10 通せんぼ
「ノーマン、ロバートを呼んでこい。後、ヘクターもな」
ヴィンセントの指示に、ノーマンはすぐさまに動く。船の隅にいたロバートを、ノーマンの肩に止まっていたフーリュが船首近くにいるヘクターを呼び寄せた。
「ヴィート殿。確認だが、こちらの方向には魔物の巣があるんだったな」
「ええ、そのはずです」
三人がヴィンセントのもとへと集まったことを確認した後、ヴィートに確認をする。
明確な答えではないのは、幼い頃の記憶だからか、周囲からの情報だからか。
もちろん探知魔術を使えば良いが、これほどの速度で行えるようなものではない上、分かるのは魔力の有無だ。どのような魔物が潜んでいるのかまで分かるものではない。
だからこそ、だ。
ヴィンセントはロバートの肩にいるシルドラへ視線を向けた。
「シルドラ。多少はお前の力が役に立つんじゃないか?」
『ここは異国だ。我に頼れると思うなよ、人間』
「役に立たないと偉そうに言うな」
案外、素直に言葉を発したシルドラにヴィンセントは口角を上げる。対して、いつも共にいたはずのロバートがひどく狼狽した。
「しゃ、しゃべっ……?!」
『おお、良い顔をするな。ふむ、これならもう少し早くに言葉を交わしても良かったか』
シルドラは素早く肩から腕へとわざわざ移動し、ロバートを見上げた。
はくはくと、驚きのあまりに言葉を失ったロバートの両肩にノーマンとヘクターがそれぞれ肩に手を置いた。
少し離れた場所からこちらを見ていたエリカが頭を同情の視線をロバートに向けていた。
当然ながら煌河と風宇も目を丸くしていたが、すぐに煌河は納得したように頷いた。
「あれか、白露みたいなもんか」
「いや、眷属と呼んでいるだけで我が国の神だ。我らが神と違い、我ら人間にごく身近にいらっしゃる。ノーマンの肩にいる梟と、ヘクターの腰にある短剣も同じく眷属だがあれらは話さない」
葦原国にとって白露とヨカゼが神に近しいものであるならば、話はより早いものになるが煌河が顔をしかめるのを見るに、どうやらそれは異なるようだった。
「よく分かんねぇ。なぁ、そもそもお前らが言う我らが神と、この神と何が違うんだよ」
「我らが神とは、天の神たるアルカポルスのことだ。それ以外は眷属か、愛娘だ」
「愛娘? 現人神ってことか?」
生きている人間だと勘違いをした煌河に、さてどう説明をしたものかとヴィンセントは琥珀の瞳を丸く動かす。が、どうしても良い説明の仕方が思い浮かばなかった。
異国の言葉だろうか。それとも、そもそもとして愛娘は愛娘であったから、なのか。
なるほど外へ出ることはこれほどまでに価値観とやらの見え方が変化していくのかと、ささやかな発見にヴィンセントは僅かに心躍りかけた。
「……説明が難しいが、人ではない。我らが神の愛娘だ」
「あー……、そういうもんってことな?」
この状況で面白くなってはならない。
この国の王と、その婚約者。さらに静とルイスがどこかに拐われた。別で捜索している伊織が力の影響で瞳から血を流した。
せっかく焦る気持ちが落ち着き、いつものように振る舞えていたというのにまた焦りが膨らみ始める。
ここは船上。今さら引き返せないし、引き返してはいけない。進まなければならないのだ、この状況を打破する為に。
ヴィンセントは煌河の確認するような問いの小さく頷き、またシルドラを見やった。
「それでシルドラよ。異国とは言え、お前は砂の神。この先に潜んでいる魔物ぐらいはわかるだろう?」
『それぐらいは些細なことだな』
「よし。近いか?」
『すぐ下にいる』
ヴィンセントはとても美しい笑みを浮かべた。
「フーリュ。こいつで遊んで良いぞ」
『止めんか! 見よ、その人間だって大人しいだろう?!』
フーリュが片方の翼をばさりと大きく音を立てて羽ばたく真似をする。もちろん冗談であるのはすぐに見て取れたが、それでも喚いたシルドラにヴィンセントは幾分か胸の内が空いたような心地がした。
