34 招かれざる者たち
そして、朝が来た。
第4階層主へと挑む決戦の日が。
もっとも、塔の外にある太陽の位置なんてわからないから昼かもしれない。
まだ夜ってこともありうる。
そんな些細なことまで気にする程度には俺も緊張していた。
腹ごなしをすませ、不要な荷を置き、ポジションやハンドサインの最終確認を終える。
さすがのトップ攻略者たちも口数が少ない。
しかし、必要な言葉だけが飛び交う空間というのは、今は居心地がよかった。
「あたし、勝負バナナ食べたいわッ!」
「トマドおトマドお! おらも勝負トマド食べヴぉ!」
多少不要な報連相もまじっている。
が、それはこちらの努力でシャットアウトするとしよう。
◇
ボス部屋へと続く大扉が静かな圧力でのしかかってくる。
この向こう側こそ神殿の最重要区画――階層主の間。
籠城戦中の城門じみた拒絶感があり、アリの子1匹通してくれそうもない。
そのくせ、内側に潜む身の毛もよだつ気配はダダ漏れになっている。
一人なら確実に尻尾巻いて逃げ帰っているな。
しかし、居並ぶ11名の顔はいずれも精悍だ。
風が吹いていると感じるほどに、みんな前を向いている。
それはきっと一番先頭にトルネライトがいるからだろう。
「これより、第4階層主の討伐作戦を開始する」
迷いのない剣のような声がそう切り出した。
昨日見せた弱さはもうない。
隣に立つガーファスは心なしか一皮剥けたような顔をしている。
あの後、何があったんですかねぇー。
全部終わったらニヤニヤしながら問いただすか。
「ハルトら第6パーティーが中央神殿へのルートを切り拓いた時点で、この討伐作戦は半ば決定したようなものだった。しかし、諸君らの中には私のために剣を取ってくれた者もいると思う」
トルネライト団長が豚貴族ベギアードの毒牙にかかっていることは、もちろん伏せられている。
しかし、冒険者は地獄耳だ。
当然、ここにいる全員が知っている。
と思ったが、うちのお猿だけ片眉を歪めた。
ま、お前はそれでいいよ。
バナナ食ってろ。
「感謝したい。諸君らの優しさに」
トルネライトは笑顔だった。
子供たちに向けるような、父親の優しい目。
自然とこっちまで頬が緩んでしまった。
その空気を引き締め直すように、トルネライトは目を研ぎ澄ませた。
「それでは――」
パキッ、と。
そのとき、突然、甲高い音が響いた。
背後からだ。
振り返る俺たちの物音に、トルネライトの小さなため息がまじる。
少し遅れて、俺にもピンときた。
俺のスキル一覧に載った、最新のスキル。
《指をパキッと鳴らす音を遠くまで届けるスキル》――。
その持ち主がやってきてしまったということに。
ばらばら、と白い空間に足音が響く。
現れたのは男ばかりの5人組。
その先頭に立つ男は『コバンザメ』というより普通にサメみたいな顔をしていた。
「チュー・サングレー、やはり君たちか」
抜身の剣じみたトルネライトの声にも、チューはまばたきひとつしなかった。
「まあま、そんなおっかない顔はよしてくださいよ、団ちょさん。――おい、野郎ども!」
「「ヘイ!!」」
ババババ、と5人組が横一列に展開する。
ほんの一瞬、ゴングでも鳴らされたような緊張が場をよぎった。
しかし、連中は別に仕掛けてこない。
「支え役として花咲かす。オレたち――」
「「――『支役咲花』ですッ!」」
チューと不愉快な仲間たちが息ぴったりな謎のポーズを決めている。
手を繋ぎ合って腕を伸ばし、足を中央に揃え、扇のように広がるという謎の合体技。
挨拶代わりの演舞ってところだろうか。
しんとした空気が痛い。
「なぁにが支えッ役だ! ただのおこぼれちょーだい野郎どもッだろうがあ!」
デッガードナーが盾というより砦のように立ち塞がった。
しかし、チューは、閉め忘れた勝手口を発見したとばかりにその脇の下からひょっこり顔を覗かせて、
「とまあ、そういうわけで、いっちょ花咲かさせてくださいよ、団ちょさん」
などと薄暗い顔で笑った。
「殺すぞ!」
ガーファスが本当に殺しそうな剣幕でうなったが、
