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04 ゴーレムの手の中で

 二人が行って、どれほど経ったか。

 静は胸の前で強く握りしめていた両手を緩め、一つ息をつく、代わりに咳が一つ出た。


「けふっ」


 慌てて静の両隣に座っていたナユカとイルジナが顔をそろって覗き込んできた。


「顔色が……」

「無理をなさらないで。ええ、こんな時だからこそ祈られるのは当然でしょうけども……」


 心配と言わんばかりの声色。それと三人が並んで座らせてもらっているゴーレムの手が僅かに動いたのを感じ、静はふっと笑みを浮かべた。


「じゃあ、ちょっとだけ、寄りかかっても良いです?」

「ああ、もちろんだ」


 すぐに応えてくれたナユカに、静は羽織っているルイスの上着をもう一度しっかりと羽織り、遠慮なくその肩に寄りかかった。

 ゴーレムのおかげで影になっているが、気温はそこそこ高い。だからこんな厚手の上着を羽織るなんて暑いに決まっているというのに、今の静はとてもさむかった。それこそ、ルイスの上着を手放せないほどに。

 中は呪術で相当汚れていることだろう。だから二人に影響が出ないようにと祈っていたわけだが、どれほどの助けになるか分かったものではない。

 とにかく無事に戻ってきてほしい。それだけだった。


「静様は、何のために祈られていらっしゃるのです?」

「……何のために、ですかぁ」


 異国の地で祈ることを甘受してくれていたイルジナが問う。イルジナは神官だ。神に仕えているからこその疑問なのだろうと静はそう理解した。


「神と、わたしの為に、ですかねぇ」

「ルイス様の為ではないのです? 婚約者なのでしょう?」

「そうですね。けど、全てはわたしの為ですから」


 無事に戻ってきてほしい。そうすれば安心が出来るから。安心をしたいから。だから祈っている。

 逆に、と顔をしかめるイルジナに静は問う。


「イルジナさんは、何のために祈られるんですか?」

「神と、未来の為ですわ」

「望む未来があるのですね」

「ええ、もちろん」


 力強く言い切るイルジナは、強く手を握りしめた。


「わたくしは、いずれ神殿の上に立つと決めているのです。そして根本から変えますわ」

「……結構大変なんです?」

「ええ、お金がとても大事になってきますの。ロトアロフでは違いますの?」

「耳には入ってきませんね」


 金銭のあれそれについて、静はヴィンセントから何かしらを聞いたことはない。

 さすがにお布施のようなものはもらっているのだろうが、ヴィンセントが大神官でいるうちは目立つ問題は出てこないだろう。


「それで、ナユカ。せっかくなのだからその白猫にばかりかまうのではなく、静様にお聞きしたらいかが?」


 静の膝を占領しているアラレに先程から指先で突いていたナユカが小さく、え、と声を漏らした。


「いや、わたしは……」

「例えば婚約の事とかもそうですし、伊織様が見た花のこととか」

「……花については聞いた。糸が巻き付いている、と」

「あら、それでは糸を外せばよろしくて?」

「それか、切るか……だが」


 ナユカの顔に濃い影が落ちた。余計に表情が見えなくなったが、まるで迷うような口ぶりに静は一度、ただのショールに包まれているアラレを見下ろす。

 アラレは静の視線に気付いたようで鼻先を一度上に仰ぎ、そしてすぐにナユカに向ける。そのまま伸びるように前足をナユカの膝へと伸ばした。

 ナユカは小さく肩を揺らす。静はその揺れを感じつつ、ぼんやりと浮かんできていた疑問をそのまま口にした。


「その糸ってなんでしょうね」


 独り言のようなものだ。だから静は二人の返答を待たずにさらに続けた。


「きつく糸が締め付けているのか。絡みついているだけなのか。素材は何か。本当に切れるものなのか」


 もっと詳しく伊織に聞けば良かったと、静は今になって悔やんだ。

 あの時は簡単に切ってしまえば良いとは言ったものの、切れないものならば意味がない。さらにそこに重ねれば、本当に糸なのかさえ定かではない。伊織は自身が知っている範囲でしか見えていない。糸のように見えているが、もしかしたら実際はことなる姿をしている可能性だってあるのだ。