そうしている間にも、ノーマンはヘクターへと顔だけ向けて言葉を交わしている。ヘクターは大きく首を傾げ、緩く首を横に振った。
「ヴィンセント様。とりあえずですが、今は大丈夫っぽいです」
「そのようだな」
焦るような様子を見せないヘクターはしかし顔を大きく歪め、ノーマンに告げる。するとシルドラがヘクターと言葉を交わし始めた。
魔物の場所やら種類について話をしているのを耳にしながら、ヴィンセントは念のためにと煌河と風宇へ説明をした。
「ヘクターは動物並みに勘が良いんだ」
「へぇ、そりゃあ良いな」
「素晴らしい能力をお持ちですね。と言うことは賭け事も得意で?」
「知らん」
風宇の好戦的な思考は賭け事にまで及ぶらしい。
人の良さそうな笑顔を前に、ヴィンセントはさりげなく視線を逸らしてまたノーマンを見やれば、ちょうど良く待っていたノーマンがすぐに口を開いた。
「今は、大丈夫らしいんですけど。後少ししたら一度止まった方が良いそうです」
「何故だ」
「ワーム種らしき魔物が居座っているらしいようです」
「この下にいるのは違うのか」
「違うらしいですし、少し弱っているらしくって。それで地面の中にいるらしいです」
「ほぉ、なるほどな」
敵意のない魔物であるならばそれで良し。ヴィンセントが頷く横で、煌河がずい、とノーマンへと近づいた。
「良し、分かった。とにかくお前はこっちに来て教えろ」
「僕じゃなくって、ロバートを連れて行ってください」
「あ、そうだな。ついでに操縦のやり方教えてやるよ」
煌河はすぐにノーマンからロバートへと目標を変え、逃がさないと言わんばかりに肩に腕を回す。そしてそのまま、ロバートが何か言う前に、引きずるように力づくで連れて行ってしまった。
その際、ロバートの腕にいたシルドラはすぐさまにロバートの服の下へと身を隠してしまった。
「誰かもう一人つけろ」
「そうですね。エリカをつけときます」
ノーマンはヘクターをまた船首へと戻し、声を張ってエリカに指示を飛ばす。と、先ほどまで横になっていた狼が急に起き上がり、軽い足取りでエリカの元へと駆けて行った。
エリカは駆け寄ってきた狼に少し驚いた様子を見せたが、そのまま連れ立って引きずられて行ってしまったロバートの元へと向かった。
どうやらむさ苦しい男の側にはいたくないらしい。
残されたヴィンセントは空を見上げる。ロトアロフとつながっている空だというのに、色も光も異なる空の眩しさに琥珀の瞳を細め、大きく息を吐きだした。
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船は少しして緩やかに速度を落とし、停止した。
ずっとドラゴンの背に乗っていたギークは当然ながら驚いた様子ですぐに船の横に降り立ち、すかさずに風宇が軽い身のこなしで下船し、ギークへと説明をしに行った。
少し遅れて、ヴィンセントもまぁ良いかと思い、足場も何もない場所から飛び降りた。
後ろからロバートだかの声が聞こえたが無視である。
「おや、そちらの騎士が驚いているようだけど」
「だろうな。いつもは俺があいつらに口煩く言っている立場だから余計にだ」
ギークは船上から見下ろすロバート達を見上げて笑う。ヴィンセントはわざとらしく大きくついた。
「規律を重んじているんだね」
「毎度、窓から出入りさせられたら注意はするだろう?」
「毎度はさすがに言うな、僕も。と言うか、なんで窓から?」
「そちらの方が早いからだそうだ」
「大変だね」
やはり窓からの出入りは普通ではないことだった。ルイスを見つけたら、ほらどうだとヴィンセントは話すことにした。
が、ルイスのことだ。どうせ異国の常識とは違うからと言い訳を並べるのが目に見えた。
その時のことを想像し、妙な疲労を感じたヴィンセントはそれから目を反らし、今まさにこちらの気配を感じ取ったのか、僅かに遠くの方で姿を僅かに見せたそれを見やった。
