32 決戦前夜
決死行だと思っていた。
何がって階層主の討伐遠征がだ。
討伐遠征に向かう武闘派ギルドを何度か見送ったことがある。
みんな英雄のように大手を振っていたが、それっきり帰らなかったギルドを2つ知っている。
帰ってきた連中も元の3割くらいに目減りしていた。
だから、決死行だ。
決戦前夜はきっと葬式みたいな雰囲気で、膝を抱えてメソメソしながら過ごすのだろうと勝手にそう思っていた。
その決戦前夜ってのが今なわけだが――
「バナナよッ、バナナ! バナナったらバナナッ!」
「トマドヴぉ! トマドぉトマドお!」
「ムキイイイイイ!」
「ヴヴぉおおお!」
小猿と巨人が角突き合わせて大喧嘩している。
バナナとトマト、どっちがおいしいかで口論になったらしい。
「拙者も一度はサムライの国に行ってみとうござる」
「フィッシュがおいしいYO! おにぎり恋しいYO! YEAH!」
向こうでは様子のおかしい二人組が異郷の話で盛り上がっている。
そして、あちらでも――
「シエはベーコンを切るのがうまいのだな」
「トルネ姉さんはへたっぴさんですね。魔物を斬るのはすっごく得意なのに」
「うむ。生きた肉のほうが張りが合って斬りやすいのだ。それに包丁はリーチが短くていかん」
「あ、ダメですよ! 剣を使っちゃ! それと反対の手は猫さんの手ですっ!」
「こ、こうか?」
「はい、とってもお上手ですっ!」
フーヴェント姉妹が微笑ましいエプロン姿で夕食の準備に明け暮れている。
サケフキを捕まえようと遠くでバシャバシャやっている亀みたいな背中はデッガードナーだろう。
ほかの討伐隊メンバーも寝たり食ったり思い思いの時間を過ごしている。
まるで祭りの準備でもしているような楽しげな雰囲気だ。
「俺の想像の中にある決戦前夜じゃないな……」
階層主戦の生還率は1割とも言われている。
実際、生きて戻ってきた奴がそのくらいなのだ。
俺たちは富と名声を得るために命をベットしちまった馬鹿で、夢破れた代償を明日にでも支払うことになるかもしれない。
だというのに、このホームパーティーな空気はなんだろう、と俺は違和感を覚えたわけだ。
「おい、貴様!」
とガーファスがうなる。
なぜか、頭に猫耳カチューシャを載せている。
眼鏡のレンズにもグルグルの線が落書きされて、マヌケな感じだ。
「僕らは戦地に行くのであって、死地に行くのではない! つまり、そういうことだ! 殺すぞ!」
「……」
その言葉だけで十分だった。
そうか、なるほど合点だ。
周辺調査と、ついでに、未だ空白のままだった神殿中枢部のマッピングを手際よくすませ、あとは食って眠るだけ。
その時間をどう過ごすかは、自由だ。
そして、彼らはプロの中のプロ。
頭を抱えて悪い想像を膨らませても実りがないのを知っている。
それでリビングでくつろぐがごとく、のんびりと過ごしている、と。
「勇敢だな」
「そうだ。僕らが冒険者だからだ」
ガーファスは抱負を述べたようでもあった。
「《ヘルヴァ・リット/下級植撃》――!」
グノンが神殿の白い石畳にトマトを芽吹かせた。
赤い実が鈴なりになる。
ギガンポス、大喜びだ。
巨喜びでもいい。
「おんめえ、トマドさ作れるだかぁ? ずんごい奴だなヴぉ!」
「そうよッ! あたしはずんごいのよ! ヴぉ!」
「お礼だヴぉ。トマドさ、食え食え」
「あたしはバナナ派なのよ! あんたもバナナを食いなさいよ!」
「おら、トマドしか食いだくね。ヴぉ、トマドトマド!」
「バナナ! バナナッ!」
トマトの木の周りをスキップする2人。
いつの間にか打ち解け合っている。
こうしてギルドの絆を深めるのにも大事な時間というわけか。
「おい、貴様!」
てっきり俺かと思ったが、ガーファスが向かって言った先にいるのは嬉々として踊る小猿である。
グノンはかつて彼のパーティーに在籍していた。
そこで害獣とみなされ、俺のパーティーに流れ着いた。
よって、グノンの顔は険悪そのものだ。
殺すぞなんて言ったら、棍棒で眼鏡をカチ割られるぞ。
頭ごとな。
「……その、なんだ。貴様もあれだな。少しはまともな冒険者になったようだな」
「そうよッ! あたしはまともな冒険者よ! だって、あんたと違ってウチのトラッシュはリーダーとして優秀だもん! 眼鏡もかけてないし!」
「そうか。まあ、なんだ。頑張れよ。それだけだ」
そう言うとガーファスは別の冒険者に声をかけに行った。
何かとイライラしていた彼だが、やっと頭が冷えてきたのだろう。
似合いもしないパーティーグッズなんてつけているのも討伐隊の雰囲気を和らげたいという思いの表れだ。
内心、団長のことで頭がいっぱいで、いても立ってもいられないはず。
そこに必死に折り合いをつけ、今できることに懸命に取り組んでいるのだ。
そんなガーファスをみんな優しい目で見守っている。
いい雰囲気だ。
きっと明日はうまくいくことだろう。
フーヴェント姉妹の手作りサンドを頬張りながら、俺も脚を伸ばして英気を養うことにした。




