14 暴猿王
第3階層主、禍魔暴猿王――。
階層主の中でも、この名は特に有名だ。
3年前、当時のトップギルドの一角と交戦。
4パーティーからなる精鋭20名を返り討ちにし、全滅させている。
白の塔が誇る恐怖の象徴のひとつ。
それがジャイアント・マガマカク。
そいつが今、我々の前にいる。
頭に小さじ1杯分でも脳みそが詰まっているリーダーなら、みんな口を揃えてこう言うだろう。
「逃げるぞ! 総員、撤退開始!」
「嫌よッ!」
俺の命令はしかし、言下に撥ねつけられた。
「あたしは嫌ッ! 逃げるなんて負けたみたいじゃない! 嫌ったら嫌よ!」
グノンがバシャバシャと地団駄を踏んでいる。
「あんな猿野郎相手に逃げろって言うの!?」
「猿野郎というよりゴリラの神だろ! あのでかさ、見えないのか!? まっとうな神経持ってる人間はこういうとき尻尾巻いて逃げるんだよ! そこに羞恥心とかないから!」
「でも、お宝が……! せっかくここまで来たのに!」
「そういうのサンクコスト・バイアスっつって、さらなる赤字を生む恐ろしい罠だ! 退くぞ!」
俺はグノンの手首を引っ張った。
が、バチンと突っぱねられる。
「勝手に命令してんじゃないわよッ! あたしがリーダーなのよ! 戦時特別攻略隊長だもん! あたしに従いなさいよ!」
「じゃあ、更迭な! とにかく撤収! ほら、ゴリ神様こっちめっちゃ見てるから……!」
黒々とした山のような巨躯のてっぺん付近からそれはもう恐ろしいお顔が俺たちを見下ろしている。
それでもグノンは聞く耳持たない。
猿みたいな顔でファイティングポーズだ。
「な? な? マジで、な? グノン、冷静になれ。相手はトップギルドを消滅させたバケモノだ。絶対勝てない」
「……あんたもあたしにはできないって言うの?」
影を帯びた顔の、目だけが光っている。
しくじった。
かえって火をつけてしまった。
いろいろ言った中に禁句があったのかもしれない。
「あいつをぶっ倒してあたしを認めさせてやるわ!」
「うん。やめて?」
「《アイザー・ミードラ/中級氷撃》!」
どひゅううんん。
メイスから巨大な氷塊が飛び出した音であり、ボス戦の開始を告げるゴング。
ジャイアント・マガマカクが氷塊を避けた。
滑稽なほど大袈裟な避けっぷりだった。
氷塊は開閉天井から飛び出し、外の木を氷漬けにする。
すると、そこを棲み処にしているマガマカクたちがなんやなんやと集まってきて、大激怒。
キッキ、キッキ!
と手当たり次第にものを投げ、雨みたいに降ってくる木の枝や青いバナナ。
モンキーパニックの勃発だ。
「ゴガアアアアアアアアアアアッ!!!」
ジャイアント・マガマカクにも火が入った。
グノンが火山弾みたいに突っ込んでいき、大小モンキー対決の火ぶたが切られる。
「すまん! 止められなかった!」
一人でも撤退を拒めば、全員で戦って全滅するか、一人を切り捨てて逃げるかの二択しかなくなる。
グノンは最悪の選択を仲間に強いている。
ろくでもない猿だ。
「グノンさんを一人にはできませんっ!」
「女子を残し遁走するなどサムライの名折れ!」
シエとギンジェロウが戦闘配置につき、かくいう俺も仲間を見捨てられない派だった。
もっと器用に生きろよ、俺。
「《動きを少し鈍くするスキル》――!」
俺のCランクスキル群は当然と言うべきかあまり効いている様子はない。
嵐の大波みたいな攻撃がグノンを繰り返し襲っている。
ジャイアント・マガマカクは鬼神のごとき暴れっぷりだが、動きは思ったより単調だ。
俊敏さも皆無。
だが、巨体はそれだけで脅威だ。
ワンヒット・ワンデス。
後衛最高。
勇ましく突撃するペンギンを見送りながら俺は心底そう思う。
「《ペンギング・クロス/変銀刀十字》!!」
すれ違いざまに一閃。
ジャイアント・マガマカクの右脚に十字が刻まれる。
しかし、巨腕の暴風域は未だその勢力を維持したまま周囲一帯をぶちのめしている。
いずれ、あれがすべてを呑み込み、ここは瓦礫の山に変わるだろう。
討伐は不可能。
俺たちにできるなら、ほかのパーティーがやっているだろうしな。
俺は戦力にならない。
だが、俺にもリーダーとしてできることはある。
逃走の算段を立てることだ。
グノンの頭が冷えたとき、スパッと逃げられるように準備すること。
