01 甲板上の真実
夜が明けた砂の海の景色はさほど変わらなかった。
日差しは変わらずに鋭く、後ろから静を抱えるルイスは眩しそうに目を細めている。
静が暑くないよう、静が羽織る魔具の上着に魔力を流し続けくれているおかげで涼しく快適だが、暑さに弱いルイスにこそ使ってほしいものだった。それにルイスの上着だから。
「毒に病。後はなんだ? 膝か。何なんだよ、お前」
「ルイス、あいつ失礼」
「そうですね。吊るしましょうか」
しかし煌河の言葉にその考えは一気に消え、代わりにルイスに子供のように言いつけた。疲労がまだ残っているようで、ルイスはすぐに素直に頷いた。
円の形を作るようにして皆が甲板に座っている為、視線はすぐにルイスと煌河、それぞれ集まる中、風宇はにこやかに笑った。
「吊るすなら手伝いますよ。それと男性が苦手ということも忘れていませんか?」
「そうだった。んで、理って奴か」
指折りに数え、煌河は呆れた目を静に向けてきた。
大変不本意な視線であるが、イルジナからの悲しげな視線が良いと言うわけではなかった。
「よく、生きてこれましたわね」
「本当にねぇ。ルイスが頑張ってくれたおかげでしかないんだけども」
横でヴィンセントが大きく頷いた。
「全くもってその通りだ。後は俺の判断が良かった」
「それはそうなんだけどさ、自分では言わないと思う」
「事実だろう?」
本当に事実であるから余計に静はそれ以上、何も言わないことにした。
周囲は何か言いたげにヴィンセントを見ているが、それについては同様に何も言わず、ギークが別の問いを投げかけた。
「何故、静殿だけ? 伊織殿は違うのかい?」
理由は静に一時期、神が宿り、その力によって生き返ったから。
しかしこれは言えるものではない。ヴィンセントはその理由を秘匿して、まるで元からと言うように答えた。
「静だけだ。なんでお前は……」
「不本意だって。ああ、でね、ヴィンセント」
「……なんだ」
「その毒なんだけど。ほら、わたしって毒を溜めやすい体質だからルイスに肩代わりしてもらっているでしょ?」
「そうだな」
「うん。でね? 距離が離れているか、しばらく触れていない時間が多いと肩代わり出来ないみたいでさ」
困ったと笑って言えば、ヴィンセントは堂々と大きく舌打ちをこぼした。
「お前ら、必ず二人で動けよ。とくに静」
「はぁい。けどルイスは勝手についてくるから大丈夫だと思う。それに今回はわたしが大人しくした結果だし」
「文句を言うな。それはそれだ」
さり気なくヴィンセントは言いながら自身の腹部を擦った。
かわいそうに、痛むのだろうか。
その原因になっている静はつい同情したが、いつものことなのでそれ以上に何も思わなかった。
ふと、ルイスが小さく身動きをした。見れば、ルイスはひどく面倒と言わんばかりの顔をしてフェルドを見ていた。
「何か」
「だ、大丈夫なのか? 毒を肩代わりしているなんて」
「この世界の人間であれば毒は無効です」
「そうか……。いや、けど……」
毒。正しくは魔力だ。ルイスの言う通り、害はない。ただし、許容出来る器の中に収まればの話だ。
深く息をつくルイスに、静は無意識に頭を撫でる。が、すぐに外されたのでそのままルイスの指を反対にどれだけ曲げられるか試すことにした。
ヴィンセントは一度、呆れた目を向けてきたがそのまま放置した。
「敵の目的は、召喚術を使って神を召喚すること。静はその魂の性質により、たった一人で召喚させることが可能であり、身に神を宿せる。だから理に危険視された」
「元より、この世界の人間じゃないから猶更ではあるんだろうけどね」
「ああ、全くだ。だから今から黙れ」
「分かった」
静は素直に口を閉じる。そして静の両手は素早くルイスの片手に拘束され、腹部に回るルイスの腕に力が込められた。とはいえ苦しくはないので、文句はなかった。
何やら視線が集まっているようだが、静は気づかないふりをした。
疲労混じりのヴィンセントはため息と共に、話し始めた。
「先ほど話した通り、理は静を抹消させる。そうさせないために、はじまりの神を見つける必要がある」
「手がかりはまだ無いんだよね」
「そうだ。そして、これについては俺達、この世界の人間にのみ赦されている」
意味が分からないと言わんばかりにフェルドは顔を大きくしかめた。
「静はもちろん、全てを見る力を持つ伊織は見つけることが赦されていない、恐れがある」
「……確定ではない、けども可能性があるってことなんだろうけど。それはどうして?」
