10 離さない
どれもこれも、ここにいる者達はそれほど強いというわけではなかった。
ノーマンは剣を振り上げる男の横っ面へ向けて容赦なく足蹴し、ロバートへ声を張る。
「ほら! 後ろ!」
「はい!」
ロバートは半秒遅れたが、後ろから襲い掛かってくる男の剣を寸で避け、そのまま懐まで間合いを詰める。のけぞる男の胸倉を掴み、幻惑の魔術を展開した手で男の顔面を覆う。
暴れまわる男はしばらくし、全身から力がなくなり、そのまま何かうわ言を発し始める。ロバートはそれを確認した後に手を離した。
『容赦なくなってきたな』
「これが一番安全且つ、穏便な方法なんです」
『体術は弱いものな』
胸元に入り込んでいたシルドラが頭を出し、容赦ない言葉をロバートに浴びせた。今日初めて言葉を交わしたばかりだというのに遠慮の無いシルドラに、ロバートは言い返さず大きく肩を落とした。
「うぅ、剣が欲しい……」
「これも練習だって。弱いでしょ」
「ですが……」
「これが僕達のやり方なんだからさ。それに剣より魔術の方がロバートに向いているって。今教えたばっかりなのにすぐ使えるようになるなんてさ」
「魔術は……はい。比較的得意ではあったので……」
元は深紅の騎士であったロバートが剣を求める理由は分かる。それに必要に応じて剣で戦うことにもだろうだろうが、レイメイは元が騎士ではない者がほとんどであり、隊長であるルイスは騎士であるが剣を用いらない戦い方をすることがほとんどだ。
だからまずは剣がなくても戦えるようになるのが必須になる、とノーマンは考えている。
それにしても、とノーマンは嘆きながらもさらに襲い掛かってきた男を縛り上げるロバートを見つめる。
ロバートを見つけたのは第六感が冴えているヘクターと、なんだかんだと見る目のある静だ。あの二人がとくに気に入った者である。だからシルドラに好かれているのも、こうして別の才を隠し持っていたこともノーマンには驚くことではなく、むしろ当然と受け取っていた。
だからこそ、もう少し体術で戦えるようになってくれればという思いが日々強くなるが、これは得手不得手の問題だ。仕方がないと残念だという思いを抱きながら、ノーマンはヘクターへ呼び掛けた。
「ヘクター! ルイス達は?!」
ヘクターの周囲には数多くの倒れ伏している男達の姿がある。
何人かは関節がおかしなことになっているが、そんなものは無視だ。おかげで、周囲の建物に隠れてこちらを見ている奴隷であろう者達が恐怖で出てこないだけ助かった。
「なんかよく分かんねぇ!」
「はあ?!」
さらに一人、追加で投げ飛ばしたヘクターは泣きそうな顔をしながら大きく嘆いた。まさかの第六感が役に立たなくなっているなんて思わず、ノーマンはつい勢いのままにさらに一人、襲い掛かってきた男の関節を大きく曲げて投げ飛ばした。
一体どうなっているのか。この場所が悪いのか。それともヘクターの調子が悪いだけなのか。
ノーマンがその思考に気を取られていたせいで、足元がわずかに盛り上がったことに気付くのに一瞬遅れた。
「ノーマン!」
ヘクターがノーマンに手を伸ばす。それでも届かない。ノーマンはすぐさまにそれから逃れようとするが、それよりも早く、鋭い岩が隆起するのが見えた。
貫かれる。せめて致命傷を避けなければ。
体を無理やりにねじろうとした時、何かが腕を縛り、強く後ろに引っ張られた。
一体誰だと思いながら、縛られた箇所を見るとよく見る魔力の糸が見え、すぐに誰かを理解した。
「何を余所見をしているんだ、ノーマン」
「ルイス!」
まるで一本釣りの要領でノーマンを引き寄せ、受け止めたルイスにノーマンは思わず満面の笑みを見せ、ぴたり、と動きを止めた。
傷はおそらく治したのだろうが、それでも血の匂いや汚れがいつになく濃かったのだ。ノーマンは慌ててルイスに体ごと向け、両肩を掴んだ。
「無事……え、無事だった?」
「多少、見せしめの暴行はあったが、それだけだ」
「ルイスが? え、誰に?」
「今の魔術を使った奴」
一先ずそいつを殺そう。だが、ちゃんとルイスの分を残しておかなければと思いなおし、腕を貰おうと決めた。
そんなノーマンを他所に、ルイスはいつもと変わらない表情のままヘクターへと顔を向けた。
「ヘクター、追えるな?」
「おうよ!」
「生け捕りにしろ。後、マティアスがいるから捕らえろ」
「お、まじか! 行ってくるわ! あ、ロバートはノーマンの言う事聞いとけよ!」
