16 サムライの妙技と現在地
「もしかしたら、第4層かもしれないな」
暗渠のような場所に俺の声が響く。
水面を覗き込むと、光る水草が繁茂しているのが見える。
光る小魚が群れをなし、光るクラゲが漂い、光る浮き藻が流れていく。
第4層『豊水の影龍殿』は水没都市のようなロケーションらしい。
第3層と違って天井は光ったりしない。
代わりに、水中にあるいろいろなものが光っている。
俺も行ったことはないが、聞き及んだ特徴とここは合致している。
「じゃ、この上は高層域なのねッ!」
「白の塔・第5層でござるか。想像するだに武者震いが止まらぬ」
「もーっ、わたしたちの目的は中層域のマッピングですよ」
「だな。とりあえず、見晴らしのいいところに出て、正確な位置を掴むか」
ぱちゃん。
水音がして、一同急にシーンとする。
「と、トラッシュハルトさん! あそこっ! 水面に何かいますよ!」
シエの細くて可愛らしい人差し指が指しているあたり。
黒い水面に目が2つ並んでいる。
――ぱちくり。
まばたきをした。
まぶたがあるなら、魚ではないな。
「な、なんでしょう、あれ。こっちをじっと見てますよ……」
「目が顔の正面に来る動物はだいたい肉食獣だ。敵に正確に狙いを定めるためにな」
水面から目だけ出す水棲肉食獣となると、数えるほどしかない。
でも、
「水魔かもしれないな」
第3層の遺跡にいた、あいつだ。
俺たちを水の多いエリアに追いやって捕食するつもりかもしれない。
なんにせよ、狭い水路は俺たちに不利。
「移動するぞ」
水路沿いの小道をなるべく静かに進んでいく。
水面には至るところに目が浮かんでいて、俺たちをガン見し、そして、水面下をスルスルとついてくる。
いつの間にか、目の数は40個くらいになっている。
「いや、怖いんだが」
「さすがのあたしでもアレはビビるわね……」
グノンが俺の背嚢によじ登ってきた。
いや、重いんだが?
「おっ」
曲がりくねった水路の先にようやく明かりが見えてきた。
開けたところに出るようだ。
ただ、水路の出口には鉄格子が渡されている。
「目は粗いな」
背嚢は少し引っかかったが、なんとか通り抜けられた。
グノンが脱柵する猿のようにスルリと上を抜け、シエは大きめの赤ん坊みたいに這い這いして下から抜ける。
……問題はこいつだ。
「ギンジェロウ、この隙間、通れそうか?」
「心配無用にござる。サムライの妙技をご覧に入れようぞ。……ムムムッ!」
「いやいやいや……」
ギンジェロウの巨体がアコーディオンのように縮んだ。
8頭身ペンギンが2頭身ペンギンになる。
「これぞ、我がスキル《頭身変化》にござる!」
こいつのスキル、《ペンギン化》じゃなかったのか。
という素朴な驚きはともかく、ギンジェロウも無事、脱柵完了。
えっほ、えっほ、とばかりに小さな体で駆けてくる。
上背が減った分だけ、横幅が増している。
スイカみたいに丸い。
デブペンだ。
「わあっ! 可愛いです!」
むぎゅっ、とシエが抱き着いた。
しかも、頬ずりまで。
「羨ましいな、俺もペンギンになりたい……」
そう言うと、ギンジェロウの顔が少し陰った。
いや、ペンギンの顔色とかわからないから気のせいかもしれないが。
ちゅぽん、ちゃぷん……。
目が次々に沈んでいく。
水面下に鉄格子の切れ目があるのかもしれない。
「水辺から離れよう」
節操のないニワトリみたいにバタバタと階段を駆け上がる。
シエにぬいぐるみみたいに抱っこされたギンジェロウがガチで羨ましい。
つか、2頭身になると体重まで軽くなるのか。
おそらくAランクのスキルだろう。
使い方のバリエーションが豊富そうで、そっちも羨ましい。
「ワニだったのねッ!」
一足先に上り切ったグノンが階下を見下ろして言う。
水面にわらわらと集まり、こちらを見上げる長い影。
そのシルエットは8本脚のワニだ。
「蜘蛛鰐だな。第4層の固有種だ」
階段を駆け上がると、眼下に広大な湖が広がった。
水中には都が没し、その大通りを光る魚の群れが行き交っている。
なんともまあ、幻想的な光景だ。
第4層『豊水の影龍殿』は階層の8割が水没している。
残りの2割は水面より上にあるが、うち半分は湖の中央にある大神殿が占めている。
中央神殿へたどり着けた者はいないと言われている。
主に、下でバシャバシャやっている水棲魔物せいだ。
それと、階層名の由来になった巨大生物のせい。
要するに、ほんの1割しかマッピングできていない階層ってこったな。
「中央神殿、どこだろうな……」
見渡してみたが見つからない。
遠くに岸辺がぐるりと見えるだけだ。
「向こうに岸があるということは……」
俺たちは揃って振り返った。
そこには、山のような神殿がそびえていた。
「げ、ここが中央神殿かよ」
360度、水、水、水……。
到達不可能と言われた中央神殿に来ちゃっている。
上陸第一号だ。
とても名誉なことだと思う。
ほかの冒険者に話せばめちゃめちゃ羨ましがられるだろう。
だが、俺は賢いので致命的な問題点にすでに気づいている。
到達不可能ということは、だ。
脱出不可能ということではないのか?
いや、俺だけじゃない。
みんな賢い。
だから、だんまりを決め込んでいる。
若干一名キャッキャ、キッキしている小猿もいるが、あいつはノーカンとしよう。
「見なさいよ、ほら! なんか来たわよ!」
立ち並ぶ石柱の上からグノンが棍棒で水面を指す。
そこにあるのは、巨大な影。
第4層では、悠然と泳ぐ巨影が何度も目撃されている。
『影龍殿』の由来となった影。
だが、その姿を見た者はいない。
正体不明。
4層の湖にいるから「ヨッシー」とも呼ばれている。
水面がこんもりと盛り上がり、どばああんん、と弾けた。
そして、それは巨体を高々と躍らせた。
「……」
「………………」
「……」
「…………」
そいつはまあ、下馬評通り、でかいドラゴンだったわけだが、俺たちを圧倒し、絶句させるだけのスケールを持っていた。
水しぶきを頭から浴びながら、俺は高らかに言った。
「よし、飯にするか!」
ワニを含む、全員分の視線が集まる。
いや、だって、そうだろ?
あんな奴がいる湖を渡れるか?
渡れるわけないだろ。
俺たちはこの孤島のような神殿に閉じ込められたってわけさ。
実感こそ薄いが、絶体絶命の状況だ。
飯食って、ちょっと落ち着こうぜ?
それが今一番すべきことだと俺は思うな。
あと、単純に腹減った。
恐怖で震えるにしても、絶望で泣きわめくにしても、エネルギー補給は必要だろ。
「そうですねっ! トラッシュハルトさんがおっしゃるなら間違いないです!」
「腹が減っては戦にならぬでござるな」
「あたしも無性にバナナ食べたいわ。ま、いつでもそうだけど」
そういうことになった。
眺めのいいところを探して、ランチタイムだ。




