15 差し伸べた手に
転移門がどこに繋がっているかは飛び込んでみないとわからない。
だが、ある程度の予想はつく。
黒いモヤモヤは暗所に繋がっている。
白いモヤモヤは明るい場所に。
この二つはゲートの中では比較的安全な部類。
ヤバイのが火を噴くモヤモヤと水が湧くモヤモヤ。
転移先は火の海か、水中。
だから、俺はゲートに落っこちたとき、ただちに息を止めていた。
ボコボコ、と泡が乱舞する音。
真っ暗な水の中。
近くで藻掻く気配はたぶんグノンだろう。
胸がウッとする冷たい水だった。
「……!」
闇の中にぼんやりと光を見つけ、俺はグノンを引っ張った。
左右盲に加えて上下失認。
でも、水中じゃたいてい明かりがあるほうが上なのだ。
『ヴぇ!? ぼこぼこ……』
『ムキイイぼこぼこ……ッ!』
しかし、予想は裏目に出た。
光っていたのは水草。
ホタルみたいにぼんやり発光している。
紛らわしい草野郎だ。
「《荷物の浮力を上げるスキル》ぼこぼこ……」
便利なスキルを持っていたことを思い出した。
背嚢に引っ張られ、光る水草から離れていく。
まつ毛にまとわりついた泡すら恋しくなった頃、急にあたりが明るくなる。
3つの光る玉と、水面に揺れる白い影。
シエだとすぐにわかった。
「ぷは……ッ」
「ンッキイイ……!」
水面を割るとスエた臭いがした。
どこだここ?
白い石材を組んで造った水路のような場所。
「トラッシュハルトさん! グノンさん! ご無事だったんですねっ!」
ぐしょ濡れの天使が薄闇の中で笑った。
「おお、ご両名ともご壮健そうでなにより! 拙者のせいで面目ない!」
ギンジェロウも無事だ。
俺たちはひいひい言いながら水路の縁に這い上がった。
「すべて、水魔の、罠だったのかもな。階層主の、幻影を見せ、俺たちをゲートに落とすための」
あのジャイアント・マガマカクはグノンの氷魔法を大袈裟に避けていた。
水魔の弱点は氷だ。
やけに動きが単調だったのも、一撃食らったグノンが骨折ですんだのも、本物の階層主じゃなかったからだろう。
なにより、血が赤くなかったのが決定的。
そんな話をハアハアしながら3人に伝える。
「あんた、よくこの状況で、分析とか、してられるわね……」
「さすがトラッシュハルトさんですっ! 息も絶え絶えなのに頭の中は理路整然です!」
「納得でござる。拙者も斬りつけた感触に違和感を覚え申した」
「……ウギッ」
グノンが腕を押さえて丸まった。
シエが駆け寄っていく。
「患部を見せてください!」
「このくらいツバつけとけば治るわよ。ペッペ」
「腕が折れてますね……」
それは、美少女の生ツバをもってしても治りそうにないな。
ヒーラーがいるのは不幸中の幸いだ。
「我、癒やしの女神ヒルセラピアに祈らん。臥したる子らを静かなる木漏れ日で包み、在りし日の面影に重ねたまえ。――《キュア・リット/下級治癒》」
スエた臭いが払われ、束の間、春のお花畑の空気が流れる。
清涼な光の中、真っ白な長い髪を波打たせるシエは、翼を広げた女神様みたいで思わず拝みたくなった。
「あんたの治癒魔法、すごいわね……。これ、下級でしょ?」
「ごめんなさい。わたし、まだ下級治癒までしかできなくって」
いや、それでも十分っぽい。
下級治癒はかすり傷など軽傷が対象だが、明らかに骨折まで治っている。
「魔法は性格的な面が反映されやすいからな。人をいたわるシエの心根が、他者を癒やすという方向にブーストをかけているんだろう」
俺はチラッとグノンの顔を見つつ、言った。
「……悪かったわね。あたしが人をいたわれない奴で」
そこから水の流れる音だけが続いた。
しかし、不快な沈黙ではない。
グノンはもぞもぞしながら俺たちをチラ見している。
「あー、もうッ!」
ついに観念したか、そう叫び、グノンが正座した。
「あ、あの、その……ぐぬぬ」
ぐぬぬ?