「ふんッ! 全然大したことないじゃないの!」
ジャイアント・マガマカクの鼻っ面に棍棒を叩き込んだグノンがフラグ臭いセリフを吐いた。
猿そこのけの身軽さで縦横無尽に立ち回る姿は、まさに遊んでいるような遊撃っぷり。
が、しかし。
壁を蹴ろうとしたグノンの足が、バナナの皮でも踏んだみたいにズルリと滑った。
「あ」
めくれ上がった苔と一緒に落下。
そこに巨大な手が重なった。
べしっ。
そんな感じだった。
まるで目障りなハエでも払うみたいに、巨大な手のひらがグノンを叩いていた。
薄く水の張った石床にグノンは激突、へばりつく。
グハッ、とか聞こえた。
背筋も凍る、一瞬の出来事。
死という言葉が脳裏をよぎった。
……が、グノンはなんとか体を起こした。
無事ではないと思うが、いちおう生きてはいる。
「……ひ」
と、うめきながら這うように後ずさり。
父親にグーで殴られた反抗期の小娘って顔でジャイアント・マガマカクを見上げている。
圧倒的な力の差ってやつに今頃気づいたのだろう。
頭の冷却はすんだな。
「退くぞ! 総員、撤収開始!」
俺は号令をかける。
「ま……」
グノンが折れた腕をこっちに伸ばした。
「待って……! おいてかないで!」
柄にもなく悲鳴みたいな声でそう言い、おまけに泣き出す。
「みんな、目を覆え!」
俺は《ほどよい塩梅でものを投げるスキル》で閃光玉を投擲。
ジャイアント・マガマカクの鼻先で炸裂させた。
カッ、と。
一瞬、世界が白く潰れる。
巨体がどしんどしんとブラインド・ダンスを踊っている間に、俺はグノンのもとに急行した。
介護系スキル《抱き上げがちょっとうまくなるスキル》で小さな体を抱え上げる。
「おいてくわけないだろ! 仲間なんだから!」
「うう……ッ」
折れた腕で涙目をごしごしするグノン。
「でも、後でお尻ペンペンだからな?」
さて、と。
問題はここからだ。
動けない小猿を抱えてここから逃げおおせる方法はまだ思いついていない。
そんなときは、
「《たまに名案が浮かぶスキル》発動!」
俺の頭に閃光が駆け抜け、ぴこーんとアイデアの火が灯った。
これでいくか。
俺は青いバナナに矢をぶっ刺し、ボウガンにセットする。
「グノン! これを芽吹かせろ!」
「はあ!? なんなのよお……ッ!」
戸惑いながらも魔力注入。
青い皮の下で無数の種が芽吹くのを感じながら、俺はバナナ矢をジャイアント・マガマカクに向ける。
「あんたの腕じゃ当たんないわよ……!」
「それはどうかな? 《3日1回だけ狙ったところに矢を放つスキル》!」
撃ち出されたバナナ矢が巨大な指の間をくぐり、狙った場所に吸い込まれた。
ジャイアント・マガマカクの左目に。
「ゴガアアァァアアァアアアァ……ッ」
絶叫の原因は矢そのものというより、その後に起こった発芽のせいだった。
左目から緑の植物が間欠泉みたいに噴き出している。
植撃魔法で成長を過促進されたバナナの木である。
「逃げるぞ、お前ら! シエ、明かりを持って先に行け!」
「はいっ!」
「しんがりは拙者が請け負うでござる!」
遺跡の中に駆け込む直前、ジャイアント・マガマカクがバナナの木を引っこ抜くのが見えた。
根と一緒に抜ける眼球も。
おえェ……。
「小猿どもめ、追ってきたでござる!」
「やめろよグノン。追いかけてくるなよ」
「なんですってぇッ!?」
通路を右へ左へしながら俺はふと思った。
本当にあれはジャイアント・マガマカクだったのだろうか、と。
眼球が抜けたとき、噴き出した液体は血ではなく水のようだった。
もしかしたら、あれも誰かの思念を読み取った水魔の姿だったのではなかろうか。
だとすれば、俺たちは自分の妄想に驚いて逃げ出したことになる。
「……あれ?」
と俺は首をかしげる。
曲がり角を曲がったところにシエの姿はなかった。
影も形もない。
水を噴き出すモヤモヤと、主を失った《しるべ星》があるだけ。
「まさか……」
ゲートに呑まれたのか!?
俺は急制動をかけた。
しかし、背中を何かデカくてモフっとしたものに押される。
ギンジェロウだった。
巨体ゆえに止まり切れず、ゲートはもう目の前。
世界がぐるりと回った。
俺は排水管に呑まれる虫の気分を味わい、次の瞬間、冷たくて重い闇の中に投げ出されたのだった。




