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25 ベギアード中爵


 ギルド本部1階、賓客用の応接間。

 その隣の控え室はカーテンが閉め切られて薄暗かった。

 そろり、そろり、……(サササササ)。

 俺は《3秒間足音を消すスキル》で疾駆し、奥の扉に張り付いた。


 耳を澄ます……。


 扉を一枚隔てた向こう側からトルネライト団長の硬い声が聞こえる。

 副団長ガーファスの声も、少し。


 扉の採光窓がすりガラスになっているのは事前に把握済みだ。

 俺は《すりガラスをクリアにするスキル》を発動した。

 指でなでたところが透明化する。

《聴覚をちょっと強化するスキル》と《雑音を少し取り除くスキル》を使うと、こもった声もクリアになった。


「私は乾いた大地のような男だ」


 そう言ったのはベギアード中爵だ。

 限界まで肥え太らせた豚に、金銀財宝を飾り立てたようなビジュアルだった。

 しかし、愚鈍な印象はない。

 肉ダルマじみたフォルムに対し、目つきの鋭さは剣豪のそれ。

 左頬が腫れているのは昨晩ゾフィオーネに張られたからだろう。


「渇き切ったこの胸の内は大河の水をすべて注ぎ込もうとも決して癒えはしない、究極の飢餓よ。渇望。私は望む、この渇きの癒ゆるときを」


 ずいぶんとポエミーな奴だ。

 そして、妙な配置だ。

 ソファーにかけたベギアードのすぐ隣にトルネライトが座っている。

 家主は客の向かい側に座るのが普通では?

 あの位置では、まるでホステスである。


 ――あ。


 と俺の口から声が飛び出しそうになった。

 指輪まみれのでっぷりした手が、トルネライトの太ももをなでた。

 まるで愛猫を愛でるみたいに。

 あの豚、腕、斬り落とされるぞ……。

 お前がなでているのは猫じゃない。

 虎だ。

 それもとびっきりの猛虎。


「……」


 と思ったが、トルネライトは硬い表情で押し黙ったまま、微動だにしない。

 そればかりか、「団長☆命ッ!」のガーファスすら何も言わない。

 相手がお貴族様だから遠慮しているのか?


「なぜだ? 私はなぜ渇く。どうすればこの渇きを潤せるのだ? 私は考えた。考え、至る。真理。世界の答えに」


 ニチャア、とベギアードは嗤う。

 そして、


「ぁう……!?」


 豚みたいな手を突っ込んだ。

 どこにってトルネライトの口にだ。

 太りすぎたイモムシみたいな指が桃色の舌を引っ張り出す。

 指は唾液で光り、トルネライトは少しえずいて苦しげに目を細めた。


「欲求だ! それこそが世界の答え。食欲! 性欲! 財欲! 知識欲! 出世欲! 支配欲! 欲欲欲欲欲……! これらを十全に満たすことこそ我が久遠の渇きを癒やす唯一の療治!」


 なぜかベギアードは上着をはだけた。

 居合斬りのような速さでベルトを抜き、下も脱ぎ始める。


「私は器の大なる人間でね。欲の器だ。これを満たし切るのは容易ならぬことよ。食欲を満たすべく飽食の限りを尽くし、財欲を満たすべく懸命に稼ぎ、知識欲を満たすべく勤勉に学び、出世欲を満たすべく爵位を買い、支配欲を満たすべく他者を踏みつけ、そして、性欲を満たすべく美しい女を集める。私の行動原理はすべて欲に淵源する。永久の渇きを潤すためだけに私は生きている」


