07 ころころゴーレム
静はゴーレムの手の上で厳しい陽射しから逃げるように、ルイスの上着を頭からかぶり遠くを見つめる。視線の先には当然ながらあの奴隷市場だ。
高い壁に囲われた要塞、もしくは監獄のようなその周辺には警戒するように小舟が行き交っているのが良く見えた。
「ゴーレムにここまで感謝する日が来るとは思いませんでしたわ」
「わたしもだ」
静の両隣に変わらずに座っているイルジナとナユカが口々に言う。静もそれを聞きながらも内心頷いた。
おかげであの場から素早く逃げることが出来た。それは間違いなく良い事である。だというのに、今の静の心は全く良いものではなかった。
「……迎えにいったら怒られるかなぁ」
「怒られるどころてはないと思いますわよ、静様」
「だよねぇ」
イルジナが答えながら、静の額に手を当てる。冷たい指先が気持ちよく、静はつい額を押し付けてしまった。
「……熱が上がっておりますわね……。静様、首のレースをはずさせていただいても?」
「ん、自分でやるよ」
イルジナの手から頭をあげ、静はもたもたと首に巻いているレースリボンを外す。くるくると自分の手に巻き付けていると、首に冷たいものがあてられた。
「かわりにこちらを。水で濡らしただけなのですが、首にあててください」
「ありがと、イルジナ」
あてられたのは水に濡れたハンカチだった。レースリボンを外している間にイルジナが魔術を使ってハンカチを濡らしてくれていたらしい。
有難く使わせてもらい、静はイルジナの肩にもたれ、そのまま視線を落とす。その先にいるのはころころとした、小さなもの達だ。
「……かわいい……」
「ああ、かわいいな……」
ぼそりと呟いた静の言葉に、ナユカが同意した。
二人の視線の先にいる小さきもの達。それは膝丈程の小さなゴーレム達だ。身を隠していたらしいが、どうやら心配して姿を見せてくれたらしい。
目の前でゴーレム達は両腕を振り回し、ぶつかり、転げまわっている。ヒビが入ってしまいそうにも見えるがなかなかに頑丈なようで何度もぶつかっては転げまわることを繰り返していた。
「……国にね、小さなゴーレムがいて」
「この子達よりも小さいのか?」
「これぐらい」
静は国で留守番をしているさらに小さな片手ほどのゴーレム、ゴズの姿を思い浮かべる。
出会った頃と何ら変わらない姿のゴズは、よくコロコロと転がっている。小さな両腕を振り回し、体全体で応えてくれる姿は本当に愛らしいの一言に尽きた。
「かわいいな」
「うん、かわいい。この子達より、もう少し白っぽい」
「そうなのか。かわいいな」
ナユカの口からは、かわいいという言葉しか出てこない。どうしたものかとナユカの横顔を眺めていれば、イルジナの深い溜め息が静の耳に届いた。
「ナユカは小さくて丸いものが好きですの。それで疲れてしまうとこうなってしまうのですわ、昔から」
「そっかぁ」
疲れてしまっているのならば仕方がない。静だって疲れてしまえば、いつもよりも欲望に忠実になってしまいそうになる。
無駄なあがきとは分かっているが、静は片手で腹を抑え、きゅっと顔をしかめた。
「……言ったら駄目なの、分かるんだけど……」
「水で誤魔化してくださいまし。ほら、手をお出しになられて」
きゅるる、と小さくなった腹を誤魔化すために、静はイルジナが魔術で出してくれた水を手で受けて、すぐに口に持っていく。
ちょうど喉が渇いていたからちょうど良いけども、腹はあまりふくらみはしなかった。
だいぶ切なさを覚えながら、静は砂の上でころころと転がっている小さなゴーレム達に声をかけた。
「……ねぇ、お前達。誰か、こっちに向かってきていたりしている?」
何気なく彼らに問えば、ゴーレム達はぴたりと動くのを止め、そろって腕をある咆哮へと向けた。静達はそろってその方向を見るが、見えるのは広大な大地だけ。多少の岩山は見えたがそれぐらいだ。
しかし、何かが向かってきているのは間違いないということだった。何せ、この地に住まうゴーレムが教えてくれたのだから間違いはない。
「……待つかぁ……」
「そうですわね」
「そうだな」
ぼそり、と呟いた静に同意するようにイルジナとナユカが頷いた。
今するべきことは身を隠し、大人しく待つこと。そして余計に腹を空かせないことだ。
静は身の内にぐるぐると溜まる熱を外に出すように、大きく息を吐きだし、少しでも体力を回復させるためにそのまま瞼を閉じた。
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気づけば、ずいぶんと日が傾き、空はナユカの瞳のような橙に染まっていた。広大な砂ばかりの大地はその色に一色に染まり、幻想的な光景を見せている。