 もう、ここはナユカに問うしかない。

 静はそう決め、こちらを見ているナユカへと銀の瞳を向けた。


「えぇっと、ナユカ、様?」

「呼び捨て良い。それに話しやすいようにしてくれ。わたしなんて元よりこうだしな」

「ああ、じゃあナユカと呼ばせてもらうよ。イルジナもそれで良い?」

「ええ、構いませんわ」


 ナユカとイルジナから許しを得た為、さっそく静は気安い間柄でもあるような態度をとることにした。

 これで聞きやすくなったと、静は内心喜び、笑みを浮かべていると、反対にナユカは眉を大きく潜めた顔を向けていた。


「静様は、見えていないのにどうしてそこまで考えられるんだ……?」

「見えていないからだね。後は好奇心」

「……好奇心」


 言葉を選び間違えた可能性があることに、静は遅れて気づいたが出てしまったものは仕方がない。次である。

 呆然と静を見るナユカに、静は笑顔を向けた。


「教えてよ、ナユカのこと。わたし、貴方のことが知りたくなった」


 伊織が見た花に絡まる糸の光景は、ナユカの心そのものだ。

 初めてナユカに会った日からずっと、何かに耐えるようにして顔をうつむかせてばかりだった。どこか自信なさげにも見えた姿だったが、今朝に見たナユカの舞は堂々たるものであった。

 それこそ、いつまでも見ていたいと思えるような、そんな美しい舞だった。

 だから静は勝手ながらに解決してしまおうと、今決めた。そしてより美しい舞をみせてもらおう、と。

 自分本位な目的の為に、静はナユカの柔い部分に遠慮なく触れようとしていれば、ナユカはまた大きく顔をうつむかせた。


「……わたしは、選ばれたんだ」

「選ばれた?」


 絞り出すように、ナユカはそう言った。


「謝らないといけないことがあるんだ。最初の宴で舞手を選んでもらっただろう?」

「そうだね」

「あれは、その……芝居というか。そもそも決まっていたんだ」

「……ナユカが舞手なのは、最初から決まっていた?」


 確認するように静が問えば、ナユカはほんの少しだけ静から顔をそむけつつ無言で頷いた。緊張してなのか、どうしてかナユカの両手が強く握りしめられている。

 別に怒らないというのに、何故。

 静が良く分からず、どうしようかと考えている間にナユカが先に説明をしてくれた。


「百年に一度の特別な舞は、神に選ばれた舞手のみが舞えるものなんだ。もちろん形はなぞらえるが、花が咲くことはない」

「申し訳ありません、静様。ああでもしないと周囲がとてもじゃありませんが騒がしく」

「他の方々は知らないんですか?」

「ええ、もちろん。王族とは言え、異国の方々にも話はしておりません」


 ナユカに引き続き、イルジナは申し訳なさそうに言いつつもどこか誇らしげに語っていた。

 こんな状況でなければ最後まで秘匿されていたような話であると同時、ようやく静はナユカが特別である理由に納得をした。


「そっかぁ……。だから、ナユカの舞は何か違っていたんだ」

「どんな風に違っていたんだ?」

「美しいなって思った。今朝の舞は、澄んだ金属の音が聞こえてきそうだった」


 ひとたび舞えば、空気は様変わりした。手のひらがくるり、と翻るだけの動作さえも、ナユカがそれを行えば花弁が翻えり、みずみずしい香りが漂うかのようだった。

 舞のみの技術でいうならば、きっとイルジナやナターシャの方が上手いと言えるだろう。けれどもそれだけでは収まらないものをナユカは持っていたのだ。


「……わたしは剣士の一族の生まれで、イルジナの家に仕えていた。フェルドはイルジナの家の奴隷として買われたんだが、ほとんどわたしと一緒にいた」

「まるで雛鳥が親鳥の後を追いかけていくようでしたわ」

「イルジナに仕えているというのに、何故か懐かれたんだ。それでいつもイルジナに怒られて……、結果的に三人で過ごすようになった。楽しかった。いつまでもこんな日が続くと思っていたんだ。それに、奴隷を廃止したからもっと自由に三人で過ごせると……そう、夢見ていた」


