第62話:鉄片の伸張、しなやかな刃 ――泥中の蓮、白き麺の咆哮――
白虎の三徳包丁が、爆音と共に調理台を叩く。
極限までグルテンを引き出し、一滴の水も使わずに揚げられた『砂金麺』。その一本一本が、砂漠の熱砂のように熱く、油とスパイスの暴力的かつ濃厚な旨味を放っていた。
「……見たか、蓮。これが、砂漠に生きる者の『渇きの真髄』だ。……水分に縋る軟弱な麺など、この千砂城の熱風が一瞬で風化させる!」
蓮は何も言わず、調理台の前に立った。
隣に立つ白虎の巨躯から放たれる威圧感は、北京の覇王、四川の獄炎とも違う、文字通り「砂漠の自然そのもの」だった。
蓮は、腰から山西の鉄片を抜いた。
そして、白虎と同じオアシスの小麦粉に手を伸ばす。
「……白虎。あんたの麺は、確かに強い。……だが、強すぎる。……強すぎる刃は、いつか折れる」
蓮は、先ほどの四天王戦で、砂の底から湧き出させた水脈の水を、粉に含ませた。
そして、鉄片の腹を使い、生地をリズミカルに、しかし不揃いに叩き始める。
「……何をしている。……そんな不均一なリズムで、麺の腰が出るわけがない!」
白虎が鼻で笑った。
「……コシを出すんじゃない。……不揃いなリズムは、生地の中に無数の『空気の層』を作る。……名刀にはできない、歪な鉄片だからこそできる技だ」
蓮は、叩き伸ばした生地を、鉄片の刃で極限まで細く、絹糸のように切り分けた。
そして、それを一瞬だけ熱湯に通し、冷たい水で引き締める。
白虎の「剛」の麺に対し、蓮が提示したのは、透き通るように白く、しなやかな麺。
「……ただの茹で麺か。……そんな水気を含んだ麺、この熱砂の厨房では、三秒でふやけて蒸発するぞ!」
「……まだ、終わっていない」
蓮は、先ほどの戦いで使った『干し牡蠣の黒湯』を、さらに鉄片の熱で極限まで煮詰めていた。
ドロリとした漆黒の、海の命を凝縮したソース。
蓮はそれを、白くしなやかな麺の上に、一気にとろりとかけた。
『泥中の蓮』。
砂漠の泥水(水脈)から生まれ、干し牡蠣の濃厚な海の泥(黒湯)を纏った、白く美しい麺。
「……食ってみろ、白虎。……これが、乾燥を撥ね退ける、俺たちの『生きた潤い』だ」
白虎の目が、見開かれた。
麺がスープを吸ってふやけるどころか、無数に空いた空気の層に、牡蠣の旨味がギチギチに凝縮され、一本一本の麺が、まるで生き物のように艶めいていた。
白虎の『砂金麺』の油の匂いを、蓮の『牡蠣の黒麺』の、圧倒的な潮の香が、力ずくでねじ伏せていく。