ルイスに指示されたヘクター笑顔を浮かべ、そしてロバートをノーマンに押し付け勢いよく駆け出した。今の魔術に気付くのが遅れたのだからルイスの判断は当然だとノーマンは理解するが、納得までは難しいものだった。
ルイスはそんなノーマンの心情を分かってかは不明だが、両肩に置かれた手を軽く払い落した。
「静様は」
「船に残ってる」
「……静様が?」
端的に答えたノーマンに、ルイスは珍しく両目を丸める。
珍しい表情を見られたことに、機嫌が良くなったノーマンは静とヴィンセントのやり取りを思い出し、あったことをそのままに話した。
「こういった戦闘はやりたくないって。後、血もなるべく見たくないみたいだよ」
「そうか。それは良かった」
「だよね。けど、一対一とか、相手が人間以外だったら躊躇しないで戦いに出ると思うよ」
「……まだその方が良い」
顔をしかめたルイスは大きく息を吐きだした後、後ろに振り向き軽く手をあげる。見れば、そこには探していたフェルド。そしてその腕にはアラレが抱えられていた。
よく目立つ白い毛は多少汚れはあるがそれだけで、怪我をしている跡はない。無事に二人を見つけていたことにノーマンは安堵した。上で様子を見ていたフーリュも安心したようで翼を大きく広げ、そのままフェルドの肩へと真っすぐに降り立った。
「なんだ?! え、梟……?」
「ノーマンと共にいる眷属です。フェルド陛下、先に俺は船に戻ります。護衛はこの二人をつけますのでご安心ください」
「うん、分かった。あ、でもほら、先に戻るならこの子を連れて行かないと」
ルイスは元からフェルドの護衛の為に言葉が通じるノーマンとロバートを残すことにしていたらしい。
こればかりは仕方がないなと納得したノーマンは、まさか国王を護衛することになるという事態に陥り、固まったロバートを見て小さく肩をすくませた。
「後は頼んだ」
ルイスはロバートを一度は見つつもさらりと流し、一言だけ告げて素早くこの場を後にした。もちろん腕にはアラレも一緒だ。ご機嫌に尾を大きく揺らしていた。
一人と一匹を見届け、ノーマンは改めてフェルドへと向き直る。
「それじゃ、こちらへ。敵はあらかた片付けていますけど、一応気を付けてくださいね」
「ああ、分かった。よろしく頼むよ。けど、その前に彼が……」
フェルドの肩に止まっていたフーリュがまた音も無く飛び立った。
「フーリュが回りを警戒してくれています。ほら、ロバート。行くぞ」
「は、はいっ」
未だに固まったままのロバートを呼び、ノーマンはフーリュの後を追うように駆け出した。
「あ」
「え?」
しかし、すぐにフェルドがその場でつまずき、顔から転んだ。ノーマンとロバートは慌てて駆け寄った。
フーリュはすぐ近くに降り立ち、困ったように頭を回転させ、頭を出したシルドラが小さく笑い飛ばしたのであった。
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船にいきなり乗り込んできた仮面の者はうまく風宇とヴィンセントに誘導され、外に出したがすぐ近くで激しい戦いを続けていた。
だが攻防は仮面の者が常に優位のままだった。ヴィンセントが隙を見て援護の為に氷の刃の他、鞭のようにしならせて襲い掛かろうとも仮面の者は鉄の棒で全てを粉砕するほど。そして風宇が何度、貫こうをしてもゆらりと全てを躱し、いなし、逆に地面へと叩きつける。
風宇が自国の言葉で、口早に吠える。周囲の建物がある場所へ叩き落とされたせいか、その破片で傷つき、血が滲んでいる。だがどれも致命傷にはなってはいない様子だった。
「……様子見、か?」
ナユカが言う。静も声には出さず、そうだろうなと内心頷いた。
仮面の者は常に待ちの姿勢だった。一体何の用で船に来たのかさえ分からなくなるほど。そして風宇の攻撃に対し、まるで手習いをしているかのように何度も同じ動作を繰り返し見せていた。
それが余計に風宇を苛立たせているが、鋭さは増すばかりだ。
静は仮面の者を直視せず、強く両手を握りしめる。
背筋に這いずる恐怖が未だそこにいる。原因はあの仮面の者なのは分かるが、理由が分からなかった。
早く、早く目の前から消えてくれと必死に願うしか出来ない最中、体に渦巻く重苦しいものが急激にしぼむ感覚がした。
静は反射的に立ち上がり、前へと出た。
「静様!」
ナユカが呼び止めようとするのも構わず、静は上へと両手を伸ばす。
そうして、上から降りてきたルイスの腕の中に飛び込んだ。
おかえり、ルイス。
ただいま戻りました、静様。
