11 第3層
「ここが第3層!? まるでジャングルね!」
「猿が喜びそうなロケーションだな」
「お猿さん、いますよっ! ほら、あそこ! 魔物ですかね!?」
「暑いでござる……」
白い空から灼熱の日射しが降ってくる。
俺たちは密林の真っただ中にいた。
緑の津波のような草勢で思わず息が詰まるほどだった。
白の塔・第3層『緑渦の朽ち遺跡群』――。
緑の地平線とでも呼ぶべき密林地帯が果てしなく広がっている。
塔の中は空間がねじれているので、屋内とは思えない巨大区画もたまに存在している。
そういう場所は独自の環境を持っている。
マグマの海もあれば、極寒の雪山もあるし、無限に続く砂漠の階層もある。
なぜ、塔の中にそんな空間があるのか。
学者は諸説出しているが、まあ、今はどうでもいいか。
俺はギンジェロウの背中をポンとタッチした。
途端に、巨体がぶるりと震える。
「《ちょっと涼しくなるスキル》だ」
「ム。かたじけのうござる」
「バナナ探すわよッ!」
グノンがウッキウキで茂みに飛び込んでいき、すぐに戻ってきた。
「バナナどこよ?」
知らねえよ、と思いつつ、地図を引っ張り出す。
「みんなは第3層、初めてなのか?」
「はいっ! 聞きしに勝るジャングルっぷりですね!」
「拙者もこの暑さは経験がござらん」
俺はマドルギスのギルドにいた頃、一度ある。
連れ回されていただけだが。
「あたし、行く予定だったけど頓挫したわ」
「どうしてですか、グノンさん?」
「お前は頭がおかしいから連れていけない、って途中で引き返したのよ。きっとビビったのね。だって、あたしの頭はおかしくないもの」
「歪んだ眼鏡で物を見ると歪んで見えるものだな」
「ホントよね! 副ダンチョーのくせに情けない奴!」
引き返したのはガーファスか。
英断だ。
中層域以高は、冒険者の死亡率が跳ね上がる危険地帯。
バナナに浮かれて駆け出すモンキー娘の面倒なんて見る余裕はない。
ここから先は俺のリーダーシップが試されるってわけだ。
ということで、地図を見ながら進む。
第3層は俯瞰で見ると、巨大な円をなしているようだ。
塔が丸いから当然と言えば当然だが。
円のうち、6割ほどは未だ空白のまま。
ここを探索し、マッピングするのが今回のミッションだ。
「今の最前線は第6層だよな。こうして見ると、けっこう取りこぼしているんだな」
「より高いところを目指すことこそがトップギルドの務めなのだ、ってトルネ姉さんが言ってましたよ?」
「地に足つけぬはサムライの生き方にあらず。愚かなり」
「なんにせよ、手つかずの地が残っているのはありがたい」
「取りこぼしたお宝があるかもってことですよねっ!?」
「そうだ」
「金銀財宝に目を奪われるなど、サムライの生き方にあらず。愚かなり」
「あんたたち、早く来なさいよッ!」
第3層のグノンは水を得た魚だった。
木々の枝やツルをつたって縦横無尽に渡り歩いている。
地べたを行く俺たちより断然速い。
さすがお猿。
とはいえ、その協調性のなさは危うい。
「待ってくれ」
「待たないわよ」
「待ってくれないとグノンがかっこよく魔物と戦っているところを見逃してしまうだろ」
「それは、……よくないわね。じゃあ、待ってあげるわ。今回だけ特別なんだからね?」
シュル、シュル、シュルとサルスベリみたいな木を滑り降りてくるグノン。
意外と扱いやすいな、と思ったのも束の間、グノンは再び樹上に上がっていった。
「ンンッキイイイイ――ッ!!」
そんな喜声が降ってくる。
何か見つけたのか?
「バナナだわっ! 野生のバナナよ!」
そうかい、ふーん。
俺たちはそんな反応。
グノンは一人で大盛り上がりし、すっ飛んでいった。
全然扱いやすくねえや。
ガーファスさん、マジ英断。
「バナナって塔で見つかった植物だっけか?」
「はい! 発見者のバナンザッキさんは猿系獣人さんたちに神と崇められていますよ! あと、バナナ農家の皆さんも!」
「そいつは災難だな……」
グノンのいるあたりまで追いついたところで、
「なによ、これ! まっずいじゃない!」
そんな怒声が降ってくる。
青いバナナと一緒に。
「ペッペ……! 食べられたもんじゃないわ!」
「そりゃ野生のバナナだしな。農家さんの偉大さがわかる味だろうよ」
「ゆるせない! あたし、天然バナナを食べることだけを夢見て生きてきたのに! ――フン!」
グノンが投げ捨てた痩せバナナが放物線を描く。
そして、ゴンと頭に命中。
誰のって、猿のだ。
樹上で赤い目を光らせる、百を超える巨猿の群れ。
猿の魔物、禍魔猿。
その一番大きな個体の頭部にクリティカル・ヒットしていた。
彼らのテリトリーに立ち入り、彼らの主食をまずいと愚弄し、彼らのボスを攻撃する。
宣戦布告には十分すぎる。
漂うのは一触即発の空気……。
「あー、グノン、ワンチャン話し合いでなんとかならないか?」
「なんであたしに言うのよ?」
「親戚みたいなもんだろ」
「殴られたいならケツ、出しなさいよッ!」
というわけで、猿と人間の抗争が幕を開けた。
「逃げろ!」
マガマカクが枝や石の雨を降らせる、そんな中を猛ダッシュする。
「なんでこのあたしが猿相手に逃げなきゃならないのよッ!?」
「なら、お前だけキッキしてこい!」
「ぐぬぬ。敗走などサムライの恥なり……」
「あ、ぁ痛たた……!? トラッシュハルトさん、こんなときに便利なスキルってありませんかぁ!?」
「あるぞ! 《小さい虫をたくさん呼ぶスキル》!」
ぷぅぅぅうんん、と羽音がし、やがて黒々とした吹雪が立ち込める。
地獄のブリザードだ。
さしものマガマカクたちも樹上で阿鼻叫喚である。
「――《ヘルヴァ・ミードラ/中級植撃》!」
グノンの植撃魔法。
魔力により過成長を強いられた木が、緑の爆発を起こす。
枝から振り落とされたマガマカクたちが激憤するのが茂みの向こうに見えた。
「えらい目に遭った……」
「ほ、ほんとですよぉ」
しかし、転んでもただでは起きないのが我々冒険者だ。
青息吐息の俺たちの前に現れたのは、苔に埋もれた遺跡の入り口だった。