隣にルイスがいれば、きっとこの光景に胸を打ち、素朴に美しいだなんだと語り合えたなと静は想像し、胸が締め付けられた。
昼間の暑さが嘘のように静まり返り、ルイスの上着がなければ肌寒さで身を震わせそうになるほどだった。ルイスは寒くないだろうかと静は心配しかけたが、ルイスは寒さに強いから問題ないはずだとすぐに結論付けた。
いつもよりも思考力が落ちている自覚をしつつ、静はそれでも離れているルイスのことを考えていると額に何かが触れたことに気付いた。
「……ん?」
「熱が高くなっておりますわ、静様」
額に触れたのはイルジナの手だった。
だから思考力が落ちているのかと静は理解した。やはり力を使ったせいということもあるのだろうが、あくまでも仮定ではあったがもう一つの理由に静はたどり着いた。
この熱。そして体内に渦巻く不愉快な力。なるほど、と静は一人で納得する。
全くもって不自由な体になってきたことに静は自分自身に呆れながら、自制心が無いままにぽろり、と言葉を零してしまった。
「……おなか、すいたぁ……」
「くっ……どうして言うんですか……!」
「昨夜から何も食べていないしな。水はイルジナのおかげで問題はないんだが……」
イルジナがほんの僅かに声を荒げ、ナユカは大きく息を吐きだした。
二人もまた静と同じように空腹なのか変わらなかった。
確か人間は水さえあれば三日は生きられるという。そして空腹は慣れるらしい。早く慣れてしまえば良いが、ずいぶんと回りから甘やかされてしまっていたのもあってか、慣れるまで時間がかかりそうだった。
ふと、足元にいる小さなゴーレム達が一度砂の中に潜り、すぐにまた出てきた。
大きな手に、光がわずかに揺らめいている黄色の石を持って。
「ちょっと、魔鉱石じゃありませんの?」
「ああ、そうか。この場所はゴーレムの生息地なのか……」
ゴーレムの手から降りたナユカが差し出された魔鉱石を受け取る。ついでにゴーレムの頭を撫で、また静の隣に戻ってきた。
「この国の魔鉱石って赤以外にもあるんだね」
「ああ、そうだ。他にも緑の魔鉱石もあるが、一番多いのは赤だな。黄色と緑は比べて少なくて、特に緑は貴重なんだ」
「へぇ……」
世界には様々な魔鉱石が存在していると知り、静は胸の内の好奇心をくすぐらせる。もっと話を聞きたいところではあるが、聞いても良いものなのかと少し迷っていると、イルジナが横から口を出した。
「どれもわたくしが教えたことですわ」
「……まだ勉強中なんだ」
「ええ、何せ国王であるフェルドの王妃になられるお方てすものね」
「こんなに大変だとは思わなかったんだ……」
ナユカは口元を大きく歪め、小さく呻いた。まるで悪夢でも見ているかのようにも見え、器用だなと静は他人事に思いつつ、それならと遠慮なく問うことにした。
「もし良かったらだけど、魔鉱石について教えて?」
「うぅ……もちろん」
ほんのりと素直に嫌そうな反応を見せたが、ナユカは大きく頷いた。
「赤の魔鉱石はスライムから生成されるものだが、黄色の魔鉱石は大地の奥深くにあるんだ。とくにゴーレム達が多く生息している場所から見つかる魔鉱石で、おそらくはスライム同様に生成されるものだと言われている」
「そうなんだ。そうなの?」
静は頷き、そしてゴーレム達に問う。ゴーレム達は答えず、また転がって遊び始めた。
それについては秘密らしい。かわいい誤魔化し方に静はこっそりと和んだ。
「緑の魔鉱石はより深い場所にあるんだが、手に入れるには本当に多くの力が必要なんだ」
「下に何かいるの?」
「ああ。普段は出てこないんだが、ヌシと呼ばれる巨体な魔物がいるんだ」
静は思わずイルジナによりかかるのを止めて、姿勢を正して耳を傾けた。
「記録にはほとんど残されていない。というか、ほとんどその姿を見たものはいない。それでも緒言はいくつか残っているんだ。大きな牙の他に鱗。山のような影。そして、背びれ」
「……魚?」
「ああ、おそらくは」
静は思わず砂地を見下ろす。そこには小さなゴーレム達がいるだけで、後は砂ばかりである。
「この国には砂丘に生息している魚の魔物がいるんだが、普段は地中の奥深くに生息しているからほとんど見ることはない」
「その魚も大きいの?」
「いや、だいだいこのぐらいだ」
ナユカが手を広げて見せる。ちょうど小さなゴーレム達とそう大きさは変わらない程度であるが、それでも大きいと思えるほどだ。
そして気になるところがあると言えば、食べられるかだが、考えたら余計に腹が減りそうなのですぐさまに静はそれについて考えるのを止めた。
