13 台座の上にあったもの
水草が絨毯のように敷き詰められた通路に、バシャバシャと4人分の足音が響いている。
「染み込んだスコールが溜まっているのかと思ったが、水ハケはいいな」
小川みたいに流れている。
「となると、どこかに水源があるのだろうか」
という俺の予想は的中した。
通路の真ん中にモヤモヤがある。
そこから噴水みたいに水が噴き出していた。
転移門だ。
「気をつけろ。水が出るゲートは、向こう側が水没している。うっかり飛び込んだら、おぼぼぼぼグエェ……だ。気をつけろ、特にグノン。気をつけろ」
「余計なお世話だってのよ!」
グノンは天井の木の根を掴んでスイスイ進む。
俺たちは壁にビタァと張り付いて、そろそろ。
「第3層の遺跡群はさほど大きくはないが、ギミックが豊富だ。財宝があるとすれば、たぶん隠し部屋とかだろうな」
「トラッシュハルトさんのことですっ! 隠し部屋を見つけ出すスキルも持っていらっしゃるんですよね!?」
シエが無邪気な目でハードルを引き上げる。
「あー、《ドアを無音で開閉するスキル》が反応すれば、そこが怪しいかな、うん」
「さすがトラッシュハルトさんです! 素敵です!」
過ぎたるは猶及ばざるが如しと言うが、評価が高すぎるのも考え物だ。
首を絞められている気分がする。
そんな感じで、実りのない彷徨が半時ほど続き、焦りからかグノンの尻尾の毛が逆立ってきた。
肩をいからせ、鼻息はフンフン。
「触らぬ神に祟りなしでござる」
そう言うギンジェロウの機嫌が割とよさげなのは、水が豊富だかららしい。
チョンマゲとかいう見慣れない髪型も威勢よく上向いている。
「何もありませんね。お宝なんて最初からなかったんでしょうか」
「建物は目的があって建てるものだからな。何かしらあるとは思うが。まあ、塔の中の、何文明の遺跡かも不明な建物にセオリーが通じるかは不明だがな」
「ちょっとあんたたちッ! 駄弁ってないでちゃんと探しなさいよね! お宝が見つからなかったら全部あんたたちの無能のせいなんだからね!?」
「……」
狭い通路に反響する金切り声は神経を逆なでする。
ずぶ濡れの泥まみれ。
疲労も出てくる頃合い。
初めての顔ぶれゆえの緊張感もある。
このうえ、声を大にして罵られてはどんな聖人様もピキらずにはいられない。
しかし、ここで不満をぶちまけては火に油だ。
そう思うからこそ、俺たち3人はグノンに何も言わない。
すると、表面上穏やかだが、不満は内側に溜まり、胸の中で膨らんでいく。
そして、このヒリついた状況だ。
頭を冷やす水には事欠かないが、熱する速度のほうがちょっと早そう。
誰かがドカンといくのを待つような不穏な静寂の中に、
「あっ!」
と歓喜の声が響く。
そこは、ずいぶんと広い空間だった。
古墳で言えば玄室。
だが、棺桶とかは置かれていない。
だだっ広い広間の中央に台座がひとつあるだけだ。
それも堆積した砂塵と苔に覆われている。
その下に何があるのかは判然としない。
「バナナだわ!」
「なぜ数ある可能性からバナナだとわかる?」
「なぜなら、あたしがそう思ったからよ!」
「グノン、お前は『なぜなら』の使い方を辞書で調べたほうがいい」
あきれつつ、いちおう警告しておく。
「気をつけろ。これみよがしに置かれた財宝はまず間違いなくトラップだ」
俺は《ちょっとした汚れを除去するスキル》など清掃系スキル3種を重ね掛けにした。
バナナの皮が剥けるように汚れの層がべろりと落ちる。
その下からあふれ出すのは黄金の光である。
「いや、…………え?」
「ウッキイイイイイイイ――――ッ!!」
とグノンが大歓喜するのも無理はない。
なんと、台座の上に安置されていたのは金のバナナだ。
黄金のバナナ像。
そんなことある!?
「バナナだわッ!」
キッキ、キッキと小猿が飛びついた。
止める間もなかった。
いや、事前に止めたのだが、グノンの頭はもはやバナナ一色らしい。
生き別れになった最愛の人を抱きしめるような大胆さでバナナ像に飛びついたグノン。
しかし、バナナは水のように弾け、台座からこぼれ落ちて消えた。
「…………ぇ」
ほら、グノンの顔を見てみろ。
ようやく再会を果たした最愛の人が、横合いからやってきた馬車に撥ねられて突然ミンチに変わったような顔をしている。
絶望が刻まれている。
ご愁傷様。
それはそうと、だ。
「総員、警戒!」
俺がボウガンを構えると、シエとギンジェロウも臨戦態勢を取った。
「今のはなんだったんでしょう? 罠だとは思いますが」
「たぶん水魔だな」
《水真似の魔法》で冒険者の望む姿に化け、誘惑する魔物。
たいていは巨乳の裸婦に化けて出る。
鼻の下を伸ばした馬鹿を水中に引きずり込むのだ。
今回はグノンのバナナ欲に反応して黄金のバナナ像に化けたのだろう。
――なぜなら、あたしがそう思ったからよ!
あの言葉は、ある意味正解だったわけだ。
ズゴゴゴゴゴゴ……。
重い岩が動くような音がして、遺跡が微振動する。
「……ッ」
突然、天井から閃光が射し込んだ。
線のように細かった光が徐々に横へ広がっていく。
「と、トラッシュハルトさん……! て、てて天井が動いてますよぉ!?」
「だな……」
ギミックが豊富と言ったのは俺だ。
だが、まさか遺跡そのものが開閉ドーム式とは恐れ入る。
天井が開き切ると、風と一緒に雨後の香りが流れ込んできた。
石床に溜まった水が鏡のようで美しい。
しかし、いただけない。
この玄室、よく見れば闘技場のような形だ。
つまり、ここで誰かと誰かが闘うということだ。
もっと言うと、俺たちと何かが、だ。
「ム!」
いち早くギンジェロウが異変に気づいた。
無駄に凛々しい目が宙を見上げている。
そこには、……モヤモヤがあった。
巨大なゲートが。
そして、モヤモヤが黒く染まったと思った瞬間、ゲートから巨大な何かが吐き出された。
ずしいいいいんん、と。
そいつは二本脚で着地し、えげつない爪の生えた手でゴリラみたいにドラミングすると、第3層を揺るがす咆哮を放った。
馬鹿でかい猿の魔物。
禍魔猿とは比べ物にならない威容。
しかし、そのサイズ感を除けば特徴は似ていた。
「禍魔暴猿王……」
グノンがぽつりとつぶやく。
それは第3層で最強と言われる魔物。
いわゆる、階層主の名前だった。




