18 飲みニケーション
「どうせオレなんてぇよぉ……ひっく」
「し、しっかりしてください。ギンジェロウさん」
第4層・中央神殿、裏手。
シエの膝の上で2頭身のデブペンギンがめそめそしている。
ギンジェロウは酔うと泣くタイプのサムライらしい。
「すみません、トラッシュハルトさん。わたし、3回も治癒魔法かけたんですけど……」
「酔っ払いは病気でも怪我でもないからな」
治癒魔法が効きにくいのだろう。
「あとは自然に酔いが抜けるのを待つしかない。酔っ払って管を巻くペンギンなんてそうそう見られるものじゃないから、ゆっくり眺めていよう」
「ひっく、オレはペンギンじゃねえ……! 呪いでペンギンになったんだよぉ!」
うわああああんん、とギンジェロウ、号泣。
「呪い……」
王都に来てから聞くようになったワードだった。
人智の及ばない現象で、神罰とも呼ばれている。
それ以外のことはよく知らない。
「よかったら、詳しく話してくれないか?」
口数の少ないギンジェロウが自分からくちばしを開いている。
謎多きコイツを解き明かすチャンス。
そう思い、俺は恐る恐る踏み込んだ。
「聞くも涙、語るも涙だぜぇ……」
「どんと来いだ」
ちなみに、グノンは今、俺の膝を枕にしてヘソ出して寝ている。
サケフキの酒気に当てられてぐっすりだ。
「あれは5年前、オレがまだ8歳のときの話だ」
ギンジェロウがそう語り出し、
「……ん?」
「……へっ?」
俺とシエは同時に小首をかしげた。
「さっそく話の腰を折ってすまないんだが。あー、5年前に8歳なら、ギンジェロウは今13ということになるな……」
「なっちゃいますね……」
「ひっく、何言ってんだ。オレは普通に13だ。見りゃわかんだろ……」
「ペンギン年齢なんてわかるわけないだろ。若っか……。中身おっさんだと思ってた」
「ですよねっ!? わたしも中身がおじさんなのが逆に可愛いと思っていたのでショックです!」
「……ぇ」
今度は俺一人で首をかしげることになった。
ともかく、話の続きを頼む。
「ある朝、起きたら、オレはペンギンになってたんだ……」
「それはー、突然だな」
「オレも超びっくりした、うう……。オレの地獄が始まったのはそっからだった」
ギンジェロウはおいおいと泣く。
短い翼で目をゴシゴシ。
短すぎて微妙に届いていないのが情けなさに拍車をかけている。
「うう、家族にも信じてもらえなかったんだよぉ……。オレだよオレ、オレオレって言ってるのに、ギャアアアア、ペンギンがしゃべったああああ、って逃げ出しやがってよぉ……」
「まあ、そうなるだろうな」
「でオレは家から叩き出された。そんで孤児ペンになったんだ」
孤児ペンってなんだ。
そういうジャンルがあるのか?
「ほんとに地獄だった」
ギンジェロウの目から重い涙の粒が滑り落ちた。
「孤児の大半は1年以内に死ぬからな。冬を越えられず雪の中で……。大変だっただろう」
「いや、冬は快適だった。天国かと思った。オレ、冬好き」
「ああそう」
「やべえのは夏の暑さだ。あの日もオレは橋の下でお湯みたいな川につかっていた。そしたら、ペンギンさらいどもが来て、オレを捕まえたんだ」
「何さらいって?」
「ペンギンさらい。で、サーカス一座に売られて籠の鳥だ。毎日見世物にされたんだぜ? 火の輪くぐりもさせられて焼き鳥になりかけたし、お歌も歌わされて、おまけにメシは毎日生魚だ。まあ、それはおいしかったけど」
「おいしかったか。そっか」
ジャンルとしては、ヘビーな話だ。
しかし、いかんせん絵ヅラが酔って泣く中年ペンギン。
あまり同情心が揺さぶられない。
その点は申し訳ないと思っている。
「檻を自力で曲げて逃げ出したオレは、」
「すごいパワーだな」
「親友に助けを求めた。毎日遊んでた友達に。でも、しゃべるペンギンはキモいっていじめられた」
「よくそんなパワーの奴、いじめられるな」
「そんなとき、オレを拾ってくれたのがあの人だった」
弱々しく揺れていたギンジェロウの瞳に、強い輝きが戻ってきた。
下を向いていた楊枝が勇ましく上を向く。