「その仲間だと思われるんだが、あの魚がいる深さでは緑の魔鉱石は採掘されないんだ。より深く、それこそヌシがいるであろう深さまで掘削しないといけない」
「どうしてそれが分かったの?」
「冒険者ギルドにいる冒険者達が時折採掘してきてくれる。一度その現場にフェルドと行ったことがあるんだが、とても深くて危険な場所だった。彼らはもちろん金の為もあったが、浪漫の為とも言っていたよ」
「良いねぇ」
ロトアロフにも冒険者ギルドは存在するが、静は赴いたことがなければ冒険者に会ったことはない。義賊的な立ち位置である黒蜥蜴と呼ばれる集団には世話になったが、ギルドとは程遠い存在だろうと静は勝手ながらに想像する。
会ったことがないから、ここのギルドにいる冒険者達がどういった者達なのかは全く想像することは出来ないが深紅の騎士達のように屈強そうだという想像をした。
何せ浪漫の為に、緑の魔鉱石を求めて命がけで掘削をしているというのだ。もはや尊敬の念を抱かざる得ないものだった。
「ちゃんと覚えておりましたのね」
「……何度も聞けば覚える」
「では、どれほど貴重なものなのかは覚えておりますか?」
イルジナの問いに、ナユカはぐっと顔をしかめた。イルジナは小さく肩を揺らし、静に続けて説明をした。
「赤の魔鉱石に比べ、黄色の魔鉱石はそれなりに希少価値はありますの。もちろん純度もありますが、それは抜きにして同じ大きさがあるとしたら、黄色の魔鉱石は赤の魔鉱石のおおよそ五倍の価値になりますわ。そして緑の魔鉱石は黄色の魔鉱石のおよおそ八十倍になります」
「……ちょっと桁が分かんないや」
「ふふっ、それほど貴重なものと言う事ですわ」
あまりにも大きな数字で、静はうまく想像が出来なかった。しかもだ、赤の魔鉱石にしても、養殖とはいえ火のスライムがいる場所から命がけで採取する必要があるのだ。それを考えても決して安価なものではないのは想像に易い。
そう考えると、魔鉱石の鉱山があるロトアロフのなんとも安全な事かと思えるが、静は実際にどれほどの魔鉱石が採掘されているのかとは預かり知らぬことだ。
ユアンあたりが知っているだろうから忘れていなければ聞いてみようと今更ながらに決めた。
それにしても、と静はまたイルジナの肩に寄りかかった。
「眠られます?」
「……ひもじい」
「……仕方がありませんわ」
多少は話で空腹が紛れるかと期待をしたが、この胃はとても正直でさらに減ったと小さく鳴る。
ここまで腹が減ることなんて静は今までに経験がなく、今にして思えばずいぶんと甘えた人生を送って来たものだと思い返す。
イルジナが静の頭を撫でてくれ、ナユカがそっと静の手を握ってくれた。
静は自分がとても情けなく思えてならず、しかし出来ることは黙って待つことしかできない今、その情けなさに耐えるしか出来なかった。
と、静はすっかり夜に満ち、月と星々が一面に輝く空を見上げた。銀の瞳をくるりとまわし、ある一点を見つめる。
「あっち」
「あちらが、どうされましたの?」
「何か、来る……?」
ぼんやりと、静は肌で感じたそれを言う。イルジナとナユカがそろって静の視線を先を見やる。
そして遠くから何か、雷鳴のような、地鳴りのような、そんな音が砂の海の奥から聞こえてきた。
一体何の音かと静寂ばかりの砂の海の中、三人は耳を澄ませる。雷鳴の音は一度きりだったが、地鳴りのような音は、さらに続けて聞こえてきた。しかも、だんだんと近づいてきている。
「……この音は」
「まさか……、本当に」
この音の正体に気付いたらしいナユカとイルジナが喜色の声を漏らす中、静は上を見上げ続けていた。
何かが近づいてきているのだ。それも、相当の速さで。
そしてずっと動かなかったゴーレムが静達を手に乗せまたまま砂上に出て立ち上がった。
「ど、どうしたんだ?!」
「どうされましたの?!」
驚きの声をあげる二人を他所に、静は小さく、あ、と声を零した。
「キファラだ」
夜に包まれた空であるが、月と星々のおかげで純白の体はよく目立っていた。なんとも美しい、と思ったのは一瞬であった。
何せ、瞬く間に白い点が大きくなってきているのだから。
思わず静はイルジナにしがみつく。イルジナも静と、さらに手を伸ばしてナユカを引き寄せる。ナユカもまた同じようにイルジナにまで腕を伸ばして強く抱き寄せた。
何あれ怖い。
三人の思う事は一緒だった。
極めつけと言わんばかりにキファラが咆哮する。
おそらくは見つけたことを知らせる為だったのだろうが、大きく開かれた口を向けられた静達は恐怖でぴしり、と固まってしまったのは言うまでもなかった。




