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08 戦うということ

 固いパン。濃い味付けがされた固い肉。それと水。

 たったそれだけであったが、ひどく空腹であった静にとっては立派なご馳走であった。

 大きな船の近くに敷かれた布に座る静とイルジナ、ナユカは三人並び、無言でひたすら素朴な食事を食べていた。



 静様さぁ、そんな急いで食べないで、ちゃんと噛んで食べな?

 足りてるか? 静様。肉もっといる? なぁ、ノーマン。二人にも聞いてくれよ。



 その三人の前に、ノーマンとヘクターがしゃがみ、三人の為に給仕をしていた。

 ノーマンは空いたコップに魔術で水を満たし、ヘクターの両手にはお代わり用のパンと肉が乗った皿を持っている。ついでにその肉を横から狼とフーリュ、スズカが狙っているのをロバートが見張っており、エリカが静とナユカの口元を拭ってくれていた。イルジナはとても綺麗に食べていた。

 そんな様子を体全体を伏せ、翼も最小限に折りたたんだキファラがのんびりと眺めている。小さなゴーレム達はキファラの側に集まり、よじ登ろうとしては何度も転がり落ちている。

 その光景に和みつつ、口の中にある肉をしっかりと噛んでから飲み込んだ静は、大きく息をついた。



 ありがと、皆。一先ずお腹ふくれた。

 もっと食べても良いんですよ。

 後でまた食べる。



 静はノーマンから水が入ったコップを受け取り、一息に半分まで一気に飲み、集まっているヴィンセント達へと目を向けた。



 まだ話し中かな。

 そうですね。呼びますか?

 お願い。



 ノーマンは一つ頷き、静ににじり寄るフーリュを鷲掴みにしてその集団へと向かった。

 その集団にいるのはヴィンセントの他、煌河、風宇(フォンユー)、ギークだ。何故かヴィートの姿も見える。

 いの一番に静達をギークの乗せたキファラが飛来してきた後、凄まじい速さでヴィンセント達を乗せた船がやってきたのだ。

 何故か分からないが、別のずいぶんと大きなゴーレムと共に。


「あちらのゴーレム、どうやらお仲間だったようですわね」

 

 一切口元を汚さずに食べきったイルジナが新たに増えたゴーレムを見やる。

 静達と共にいたゴーレムよりも一回り大きい赤茶色のゴーレムは凄まじい速さで移動していたのが嘘のようにぴたりと動かずに砂地に体の半分を埋めていた。

 隣にいる静達と共にいたゴーレムも同じように埋まっており、かわいらしいと思える光景だった。


「もう食べなくて良いのか」

「どれだけ食いしん坊だと思ってるの」

「違ったか?」


 軽口混じりにヴィンセントが静達の前に歩み寄ってきた。そして汚れるのも構わずにその場にどしりと座り、夜の中でも目立つ奴隷市場へと目を向けた。

 明るいうちに見えた船の姿はすっかり消え、明かりの魔具を大量に灯しているのか、大きな影が浮き上がっているかのように見えた。


「フェルド陛下とルイスは中にいるんだな?」

「そうだよ」

「全く、ルイスがついていながら何をしているんだ」

「想定外の何かがあったんでしょ?」


 ヴィンセントに続いて、先ほどまで集まり話していた男達が続々とヴィンセントの横に座ったり、後ろに立つ。無意識に静は身を強張らせると、狼が静の腹へと頭を押し付けてきた。