「この世界の人間ではない、異物の存在だからだ。毒もそれが理由だ。ただ、神々が憐れんでくれたおかげで静達はこうして生きられている」
「異物だなんて……」
理不尽だと言わんばかりにフェルドは言葉を吐き出した。
周囲にいる者達もまた似たように顔をしかめ、口元を歪めていた。
「理が言うには、この世界の人間にのみ、この世界の全てを解き明かすことを赦されたと聞いている」
「理から直接聞いたってこと?」
「いや、我が国の神々やヨカゼ達だ」
ヴィンセントは自身の目元を抑えながら、何故か静を指した。
「こいつは何でも聞くだろう? それに察しも良い。おかげで魂をヨカゼに食われかけたことがあった」
そんなこともあったな、と静はその時のことを思い出し、小さく鳥肌が立った。
はっきりと、静はあれを恐怖であると認めている。そして踏み入れてはいけない、静達にとっては禁忌であることも。
ヴィンセントはまた顔を上げ、周囲を見渡す。
「この先、おそらくは静達が触れられない事柄は出てくる。だから俺達がどうにか見つけるしかないんだが……。正直、静がいる方が楽ではある」
「楽って。毒は元より、病のことだってあるのに」
「分かっている。だが、静は異様に神や魔物、獣に好かれやすい」
ギークとフェルドは中でも大きく、しっかりと頷いた。
大変不本意なことであった。
「神々曰く、静は手ごろな玩具らしい」
「全く喜ぶべきことじゃないよね、それ」
「しかし、これだからな」
「……ゴーレム達があんなにも積極的に協力してくれるのも、それなんだろうなぁ……」
「それと、キファラがすぐに受け入れたわけだから信じる他ないな。ドラゴン達もはしゃいでいたらしいし」
フェルドに続いて、ギークがさらに納得したというようにまだ頷いた。
喜ぶことではないが、このおかげで多くがうまくことが運んでいるのはどうしようもない事実だった。静にとっては本当に、不本意以外の何物ではないのだが。
話が終わったと言わんばかりに、ヴィンセントは今度はルイスへと視線を向けた。
「そういえば、ルイス。通信機は」
「壊れました。静様の物も同様にです。あの転移の魔術のせいかと思われます」
「そうか。巻き込まれたらひとたまりもないな」
ルイスからの報告に耳を傾けながらヴィンセントは自身の通信機を手に取る。と、すぐに周囲の目が通信機へと向けられた。
とくにギークと煌河がその手元を覗き込もうとしているほどだった。
「今更に聞くけど、それって本当に通信機なんだね」
「ここまで小型化されてるとは思わなかったわ。後で見せてくれよ。たぶんエリアスも見たがる。いや、もうあっちで見ているかもしれねぇけど」
ユアンが作ってくれた通信機はなかなかに技術力が高いらしい。誇らしいことであるが、同時面倒なことにならないと良いなと静は胸の内で呟いた。
「今から、ロトアロフの言葉で話す。内容を知りたければ後で聞け」
ヴィンセントは他人事に告げ操作する中、ルイスがロバートとノーマンを呼び、それぞれ通訳をするように指示をした。
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しばらくの間の後、ランスロットの大きな声が通信機から響いた。
《——ント? ヴィンセントかい?!》
「騒がしいぞ、兄上」
《ごめん! だけど、本当に心配したんだ!》
「連絡が遅れてすまないとは思っている。今、そちらに戻っている所だ」
《戻っている? というか、今まで待っていたけども、今どこに?》
「王都の外。船に乗っている」
《つまりは、遠い場所まで向かっていたというわけだね?》
「そいうことだ。それで無事、全員見つけた」
《それは良かった》
「ああ。で、そちらの状況は」
《王宮に残っている騎士達のおかげで、一先ず安全は確保しているよ。とはいえ現状、良くはないね。何せ今、僕達は王宮を不法占拠しているという状態らしいから》
「そうなっているのか」
《そう。おかげで市井にいる人達が押し寄せている状態だし、その話を信じている騎士達を一人ずつ対処している所だよ》
「おい、安全と言ったよな」
《一先ずは、ね》
あちらは敵が流した情報に踊らされ、正義の名の下、剣を向けられているとのことだ。
確かに現状、王宮には何故か王が不在。残っているのは異国の王族のみ。情報に踊らされるのは致し方のないことでもあった。
《それと伊織様についてだけど》
「……伊織は」
