02 ゴーレムが仲間になりたそうにこちらを見ている
固まる三人。ずっとナユカに抱えられていたアラレがようやく抜け出し、静の傍らに寄り添ってきた。
「暑いねぇ。抱っこしてあげるねぇ」
みゃう。
どうやら冷気を放つショールは壊れてしまったらしく、気付いた時にはただの布となっていた。だから今、熱が溜まっている体を冷やすためにルイスの魔具付きの上着を肩からかけ、ルイスが魔力を流し続けてくれていた。
静はルイスに抱えられたまま、上着の下から両腕を伸ばす。アラレはすかさずにその中に飛び込み、ごろごろと喉を大きく鳴らした。
白い毛並みは少しだけ汚れていたが、些細なくらいだった。見て分かる変化はそれぐらいだったがヨカゼに再会したら、念のためにアラレの具合を確認した方が良いだろう。
やはり言葉が通じないというのは不便でならない。
静は遠慮なくルイスに寄りかかったまま、もう一度フェルドに問いかけた。
「フェルド陛下。それで、奴隷市場に向かうのは分かったのですが念のために理由等々を教えてもらってもよろしいですか?」
「あ……ああ、うん。というか、言葉が」
「はい。最初から通じてました」
「何で」
「いろいろと面倒で」
えへ、と静が笑えばフェルドは不満げに眉間にしわを寄せる反応を見せてきた。
しかし面倒なのは本当のことなのだ。まさか聞こえてくる全ての言語が本当に分かってしまうなんて言えるはずがなかったのだから。
「……じゃあ、もう一人の聖女殿も同じということか」
「そうですね。後、どうぞ名前で呼んでください」
「そうさせてもらうよ、静殿」
即座に対応したフェルドは、そのまま静の問いに答えてくれた。
「理由は単純なことだ。こんな場所にいつまでもいたら命に係わる。どうにかして水がある場所にたどり着く必要がある。もちろんイルジナがいるから水の心配はないだろうけども有限。なるべくであれば温存することが優先になる」
「ルイスも水の魔術が使えるので、そこは心配ありませんがフェルド陛下の言う通りですね」
「それともう一つ。ここは王都まで、船を使っても半日から一日はかかるほどに離れている場所だ」
そこまで離れた場所であるのかと静は一つ頷き、フェルドが最初言った言葉を思い出す。
遠目からでも船がいくつも見えた、と。
そこから導かれた答えを静は確認するように問う。
「船を拝借する、と?」
「理解が早くて助かる」
拝借という言い方ではあるが、ただしくは奪うということだが仕方がない。何せ急いで戻らなければならないわけだし、こちらには国王がいる。善行な国民であればきっとフェルドが後から感謝なりするに違いない。
なんて無い事を静はこっそりと想像しつつ、ふとルイスに気付いたことを問いかけた。
「ルイス、通信機は」
「少々お待ちください」
ルイスが慌てて静に羽織らせている上着の内側に手を入れ、すぐに通信機を取り出す。どうやらまだ試していなかったらしい。
何せこの状況。ルイスと静にとっては見知らぬ土地な上に、静は発熱に、痛みはなくなったが右手の負傷がある。落ち着いてそこまで思考を巡らえるにも難しい状況だっただろう。
そう思いながら、静もまた自身の通信機をポケットから取り出し、無意識に小さく肩を落とした。
「使えません。静様の物は」
「駄目だね。魔鉱石が砕けている」
ルイスの通信機は故障。そして静の持つスノードームのような通信機にいたっては、中の魔鉱石が粉々に砕かれており、使えない状況だった。
理由は不明であるが、全てはあの巻き込まれた魔術のせいであるのは明白だった。
「……ねぇ、ルイス。現存する魔術において、場を移動するようなものはない、とヴィンセントから聞いている。けども……」
「これはまさしく、それではないかと」
「転移って奴かな」
「召喚術と似たようなものでしょうか」
「さぁね。けど、魔鉱石が起因しているんだろうとは思う」
魔具の魔鉱石が全て粉砕された。何かしらの作用があったのも、この右手が酷い火傷を負った状態になったことも関係するだろう。
そして体に蠢く多量に溜め込まれた魔力のせいで、請け負っているルイスは不調を起こし、それでも請け負いきれなかったであろう魔力のせいでこの体は発熱を起こしている。
全くもって不愉快過ぎる状況である。
静は腕の中にいるアラレの額を軽く撫でつつ、ぐるりと周囲を見渡した。
「スズカはあちらだね」
「はい」
「じゃあ、問題ないな」
この状況を打開するための方法は複数あって困ることはない。
静は、確認後すぐにフェルドへと視線を戻した。
「わたしと共にいたあの鷹は、導く力を持っています。ヨカゼもあちらにいるので、いずれ誰かが我々の元へとたどり着くはずです」