 ナユカとイルジナが懐かしむように三人で過ごしていた日々を語った。その様子を見ているだけでも、本当に楽しく、幸せな日々であったことを物語っていた。

 そして、ナユカは顔を大きく歪めた。


「突然だった。急に痛みだしたと思ったら、ここに花のような痣が刻まれていた」


 ナユカが触れた場所は、二の腕の部分。舞を披露してくれた時、他二人と違い、ナユカだけ布を巻いて隠していた箇所だ。

 あそこに奴隷の印があるのだと思っていたが、本当は異なるものだと静はようやく知った。


「わたくしの愚かな一族は皆、ナユカを偽物と称して殺そうとしたのですわ」

「え……?」

「わたくしの一族は舞手の一族で、代々一族の者が選ばれたからですの。それがどうしてか神はナユカをお選びになられたのですわ」


 だから、イルジナの舞は一部の隙のない美しいものだと理解した。もちろん天性の才と本人の努力の末に会得したものだろうが、努力をするのに必要な土壌のもと得たものであったが、それはそれ。今、重要な話は神によって来る触れた三人の運命についてだった。

 神はそういうものだから、静はそれに対して何も思うことはない。静が疑問に思うのは、神が選んだことに対して何故、神に異論を向けずに選ばれた者を排除しようとしたのか、だ。

 何せ神は完璧ではない。くわえて皆が皆、同一の意見を持っているわけではない。全てを納得させるなんて不可能だ。

 だからこそ、周囲を納得させて且つ神の意見を覆すだけの力を指し示す必要があるはずだった。だというのに、なんと愚かな選択をしたのか。

 静は無意識に口角を下げ、眉をしかめた。


「ふふっ、そのようなお顔をなさらないでくださいまし。静様」


 イルジナが笑う。当事者に言われてしまった静は罰が悪そうに視線を落とした。


「憤りはありましたが、こうして神官になった今、神は正しきをお選びになったのだと理解しましたの」

「どうして神官に?」

「わたくし達が逃げ込んだ先が神殿だったからですわ。ナユカのお家族が手助けをしてくださいましたの。代わりに犠牲になられて……。ええ、もちろん、それなりに報復させていただきましたの。わたくしの手で」


 美しく、一片の曇りなく微笑むイルジナに、静は素直な言葉を向けた。


「かっこいい」

「うふふ」


 上品に口元に手を当てて笑ったイルジナは、ふい、と静の向こう側へと視線を向けた。


「ですから、責任なんて感じなくてよろしいのですのよ。ナユカ」


 ナユカから小さく、息を飲みこんだ音が静の耳に届いた。

 静はそんなナユカを見ず、素朴な問いを率直に向けた。


「ナユカは舞手から逃げたい?」

「そんなわけない、が……」


 即答が返ってきたが、その勢いはすぐに消え去る。曇るナユカの横顔に、静は小さく息をついた。


「神なんて身勝手なんだもの。仕方がないと思うしかない部分は多分にあるよ」

「……静様は、どうして聖女に?」

「巻き込まれて結果的になっただけ」

「巻き込まれて?」

「そう、巻き込まれて。あの時は違っていたけど、今はわたしの意思でここにいるよ。ルイスと共に生きていたいから」


 この世界に、愛する人が出来た。そして共に生きたいと思った。たったそれだけのことで静はこの世界で生きることを決めた。

 単純明快な理由であるが、まさかこんなことになるとは思いもよらなかったが、帰ったところでいろいろと巻き込まれる運命なのだろうと静は今になって想像に易かった。

 それはともかくも、と静はナユカに寄りかかるのを止め、膝にいるアラレを見る。


「アラレ、ちょっと膝から降りてよ。ああ、イルジナの方に行くの?」

「あら、いらっしゃい。かわいい子」


 手を伸ばすイルジナへ、静はついでにショールごとアラレを渡した。アラレは不満げに、にゃあ、と鳴いたが無視した。

 静は両手の平を上に向け、水をすくうようにくっつける。そのまま、えいや、とほんの少しだけ気合をいれれば瞬く間に銀の短剣を創り上げた。

 両脇から息を飲むような音が聞こえたが気のせいだと思い、静は短剣を手に取り、傷等がないのを確認してから、剥き出しの刃をつまむようにして持ち、柄の方をナユカに向けた。