「この国のワーム種というのはあの大きさが通常なのか?」
「いや、あれは巨大の方だね。この距離でも警戒するくらいだから、相当面倒な種だね」
一口にワームと言っても、様々な種類がこの国にいるとのことだ。砂地が多いからという理由でもあるらしい。
それ故にワームのどれかは見てからでないと判断が出来ないというわけだ。
「ワーム種は柔らかな砂地が好きでね。よく航路に住み着くんだよ」
「なるほどな。そうなった場合はどうするのが正しい対処方なんだ?」
「討伐か迂回だね。今回は迂回が良さそう……、だけど。その奴隷市場が後、どれほどで着くのか……」
スズカが指し示す先はまだ広大な大地が広がっているのみ。自然由来の岩山は見えるものの、人工物の何かしらは影も形もなかった。
さて、どうしたものかとヴィンセントは琥珀の瞳をくるり、と回す。その間に、後ろにヘクターとノーマンが降り立った。
「ノーマン。あの魔物は何体いる」
「三体だそうですよ」
「そうか」
上にいるシルドラに事前に聞いたようだった。
続いて降りてきた煌河が小さく呻いた。
「どうすっかなぁ……。聞けば、奴隷市場まで下手したら一日かかる距離って話だ」
「おや、そうなのかい? なら迂回をしている場合じゃないね」
「一体だけなら喜んで討伐しに向かうのですが、三体ともなると……」
ギークはすぐ様に大人しく待っていたキファラを見上げ、乗り込もうとする。風宇は渋い顔を浮かべながらも、背負っていた槍を手にする。勿論、煌河も腰から下げていた剣に触れていた。
続々と船から降りてくる各国の騎士達を見つめながら、ヴィンセントは小さく声を発した。
——。
簡易詠唱。
続けて体に渦巻く魔力を勢い良く練り上げ、指先を前方へと振り上げた。
行け。
砂の海に氷の波が矢のように奔る。
異変を感じたのか、ワーム種が大きく体をくねらせながら姿を現し、それを飲み込まんとばかりに口を開く。
波とワーム種がぶつかり、そして。
一瞬の間もなく、氷はワーム種の体をつつみ込み、凍結させた。
「……うん、キファラ。僕達は大人しく待っていようか」
「は……?」
「何という……」
ギークはキファラの横に寄り添い、そっと告げた。キファラは不満げに一度小さく鳴いたが、大人しく翼を折りたたんだ。
煌河は呆気にとられ、風宇は笑みを浮かべながら目を丸くしていた。
一体どうしてそのような反応をするのか、ヴィンセントには分からずに首を小さく傾げた。
「どうした、お前達。ついでに道を作ったというのに行かないのか?」
ヴィンセントがそう言っている間にも、氷の波が作り上げた道を使い、ノーマンとヘクターの二人が勢いよく駆け出していた。
それを追うように風宇が飛び出し、煌河もその後を追った。
「まだ余裕そうだね」
「一体だけ凍らせただけで、どうして疲れるんだ?」
残ったギークに言われ、ヴィンセントは心底理解が出来ないと言わんばかりに見やる。ギークはそんなヴィンセントに対し、小さく苦笑を漏らした。
「ロトアロフでは、ヴィンセント殿のような魔術を使う者は多いのかな?」
「いないんじゃないか? 知らんがな」
「他人事だな。けどはぐらかさなくて良かったのかい?」
「構わん。魔術だけ使えても仕方がないしな」
魔術に関して言えば、ヴィンセントに並ぶ者はそういないはずだ。しかし実践ともなれば、ヴィンセントよりも強者は多くいるのは確かであった。
実践の経験が無い以上、ヴィンセントがやれることは限られてくる。
今、一体のワーム種にヘクターと風宇が立ち向かおうとしていた。背負っていた槍を大きく振るい、風を生み出す。その間を縫うようにヘクターが距離をつめていく。
「彼女の方に戻るのかと思ったんだけど」
「……戻れるなら戻った」
「それなら何故、こちら側に残ったんだい?」
「あちらには兄上がいる。ならば俺が赴く理由にはならない」
「建前だね」