 静はその頭をわしゃわしゃと撫でまわし、頬を緩めた。


「聞くが、アラレはどこだ?」

「分かんない。ルイスを探しに行ったかも」

「……そうか」


 いつもならばアラレが静の膝の上にいて、少々乱暴な手つきで撫でまわされているはずだが今はいない。

 メルヴェアータ自らが奈緒の為に連れてきた猫達の一匹で、常に静の側にいたがるほどの子だというのに自ら離れてどこかに行ってしまった。

 こんな場所で向かうであろう行き先は一つしか考えられなかった。


「何話してたの?」

「どう入るか。そして中の構造についての確認だ」


 柔らかい砂地に、氷をまとわせた指先でヴィンセントは最初に丸を描く。一か所だけ途切れているのはあの奴隷市場の正面なのだろう。


「キファラが吠えたおかげでこちらの存在はすでに気づかれているが、奴等は籠城を選んだ。全く面倒なことだ」

「そういうことなんで、元奴隷だった俺が中を説明していたというわけです。とは言え、今がどうなっているかは全く知りませんけどね」


 ヴィンセントの後ろにいるヴィートがその絵を覗き込みながら告げる。男達の様子を見るに、ここに来る途中に話をしたようで驚く様子はなかった。

 そして静はナユカを見えれば無言で目を丸くしていた。だが何故か、イルジナはそのような反応を見せずに微笑みを浮かべたままだった。


「そうでしたのね」

「あんま驚かないんですね、やっぱり」

「ええ、フェルドが元々わたくしの奴隷でしたので」


 全員がイルジナを見つめた。もちろん静も、ナユカもだ。

 まさかこんな時に告げるとは思いもよらないことだったからだ。何故という疑問が静の中で浮かぶ中、ヴィートはすぐに気を取り直し、困ったように笑った。


「そっちだったんですか」

「ええ、そうですの。けどあの噂の方がいろいろと都合が良かったので」

「けど、なんで今言う必要が?」

「何故って。貴方がお話なさったのだから、こちらは元主人としてお伝えしただけですわ」


 そこでイルジナの行動の理由を理解したらしく、ヴィートは納得したように頷き、ヴィンセントと静を順番に見た。


「説明しますと。元とは言え、自分が主人と名乗られたわけです。これはつまり自分の所有物だから傷を一つでもつけたら分かっているよな、って意味なんですよ」

「ふふ、それとナユカは元ですが、わたくしの剣士でしたの」

「これも同じですね!」


 僅かに口元を引きつらせて笑顔をつくるヴィートから、静は優雅に微笑むイルジナへと視線を向けた。 


「静様ならお分かりになるでしょう?」

「うん。一先ずはお話したくなるね」


 静はこのメシュラルドの文化を知らないし、奴隷というものは糞なものだと認識をしている。だが、こうして所有をしっかりと宣言し、責任の所在をはっきりとさせることは素晴らしいことだと認識した。

 静とイルジナは互いの顔を見て、強く頷きあっているとヴィートが軽く咳払いをした。


「つまりですが、フェルド陛下達はもしかして抜け穴から入った感じです?」

「ええ、そうですわ」

「ああ、やっぱり。ってことは脱出する前に見つかった可能性がありそうですね」


 ヴィートは手を伸ばし、その抜け穴があるという場所を指す。


「ここの抜け穴はどうせ皆知っている場所だから見張りは当然ついているでしょう」

「なるほどな。と言うことは」


 ヴィンセントは顔を上げ、闇に浮き上がる奴隷市場へと目を向けtあ。


「正面突破以外にあり得ない、と」

「はい」


 大きく息をつき、額を抑えるヴィンセントであるが他三人は顔を見合わせ口元に笑みを浮かべていた。


「分かりやすくで良いな」

「ええ、それに正面からなので無礼とは程遠い行為。何も責められることではありませんね」

「僕はキファラと空からお邪魔させてもらうとするよ」


 煌河は大きく頷き、風宇はもっともらしい事を口にする。ギークは機嫌良さげに微笑む。

 なかなかに好戦的ではあるが皆、フェルドが元奴隷ということを知ってもなお、変わらずに救出に向かおうする姿は心強いものだった。


「そんで、フェルドに黙っていた理由聞き出そうぜ」

「そうですね。人のあれこれを深く聞いておいて、ご自身のことを秘密にしておくなんて、母上が知ったらどうおっしゃるか。ああ、恐ろしい」

「うん。ちゃんと全部、皆で聞こうね。抜け駆けしたらキファラにお願いして空から吊るすからね」


 どうやら三人共にフェルドに対して思うところがあったらしい。

 妙に殺気立っている彼らからそっと視線を反らした静は、そのまま狼に首に顔を埋めることにした。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「自国の言葉で話すがな。静」