まさか盛大な迷子になる羽目になろうとは、あの時思わなかったがこうなれば心強い存在であった。
国に戻ったら真咲にはしっかりと感謝を伝えようと静は決め、フェルドからの疑り深い視線に笑みをもって受け止めた。
「ずいぶんと、慣れているようだね。それに、そんな魔具は初めて見たよ」
「慣れていませんよ。ただ、次に何すべきかを考え続けているだけです。後、この通信機については我が国の開発者が作ってくれたものなので詳しくは知りません」
「良いな。今度その開発者殿から話を聞いてみたいよ」
「偏屈なので大変ですよ。きっと」
「俄然興味が湧いてきた」
笑顔を輝かせたフェルドに、たぶん言い方を間違えたと静は瞬時に理解した。
ユアンには心からの謝罪をこの場ですることにした。
「静様。感覚の方は鈍っておりますか?」
突如、ルイスはそんな無礼とも取れない言動を静に向けてきた。三人が目を丸くする中、静はいつものように受け答えをする。
「……だいぶだねぇ。熱のせいかもしれないけど、何か見つけた?」
「はい。見つけてはいますが……、どうもこちらをうかがっているようです」
「あそこ?」
「はい。敵意はないようですが」
ルイスの視線の先を静は追うように見つめる。その先にあるのは砂ばかり。何かいるようには見えないが、集中して見つめてようやっとそこに何かがいることを感じ取った。
そして、不愉快な気配も。
「ルイス、あれ持ってるよね」
「あれ、とは?」
「ハニワ」
ゴズが静の為に力を込めて作ってくれた素焼きの小さなハニワ。
最終的に十個ほど作られたハニワは、ルイスはもちろん、ノーマンやヴィンセント。伊織とそれぞれ持っている。理由は簡単だ。
ルイスが側にいなくても回復が出来るように、という一点だけである。
そんなにまだ無茶をしていないと自負している静はやはり思い返しても物申したい気持ちになるが、今は捨て置く。
「こちらをどうするおつもりですか」
腰の小さな鞄から取り出したハニワを手に乗せて見せるルイスに、静は笑みを浮かべた。
「あっちに投げて」
瞬時、ルイスは何も疑問等言わずに投げた。
素焼きのハニワは綺麗に弧を描き、砂の海の中へと消える。と、ちょうど消えたあたりから砂が大きく盛り上がり、隠れていたそれが姿を見せた。
「わぁ、大きいなぁ。こっちのゴーレム」
「赤いゴーレムですね」
それは赤茶色のずいぶんと大きなゴーレムだった。
姿かたちはロトアロフのゴーレムとそう変わりない。小さな頭に、ずんぐりむっくりな体と太い腕。とても愛嬌のある姿に、静はすぐに親近感を覚えた。
対し、共にいたフェルド達は大きく慄き、フェルドは大きな声をあげた。
「なんでそう落ち着いているんだ! 君達は!」
「仲間にゴーレムがいて」
「敵意がないので」
何故か絶句している三人を他所に、静はルイスに抱えられたままのそり、のそりと近づくゴーレムを見上げる。ずいぶんと大きな手には、しっかりとあの小さな素焼きのハニワがあった。が、ゆっくりとゴーレムの手の中に飲み込まれていった。
なるほど、ゴーレムはそうやって食事をするのかと今更ながらに知った静はへぇ、と小さく声を漏らす。
そしてそんなゴーレムに静は問いかけた。
「ちょっとお力を貸していただけませんか?」
ゴーレムはしばらくの間を開け、体をゆっくりと上下させた。そこでようやく気付いたが、このゴーレムの頭には亀裂が入っていた。
戦闘か。それとも呪術の影響か。何はともあれ、だから浄化の力も宿っている素焼きのハニワを欲しがったのだろうと静はそう考えた。
そして、たったそれ一つだけだというのに力を貸してくれると返答したゴーレムに感謝するように静は胸元に手を当て、目礼する。ルイスもまた静を抱えながらに目礼だけしたのが見えた。
「フェルド陛下。その奴隷市場まで、ちょっと力貸してもらえそうですよ」
静は今のやり取りを理解していないだろうフェルド達へと告げれば、イルジナが大きく口元を引きつらせていた。
「……そちらの聖女は、魔物を従わせることができますのね」
「違いますよ。なんかよく分からないんですけど、力を貸してくれる方々が多いってだけですね。後、今のは取引しただけですし」
「は……?」
イルジナへのこれ以上の説明を止め、静は続けてフェルドへと視線を向けた。
「フェルド陛下ならご存じでしょう? わたし、呪術を浄化できるんですよ。そしてこのお方は、呪術に汚されていた。だから力を欲しがったというだけです。ねぇ?」
静はゴーレムへと同意を得るように問う。ゴーレムはまた体を上下させ、向かうべき先へと体を向けた。そして、大きな足が一歩、砂を強く踏みしめる。
小さな地鳴り。続けて砂の中から、平たい石のような、固まった砂で出来た道が姿を現した。
