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第六章 ノキア6630(5)

 何度も入ったことのあるファッションホテルの一室で、タカヤがシャワーを使っている間、私はぼんやりとテレビを眺めていた。時刻は十時少し前。十二時すぎにはここを出ることになるだろう。いつもどおりに。

 携帯電話の着信音が鳴ったので、見るとイチイからだった。私はドキリとして、しばらくイチイの名前が点滅するのを見ていた。イチイは今、仕事中のはずだ。休憩時間にメールをくれることはしょっちゅうあるが、電話をかけてくることはついぞなかった。なにか緊急の用件だろうか。

 私はテレビの音量を少し高くし、電話に出た。

「はい」

「俺」

「どうしたの? 仕事は?」

「休憩中なんだけど、急にサキの声が聞きたくなって。……今、なにしてる?」

「家でテレビを観ているわ」

「そっか……。あのさ……」

「うん」

 そこへタカヤが浴室から出てきたので、人さし指を立てて合図をする。タカヤは了解したようにうなずき、ポタポタとしずくをたらしながらそっとバスローブをはおった。不倫をしている男はもの分かりがいい。

「サキ」

「なに?」私は電話に向き直る。

 イチイの声が震えるように耳もとでささやいた。

「愛している……」

 私は一瞬言葉につまったあと、答えた。

「……私も」

「……じゃあ、俺、店に戻るから」

「うん。がんばってね」

 それで電話は切れた。

 タカヤがごしごしとタオルを使いながら歩いて来る。

「誰?」

「うん、友達……」

 タカヤはそれ以上訊かず、どさりとソファに座ってタバコに火をつけた。白い煙がゆらゆらと宙に軌跡を描く。その匂いが私のもとにも届いた。

 違うでしょ。


In a room at a love hotel I’d been to many times, I sat blankly watching television while Takaya showered. It was just before ten. We’d probably leave sometime after midnight. As always.

My phone rang, and I saw Ichii’s name. My heart gave a small jump, and I just watched his name blinking for a while. Ichii should have been at work. He often messages me during breaks, but he never calls. Was it something urgent?

I turned the TV volume up slightly and answered.

“Hello.”

“It’s me.”

“What’s wrong? Aren’t you working?”

“I’m on break, and I suddenly wanted to hear your voice. …What are you doing right now?”

“I’m at home, watching TV.”

“I see… Hey…”

“Mm.”

Takaya came out of the bathroom then, so I raised a finger to signal him. He nodded in understanding, wrapped a bathrobe around himself, water still dripping. Men having affairs are quick to pick up on things.

“Saki.”

“Yes?” I turned back toward the phone.

His voice, trembling, whispered close to my ear.

“I love you…”

I caught my breath for a moment, then replied,

“…Me too.”

“…Okay. I’m going back to the bar, then.”

“Yeah. Do your best.”

The call ended.

Takaya walked over, rubbing his hair with a towel.

“Who was that?”

“A friend…”

He didn’t ask any further, sat heavily on the sofa, and lit a cigarette. White smoke traced lazy patterns in the air, and the smell reached me.

That’s not right.

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