21 戻ってこい
「おい、知ってるか?」
「ああ、『ゴミ山』の奴、『星風の団』に入ったんだろ」
「それだけじゃねえよ。新設された第6パーティーのリーダーに電撃大抜擢ってよ」
「さっそくドえらい成果を挙げたらしいわね」
「あいつ、先週ウチに面接に来ててよぉ。追い払っちまったオレはとんだ大馬鹿モンだぜ……」
白の塔から戻り、数日。
俺は出かける先々でそんな話を耳にするようになっていた。
つい先週まで俺を笑いものにしていた冒険者たちが、何かおっかないものでも見るみたいな目で遠巻きに指さしている。
目が合えば媚びるような笑みを浮かべて会釈される。
「あ、あの、『星風の団』のトラッシュハルトさんですよね!?」
「わぁーっ! サインくださいっ!」
いつだったか俺を「ばーかばーか! お尻ぺんぺぇーん!」と罵った悪ガキどもでさえ、シエみたいに目を輝かせて駆け寄ってくる。
これがトップギルドの冒険者か。
俺は雪解けと春の訪れを感じていた。
「ごっめぇーん! 待ったぁああ!?」
ギルド本部の表門まで戻ってきたところで、たんぽぽみたいな笑顔を振りまく少女が駆け寄ってきた。
そのまま、ガシィッと俺の腕にしがみつき、恋人ヅラをする。
もちろん、俺の春に恋人などという煌めかしいものは存在しない。
「お前を待っていた覚えはないぞ、ゾフィオーネ」
と俺は顔見知り程度の少女に白い目を落とした。
冒険者組合の受付嬢、ゾフィオーネ・パルドブルム。
貴族家の末子とやらで、たしか現在、糞ジジイの第三夫人か、糞デブの愛妾か、究極の二者択一を迫られて婚活中だったはずだ。
それがなぜ俺に抱き着いてやがる?
「やぁん、トラッシュハルト様ぁん!」
「様?」
「いつもみたいにゾフィーって呼・ん・で! あん!」
「あァン? 一回も呼んだことないぞ……」
まあ、こいつの考えは読めている。
俺を出世株と見て、すり寄っているのだろう。
「違うか?」
「はぁーい! 正解でぇーす! さっすが私のトラッシュハルト様ぁん!」
確認したら正解だった。
「私ぃ、トラッシュハルト様のことぉ、お慕いしていまーすぅ!」
麗らかな春のたんぽぽみたいな笑顔で、その目だけは暗闇に潜む猛獣のように冷たい。
「チョロそうな成金を見つけた行き遅れみたいな顔してるな」
「誰が行き遅れですか、むしろ出荷間際ですよ。焦っているのはその通りですが」
「お前の本性、知っているからな。抱き着かれてもドキドキよりヒヤヒヤが勝るんだよなぁ。今に怖いおじさんに囲まれてマネー要求されそうで」
美人局ってやつだ。
ゾフィオーネはチッ、と舌を打った。
「この私が媚びを売ってあげているんですよ? 普通、買いません?」
「買いません」
「なぜですぅ?」
「高くつきそうだからです。逆になんで売れると思った? さんざん俺を馬鹿にしておいて」
「そんな性悪な私を好きにできるんですよ? あんなこともこんなことも」
「ええい、想像させるな。想像力が汚れるだろ」
「え、ひどい……」
それじゃあな、と腕を振りほどき、俺はさっさと本部内に引き上げる。
……つもりだったが、ゾフィオーネはタコの魔物みたいに絡みついてくる。
「離せ。これから塔攻略に向けた打ち合わせをだな……」
「トラッシュハルトさんなんて、いなくてもいいでしょ! それより私とデートしませんか!」
「俺がいないと始まらないんだよ。パーティーリーダーだからな」
「え、それマジで言ってます? 自分がいないとダメだって? マジで実力で認められたとか思っているんですかぁ? 豚だっておだてられなきゃ木に登らないのに、ゴミッシュハルトさんはまあ、おだてられもしないのに高いとこまで登っちゃいましたねぇ」
嫌味なことを言ってくれる。
だが、そうだな。
もちろん、俺が実力で選ばれたわけじゃない。
団長が勘で選んだのだ。
ゾフィオーネは俺の正面に回り込んでいじめっ子じみた暗い目をした。
「どうせアレでしょ? トラッシュハルトさんってトルネライト団長のコレなんでしょ?」
コレとは立てた小指のことである。
