2 塔のダンジョン
ヒメロトゥリス真王国の王都には白亜の巨塔がそびえている。
その塔はあまりにも高い。
高すぎて、てっぺんは青い空に溶けている。
『ヒメロトゥリスの巨塔』――。
正式名称はそんな名前。
でも、みんな白の塔とか、空の塔とか、ヒメロの塔とか、アレとか、単に塔とか、テキトーに呼んでいる。
塔は5年ほど前、突然、空から降ってきて矢のようにぶっ刺さった。
下にあった王城を木っ端微塵する感じで。
塔がどこから来たのか、どこまで続くのか誰も知らない。
わかっているのは、大陸各地で同じ現象が起きているということと、塔の中がダンジョンになっているということだけ。
以来、王都ヒメロはダンジョン特需に沸き返っている。
村を追われた俺が冒険者になったのも、ビッグウェーブに乗って一攫千金を夢見たからだ。
しかし、往々にして、夢の前には現実って壁が立ち塞がっているものだ。
「お前、『ゴミ山』のトラッシュだろ? よぉ、有名人!」
「ゴミに拾ってくれって泣きつかれてもなぁ。いらねえとしかw」
「王都にゃ1000を超えるギルドがあっからね。『ゴミ捨て場団』みたいな名前ンとこ、探しなよ。あんたにゃお似合いさね、あはは!」
これが、その現実。
あの後、いくつかのギルドで面接を受けてみたが、結果は残酷だった。
冒険者は地獄耳だ。
『ゴミ山のトラッシュ』という蔑称はすでに界隈に知れ渡っているらしい。
「やーい! ゴミ山ぁー! ばーかばーか!」
「お尻ぺんぺぇーん! キャハハハハ!」
などと名前も知らないクソガキにまで笑われたところで、俺のメンタルは王城みたいに粉々になった。
よって、ギルド加盟を断念。
あぶれ者に残された唯一の道、ソロ冒険者街道を歩むこととする。
「あっ! ゴミッシュさん! こんにちはぁ!」
「『ゴミ山』のトラッシュな? 蔑称を略すな。本当にあっという間に広がるよな、悪い噂ほど」
塔の入り口で声をかけてきた少女に俺は肩をすくめてみせた。
春のたんぽぽみたいな笑顔の、しかし、目の奥には冬の冷たさがある、そんな少女。
彼女はゾフィオーネ・パルドブルム。
お偉い貴族家のご令嬢様だが、なぜか冒険者組合で受付嬢なぞやっている。
趣味はパッとしない冒険者をいびること。
つまり、現在、趣味の真っ最中ということになる。
「もしかして、これから塔攻略ですか? ゴミなのに」
「ゴミでも受け入れてくれるから、この塔は偉大だ」
「本当にそうですね。トラッシュハルトさんにはもったいない墓標です!」
「死ぬの前提で話すのやめてくれ。俺みたいな新米冒険者でも第1層までならいけるはずだ」
「そう言って戻らなかった雑魚、たくさん見てきたんですよね。あっ、最新の事例、発っ見ぇーん!」
俺の鼻っ面を細い指が突き刺す。
無駄に綺麗な指しやがって。
かじってやろうか?
「トラッシュハルトさん、お一人ですかぁ?」
「みんなゴミはいらないってさ。こっちもソロのほうが気楽でいいがな」
「……あれ、もしかして、自分のこと、孤高の冒険者とか思ってますぅ? 気分は一匹狼ですかぁ?」
ニヤニヤしながら顔を覗き込まれた。
図星だろ、って顔だ。
「トラッシュハルトさんさぁ、違うだろ。お前は一匹狼じゃねえだろ。ぼっちだろ。やーい、このゴミぼっち」
「そうは思わない。俺には100人も仲間がいるからな」
俺は《ステータス魔法》でスキル一覧を表示した。
光る板みたいなものが浮かぶ。
これは、塔が現れた頃から誰でも使えるようになった未知の魔法だった。
「うわ……」
「どうだ? すごいだろう」
板はまるで光の川だった。
《スキルコレクト/神与収集》は周囲の人のスキルを近い順に収集する。
王都は人が多いからスキルも多い。
人の流れがそのままスキルの流れになって川みたいに押し寄せてくる。
選り取り見取りだ。
「俺の自認が、傷ついた孤高の一匹狼なのはその通りだ。だが、孤高であっても孤独ではない」
キリッ、と俺は言う。
つい、売り言葉に買い言葉でこう言ったが、ひとつの真理かもしれない。
実際、俺は少し勇気が湧いてきていた。
「100人分のゴミでしょ? あっ、あれですね! 寂しいおばあさんの家がゴミ屋敷になるやつ! 物で心の穴埋めるやつ! やーい、ゴミ山ばあさーん!」
こいつ、本当にかじってやろうかな。
上手にかじれば、善良な部分だけが残るかもしれない。
「ちょ、なんでおいしそうもの見る目なんですかぁ! きっも! きもきも!」
石を投げてくるゾフィオーネから退散。
「死ぬなら私の見えるところでお願いしまーす! 笑顔で看取って差し上げまーっす!」
そんな地獄みたいな見送りに背を押され、俺は塔に踏み入った。
俺のほかにもアリの行列みたいに冒険者が出入りしている。
しかし、3分も歩けば喧騒は鳴りを潜めた。
スキルの川も流れを止める。
俺の前には、縦横無尽の階段と複雑怪奇な通路が静かに広がっていた。
白亜の大迷宮。
白の塔のダンジョンである。
「さて、宝探しといきますか!」
明るい声で自分を鼓舞。
……するつもりだったが、虚しく響いた声が孤独感を煽っただけだった。
まあでも、ワクワクするのも事実。
前に来たときは荷運び用のロバみたいにマドルギスたちの後をついて回っただけだった。
自分で見たいところを見られるのは普通に楽しい。
「ここ、怪しいと思っていたんだがな」
大広間のような場所。
荘厳な雰囲気に反して、伽藍の堂。
釘一本落ちていない。
目につくものといえば、もっぱら壁画くらい。
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星と線からなる謎のマークはダンジョンの至るところで目にする。
壁画はそれをより詳細に描いたものらしかった。
金箔でも使われていたら剥いでやるんだがな、残念なことに見当たらない。
芸術じゃ冒険者の腹は膨れぬ。
ほかのところを探すか。
そして、小一時間が経過。
「……いや、見事に何もないな」
さすが冒険者だ。
合法的山賊と言われるだけはある。
どこも根こそぎ持ち去られていて、何も残っていない。
収穫後の畑からゴミ芋をあさるつもりで来たが、葉っぱ一枚見つかりゃしない。
砂漠か、ここは……。
「上の階層に上るしかないか……」
最底辺冒険者の俺が安全に活動できるのは第1層までだ。
この上の第2層になると、魔物と罠の量が格段に増える。
リスクを取るのは最終手段。
まずは、できることを試そう。
「《何かが見つかるスキル》――発動!」
俺は手のひらを広げた。
すると、光の粒が現れて、ホタルの群れみたいに通路の奥に流れ始める。
何が見つかるかはわからない。
しかし、とにかく「何か」は見つかる。
そんなスキルだ。
対象をまったく選べないのがいかにもCランクスキルって感じだな。
「きゃああああああ」
通路をいくつか折れたところで悲鳴が響いた。
魔物たちが冒険者に群がる、そんな一幕に遭遇。
「何か」は「同業者の窮地」だったらしい。
アタリを引いたような、大ハズレのような……。
ひとつため息をつき、俺は剣に手をかけた。




