24 行き倒れのワケ
「聞いてくださいよぉ! トラッシュハルト様ぁん!」
「様はやめろ。ウザ絡みする元気があるなら帰れ」
「まぁま、そう言わずぅー」
明け方保護したゾフィオーネは昼までぐっすりと眠り、熱々のスープを1杯飲み干すと、顔に血色が戻ってきた。
で、現在、酔っ払いのおばさんみたいに管を巻いているところだ。
場所は俺の部屋。
異性を連れ込んだ都合、間違いがないようにギンジェロウにも立ち会ってもらった。
大きい・強い・モフモフ。
そのうえ、ペンギンなら絶対に間違いは起きない。
THE安心感。
それがギンジェロウだ。
「ほらほら、聞いてくださいよ、トラッシュハルトさーん。私、糞デブの野郎に襲われたんですよ」
ゾフィオーネはうええええんん、と手の甲で目をこすり、チラ、チラと俺の顔色をうかがっている。
俺のベッドで涙する少女。
淫靡で背徳的な香りがしそうなものだが、こいつの泣き顔は茂みの中から獲物を狙うパンサーのそれだ。
危険な香りしかしない。
俺はギンジェロウの陰に隠れた。
「襲いかかるなんて、そのクソデブーノさんってひどい方なんですね」
カットフルーツの盛り合わせを抱えてシエがやってきた。
そこにバナナもあるので、
「バアッッ! ナーッナアアアッ!!」
とグノンが窓から飛び込んでくる。
窓ガラスが飛び散らずにすんだのは、こんなこともあろうかと事前に開けておいたからだ。
俺、ナイスすぎる。
「糞デブの野郎というと、お前を愛妾にしようとしている物好きの?」
そうなると、糞ジジイの第三夫人のほうを蹴ったわけか。
「物好きってなんですか。まあ、その糞デブですよ。ベギアード中爵っていうんですけど、スーパー金持ちで、金さえあればなんでもできるとか思っちゃってる成金野郎で、元商人で、金で爵位まで買っちゃった不届き者なんですよ」
聞く限りではイケ好かない人物のようだが、ゾフィオーネも俺の中では好ましからざる人物に相違ない。
「パルドブルム家は下爵家なんですよねぇ。下級貴族の末娘なんて平民女と大差ありませんし、元商人の成金糞デブの愛妾でも、嫁入り先としてはマシなほうなんですけどねぇ」
ヒメロトゥリス真王国の貴族は下級~上級までの三階級に分かれている。
下爵は冒険者でいうならCランカー。
ひとつ上のBランカーってのはキラキラして見えるものだ。
パルドブルム家から見たベギアード中爵家もさぞ燦然としていることだろう。
「ゾフィオーネはそこから逃げて来たってことか」
俺は愚痴話の要点をまとめてみた。
「だって、いきなり脱ぐんですよ? それも顔合わせを兼ねたディナーの席で。私も脱がされそうになりましたし、普通逃げるでしょ」
「それでドレスが裂けていたのか」
今夜の夕食は貴様だブゥゥゥッ、とよだれを垂らしながら襲いかかる豚貴族を想像して、俺は変な笑いを浮かべた。
庶民から見た貴族像は得てしてそんなもんだが。
「あの、どうしてディナーの席で服を脱ぐんですか?」
シエがぽかーんとした顔でそう尋ね、
「いや、どうしてって……」
ゾフィオーネもぽかーんとした顔で口をパクつかせている。
ちなみに、グノンもフルーツの山からバナナだけ取り出してパクついている。
「ゾフィオーネ、答えなくていいぞ。うちの天使はピュアすぎてな、まず赤ん坊の出どころがコウノトリじゃないってところから説明しなければならないレベルだ」
「あー、トラッシュハルトさん、こういうのが好きなんですねぇ。女に純真さ求めるとかキモキモですねー。きっしょ」
なぜか俺が被弾したところで、ゾフィオーネがベッドの上で居住まいを正した。
「でも、ありがとうございました。行くあてもないまま一晩中さまよい歩いて、トラッシュハルトさんの顔を見たときは本当にホッとしました」
そう言って、頭を下げる。
今度は俺が口をパクパクさせる番になった。
「なんです? 変な目で見て、いやらしい」
「いや、ちゃんとしているなと思って。ゾフィオーネなのに」