「ええ、ええ。ぜひぜひ。みんなで力を合わせてぶっ殺しましょ。悪い階層主さんをね」
チューはのらりくらりとかわしてみせた。
不意にその顔が影を強めた。
目だけが爛々としている。
「もし、拒否されるようなことがあれば……」
そこから先は口にしなかった。
だが、三日月形に吊り上がった尖った歯を見れば、背中を撃つぞ、というメッセージだとわかる。
ただでさえリスキーな階層主戦だ。
横槍を入れられたら難易度は跳ね上がる。
ぶっちゃけ失敗する。
成功の見込みはゼロだ。
「殺すべきかと、団長」
ガーファスの杖が凄まじい音を立て、極彩色のスパークをまき散らした。
それでもチューは薄ら笑いを引っ込めない。
ここで退いたら負けだという一念が、太い幹と化した両脚に見て取れる。
世間じゃ小物扱いされているが、さすがにAランカー。
肝が据わっている。
トルネライトは一考したようだった。
「ふむ」
と言う。
本当にただ、ふむ、と言っただけだったが、そこには凍った剣で刺すような寒さがあった。
チューもわずかに瞳を揺らした。
「いけ好かない連中だが、彼らはこれで武闘派だ。戦力になる」
ガーファスの顔が握り潰した紙みたいに歪み、チューのほうは安堵の面持ち。
「こんな連中が戦力になるとは思えませんが」
俺を全肯定するシエに負けず劣らず団長バンザイのガーファスが、さすがに異議を唱えた。
俺も同意見だ。
『支役咲花』にとっては、どう転んでもプラスになる。
討伐成功の暁には報酬の一部をチューチューできるし、もし失敗に終わっても、持ち帰った情報をライバルギルドに高値で売ることができる。
どっちに転んでも損はなく、彼らはただ得をするだけ。
討伐成功を望んでいない部外者の存在が戦力足りえるか疑問だ。
「私の勘が言っているのだ。彼らは役に立つと」
そう言われてしまえば、議論の余地はない。
なんせ『天啓』――。
神がそうおっしゃるならそうなのだろう。
なにより、みんなトルネライトの言葉を信じている。
デッガードナーは盾を下ろし、ガーファスも杖を下げた。
いつの間にか、チューの背後に立っていたガンヴァーナもYO、YO言いながら忍刀を納める。
ギガンポスは巨大な手で尻をぼりぼりしている。
「へへ、話はついたようで。――オラ、咲かすぞお前ら! 気合い入れろ!」
チューたちは勝ったような顔でガヤガヤと笑っている。
その立てる物音のひとつひとつが俺には不快に感じられた。
みんなそうだろう。
「ハルト、スキルを頼む」
「……了解」
俺は気を取り直して討伐隊と向き合った。
手のひらを右から左へ流す。
5スキル同時付与なので、腕の芯が少し熱くなった。
「《濡れた地面で滑りにくくなるスキル》と《水しぶきが目に入りにくくなるスキル》と《水中で1回息継ぎできるスキル》と《ものが手に馴染みやすくなるスキル》と《眼鏡のレンズに水滴がつかなくなるスキル》だ。……最後のはガーファス専用だな」
「ガッハッハ! 本ッ当にいくつもスキル持ってやがんなあ!」
「Mt.トレジャー、ゴイスーだYO!」
バシバシ叩かれる。
トップ冒険者のスキンシップは重くて痛いから普通に罰ゲームだ。
「棍棒、手に馴染むわッ!」
グノンが俺の背中をボカボカ殴る。
痛いわけだが?
「水に濡れて滑るといけないからな」
階層主は、その階層環境の覇者だ。
水没都市の主はおそらく水に強い。
耐水スキルは欠かせないだろう。
「あんたたちも、来てくれ」
俺はコバンザメーズを招き寄せた。
同じスキルを付与する。
「……悪いな、坊主」
チューは気まずそうな顔をした。
「オレら、血吸いコウモリか、さもなくば寄生虫みたいな生き方してるがよ、いちおうな、プライドがあるんだ」
思いのほか純情な目で見つめられた。
「オレら、足手まといになったことは一度もねえ」
それはプライドのすべてを込めた言葉に思えた。
俺は少し笑って言った。
「コウモリとか寄生虫とか思ってない。あんたたちはコバンザメだ。大魚の間をスイスイ泳いでかき回してくれ」
「おうよ」
グータッチを交わしておいた。




