37 対処
「水魔、だと?」
スチャリ、とガーファスが眼鏡を鳴らした。
「おい、貴様! 本当だろうな? 嘘だったら……いや、嘘でなくとも殺すぞ!」
理不尽だなオイ、と俺は睨み返す。
「水魔ならいろいろ辻褄が合うだろ! ……オわ!?」
サケフキ大王――改め、水魔大王の水流ブレスを間一髪でかわしながら、俺は声を張る。
「この水が酒じゃないのが根拠のひとつ! 火属性魔法の効果が薄かったのも、奴の全身が水でできているからだ!」
ボス部屋を覆い尽くした白い墨。
あれも、ただのミストだったってわけだ。
切断した足が消えたのは、単に水に戻っただけ。
そもそも水を斬ったところで意味はない。
水はその形を変えるだけなのだから。
どーん、と衝撃。
巨大なタコ足が石床を叩いていた。
縦に振り下ろされた足は横の動きに転じ、鞭のごとくしなる。
その一撃をギガンポスの巨腕が打ち返した。
水しぶきを頭から浴びながらガーファスがうなる。
「おい、貴様! しかし、なぜタコなんだ?」
「それは、あー……あー」
その理由を俺は知っている。
が、言えない。
言えるわけがない。
水魔は人の想念を読み取って姿を変える。
タコになったのは、タコを想像した奴がいたからだ。
それはずばり俺なのだが、そんなこと口が裂けても言えない。
絡みついてくるトルネライトの手がタコっぽかったから、とか、よりにもよって階層主の間に突入したタイミングでなまめかしい感触を思い出していた、とか、言えるわけがない。
それもガーファスにだけは絶対。
「ガッハッハ……。オレが祝杯用にとサケフキを捕まえたッからなあ。頭ン中はもうそれでいっぱいってわけだ。ガッハッハ……」
デッガードナーがきまり悪そうに後頭部を掻いた。
なるほど。
俺が想起したのは普通のタコだった。
それがサケフキになったのは俺たち二人の合作だったからか。
しかし、正直に白状したデッガードナーは偉いな。
俺は拷問されても吐かんよ。
「まあ、なんでもいい。正体さえ知れれば、あとは対処法を実行に移すだけだ」
ガーファスは、おい猿、と上のほうに叫んだ。
緑のシャボンのように浮かぶ巨大マリモのひとつからヒョコ、とグノンが顔を覗かせ、目をぱちくり。
猿と呼ばれて反応したのだ。
自認猿、確定。
哀れ……。
「水魔の弱点はわかるな? 殺すぞ!」
「バナナねッ! 殺すわよ!」
「フローズンバナナだ! 殺すぞ!」
「速く構えなさいよ! 殺すわよッ!」
そうして、杖と棍棒を向ける二人。
今ので意思の疎通ができたのだから、さすが元パーティーメンバーだ。
二人の魔力が高まると、水魔大王のヘイトが向いた。
漏斗がすぼまる。
「させッかよお!」
ガーファスへの直撃弾をデッガードナーの大盾が弾いた。
グノンに伸びる触手は、
「さっせないYO!」
と瞬間移動じみた動きでガンヴァーナが斬り払う。
そして、
「《アイザー・エリシュ/上級氷撃》ッ!」
「《アイザー・ハイラーゼント/聖級氷撃》!」
放たれる氷の魔法。
まず、グノンの氷弾が突き刺さった。
種が芽吹いて巨大な氷の花を咲かせる。
それは直後、無慈悲に踏み潰された。
馬鹿でかい氷塊が何もかも蹂躙する。
港に帆船が突っ込んだような、えげつない一撃だった。
衝撃と寒波がセットで押し寄せる。
俺は自分の体を抱いて、目を閉じた。
目ん玉、凍るかと思った。
前歯も抜けそうなほど冷たい。
「ひえ……」
とか言いながら目を開けると、景色が変わっていた。
浅く水を張ったボス部屋が、ギンジェロウが喜びそうなコンディションになっている。
歩くたびに薄氷が割れる。
「す、すごい……」
プライドの高いグノンが素直にそうつぶやくのも、納得。
聖級魔法、すごいな。
「何がすごいものか! 奴め、効いてないぞ!」
ガーファスが悪態をつき、ゴシャアアア、と氷山が砕け散る。
中から熟柿色の巨体がマグマのようにあふれ出してきた。
卵から雛が孵ったようにも見えた。
第二・第三の特大氷魔法がボス部屋を横切る。
しかし、水魔大王の表層を凍てつかせるだけ。
芯まで凍らせるには至らない。
「なぜだ? 僕の魔法が通らん!」
俺は《ほんの一瞬だけ動体視力を達人剣士級にするスキル》で着弾の瞬間を捉えた。
……泡が、見えた。
氷塊がぶつかる瞬間、タコの表面が泡立っているのだ。
「泡の層を断熱材にしているんだ!」
「おい、貴様! なんだと!? 器用な真似を……!」
氷魔法が効かない。
事実上、弱点なし。
手詰まり感で全員の手が止まる。
冷たい静寂の中、
「そもそも、水魔ってどう倒すんだっけ」
という俺の声が若干アホっぽく響いた。
水魔なんて基本的にわざわざ倒す魔物でもない。
頭の中でナイスバディを鮮烈にイメージし、理想のグラマラス美女を創り上げるとかして、気がすんだら手を振ってバイバイ。
そんな木っ端魔物だ。
ここまで巨大な奴なんて聞いたこともない。
ゆえに、Sランギルドでありながら、誰も氷以外の対処法を知らないようだった。
俺はいつも胸ポケットに入れている冒険者手帳を開いた。
これには冒険者の心得や地図のほかに、魔物図鑑も載っている。
「《読みたいページを一発で開くスキル》っと」
パラパラパラパラ、――ぴたっ!
全員が俺に注目しているので、古代の碑文でも解読している気分になる。
「えー、水魔はその1滴1滴が個を持つ微小な魔物だが、まとまった数が集まると核を形成、群となる。核は涙滴形をとり、鮮やかな藍色である。……だそうだ」
俺の古代文献は役に立っただろうか。
「――よし」
とトルネライトが剣を高く掲げた。
「総員、核を探せ! 討伐作戦を続行する!」