「あの人はペンギンさらいに捕まりかけていたオレを助けてくれたんだ。刀も抜かずに一瞬で。異国の服を着た人だった。こうやって、いつも笹の葉をくわえていた」
それは黒の塔があるという遠い海洋国家の剣客だったのだろう。
ヒメロトゥリス真王国は、大陸各地の塔有国と国交を結んでいる。
使節団に随行していた人物かもしれない。
どうでもいいが、話しているうちにギンジェロウの体が4頭身くらいに戻ってきた。
シエがちょっと重そうにしている。
酔いが醒めるときも近いようだ。
「その人はオレに言ったんだ。お前もサムライになれ、って。ペンギンでもサムライになれる、って。サムライは生き様だ、って」
ギンジェロウは噛み締めるようにそう言った。
「オレ、人は見た目じゃねえって気づかされた。こんな姿になっちまったけど、それでも生き様は選べる。オレはあの人みたいな真のサムライになりたいんだ」
でかいペンギンと異国の剣客が二人並んで一心不乱に刀を振っている。
そんな光景を想像して、俺は少し胸が温かくなった。
「そういや、あの人も魚をナマで食べてたっけ」
ギンジェロウは湖面を泳ぐ光る魚たちを見て、寂しげな遠い目をした。
そうか。
そのサムライとは道を異にしたか。
お国の事情か、それとも、死に分かれたか。
問いただせるほど俺は図々しくない。
「そいつ、死んだの?」
俺の膝を枕にしていたバカヤローがいつの間にか起きていて、鼻をほじほじしながら土足で踏み込んだ。
俺のゲンコツがもちろん炸裂する。
ごがん。
「ところで、あー、ギンジェロウは呪いをどう思っているんだ?」
露骨だが、話をそらす。
「オレは『塔の呪い』だって思ってんだ。オレがこんな姿になっちまったの、王城に白の塔がぶっ刺さった次の日だったし」
その推測を裏付ける証拠になるかは不明だが、実際、『呪い』の報告例は白の塔近郊に集中している。
俺がいた田舎では聞いたこともなかった。
「だから、オレは冒険者になったんだ。この塔の秘密を暴いて、元の体に戻るために」
「そうだったのか」
――羨ましいな、俺もペンギンになりたい。
そう言ってしまった俺は、どうやらグノン以上のバカヤローみたいだ。
いや、美少女の膝でよしよししてもらえるならペンギンでも構わないと今もガチ目に思ってはいるが、本人に言うべきではなかった。
ごがん。
自省しておく。
「う、うぅ、ギンジェロウさぁん……!」
感極まったシエがボロ泣きで抱き着く。
俺も膝を進めてギンジェロウのなで肩に手を置いた。
「ギンジェロウ、話してくれてありがとな」
「話して、くれて……で、ござるか?」
一瞬ぽかーんとしたギンジェロウ。
その顔が思春期の男の子みたいに赤らんだ。
いや、ペンギンの顔色とかわからんが。
「ム……! これは失敬した!」
シエの膝枕から飛び起きたギンジェロウが8頭身で正座する。
酔いが醒めたって顔だ。
「拙者はサムライにござる。酔って泣き言を吐くなど恥も恥。ええい、この腹、かっさばいてくれようか!」
やめとけ、やめとけ。
「ギンジェロウ、俺にも協力させてくれ」
俺は膝を正して、そう申し出た。
「別に哀れみで言っているわけじゃない。仲間のために何かしたいと思っただけだ」
刹那、ギンジェロウと視線が重なる。
彼は少し驚いたようだった。
「トラッシュ兄さんの目にはオレを見下す色がねえな……」
「俺も見下される側だったしな。一番嫌いな目を仲間に向けるわけないだろ」
そう返すと、ギンジェロウの瞳がキランと光った。
「そのセリフ、あの人にちょっと似てるな」
そうか?
そいつは恐れ多いね。
「わたしも力になりたいですっ!」
とシエが涙目で強訴し、
「ま、あたしも考えてやってもいいわよ。貢ぐバナナの量にもよるけどね」
とグノンがグゥゥ、と腹を鳴らす。
「シエ姉さん、グノン姉さん……。ありがとう、オレ嬉しいよ」
ギンジェロウはでかい翼で顔をゴシゴシ拭い、居住まいを正した。
「拙者もこのパーティーの一員として、水火も辞せず奮闘する所存にござる。あらためて、よろしくお頼み申す」
こういうのも飲みにケーション?
なんにせよ、心の距離ってやつが一段と近づいたのを俺は感じていた。