 殺気立っている三人を他所に、ヴィンセントはロトアロフの言葉に切り替えて静に話しかけた。

 静はすぐに顔をあげると、すかさずにエリカが静の顔に引っ付いた狼の毛を取り除いた。


「え、何?」

「前線に出るなよ」


 多くを言いたいのだろうに、ヴィンセントはそれらを飲み込んで一言に収める。

 今の状況、静自身の状態。それらを加味しつつも、戦える静は戦力になるのは分かりきったことだ。ヴィンセントもそれを分かっているのだ。だから、戦うなとは言わなかった。

 静は小さく、困り顔をして笑みをこぼした。


「別にさ、わたしはただ単に売られた喧嘩は買う主義ではあるし、必要に応じて拳は使うわけなんだけどさ?」

「それを止めろと言っているんだがな」

「それはそれ。というか、別に戦うことが好きなわけじゃないよ。手段として最も効率的で速いやり方且つ、黙らせたいっていうだけだし」

「全くそうには見えないんだが?」


 確かにそう見えるのも仕方がないと静は分かっていた。

 何かとあれば好戦的なことを言うし、拳でどうにかしようもしてきた。しかし、だ。


「ここに来て、わたしが実際に拳を振るった相手なんて彼らと、監禁してきた男。後は彼の神に、ウーロぐらいなんだけど」

「……確かに、そうだな」

「でしょう?」


 きゅう、と甘えたように鳴く狼に静はまた両手でわしゃわしゃと撫でる。ついでにスズカと、寄ってきたフーリュも順番に指先で軽く撫でた。


「たぶんさ、相手が人でなければ良いやって思えるんだよ。ひどいことではあるんだけど」

「それなら人相手なら?」

「一対一の拳でならいける」

「それは止めろ。今回はおそらく集団戦になるが、それはどうだ? おそらく、拳だけでは済まないだろうし、何よりもお前は男に対して未だに恐怖心を抱いているだろう?」


 痛いところをついてくるヴィンセントに、静は思わず舌打ちをこぼしそうになった。かわりに大きく息をつき、忙しなく狼を撫で回して心を落ち着かせる。

 どうして未だに男に対して恐怖心を抱き続けているのか。

 自身のことなのに理由は分からないまま。ただただ触れられたくないという嫌悪に近いものがどうしても湧いて出てくるのだ。

 慣れた相手であれば薄らぐし、自分からも少しは触れられるが自分の騎士達だけ。友人であるヴィンセントは該当しない。

 拳ならいけそうなので、喧嘩する時になったら遠慮なく殴ろうと静は今決めた。


「おい、余計なことを考えているんじゃないだろうな?」

「自分の状態なりを考えてただけだよ」


 ルイス並みに感の良さを無駄に発揮してくるヴィンセントに誤魔化しつつ、静は素直に答えた。


「大人しくしているよ」

「聞き分けが良いな」

「……なんて言うか、そのさ? わたしがやってきたのって、ただの喧嘩なんだよ。けど今回も、たぶんこれからもだけど、喧嘩とは違うでしょ?」

「よく分かっているな。それで?」


 いつになく遠回りする静に、ヴィンセントは容赦なく結論を急かしてくる。こういう時にだけ、うまい言い方が出来たらなんて思いつつ、静はようやく吐き出した。


「……背負いたくない、し……血も、あまり見たくない」


 かっこ悪いし情けないにも程がある。

 守ると豪語し、自ら前に出ようとする姿勢を見せながらも大事な勝負所から逃げようとするなんて呆れて物が言えない。

 だが、間違いなく静の本心だった。

 大切な者達ならばともかくも、見知らぬ誰かの命なんて背負いたくない。凍土に眠る魂達を守る役目があるがしかし、自分の手で下した相手をも守らねばならないなんて、想像しただけで気が変になりそうだった。

