36 白霧
「水流ブレスは漏斗の直線上に来る! 速いぞ! 撃たれる前に飛べ!」
トルネライトが言い終わらぬうちに、俺のほうに砲口が向いた。
「ちょ、待……!」
とか叫びながら、俺は《ちょっと速く走るスキル》を発動しつつ右に飛んだ。
馬鹿でかい刀でぶった斬られたような、尋常じゃない風切り音がした。
さっきまで俺が立っていたところに大穴があく。
流れ込む水に呑まれかけながら、俺は蹴られた猫みたいな必死さで走った。
やめてほしいのに大蛇みたいな触手が何本も追いかけてくる。
いや、ほんとやめて!?
「せあッ!!」
サケフキ大王の足がちょん切れて丸太のように転がった。
それはそれで、うおお危っぶねええ、となるのだが、ともかく斬ったのはトルネライトだった。
彼女の剣技は明らかに間合いを無視している。
剣は届いていないのに、タコ足が次々斬り落とされていく。
風の刃が間合いを伸ばしているのだ。
剣を振るに合わせて高速のエアが肉を断つ。
反則的なリーチと、風魔法の不可視性。
加えて、トルネライトの神速のごとき剣技。
これには、さしもの階層主も黙るしかなかった。
次々に四肢がちぎれ落ち、サケフキ大王は巨体をかしげた。
圧倒している。
しかし、
「手応えが……」
風の刃の手応えの有無とか俺にはわからんが、見た目ほどダメージが通っているわけではないらしい。
家が崩れるような音がした。
白煙を上げているのはボス部屋を支える列柱のひとつ。
立ち込める砂塵の中で、巨人みたいな奴が馬車ほどもある石塊を双肩に抱えている。
新手の魔物か!?
とも思ったが、違った。
普通にギガンポスだった。
「ヴぉおおオオオオオオオオ」
と咆哮。
あらん限りの筋肉を隆起させた。
巨岩が宙を飛ぶさまは圧巻というほかない。
岩の砲弾は大ダコの胴にクレーターを作り、巨体を薙ぎ倒した。
大波で俺はだいぶ流されるハメになった。
漏斗がギガンポスを向く。
「ヴぉ?」
ぽかーんとして避ける様子のないギガンポスに、高圧水流が突き刺さる、そのとき、
「《撃力蓄装》おおおおッ!!」
亀甲のごとき大盾が立ちはだかった。
デッガードナーが石床にわだちを作りながらもブレスを受け切り、盾から顔を出して雄々しく笑った。
「おッ返しだあオラアアアア!」
大盾を構えて闘牛のように突進。
サケフキ大王とぶつかった瞬間、盾の向こう側で大きな力が爆ぜた。
盾持ち全員の憧れ、『鉄亀』デッガードナーのAランクスキル《撃力蓄装》――。
相手の攻撃力を盾に蓄えて殴り返すといったスキルらしい。
相手の攻撃が強いほど、返礼の品も豪華になる。
そういうわけで、サケフキ大王はマッチョに腹パンされたモヤシっ子のように倒れ込んだ。
そこに火魔法の雨が降る。
「おい、ガンヴァーナ! 水棲魔物には火と雷が効果的だ! 殺すぞ!」
「ファイヤー・サンダー・了解ダー! YO!」
浮きマリモを蹴ってガンヴァーナが宙に舞い上がった。
指を不思議な形に組み、手を打ち合わせると、そこに炎が生まれる。
「《火遁の法・炎魔手裏剣の術》だっYOォ!」
火炎の刃が回転しながら落ちてくる。
魔法とも違う、異国の術だった。
そこに2色の閃光が重なる。
「《フライゲン・ハイラーゼント/聖級炎雷撃》」
こっちは魔法。
火山でも噴火したのかと思った。
凄まじい炎でボス部屋が真っ赤に染まる中を、身の毛もよだつような轟音が響いている。
網膜に青紫のギザギザが刻まれていた。
《フランマ・ハイラーゼント/聖級炎撃》と《ライゲン・ハイラーゼント/聖級雷撃》の同時行使。
聖級魔法を扱える者さえ極少数なのに、それをいちどきに放つとは。
さすが『七星』のガーファス。
ただ、その表情はやや浮かない。
爆煙が晴れると、そこには変わらぬ姿のままサケフキ大王がいた。
感電しているのか、無数の足はややぎこちない。
だが、焼きダコになったふうではない。
おいしそうな匂いもしない。
「炎は効果が薄いのか……」
ガーファスが胡乱な顔で雷撃魔法を放つ。
大魔法の間隙を縫ってグノンが棍棒を振るい、ギンジェロウが水面下から斬りかかる。
シエは出番が来ないことを祈りつつ、愛くるしいチアガールをやっている。
さてさて、例のごとく俺はこの中で一番の役立たずだ。
やることがありゃしねえ。
命を懸ける仲間たちをボーっと眺めているしかない。
惨めも惨め。
せめて水流ブレスの的になろうと《見る者をちょっとイラつかせる顔芸スキル》を発動しているが、階層主のヘイトを独占するほどではない。
いちおう、各種の毒を塗った矢をボウガンで射掛けているが、こちらも効果のほどは不明。
たぶん、草原から1本の草を抜くほどの影響しか与えられていないだろう。
何かで役に立てよ、俺……。
息苦しいよ、このままじゃ。
「《ライゲン・エリシュ/上級雷撃》!」
ガーファスの杖が雷の剣と化して振り抜かれた。
