38 誤算
薄氷で覆われたボス部屋。
宙に浮かんだマリモは雪化粧でツートン仕様になっている。
核を探しながら水魔と戦うという厄介な状況でなければ、弁当箱でも広げてこのユニークな光景を楽しんでいたかもしれない。
しゃん、がしゃああんん、と。
砕けた氷塊が雨あられになる。
水魔大王の巨大な挙動はそれだけで災厄を振りまくのに十分だった。
ボウガンを盾代わりにしたが、ゴンと脳天にひと欠片ぶつかった。
痛てえじゃねえか。
お返しだオラ。
「《水面の照り返しを抑えるスキル》!」
俺はパーを突き出し、便利スキルを発動した。
水魔大王の赤みのある表皮が、ほんの一部だが、ただの水のように澄み渡る。
核は……ないな。
「おい、貴様! 何をした!?」
水魔は表皮に反射する光を操って体色を変える。
そこに干渉してやれば、元の水っぽい姿に見えるって寸法だ。
説明するのが面倒なので、スキル名の通りだ、とガーファスには答えておく。
頭部、胴体各所、漏斗の奥などなど。
スキルを連射して巨体に覗き穴を穿っていく。
核がありそうな部分から順繰りに調べてみるが、それらしきものは見当たらない。
そもそも、水魔に胴とか頭とかの区別はない。
心臓や脳みたいな重要組織もないのだから、動物に当てはめて探しても見つからないか。
隠す側の心理としては、絶対に見つからないところに核を配置するはず。
だとしたら、水中だ。
我が第6パーティーにお誂え向きの奴がいることを俺は遅まきながら思い出した。
「ギンジェロウ、水の中を探してきてくれ!」
浅い水が張られたボス部屋。
その中央部の深く切れ込んだところはかなり水深があるらしい。
水が黒ずんで見える。
いかにも怪しい。
「御意にござる!」
ギンジェロウが短い足をパタパタさせて向かっていった。
その背後で何か動いた。
足。
切断されたタコ足。
それがぬらりと動き、――ワニに変わった。
8本脚のワニ、ヤツダイルに。
しかも、顎の関節とか完全に無視して口が180度にガパリと開いている。
「ム! 背を狙うとは卑きょ――」
ぼこん、とワニがギンジェロウを呑み込んだ。
そのまま八ツ脚で駆け、タコ本体に頭から突っ込む。
ワニだったものは元のタコ足に姿を変えた。
その中でギンジェロウが藻掻いている。
「切れた足も操れるのか……」
「うむ。遠隔操作系の権能だろう」
タコ足を斬り落としたご本人、トルネライトはバツの悪そうだ。
階層主やら畏称持ちの魔物やらは妙なスキルを持っていることが多い。
このくらいの離れ技は当然のごとくやってのけるだろう。
「ちょっとトラッシュ! ギンジェロウ、食べられちゃったわよッ!? バナナみたいに!」
グノンが俺を棍棒でしばく。
ボーっとしているように見えたか?
なら、普通に肩を叩くとかにしてくれ。
もちろん、平手でな。
あと、俺はバナナを丸呑みにしたことがないからバナナみたいかどうかもわからん。
だが、こんなときにどうすればいいか、妙案なら持ってるぜ。
「ギンジェロウ! もう逆にお前、泳げ! 水魔でスイマーやれ!」
しーんとした。
集まる視線がどれも冷たくて痛い。
だが、待ってほしい。
俺は《ダジャレのみテレパシーできるスキル》で囚われのギンジェロウに思念を飛ばしたのだ。
――御意!
とギンジェロウが言った、たぶん。
翼が銀の光を帯びる。
《ペンギング・ブレード/変銀化翼刃》だ。
うちのサムライボーイはな、水中戦ならおそらく世界最強だ。
ギンジェロウは水魔大王の体内できりもみ回転を始めた。
回るたびに深く食い込んでいくネジのごとく、何もかも滅茶苦茶に斬り裂きながら体内を泳ぐ。
獅子身中の虫というが、これはもう、その比じゃないね。
さしもの水魔大王も堪らんとばかりにギンジェロウを吐き出した。
シュタッ、と着地し、
「――二刀流奥義《ペンギング・スクリュー/変銀刀渦魔斬》」
と納刀ポーズ。
いやぁ、かっこいい!
うちのマスコット、すげえかっこいい!
「班長殿、的確なご助言に感謝申し上げるでござる」
「おう。じゃあ、改めて頼む!」
「御意!」
華麗にダイブしたギンジェロウに水中を任せ、こっちはこっちで核探しだ。
戦闘と探し物の両立。
相手が階層主ともなると、かなりのハードワークだ。
「凍らないなら凍るまで凍らせるまでだ! 僕を舐めるな! 殺すぞ!」
ガーファスは大魔法を連発している。
トルネライトのためにってのはわかる。
だが、あれでいざというとき魔力切れになったら笑えない。
しかしまあ、核が見つからない以上、水魔大王の巨体を削っていくのは、手段としてはアリ。
削り切った最後の一片に核はあるのだから。
俺は《背負った荷から小さな物品を瞬時に取り出すスキル》で植物の種を取り出した。
「グノン! これに魔力を込めてくれ!」
「バナ――」
「――ナの種ではないな。熱砂スイカの種だ」
第2層の無限砂漠に自生する奇怪な植物。
長い根で地下深くから水を吸い上げ、スポンジ質の果実に貯水するという性質を持つ。
要するに、本来真っ赤でおいしいはずの部分に大容量のスポンジが詰まっているわけで、あとは試してのお楽しみだ。
「バナナのほうがおいしいのにッ!」
「そのネーター、借りてくYO!」
グノンの魔力がなみなみと注ぎ込まれた虎の子の種が、俺の手から消失。
マリモからマリモへ、瞬間移動じみた速度で何か跳躍し、そいつは手裏剣でも投げるような仕草で種をまいた。
巨大ダコのだだっ広い胴体に散布されたらしい種は、その熟柿色の表土の下に大好物の水があることを悟ったらしい。
ハゲ頭が突然、緑のアフロヘアーになった。
皮膚深くに根を張り、恐るべき速度で体を侵しながらボコボコと果実を膨らませるその様子は、ともすれば、皮膚がんの進行プロセスにも見える。
おっかない。
無数の足は凍りつき、胴は根に蝕まれ、まともに動かせる部位は目玉くらい。
核があるとすれば、頭部のどこかだろう。
おそらくは目と目の間。
眉間だ。
タコってここを締めるとイチコロなんだよな。
俺は《水面の照り返しを抑えるスキル》を発動した。
チェックメイトって言おうと思って、やっぱりやめる。
痛々しい。
これ以上、寒くすると低体温で命が危ない。
「……あ、れ?」
透明化したタコの頭部を見て、俺は首をかしげた。
そこには、何もなかった。
ただ、水が揺らめいているだけ。
核、どこ?
やっぱり水中なのか?
折よく、ばぁあん、と水しぶきが上がってギンジェロウが戻ってきた。
期待を込めて皆が見守る中、
「水底にも核らしきものはござらなんだ!」
とくちばしをカパカパさせながら報告を上げる。
ただでさえ低い気温が一段と下がった気がする。
水魔大王の体内にも水中にも核はない。
もちろん、天井や、列柱の陰にも。
マリモの中にもたぶんないだろう。
そんなわけわからんトコにあってたまるか。
「あれ、核なくね?」
ほんのつぶやき程度の俺の声が、絶望的なほどに大きく響いていた。
核がない――。
それは勝ちがないことと同義だった。