控えめな腕の力だが、それはルイスの腕の中にいたアラレのせいだとすぐに分かった。
にゃあ、と誇らしげに鳴くアラレはごろごろとこんな時だというのに機嫌良く喉を鳴らす。ちゃんと見つけてきたことに静はすぐにアラレの額を軽く撫でる。
と、ずいぶんと大きな音が響いた。
慌てて静はルイスの背後へと目を向けると、大きく跳躍して去ろうとする仮面の者と、追いかける風宇の姿があった。
ヴィンセントが氷の柱をいくつも作り、風宇の為の足場を作り出す。それでも仮面の者の方が早く、瞬く間に宵闇に姿を消した。
「ルイス、フェルド陛下はどうした」
「ロバートを護衛につけました。さすがに運べません」
「それなら仕方がないな」
結界を張り続けながらヴィンセントはルイスに確認をする。ルイスはアラレを静に渡し、顔だけをヴィンセントに向けた。
「ヴィンセント様、ここにマティアスがおります」
「……ほぉ? 奴がここに」
ヴィンセントの魔力が揺れ、ヴィンセントが作り出した氷の柱に亀裂が入る。あのままでは砕け落ちるのでは、と思った時、轟音と大きな揺れが奴隷市場に満ちた。
「何だ、今のは」
「転移ではないかと」
暗闇を見つめるルイスの翠玉の右目に映る光が大きく波打つ。魔力の何かを見たのだろうかと静が下から見つめていると、視界にアラレの小さな手が入ってきた。
「はいはい、ごめんね。おかえり、アラレ。ありがとうね」
みゃう。
アラレは満足げに尾を大きく揺らし、静の顔に自身の頭をこすりつけ始める。静は白い毛並みに溺れそうになりながら、今だに船の外を見つめているルイスの服を軽く引いた。
「ルイス、何を見ているの?」
もしくは導かれようとしているのか。一体何に、誰に。
静はさらに強くルイスの服を引くと、ルイスの手がその手を覆った。
「申し訳ありません、静様。何かが下にあるようです」
「……下に?」
「はい。それよりも体調はどうですか」
アラレが邪魔だったらしく、ルイスは遠慮なく静の腕からアラレを足元に下ろした。すぐさま抗議の声をあげ、ルイスの足に爪を立てているが無視されている。
「楽になったよ、ルイス。ありがとう」
「いえ」
静はそんなアラレをかわいそうにと思いつつも、ルイスがようやく静を見てくれたことが嬉しく抱きしめた。
やはり、離れていたのもあってか静の身の内に溜まっていた魔力がうまくルイスへと受け渡されていなかったようだった。ルイスが近くに来た時、体が少しだけ軽くなったが、こうして触れあえばさらに体は楽になり、熱も冷めていく。
それは同時に、疲弊しているルイスにとっては負担を増やしているということだ。だがルイスはそんな静を前に安堵したように息をつき、頬に触れてくるのだからルイスにとっては些細なものだと静は知っている。
「静様、少しここでお待ちください」
「やだ」
「静様」
「いやです」
周囲がいつの間にか静まり返り、船を覆っていた結界が消え去った。聞こえてくる周囲の音から、それぞれ戦いが終わり、戻ってきていることが分かる。
ルイスは彼らの元へ行こうとしているのだろう。静はもちろんそれを止めるつもりはないが、離れるつもりも当然ながらになかった。
途端面倒と言わんばかりに顔をしかめるルイスに、様子を見ていたヴィンセントが鼻で笑い飛ばしていた。さらに奥に身を隠していたヴィートが外にちょうど出てきてしまい、ルイスと静を目撃し、にんまりと笑みを浮かべたのが見えた。
「よろしいですか、静様。ここは何があるのか分からない上に、呪術の影響が」
「勝手に捕まったくせに何言ってんの?」
「それは、大変申し訳ありません。ですが不本意です」
「うん。で?」
「……絶対に、浄化をしようとしないでください」
「分かった」
絶対に折れない静に面倒になったようで、ルイスは最大の譲歩をした後に静を抱き上げる。そして忘れずに足元に下ろしたアラレを静の胸元に乗せて。
今度こそ大きく笑うヴィンセントに対してか、この状況に対してか、おそらく全てに対して舌打ちをしたルイスは疲弊をもろともせず、軽い身のこなしで船から飛び降りた。
「わたくし達、途中からいなくなっておりましたわね」
「そうだな。しかし……」
「何故でしょうね。とにかくフェルドを叱りつけなくなりましたわ」
「一言言っても良いんじゃないか」
「ええ、そうですわね」
残されたイルジナとナユカは顔を見合わせ頷き、そろって船から降りる為、腰を上げた。
ヴィンセントはそんな二人の為にと、氷の階段を魔術で作り上げるのだった。