 どんどん脱いでいき、ついには全裸に宝飾品だけという堂々たる姿になった。

 そして、言った。


「ブヒィ!」


 ――と。

 なぜ言ったのかはわからない。

 でも、言った。

 フルチンで国王のようにソファーに座し、傍らにトルネライトを抱いて、その舌をもてあそびながら、


「ブッヒィ!」


 と、また言った。


 軽い気持ちで覗きに来たが、すごいな。

 なんだこれ。

 もう、すごいとしか……。


 あのトルネライトがまったく抵抗しない。

 されるがまま。

 口内を明け渡して好き放題に蹂躙させている。

 舌をねじられても親指を奥まで突っ込まれても、たまに小さな声を上げて赤みのある顔を歪めるだけ。


 ガーファスもガーファスだ。

 止める気配すらない。

 ソファーにかけたまま、うつむいて震えるばかり。

 嫁を目の前で犯されているみたいな絶望顔だが、止めようとはしない。


「おおおおお! ブッヒイイイン! 満たされりゅ! ノオオオオ! あの気高き団長を、オオッ! 腹心の前で、エエッ! 犯すのは、アアッ! やはり、アアッ! イイ! ヨキィ! 嗜虐欲と支配欲と征服欲と性欲を同時に満たす、素晴らしき甘味! ブヒイイイイイイ!」


 ベギアードは茹でられたみたいに顔を真っ赤にして、眼球上転。

 よだれを垂れ流し、腰をヘコヘコしている。


「……」


 いやぁ、なんだろうねコレ。

 つか、こんなカスみたいなスピーチ、聴覚強化してノイズ・キャンセルしてまで聞きたくねえ。

 なんにせよ、アレだな。

 どうやら、あの豚はゾフィオーネの件でやってきたわけではないらしい。

 シエも言っていた。

 ベギアードはトルネライトに用があるのではないか、と。


「ハア……。ハアア……」


 ベギアードはでかい腹を上下させ、豚鼻をトルネライトの頬に押しつけた。


「我が108番目の愛妾トルネライトよ、フオォンフゥ……。君に手をつけずにいるのは、君が私の財欲を満たす存在だからだ。身重にしてしまっては稼げまい。ゆえに、猶予を与えている。しかるに、君は私が望むだけの富をもたらしてはいない。赤字でなければよいと思っているのならば心外だ。私が欲しいのは黒字ではない。金だよ。巨万の。私の巨大な欲の器を満たしうる莫大な富。君に期待しているのはそれだ」


 トルネライトが愛妾?

 ゾフィオーネではなく?

 108番目とか言っていた。

 あいつ、何人囲ってんだ?


「できぬと申すなら、……君には性欲を満たしてもらわねばならない。ンベおおおロンチョ!」


 キモい鳴き声とともに巨大ナメクジみたいな舌がトルネライトの横顔を這った。

 ちょっとアレだな。

 どれだ?

 アレだ。

 あー、…………よし。

 俺は《ほんの少しだけ冷静になるスキル》でほんの少しだけ冷静になった。


 アレだ。

 金銭を要求されているあたり、トルネライトは豚に借金でもしているのだろう。

 返済は順調。

 しかし、ベギアードを満足させるレベルではない。

 よって、返済の代替案を提案されている、と。

 えっちな返済プランだ。


「べ、ベギアード中爵、もうそのへんになさってください」


 ようやくガーファスが口を開いた。

 いつものオイ貴様キリング節はどこにもない。

 媚びるような笑みがなんとも情けない。

 ベギアードも肉厚な頬を持ち上げて微笑んだ。


「副団長、よく見ておれ。今から君が焦がれてやまぬ団長の唇を私が犯そう」


 べちょ、と。

 巨大ナメクジがトルネライトの耳を襲った。

 そこから、まさにナメクジが這うがごときスピードで唇に向かっていく。

 ガーファスの顔から血の気が消し飛んだ。

 漏らしそうな顔をしている。


(……っ)


 今。

 トルネライトがはっきりとこちらを見た。

 直感か、単に俺の気配隠匿力がゴミなのか、ともかく俺の存在に気づいたらしい。

 その薄く涙の張った瞳の意味は俺にはわからん。

 だが、女の子が困っているときには颯爽と助けるのが冒険者ってやつだ。


《10秒間胃がキリキリするスキル》

《まつ毛が目に入るスキル》

《くしゃみを出すスキル》


 俺は子供のイタズラみたいなスキルで畳みかけた。


「ウゴガガ!? 胃が、目ェエエエッ!? ぶひっくしょおおんん!」


 豚のお楽しみタイム、終了。

 そこの不埒者を処刑せよ、と騒がれる前に、俺はとっととトンズラした。


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