 別に血はもうすでに見慣れてきたが、やはりあまり良いものではない。とくに他人の血なんて見たくもない。

 こんなふざけたことを考えてしまっている時点で聖女失格ではないか。こんなことユフィアータが知ったらどう思うだろうか。嫌われてしまうだろうか。

 静は無意識に視線を落とし、唇を噛む。と、前から大きなため息が聞こえてきた。


「お前、馬鹿だな」

「は?」

「どうせあれだろう? 自分の手で下した相手の命全てを背負わなくてはならないと思っているんだろう? くだらんな」


 ぱっと顔を上げた静がまず目にしたのは何故か、呆れた顔をしたヴィンセントだった。半ば吐き捨てるよううな物言いに、さすがに静はすぐに言い返した。


「だってさ。いや、皆のことを否定するわけじゃないし、わたしの代わりに戦ってくれているというか」

「自意識過剰だな、お前は。俺は俺の意思でここにいるし、こいつらも同じだ」


 切れ味の良い返しの言葉に、静はようやく口を閉じた。そしてノーマンとヘクターが追撃してきた。


「そうですよ、静様。もちろん静様の為ではありますけど、僕自身として叩き潰したいっていうのもあるんです」

「オレは戦うの得意だし、好きだから静様がそこまで考えなくて良いんですって!」

「そうそう。むしろ僕達の為に戦わないでほしいです。楽しみが減ります」


 戦うことがむしろ娯楽に等しいと言わんばかりの彼らの言い分に、静はさりげなくエリカを見上げる。エリカはすぐに静の視線に気付き、少しだけ目を細めた。


「駄目、です」

「あ、はい」


 珍しく声を発したエリカからの言葉に、静は反射的に返事をする。そして何故か目を丸くしているロバートを見やると、慌ててロバートは口を開いた。


「す、すみません! エリカ殿は話せるとは聞いてはいたのですが、今まで聞いたことがなく……!」

「かわいい声だよね」

「はい。そして力強い声でした」


 ロバートのまっすぐな微笑みに、静は小さく呻き、また狼の首元に頭を埋めた。

 この場にルイスがいたら、きっとほらどうだとここぞとばかりに小言を言い始めるはずだ。

 だから大人しくしろと、前へ出るなと、嫌になるほどに言ってくるだろう。そんなことを想像し、静はつい今はこの場にいなくて心の底から良かったと思ってしまった。


「で、だ。静」

「何」


 思ったよりも低めの声が出てしまったが仕方がない。静はむすりとした表情のまま、ヴィンセントへと目を向けた。


「その手はどうした。痛みは無さそうだが」

「ああ、これ? ルイスが治してくれたけど、痕が残っちゃって」

「ルイスは知っているんだな。で?」

「ここに転移させられた時に魔鉱石使われたんだけどさ。反射的にその魔鉱石を壊そうとナイフで突き立てちゃってこうなった」


 今更に右手全体が爛れてしまっていることを聞かれた静は、別に隠すことではないため素直に自分がやらかしたことを話す。と、何故だろうか、ヴィンセントの琥珀の瞳がかっと見開かれた。


「お前は! 何故そう反射で動くんだ! 馬鹿者!」


 何故、ここまで怒られるのか。不本意である。

 静は狼を盾にするように強く抱き寄せ、唇を尖らせて大きくそっぽを向いた。

 ヴィンセントの後ろでは頭を抱えたヴィートに話を聞こうとする煌河達の姿が見えた。多少は呆れた視線が向けられるだろうと予想しながらも、けどそこまで悪い事していないはずだと思っている静はさらにスズカも抱き寄せ、もふもふの中に顔を埋めることにした。

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