閃光の刃が目のそばをなでると、サケフキ大王は堪らず漏斗を広げた。
瞬間、真っ白な霧がボス部屋を覆う。
白い墨。
何も見えない。
酒の匂いはしなかったが、吸い込んでいいものか判然としない。
最悪、討伐隊全員が2頭身で管を巻く駄目ペンギンみたいな醜態をさらす事態になるかもしれない。
俺は息を止め、背嚢をまさぐった。
《手探りで道具を探し当てるスキル》で照明弾を掴み、《ものを少し遠くまで投げるスキル》で大遠投。
ぼん、と音がして、鮮やかな赤い光が巨影を暴き出した。
なんだろう、棍棒でも振り抜くような仕草をしている。
亀のような影と明らかにギガンポスと思われる人影が防御態勢を取った。
どごん、とすごい音。
おそらくはサケフキ大王は束ねたタコ足でボス部屋を薙ぎ払おうとしていたのだろうが、巨漢二人が未然に防ぎ切った。
「ガッハッハ! でッかしたあ、トラッシュハルトよお!」
「ヴぉ!」
と二人の声がする。
「ガーファス!」
「はい、団長! 《フーゼン・エリシュ/上級風撃》――!」
上昇気流が白い帳を持ち上げる。
みんなまっすぐ立っている。
俺も意識は清明。
酔った感じはない。
酒の墨ではなかったのか。
霧の晴れたボス部屋を見渡して、
「おかしい……」
と俺はつぶやいた。
半ば無意識の独り言だったのだが、トルネライトもガーファスもこっちを向いた。
サケフキ大王の巨大な眼球もぎょろりと俺を見る。
んだよ、どいつもこいつも。
「つまり……」
引くに引けなくなり、俺はまだ頭の中で固まっていない言葉を無理やりに押し出す。
「見ろ。斬り落としたはずの足が減ってない。断面も消えている」
無数にあるサケフキ大王の足。
そのすべてが生え揃っている。
なにより、
「団長が切断した足もなくなっている」
十数本は斬り落とした。
林業地の丸太みたいにあちこちゴロゴロ転がっていたはずだ。
それがなくなっている。
雪が解けたみたいに、いつの間に。
ギガンポスが投げた大岩によるクレーターや、ガーファスの魔法による傷跡も、綺麗さっぱり消えている。
一番後ろで眺めているからこそ感じた違和。
まあ、見ればわかることだが、気づいたのは俺が最初だったはずだ。
「さきほどの白い霧、幻術か? ……いや」
トルネライトが自身の言葉を言下に否定した。
天啓が「違う」と告げたのだろう。
ならば、別の可能性だ。
「超回復……」
とガーファスがつぶやくが、その本人がどこか自説に懐疑的な様子だ。
生え変わったとしても、切断された足が消えたのは説明がつかないもんな。
ばーん、と音がして、足が数本斬り離される。
トルネライトの神速剣技だった。
落ちた足を仔細に観察するが、足は死んだナマコのように横たわるだけ。
消えたり、引っ付いたりする気配はない。
「ギンジェロウ! 水中はどうだ?」
俺は水面から顔だけ出しているデカペンに曖昧な質問をぶつけた。
「水中に足の残骸などはござらん!」
そんな答えが返ってくる。
「数はどうだ?」
「それが面妖なること、この上ない。すべて生え揃っており申す!」
なら、失った部位を水中に隠しているわけでもない、と。
つまり、どういうこった?
白い霧で覆われた一瞬で傷は癒え、足は生え揃い、切断された足は消えてなくなった。
まるで手品だ。
「……」
そもそも、なぜ吐いた墨は白かったのだろう?
通常、黒だろうし、サケフキなら赤ワインのような濃紅の墨を吐く。
仮にも階層主だって言うなら、吐いた酒に火でもつけてドえらい爆発とか起こしたって別にいいんだぜ?
なのに、水流ブレスも白いし、吐く墨も白。
ただの水。
普通の霧って感じだ。
「まさか」
俺はとある可能性に行き当たった。
いや、ずっとうっすら思っていたことなのだが、でもまあ、憶測の域を出ない。
口に出すより、確かめるほうが先だ。
「グノン! 奴に氷魔法を撃て!」
「アイアイサー! でも、あとでバナナよこしなさいよねッ!」
浮きマリモにぶら下がっていたグノンがメイスを振り抜いた。
「《アイザー・ミードラ/中級氷撃》――!」
バナナの形をした氷塊がブーメラン風に飛んでいく。
巨体がぞわっと戦慄したようだった。
サケフキ大王は大袈裟に避けた。
飛んできた虫に驚く貴族のマダムのような避けっぷりだった。
発声器官があれば悲鳴を上げていたに違いない。
この時点で、グノン以外の全員が階層主の正体を察し取ったはずだ。
俺は右手をかざし、スキルを発動した。
「《水面をぴちゃぴちゃさせるスキル》――」
やはりと言うべきか。
熟柿色の巨大な体の表面が小魚でも泳いでいるみたいにぴちゃぴちゃと水音を立てた。
この馬鹿でかいタコ野郎の体は「水面」ということだ。
「水魔ってわけね」
「……うむ。どうやらハルトの言う通りらしい」
神託の巫女が俺の見立てにお墨付きをくれた。




