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四川の焔  作者: 水前寺鯉太郎
第四部:西北砂塵編(せいほくさじんへん)

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砂漠の雨、白き咆哮 ――白虎の敗北と、紫禁城の残影――

千砂城の熱砂の厨房。

 白虎は、蓮が差し出した漆黒のスープを纏う白い麺――『泥中のデイチュウノハス』を、巨大な箸で一気にかき込んだ。

 ゴクリ、と喉が鳴る。

 噛み締めた瞬間、白虎の巨躯が、まるで雷に打たれたかのように硬直した。

 無数の空気の層を含んだしなやかな麺から、数百個分の干し牡蠣の「海の生命力」が、泥水から精製された真水と共に、一気に溢れ出したのだ。

 それは、十年間砂漠の乾燥に耐え、あぶらの重さに慣れきっていた白虎の味蕾を、暴力的なまでの「潤い」で蹂躙した。

「……美味い。……不覚にも、身体が歓喜している」

 白虎の目から、一筋の熱い涙がこぼれ落ち、熱砂の床に吸い込まれた。

 油の重さを、潮の香が軽やかに中和し、胃の腑に落ちるたびに、干からびていた内臓が、瑞々しく蘇っていく。

「……私の『砂金麺』の油を、海の泥(牡蠣の黒湯)が包み込み、流したか。……完敗だ。……武力でも、料理人としての思想でもな」

 白虎は巨大な包丁を、調理台に静かに置いた。

 その顔には、憑き物が落ちたような、一人の料理人としての穏やかな笑みがあった。

「……薫と同じだ。……あいつもかつて、私の油の麺を、ただの白湯パイタンで洗い流した。……そして、俺に言ったのだ。『料理は、飢えを耐えるためではなく、明日を生きるためにある』とな」

「……母さんが、そう言ったのか」

 蓮が、鉄片を腰に収めながら呟いた。

「……ああ。そして薫は、その答えの『完成形』を作るために、再びあの場所へ戻ると言っていた」

「……どこだ」

「……北京。……かつてお前が、覇王に敗れた始まりの地だ。……だが、街の厨房ではない。……紫禁城しきんじょうの奥深く、時の最高権力者たる**『皇太后こうたいごう』**の御前だ」

 蓮の目が、鋭く細められた。

 北京。そして宮廷の深奥。すべての歪みと、料理人たちの頂点が、そこにある。

「……薫が残したレシピの断片は、これだ。……受け取るがいい」

 白虎が懐から、煤けた羊皮紙を蓮に投げ渡した。

 そこには、母の筆跡で、膨大な食材リストと、一つの言葉が記されていた。

 ――『萬里帰一、和合の宴』。

「……それは、中華のすべての理を一つに結ぶ料理。……**『満漢全席まんかんぜんせき』**の、薫なりの設計図だ」

 蓮は、羊皮紙を握りしめた。

 北京、山西、四川、そしてこの砂漠。

 すべての旅の記憶、そしてリン、燕、乾という仲間たちの技術。

 それらすべてが、その「満漢全席」という巨大な器に注ぎ込まれる運命を、蓮は確かに感じ取っていた。

「……行くぞ、北京へ」

 蓮が振り返り、仲間たちを見据えた。

 リンがうなずき、燕が山刀の鯉口を切り、乾が干肉の破片を握りしめる。

 砂漠の王・白虎に見送られ、四人のからすのヒナたちは、すべての因縁が渦巻く北京の空へと、再び羽ばたき始める。

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