《今まで、力を抑えていた状態だったらしいんだ。それで本来の力を使った結果、痛みを伴う流血。さらに物がよく見えていない状態になっている》
「馬鹿が」
《ふふっ、そうだよね。本当に》
笑えるものではないが、ランスロットのこぼした呆れた様な笑い声に、ヴィンセントは固くなった表情を緩めた。
《けど、伊織様のおかげで王都内に召喚術を見つけられた。召喚されたお方も一緒にね》
「そちらもか」
《そっちも? なかなかにひどい状態だね》
「ああ、全くだ。で、何が召喚されていた」
《異世界の百足。それも大人の身の丈以上に大きい》
「……伊織が喜びそうだな。後、ユリアーナ殿か」
《うん。そこにエリアス殿下も加わって観察しているよ。それとウーロなんだけど、大きくなったまま元の小ささに戻れないみたいなんだ。百足を救うために呪術を食べたから、らしいけど》
「分かった。こちらは葦原国の鉄兎と呼ばれる神使がいた。ヨカゼなりに詳しいことは聞いてくれ」
《鉄兎か。大きい?》
「一見すれば普通の兎だ。話すがな」
《良いなぁ》
「後、ゴーレムが仲間になった」
《どうして?》
「こちらに静がいるだろ?」
《……そっかぁ》
あちらこちらで召喚術が使われているという事態。しかもまた、異世界からのものが召喚されているという状況。
一体どうすればという焦りが静の中で膨らむが、ゴーレムが仲間になった理由を納得されたことに不本意だという気持ちがすぐに埋め尽くした。
《気を付けて戻っておいでね》
「分かっている。それじゃあ切るぞ」
《うん、また後で》
ランスロットの報告が終わった様子に、ヴィンセントはすぐさまに通信機を躊躇なく切る。一番最後に聞こえたのは、ランスロットの楽し気な笑う音だった。
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ロバートとノーマンの通訳により、ある程度あちらの状況を理解した様子のフェルドは不機嫌そうに赤い瞳を細めていた。
周囲はそれを察し、沈黙をする。
何か思考しているのか、時折視線を左右に動かし、ほんの少しだけ背を丸める。
「一つ、聞いても良いかい?」
「何をだ」
フェルドの問いかけに、ヴィンセントは器用に片眉をあげる。
「君達は静殿達を、降り立ったと表現した。しかし今の話を聞く限り、異物である彼女達がどうして降り立てることが出来たのか、少し疑問というか。しかも、抹消させると決めるほどに危険な存在をどうして」
「召喚術だ」
「うん」
フェルドは驚く様子もなく、さらに問いを重ねた。
「元から聖女だった?」
「いや、違う。静達は、召喚術に巻き込まれてこの世界にやってきた、ただの魔力の無い人間だ」
赤い瞳が続きを促す。ヴィンセントはそれに応え、さらに言葉を続けた。
「我が国は、異国人に対して厳しい環境だ。そして巻き込んだのはこちらの不始末でもあり、神々も防ぐことが出来なかったが為に、静達を聖女として守ることに決めた」
「……戻ることは」
「出来たが、こいつらが残ることを決めた。それぞれ理由はあるが、分かりやすいのは静だ。見ろ」
フェルドの鋭い視線が静に真っすぐに向けられる。だが、すぐにその鋭さは失われて口元を緩めた。
「召喚術については後回しだな。一先ずは民達を鎮めなきゃ」
王らしく、フェルドは一人呟いた。
静は何故、こちらを見てその思考に切り替えたのか全くもって理解することが出来なかった。
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そこからどれほど時間が経ったのだろうか。
太陽は真上に強く輝いている。時間は昼頃ぐらいだろうと静は推察する。だから腹が減るわけだと納得し、少し食べ物を貰えないかと思い始めた時だった。
「おい、あれ! フェルド!」
煌河の声が甲板に響き渡った。
すぐさまにフェルドが煌河の元へと駆ける。
遅れてルイスが立ち上がり、静に手を差し出してしぶしぶというように立たせた。静は無言でルイスに軽く脇腹に拳を入れてから、煌河達がいる方向へと視線を向け、目を見張った。
「……何、あれ」
遠くに見えるのは王都であった。黒い、霧のようなものに覆われた。
明らかに何かが起きているのは明白だった。ヴィンセントがすぐに手元の通信機を操作する。ギークが頭上を飛翔し続けるキファラに向け、大きく腕を振れば、キファラはさらに速度を上げて王都へと向かった。
静は逸る気持ちをどうにか抑えながら、王都に残る者達の無事を今は祈る他無かった。




