3 塔の魔物
きゃあああ、きゃぁああ、と白い通路に響く悲鳴。
少女が1人、魔物が5体。
だいぶ切迫した雰囲気だ。
「ち、近寄らないでくださぁい……!」
と杖を振り回している少女には見覚えがある。
組合のロビーで会った白髪の子だ。
一緒にゴミを拾ってくれた、あの。
魔物のほうは犬ヅラのゴブリンみたいな連中。
石器じみた武器を持ち、ワイルドというよりは野蛮。
塔固有種の小犬鬼だ。
通称、白ボルト。
「……ギポ?」
「ギャギャギャ!」
「ヴィィヤ! ハギャアヴィ!」
赤い目が俺を発見。
乱杭歯の口元に浮かぶ表情は、――笑み。
ラッキー、獲物が増えたギポって顔。
犬どもにひと目で獲物認定される俺の貫禄の無さよ……。
種を越えてゴミ視されるとか惨めすぎんだろ。
少女も俺に気づいたようだ。
俺を見て真っ青になり、そして、なぜか笑顔になる。
「わ、わたしは全然平気です……っ! 自分でなんとかできますから!」
震える細い腕がガッツポーズした。
今にも泣きだしそうな、悲壮の笑み。
とても平気そうには見えない。
この子は他人を巻き込むまいと努めて強気に振る舞っているのだ。
本当は泣きたいのを我慢して。
ご尊顔のみならず中身まで天使らしい。
おかげで見捨てる選択肢が完全に消えてしまった。
「もう大丈夫だ」
と剣を抜く、俺。
さて、誰か教えてほしい。
一体何が大丈夫なのだろう?
俺は今日初めて剣を抜きました。
コボルトと向き合うのも初めて。
討伐経験?
もちろん、ありません。
コボルトは最低ランクの魔物だが、俺の目にはめちゃめちゃ強そうに見える。
5体もいればなおさら……。
勝ち目?
…………ゼロだね。
「よし! やっぱ逃げるか!」
速攻で作戦変更。
俺は剣を仕舞って、
「目をつぶれ!」
と少女に叫んだ。
で、何をするかっていうと、こうだ。
「《手から泡を出すスキル》――!」
俺の手からシャボン玉みたいな泡が出る。
七色で綺麗。
でも、それだけ。
「ギギ! ギピョポォ!」
「ギギギピャピャピャアア!」
コボルトたちも腹を抱えて笑っている。
アノ人間ウケルギポ、ギャハハって感じ。
あんまし人間様を舐めるなよ?
「《水を唐辛子テイストにするスキル》! からの《ちょっと風を起こすスキル》!」
俺はスキルを重ね掛けにした。
シャボン玉が赤く染まる。
それを風が押し出し、赤シャボンの吹雪が起きる。
コボルトたちは泡まみれだ。
そして、次々にバブルが弾け、飛び散るのは赤い飛沫。
それが目を、口を、鼻を襲う。
「ギ……!? ヴギャアアァォオオ!?」
「ギャン、ギャ! ポギイイイイ……ッ!」
断末魔というほどではないが、絶叫が通路に反響した。
「来い! 走るぞ!」
俺は少女の手――超柔らかい――を引いて白い迷宮を右へ左へ。
5分ほどノンストップで突っ走り、さすがにもういいだろ、と足を止める。
「ここまで逃げれば、なんとか……」
鼻のいい魔物だが、嗅覚は潰したはず。
追ってはこられないだろう。
「ありがとうございます! 助けていただいて!」
少女は肩で息をしながらなんとかそう吐き出し、俺を見上げて遅ればせながら息を呑む。
「あっ、組合ロビーでお会いした……。たしか、ゴミヤマーノ・トラッシュさん、でしたよね?」
「おい、二つ名が名前っぽくなってるぞ。正しくは『ゴミ山』のトラッシュハルト・オルデュールさんだ」
ちなみに、オルデュールは故郷の村の名。
しがない農家の出だから、本当は家名などという高尚なものはない。
メッキ程度の箔になればと勝手に名乗っている。
