第61話:白虎の咆哮、砂金の麺 ――薫の残影と、一対一の死線――
四天王が砂に膝をつき、千砂城の広場に静寂が戻った。干し牡蠣の濃厚な磯の蒸気が、乾ききった城内を温かく潤している。
その蒸気を切り裂くように、城の奥から重く、確かな足音が近づいてきた。
白き毛皮を羽織り、研ぎ澄まされた一振りの「巨大な三徳包丁」を腰に下げた巨漢。
五虎星が四人目、『砂塵の白虎』。
「……四天王を退けたか。……だが、海の命(牡蠣)に頼るとは、まだこの砂漠の『真の渇き』を知らぬ証拠」
白虎の声は、地鳴りのように低く、広場を震わせた。
「……あんたが、白虎か」
蓮が、熱を帯びた鉄片を構え直す。
「……そうだ。……そして、お前が探している『薫のレシピの断片』を持つ者だ。……欲しくば、料理で私をねじ伏せてみせろ。……負ければ、その鉄片を砕き、お前たちの命を砂の糧とする」
「……上等だ。……奪ってみろ」
蓮の目が、鋭く細められる。
戦いの舞台は、城の中央にある円形の『熱砂の厨房』。
白虎が巨大な包丁を抜いた。その刃渡りは、牛の骨を一刀両断にするほど厚く、鋭い。
彼が取り出したのは、白虎会が独占するオアシスの最上級の小麦粉と、砂漠に自生する『アルカリ性の灰』。
「……薫がこの地を訪れた時、私に唯一、残していった技がある。……見るがいい。……これこそが、水なき大地が生んだ、究極の麺だ!」
白虎が、僅かな水を粉に含ませ、巨大な包丁の背を使って、凄まじい力で生地を叩きつけ、伸ばし始めた。大地が揺れる。
力任せではない。彼の巨体から繰り出される正確無比な打撃が、小麦のグルテンを極限まで引き出し、一筋の「黄金の麺」へと変えていく。
白虎の麺は、細く、しかし鋼のように強い。
それを、沸騰した羊の脂で一瞬にして揚げ、さらに薫が残したスパイスの調合で和える。
『砂金麺』。
一滴の水も使わず、油と粉とスパイスだけで構成された、砂漠の王の麺。
「……さあ、蓮。……お前の『鉄片』で、この砂漠の王を穿ってみせろ」
蓮は、静かに目を閉じた。
腰の鉄片の重さを確かめ、調理台の前に立つ。
隣には、自分を見据える白虎の、圧倒的な威圧感。
母のレシピの断片を懸けた、命懸けの「麺対決」の火蓋が、今、切られた。




