12 目的と寄り道
苔むした遺跡が、木漏れ日を浴びて若葉色の輪郭を帯びている。
湿った土の香りがおいしい。
カネのニオイがするとなると、なおさらだ。
第3層『緑渦の朽ち遺跡群』には大小無数の遺跡が点在している。
冒険者が喜ぶ金目の品はたいていその中だ。
つまり、これは宝物庫みたいなもの。
「お宝だわ! うひょおーッ!」
と駆け出すグノンの襟首をむんずと掴んで俺は止める。
「ぐえ!? ……ってなったか?」
「なったわよ、このゴミ山! なにすんのよ!」
「遺跡はトラップ地獄だ。迂闊に突っ込めば、最期の言葉がうひょおーッになるぞ」
「そんなのダメよ! あたしはバナナって言い遺して死ぬんだから!」
「末代まで笑い種になりそうだな……」
俺は慎重に遺跡入り口を調べた。
古い蜘蛛の巣が残っている。
足跡は見当たらない。
「人が入った痕跡はないな」
ということは、宝物庫の中身は無事。
そして、罠もフルで稼働中、と。
「マッピング、マッピング……」
俺は《不安定な場所で綺麗な線を引くスキル》で地図に遺跡の位置を記した。
「団長にいい報告ができそうだな」
「トルネ姉さん、きっと喜びますっ! 攻略資金の調達にいつも頭を悩ませていますから!」
Sランギルドのトップも金に困っているのか。
世の中ってのは上も下も世知辛いらしい。
「それじゃ、次の遺跡を探そうか」
「……はァ?」
と不快げな声を上げたのはグノンである。
「え、ちょ、あんた馬鹿? 頭までゴミなの?」
「と、おっしゃいますと?」
「目の前に宝の山があんのよ? どうして中を調べずに次なのよ。頭までゴミなの?」
「二度も言うな。それと、今回の目的はマッピングだ」
お宝を持ち帰っても、目的が果たせなければ、それは失敗も同じである。
「時間が余れば中も調べてみよう」
「そんなこと言って誰かに先越されたらどうすんのよ?」
「そうなったときのために、なるべく多くの遺跡を探すべきだと思うんだが」
「目の前のお宝が最優先に決まってるじゃない。頭までゴミなのかしら?」
「お前、俺の頭に親でも殺されたのか……?」
見かねたシエが口を挟む。
「グノンさんのお気持ちもわかりますが、わたしはトラッシュハルトさんの言い分が正しいと思います。なぜなら、トラッシュハルトさんの言い分だからです」
「拙者も治癒術師殿に賛成でござる。主君の命こそ、至上。サムライとは決して金では動かぬものにござれば」
ギンジェロウもでかいくちばしを縦に振る。
すると、面白くないのがグノンだ。
「あんたたちもあたしをのけ者にするの?」
うつむいた顔の、前髪の下で、薄暗い目が鋭さを増していく。
ギリリ、と奥歯が不吉な音を立てた。
それが俺にはパーティーという船が軋む音に聞こえた。
対応を誤れば海の藻屑だ。
「グノン、俺は――」
そう切り出したところで、ぽつり、と。
水滴が頬を打った。
あっという間もなく、土砂降りになる。
「3層名物のスコールか!」
ひとつ上の第4層『豊水の影龍殿』からあふれた水が降ってくるとも言われている。
息ができないほどの雨量で、ほぼ滝行。
「10分ほどで止むとは思うが……」
「キッキィ!」
砕けた雨粒で真っ白になった視界に、グノンの笑みが見えた。
「雨宿りが必要だわ! ちょうどいい遺跡があるわね! 来なさいよ、あんたたち!」
人間離れした腕力が俺とシエを引っ張っていく。
「拙者には憩いの雨でござるが……」
水棲鳥獣も少し肩を落としつつ後に続く。
「天はあたしの味方ねッ!」
「天というか、天井だけどな」
「雨宿りついでにお宝を探すわよッ!」
「そうなるよな……。雨が止むまでだからな?」
俺は娘のわがままに根負けしたパパみたいに肩をすくめた。
目的はあくまでマップ作りだ。
問題児揃いのパーティーに与えられた、最初の課題。
任されたことをちゃんとこなして信頼を勝ち取る。
お宝以上にそれが大事だ。
そこは履き違えないようにしないと。
「さっ、あたしについてきなさい!」
ズズズ……ッ。
グノンが踏み出した最初の一歩がそんな音とともに沈み込む。
で、ガチュン、と。
すごい音がして、俺の爪先――皮一枚のところにゴツイ矢が突き刺さった。
矢罠を踏んだらしい。
「グノン、お前は最後尾だ」
「わ、わかったわよ……」
◇
「《罠を1/4の確率で探知できるスキル》と《罠の発動率をちょっと下げるスキル》を併用してっと。でも、本命はこっちだ」
遺跡の入り口に立ち、俺は石の床に手をかざした。
「――《罠の手入れをするスキル》発動!」
なんの変哲もない石材のひとつが白く光り、隙間に詰まった砂塵が取り除かれていく。
「トラップ探知系スキルだと高位のスキルでない限り、罠を確実に見破ることはできないからな。逆転の発想で罠メンテ系スキルを使う。これで罠のトリガーを100パー探知できる」
「さすがです、トラッシュハルトさんっ! ほらほらほら、見てください! トラッシュハルトさんはすごいんですよ!」
「ム。目から鱗でござるな」
「グノン、ここ、踏むなよ? フリじゃないからな? 本当に踏むなよ?」
「わかってるわよ。うっさいわね……」
安全第一をモットーに遺跡を進む。
中まで植物の根が入り込み、外の雨水が点々と落ちてくる。
下は下で、くるぶしの高さまで水没中……。
あまり雨宿り感はないな。
「我、光の女神リヒトミュンテに祈らん。幽かなる光明を集め、暗き我らに導きを与えたまえ」
明かりが欲しいな、と思っていたところで、シエが詠唱。
「――《ルステラ/しるべ星》」
杖からポンと飛び出た光の玉が3つ、ハエみたいにブンブン飛び回る。
「あんたの光魔法、節操がないわね……」
「うう。グノンさんに指摘されるなんてよっぽどですね……」
魔法は術者の性格を反映しやすい。
ご本人の落ち着きのなさがもろに出ている。
でも、普通は1つか2つのところを軽々と3つ出せるのだから、シエには才能がある。
「俺だって負けてないぞ? 《石をキラキラさせるスキル》&《汚れをちょっと光らせるスキル》!」
そこらへんに落ちている石がミラーボールに変わり、沈殿したヘドロやら水面に浮かんだ油やらがぼんやり光を帯びた。
「すごいですっ! トラッシュハルトさん!」
「どこがよ? 子供の悪ふざけじゃない」
この場合、グノンの言い分が正しい。
さて、行こうか。