「わぁ、歩きやすいようにしてくれて。ありがとうございます」
これならば歩く時に一々足がとられる心配はないし、余計な疲労もないだろう。
ゴーレムは小さく体を左右に揺らす。どうやら喜んでいるようだった。
それを前に、フェルドが神妙な顔をして静へ呼びかけた。
「……静殿」
「はい?」
「ゴーレムに乗れたりって」
たぶん、そんな顔をして聞くようなことではないとだけ、静は分かったが気持ちはとても良く理解出来た。
静は改めてゴーレムを見上げれば、ゆっくりとゴーレムはその場に体を屈め、片方の手を地面まで下ろした。このゴーレムはとても頭が良いらしい。
「大丈夫そうですよ」
「イルジナ! 乗せてもらおう!」
「お一人で乗られてくださいまし」
「え、けど」
「わたくしより、静様が乗られた方がよろしいと思いますが?」
何故か拒否するイルジナに、静は分からずに小首を傾げつつ答えた。
「ルイスがいるんで」
「俺がいるので」
にゃ。
ルイスに続いて、ついでにアラレも答えた。何故かイルジナは額を抑えていた。
「イルジナ。甘えよう」
「っ……どうせなら、ナユカも乗られませんこと? ええ、きっとその方がよろしいですわ」
イルジナはならばとナユカを巻き込もうとする。ナユカはすぐさまに首を横に振っていたが、ゴーレムの様子から歓迎されているのが目に見えた。何せ片手だったのが両手を地面まで下ろしていたのだから。
「ゴーレム大きいから三人乗っても平気みたいですよ」
静の言葉と待つゴーレム。そして左右にフェルドとイルジナに囲まれたナユカは、どうしてか空を仰ぐ。そしてイルジナの手をとり、ゴーレムの元へと進んだ。取り残されたフェルドは慌ててその後ろへとついていった
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ゴーレムが作ってくれた簡易的な道は、進んだ先から崩れて砂の海へと消えていった。代わりに進むたび、新たな道が出来ていく。
たまに小さなゴーレムが顔を出しては、また砂の中へと沈んでいく。
どうやらここら一体はゴーレム達の住処らしい。
国に残っているゴズに会わせたらどんな反応をするだろうか。想像をしていたら会いたくなってきてしまい、静は目の前に見えてきたものへと視線を向けた。
「ほら、あそこに見えるのが奴隷市場だ」
ちょうど良く、ゴーレムの手に乗っているフェルドがその建物が何かを教えてくれた。
焼けた砂の海に佇む黒い山のような、高い壁に覆われた建物。見た目の雰囲気からでも近寄りがたいような空気を漂わせている。
「まるで要塞のようですね」
「どっちかというと監獄に近いかな、あれは」
見たままルイスがそれを形容すれば、フェルドは口元を歪ませ答える。
「たどり着いたら中に入るわけなんだけど、先に僕が侵入して様子を見てからにするから少し待ってもらうよ」
「中の構造は把握しておいでで?」
監獄と形容するほどだ。当然ながらフェルドが中の作りをしらないはずがないが、どこまで把握しているのかは不安が残る。
静の抱く疑問を代わりにルイスがさらに問いかけた。
「もう話してしまうんだけどさ。僕、元は奴隷だったんだよね」
あまりにもあっさりと告げたフェルドに、ルイスは思わず足を止めて振り返り見上げた。静もまた、無言で目を丸くして同じようにフェルドを見上げる。
「……ナユカ殿ではなく?」
「そう。だからあそこのことは分かっているつもりだよ。とは言っても幼い頃の記憶だから、また違っているかもしれないけど」
フェルドはそう言って笑みを浮かべ、ゴーレムのもう片方の手に乗っている二人へと視線を向けた。
「ナユカとイルジナは昔馴染みで、僕はイルジナの家の奴隷だった。だからお互いに結構遠慮がないというか、とくにイルジナがいつもうるさいというか」
「うるさくさせている張本人が何をおっしゃっているのです?」
「ごめんって」
しっかりと遠慮のない物言いをするイルジナに、フェルドはへらりと笑った。
呆れた様子のイルジナに、ナユカは顔を僅かにしかめた。
「……わたしは、自ら望んでフェルドの隣を望んだんだ。結果として奴隷という噂が流れたが、それでもこの座から降りるつもりはない」
「ナユカ……!」
「それにフェルドから目を離したら何をするか気が気じゃなくってな」
ついぞフェルドは口を閉じ、そっと視線をそっぽに向ける。そして何故かルイスは腕の中にいる静へと視線を向けてきた。
「なんでわたしを見るの、ルイス」
「いえ、何でもありません」
何か言いたげの視線に、静は分からないふりをする。
そうしてまたルイスは監獄のような見た目をしている奴隷市場へと歩き始め、ゴーレムもゆっくりと足を進めたのであった。