「ごごご……」
ごごご?
「ごごご、め、………………ごめんなさい」
大きな耳の裏側が見えるくらい、ぺこり。
それは、グノンという人間にはおよそ似合わない、真摯な謝罪の姿であった。
「あのとき、おいてかれると思ったわ。あたし、身勝手だし、うざいから」
おいてかないで、と叫んだとき、グノンの顔には本物の恐怖があった。
過去においてけぼりにされたことがあるのかもしれない。
「あたし、第6パーティーの一員だって認められたくて……」
そう聞いて、俺はグノンの別の言葉を思い出していた。
『あんたたちもあたしをのけ者にするの?』
奔放で反抗的な元々の性格に加え、Sランク級の利かん坊。
どこに行っても厄介者扱いだっただろう。
ソロ冒険者をやっていた俺も「孤独」ではあったが、グノンのそれは、また少し意味合いが違う。
集団の中での、「孤立」――。
そこに、「孤高」の意味はない。
『ゴミ山』と呼ばれた俺以上に「独り」だったのだ。
『あいつをぶっ倒してあたしを認めさせてやるわ!』
とも言っていた。
グノンなりに認められようと藻掻いたわけだ。
お宝を発見したとか、階層主を倒したとか、わかりやすい成果が欲しかったのだろう。
まるで山盛りのバナナを献上して群れに入れてもらおうとするハグレ猿のように。
しゅん、として下を向くグノンの肩は3歳児みたいに小さかった。
「まあ、なんだ。身勝手でうざいのはグノンの魅力かもしれないぞ。従順で静かなら優秀な冒険者になれるわけじゃないしな」
『魔怒流接吻』時代の俺は、邪魔にだけはなりたくなくてイエスマンに徹していた。
それでわかったのは、なんにでもハイハイ言う奴は一番信用されないってことだ。
ゴミみたいに捨てられて終わりさ。
でも、やりすぎもよくない。
大事なのは程度だ。
グノンに必要なのは、そのちょうどいいラインを探すための時間。
で、その時間をグノンに与えることこそがリーダーたる俺の務めだ。
「生まれ変わったつもりで再スタートを切るなら、付き合うぞ」
俺はそっと手を差し伸べた。
シエとギンジェロウも大きく頷く。
「一緒にいいパーティーを目指しましょうよ、グノンさんっ!」
「拙者もすべて水に流し申そう」
「あんたたち……」
グノンはうるんだ目をゴシゴシし、俺の手に棍棒を握らせた。
俺の手に。
棍棒を。
握らせた。
「……っ?」
困惑する俺に、グノンはケツを向ける。
で、何を思ったか、穿いていたショートパンツを膝までずり下ろす。
真っ白な双丘が俺たちの前でぷりん、と波打った。
「え?」
「え、じゃないわよ?」
「え?」
「後でお尻ペンペンって言ったのはあんたじゃない。やんなさいよ、ほら。ケジメよ、ケジメッ! ケツバットよ!」
ギンジェロウが素早くそっぽを向き、正座。
シエはキャーと顔を覆う。
俺も――しっかり目に焼き付けてから――天井を見上げる。
「あー、よし! グノン、お前にはまず常識を叩き込んでやる。そこに座れ」
「わかったわ。これでいいかしら?」
「よくねえよ。穿いてから座れよ……」
とりあえず、ぼかん、と頭を殴っておく。
けっこう強めにド突いたのに、グノンがまったく痛そうにしていないのは、きっと頭に中身が入っていないからだろう。
先が思いやられるぜ……。
「トラッシュ」
グノンは小指で耳をほじほじしながら俺を流し見た。
「あたし、あんたをリーダーとして認めてあげるわ。あたしがリーダーだと認めた奴はあんたが初めてなんだからね、猿みたいに喜びなさいよ。フンッ!」
ウッキー!
と冷やかしてやろうかと思ったが、やめた。
俺もリーダーとして認められたのは初めてだ。
※全肯定天使シエは除く。
素直に喜びを噛み締めよう。
重みとともに。
「ところでココ、どこだろうな?」
「どこでしょう……」
「知らないわよッ」
「見当もつかぬでござるな」
ホントどこだ、ココ……。