「貴族令嬢、なんだと思ってんですか。お礼くらいちゃんと言えますよ」
そもそも俺はお前のこと貴族令嬢だと思っていない。
おしとやかにあらずんば、貴族令嬢にあらずよ。
「しかし、なんだな」
俺はギンジェロウの肩に腕を回した。
無駄に高い位置にある上に、なで肩だ。
干し方が悪かった洗濯物みたいにずり落ちそうになる。
「俺の部屋に美少女ばかり3人もいるのは最高だと思わないか?」
「色情にうつつを抜かすとは、愚かなり。腹を召されよ」
「ぐは……」
ヘソのあたりに翼がぶっ刺さった。
かくいうギンジェロウも普段よりチョンマゲが張り切っている。
修行が足りんな、サムライよ。
「なんかでっかい馬車が来たわよ? バナナ売りの馬車かしら」
テラスの欄干に逆さ吊りになったグノンが希望的観測を述べる。
猿系獣人の集落にならそんな馬車もあるかもな。
とか思いつつ表通りのほうを覗くと、それはもう立派な馬車が泊まっていた。
『星風の団』に来客らしい。
ドアが開き、中から貴族服の男が現れる。
樽のような腹を波打たせた丸い御仁が。
「ヒッ……」
ゾフィオーネが悲鳴。
胸元を押さえているのを見るに、
「まさか」
「は、はい。噂をすればデブですよ」
となると、あれがベギアード中爵か。
「用件が察せられるな。逃げ出した花嫁を連れ戻しにきたパターンだ」
「トラッシュハルトさん。助けてください」
ゾフィオーネが俺の服の袖を引く。
顔面蒼白だ。
「こんなのでも助けてあげないとと思ってしまう俺、お人好しすぎるな。俺、いい子すぎる」
「なんの自画自賛ですか……」
「裏手から逃げる準備をしておけ。こういう可哀想なお姫様を助けるのはサムライの役目だ。全権をギンジェロウに委ねるものとする」
「ム。御意!」
「御意じゃないですよ、丸投げじゃないですか!」
これは異なことを。
お前なんか丸投げで十分だ。
厄介事が服着たような奴だしな。
「もうギンジェロウさんでいいです! 私を守ってください!」
「ム。拙者に守ってほしいでござるか……」
ギンジェロウ、ちょっと嬉しそう。
悪徳貴族相手にサムライムーブかませるのは胸アツだよな。
じゃあ、そういうことで、いざとなったら頼む。
「あの方、ベギアードさんとおっしゃるんですか」
窓から目だけ出して覗いていると、隣でシエが暗い顔をした。
あのいつも光っているシエが暗い。
俺は初めて皆既日食を目撃した野蛮人くらいの衝撃を受けていた。
この世界、終わる?
「知っている人か?」
「はい。お顔だけですが。あの方はゾフィオーネさんに御用があって来たのではないと思います。きっとトルネ姉さんに……」
それだけ言って、黙りこくってしまう。
そうこうしているうちに、ベギアード中爵がギルド本部に入り、ほどなく1階の一室でカーテンが開いた。
「賓客用の応接間ですね」
とシエ。
その部屋なら、たしか、隣に控え室があったはず。
「俺が探りを入れてこよう。便利なスキルを持っているんだ」
「やだトラッシュハルトさんったら基本ゴミなのに今だけすっごく頼もしく見えますね! ついでに、あのデブ、ぶっ殺してきてくださいよ! それじゃお願いしまーす!」
「よし、ギンジェロウ。その性悪に切腹の作法を教えてやってくれ。介錯は俺が引き受ける」
「御意でござる」
「いやいや、シャレにならないですよぉ。私、逃げるとき、あの糞豚の顔を張り倒してきちゃったんで。最悪、死刑台送りなんですマジに……」
そりゃ大変だ。
ウケる。
俺は対岸の嫌いな奴の家の火事くらいの哀れみをゾフィオーネに向けた。
「案ずるなでござる」
ギンジェロウが柔らかい眼差しでゾフィオーネを見下ろす。
「死こそサムライの本懐なれば。受付嬢殿も腹を召されれば立派なサムライとして逝けるでござる」
「誰も死に様なんて案じてねえんですよ。なんなんですか、このペンギン……」
「サムライでござる!」
ギンジェロウがキリッ、としたところで、俺は応接間に足を向けた。