「はい、これ」

「ど、どこから……?」

「わたしの力だね。呪術の浄化の方ばかり話が広がっているけど、剣と盾。つまりは戦う力がわたしの力だよ」


 と、静はやはり鞘がないと危ないかと遅れて気づいた。

 だから静は大判のショールへ遠慮なく短剣の刃を入れる。切れ味が良いので、誤って他を切らないように注意し、最後は引き裂く。細い切れ端を短剣に巻き付け、ナユカにそのまま押し付けた。


「使い方はナユカが決めて」


 何やら絶句しているナユカの様子に、静は小さく首を傾げた。そしてイルジナに問おうかと思ったが、同じように目を丸くし、手で口を覆っていた。

 これは何も聞かない方が良さそうだ。

 静はまたナユカに寄りかかり、ぼんやりと空を見上げる。


「……にしても、不思議だねぇ」

「何がですの?」

「どうして、百年に一度だけ、なのか」


 無意識にこぼれた言葉をイルジナが拾った。静はそのまま思いつくがままに言葉をさらにこぼす。


「神が関わっているということは、力がある舞ということ。そして……なんだっけ、花が咲くんだっけ」

「ええ、そうですわ。百年前も花が咲いたという記録が残っていますわ」

「どうして花が咲いたの」

「……どうして、とは」


 そういうものだからという簡単な話なのだろうか。であれば何故、という疑問が静の中で埋め尽くす。


「舞ったから? 舞うだけで? まさか、それだけなら選ぶ必要はないはずだ。ねぇ、お前。この国の神とやらは、人とよく関わるの?」


 静はナユカに寄りかかるのを止め、そのまま背中を逸らしてゴーレムを見上げた。

 残念ながら見えるのはゴーレムの胸あたりで小さな頭は見えない。だが、手を横に揺らしたので非であることはすぐに分かった。


「違うんだね。それならば、理由があって関わっている。それこそ特別な舞と呼ばれるものだ。何かしらの力の付与? 確かに、ナユカの舞は澄んだものだった。溶けゆくような、美しい音のような。しかしそれだけが条件? いや、この際条件は良い。何故、百年ごとなのか。何故、花が咲くのか」


 もしかしたら王宮に何かしらの記録があるのかもしれない。それか神殿か。とはいえ、ここは異国。静が深く関わって良い場所ではない。

 この不愉快な疑問を抱いたままになりそうなことに、静はぐっと顔を大きくしかめた。


「……静様は、まるで学者のようだな」

「ごめんね、偏屈なもので」

「いや、素晴らしい思考力だと思う」


 緩く首を横に振ったナユカは、変わらず俯いたままだった。何度か開閉する唇は、意を決するように言葉を紡いだ。


「……分かっているんだ、この舞がどんなものなのか」

「ナユカ? どういうことですの?」

「すまない、イルジナ。わたしは……、花を咲かせたくなかったんだ。けど、もうそうは言っていられないことぐらい、分かっているんだ」


 ナユカは強く自身の腕を掴む。おそらくはちょうど、選ばれた痣がある場所を。


「この舞は、危険なんだ。とても。だからきっと、神は百年に一度にしたんだと思う」


 それはどういう事なのか。

 静はナユカへその意味を問おうと口を開く。

 そして、それを遮るように鐘の音と、何かの轟音が壁の向こう側から響いてきた。

 中で一体何が起きたのか、ぴしりとした緊張が三人に走る。が、それを断ち切るようにゴーレムがそのまま砂に下半身を埋め、歩くよりも早く壁から離れ始めた。


「ちょっと! お待ちになられて! 中にまだお二人が……! あ……!」

「アラレ?!」

「何をして……! おい、止まれ! 止まれ!」


 ゴーレムをどうにか止めようと声を張るイルジナの膝から、先ほどまでくつろいでいたアラレが軽い身のこなしで降りた。

 ナユカが何度か拳を振り上げ、ゴーレムの手を叩く。だがそんなものお構いなしに、ゴーレムは三人を手に乗せたまま砂の海の中へと駆け抜けた。

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