「つまり、私がトラッシュハルトさんのコレになれば、私は団長のコレのコレというわけですし、ほとんどギルドを掌握したに等しいわけですよねぇ?」
「それはお前、糞バカの発想だぞ。見通しが甘すぎて妄想レベルだ。ヒモのヒモになるくらいなら、出家しろ。宗教はいいぞ? 人が死ぬ限り、食うに困らん」
「私に禁欲なんてできるわけないでしょ。頭の中ゴミですか、ほんと!」
「おい、どけェ――ッ!」
と胴間声を響かせたのは俺ではない。
「きゃん!?」
色香を振りまいていたたんぽぽが急に散って地べたに転がった。
登場したのは、いかめしい顔の大男。
美人局の男役。
と一瞬思ったが、俺の手首をむんずと掴み上げたその巨漢には見覚えがあった。
それも、メチャメチャ。
「よォ! 久ッしぶりじゃねえかァ、トラッシュハルトォ! ちゃんと飯食ってたかァ? 相変わらず枝みてえな細腕しやがって、まァ! おっし、こっちゃ来い! オレが安くてうまい肉たぁんと食わせてやっから! な? なァ?」
そう言って俺をグイグイ拉致ろうとするのは、デカイ・いかめしい・汗臭いの三拍子を揃えた元・雇用主。
Cランク冒険者ギルド『魔怒流接吻』のギルドマスター。
マドルギスその人である。
その後ろで雁首並べる悪党みたいな連中は、マドルギスの手下で、ギルドの構成員。
15人はいるだろうか。
俺は血が凍る気分だった。
悪漢どもに拉致られかけているから、ではない。
冒険者ギルドが、それもそのギルドマスターが先陣を切る形で、ほかのギルドの敷地内に大挙として押しかけているからだ。
これはタブー中のタブー。
国同士でいうなら領土への侵犯。
侵略戦争にも匹敵しうる重大な行為。
挙句、ギルド構成員たる俺を拉致となると、もう戦争だ、戦争。
ギルド間で戦争になりかねない超絶危険な行為だ。
マドルギス、こいつ何やってんだ!?
糞ボケなのか!?
「我がギルドに何か用かな?」
冷ややかな声が背後で響く。
……俺の血、完全に凍る。
永久凍血だ。
ずいぶんとお早い登場だが、きっと神のごとき勘が働いたのだろう。
振り返ると、やはりと言うべきか、翡翠色のポニテを揺らした女剣士がいた。
可憐にしておっかない、我らが代表。
トルネライト・フーヴェント団長である。
隣にはガーファス副団長の姿もあり、俺のパーティーの3人も一緒だ。
勢力的に言えば、5名VS15名。
彼我の戦力差は3倍。
だが、なんだろう、この空気……。
トルネライト一騎で当千というか、なんなら、悪漢ども全員がもうすでに斬られたような顔で立ち尽くしている。
トルネライトを中心に風が渦をなし、舞い上がった土や葉が俺の脚に当たるたびに電撃にも似たピリついた痛みが走る。
やっぱウチの団長、怖いな……。
まあ、怒っている美人はみんな怖いのだが。
「て、『天啓』のトルネライト……」
「隣のは『七星』のガーファスか」
「『星風の団』の二大巨塔だ。オーラすげえ……」
「うちの頭とは格が違うぜ」
「お、おおチお、落チチけ、オチ、落ち着けやァ野郎どもォ! おおんおォ……!」
マドルギスは部下の手前、肩をそびやかしている。
だが、顔中汗びっしょり。
もう泣きそう。
「私は用件を尋ねたのだが?」
氷さえも凍りつく恐ろしい問いかけで、マドルギスがついに泣く。
「ごめんなさいッス……」
「おい、貴様! 団長は用件をお尋ねだ! 答えろ! 殺すぞ!」
ガーファスの杖が石畳を打ち、七色の火花がえげつない音を立てた。
「えと、えとえとォ……。あの、その、あー。あれッス、ハイ。あのォ……」
マドルギスが俺の手を離し、そして、両手のひらで俺を指し示す。
「へえへえ、自分らはそのォ、こちらのトラッシュハルト君さん様にィ、そのォ、戻ってこいと申しますかァ、あー、戻っていらっしゃいませと申しに来たと申しますかァ、ヘエヘエ、へへへ……」
「殺すぞ!」
「ご、ごめんなさいッス……」
「――こほん」
とトルネライトが咳払いし、敵も味方も居合わせた全員がビクッとする。
「立ち話もなんだ。上がってもらおうじゃないか」
「い、いえ。自分らァ、ここで結構なんでスンマセン……」
というわけで、ここでなんぞ話をすることとなった。