そこに漂う小物臭……。
「わたしはシエロマリア・フーヴェントといいます。みんな、シエと呼んでくれてます。駆け出し冒険者ですっ!」
小さな体を折って、ぺこり。
少し舌がもつれた感じの声が逆に可愛らしい。
見ろよ、この愛くるしい小動物を俺は助けたんだぜ。
人類社会に多大な貢献をしたことは言うまでもない。
よくやった、俺。
「シエは治癒術師か?」
白を基調とした魔術師用ローブを見て、俺は首をかしげる。
「ヒーラーでソロなんて珍しいな」
「はいっ! どうしても実績が欲しくって!」
n階層を単独踏破――。
そういう肩書きは冒険者にとってわかりやすいステータスだ。
入団条件にしているギルドも多い。
「でも、軽率でした。トラッシュハルトさんにご迷惑をおかけしてしまって……」
シエは泣きそうな顔でおろおろし、三拝九拝で平身低頭。
「本当にありがとうございました! トラッシュハルトさんがいなかったら、わたし、いっぱい死んでたと思います!」
「1回しか死ねないと思うが、まあよかったな」
「はい、よかったですっ! いっぱいお礼を言わせてください!」
「それも1回で足りるから」
落ち着きがないところが子猫みたいで可愛らしい。
頬のほんのり赤いところなんて顔面毛むくじゃらの猫には絶対真似できない。
この世に猫を越えるカワイイが存在することに、俺はデカイ塔が突然降ってきたような衝撃を受けていた。
「っ……」
シエが小さい眉を歪めた。
手の甲に、打撲痕がある。
痛ましい。
コボルトの石斧が当たったのかもしれない。
「この程度なら治癒の必要はないと思うが」
「そうですね。うう、でも、痛いです……」
「それなら、いいスキルがある」
俺がシエの手を取ると、
「あ、あれっ? 痛いのが……消えちゃいました!?」
空色の瞳が白黒している。
「何をしたんですか?」
「《触れているところの痛みを少し消すスキル》だ」
「え? でも、トラッシュハルトさんのスキルって泡を出す可愛いやつなんじゃ……。そういえば、泡を赤くするスキルも」
「俺はスキルを100個持っているんだ」
「100個ぉ!?」
「こんな感じで、な」
《前髪をくるくるにするスキル》で前髪をくるくるにし、《爪から火花を散らすスキル》で爪から火花を散らしてみせる。
すると、シエの顔がパーッと輝いた。
「トラッシュハルトさんはすごいですっ!」
「すごくないよ」
「いいえ、すごいですっ!」
「全然すごくないって」
「すごいんです! 絶対すごいですっ!」
「いや、本当に俺なんてな」
「す、すごいもん……!」
パールのように煌めく顔から輝きが失われ、曇り空みたいな空気が到来。
シエは今にも雨を降らしそうな表情になる。
「トラッシュハルトさんはすごいもん……。わたしのヒーローなんだもん! 助けてくれたもん!」
「お、おーっし。おしおし、俺はすごい。すごいぞ、俺は」
この子を泣かすくらいなら、自分のことをダイヤの原石だと思っている石炭を演じるほうがマシだ。
今日から俺はダイヤモンドだ。
キラキラキラー。
「さて、帰ろうか」
「はい……。こんなにご迷惑をおかけしたのに、得るものなしでした。わたし、ダメダメです」
「失ったものもないし、経験と教訓は得た。元は取れたと思うぞ」
「そうですね。それに、トラッシュハルトさんとまた会えましたしっ!」
あ。
まぶしい。
少しべそをかいた笑顔が濡れた宝石みたいな煌めきで照らしてくる。
こんな子と手繋ぎで外まで、か。
身に余る光栄はむしろ苦悩だな……。




