔操作された分体って可能性はないか?」
その言葉に誰より反応したのは、とうの悪魔ダコ自身だった。
スイカよりでかい眼球がぎゅるりと動いて、横長の瞳孔が見開かれる。
完全に目が合っていた。
背筋が寒くなる。
ここから先、核心部分を口にしてはいけない気がした。
しかし、考えを伝えるのが、俺が団長からおおせつかった役目だった。
「本体は別にいる。たぶん、ボス部屋の外。というか、神殿の外だ」
俺は勇を鼓して言った。
「影龍が本体だと思う」
根拠はない。
だが、妥当な推理だと俺は思っている。
トルネライトじゃないが、直感だ。
確信にも似た直感がある。
「……………………」
ボス部屋は静寂に包まれていた。
悪魔ダコは完全に動きを止めていた。
息が詰まるような重い静けさ。
それでいて、クイズの答えを待っているような高揚感もある。
ただ、背筋に感じる寒気は秒を経るごとに強まっていた。
今にも誰か死ぬ気がした。
理屈じゃない。
そんな勘。
「総員、伏せろ――!!」
トルネライトが怒声を張った。
シエを押し倒し、二人して薄氷の浮かぶ水に倒れ込むのが見えた。
伏せろ、の理由はわからなかった。
でも、団長の言葉は神の言葉だ。
俺たちは全員、次の瞬間には地べたを拝んでいた。
その頭上。
ケツと背中のすぐ上をえげつない何かが通り過ぎた。
俺は剣だと思った。
信じられないくらい、でかい剣。
中央神殿をまるごとぶった斬ってしまうほどの。
しかし、それは剣ではなかった。
横薙ぎにされた水流ブレスだった。
それもサケフキ大王のブレスとは比較にならない威力の。
壁が吹き飛んだボス部屋の外に、巨大な龍の影が見えていた。