どうすればあのように戦えるのかと思考していたヴィンセントを邪魔するかのようにギークは話しかけてくる。ヴィンセントはつい、睨みかけるが視線を前に向けたままに返答する。
そして鋭く突き立てたてられた言葉に、ヴィンセントは堪らずに舌打ちをこぼした。
「……俺がその選択をしたところで伊織は喜ぶはずがない」
「どうしてそう言い切れるんだい? それに喜ばれなくとも、守りたいのであれば関係がないだろうに」
「ああ、全くその通りだが、俺が出来ることなんぞ限られている。下手したら邪魔になるくらいだろう」
「卑下しすぎだと思うけど」
「事実だ」
別に伊織の意見なんぞ聞かずに守ると誓った身ではあるが、現状においてヴィンセントがやれることなんぞほとんどないに等しいかった。
魔術で何かできるかと言えば、身体能力をあげるなり、敵がくればそれを排除する程度。それはヴィンセントではなくても問題がない。むしろランスロットの方が戦いに慣れているからこそ、足手まといになるのは明白だった。
そして後は伊織の力が唯一の導である以上、赴いたところで耐える以外の選択は無かった。
「伊織が力を使った。ならば、一体どのようなものかは知らんが伊織の世界が見えない俺には、手出しが出来ん。もちろん周囲もだろう」
「知らないって」
「今までには無かったことだ。仕方がないだろう?」
今までをヴィンセントは思い返すが、一度たりとも伊織が明確に力を自分の意思で使おうとしたことはなかった。一体どうして、どうやって使い、目から流血することになったのか。
戻った時に事細かに状況を確認する必要があった。
そしてヴィンセントはさらに、と言葉を続ける。
「それにだ。俺が戻ったことでフェルド陛下達の方で何かあったら、それこそ大問題だ」
「何か、か。まぁ、フェルドは……何をしでかすか、本当に分からないところはあるけども」
ため息交じりにいうギークに、ヴィンセントは甲板にいた時に聞いた話を思い出した。
「詰めが甘く、ナユカ殿に怒られているとは聞いたが、それほどか」
「そうなんだよ。なんと言うか……彼は平民として過ごしてきた方が長いようでね。その影響か、僕達が考えつかないようなことをするというか。ほら、君達の国の問題に首を突っ込もうとしただろう?」
「ああ、あれか。少々不愉快であったが、ここは異国だしな。ある程度は予想していたことだ」
「寛容で助かったよ。そう、そんなことを平気でしでかすから困ったものでね」
横目でギークを見やれば、浮かべる表情は王としてではなく父親としてのもののように見えた。
フェルドを自身の子に向けるような感情を抱いているのか。であれば甘くなるのも致し方がないし、フェルドと相対したからこそヴィンセント自身も仕方がないことだと思えてしまった。
「けど、結果として絆されているわけなんだけどね」
「良いことだな」
「うん、全くその通り。周囲の心労はきっと凄まじいものだと思うよ」
気づけば人の柔い内側に入りこんでくる。ある種の才能であるが、周囲にとっては気苦労が絶えないものだろう。
ヴィンセントは似た人物を思い浮かべつつ、周囲に対して同情の念を抱いた。
「こちらとして言うと、静が何をしでかすか分からん」
「うん? あの子が?」
意外だと言わんばかりの反応に、ヴィンセントは小さく息をついた。
「右膝が悪くてな。あまり走れんというのに、自ら前線に立って戦うほどだ。喧嘩は売らんが、売られた喧嘩は全て買う上に、拳を躊躇なく振るうほどだ」
「体が弱いお方だと聞いたのだけど」
「事実だが俺よりも戦えるぞ、静は」
「まさか」
「本当だ」
まさか神相手に静が拳をいれたなんて想像出来ないだろう。
黙って静かにしていれば、体の弱い、落ち着いた聖女だとしか思われないと言うのに。
しかしそれでは、つまらないし、静が静ではなくなってしまうとヴィンセントは思えた。
「あれは常に前を見ている。常に前を向かなければいけない、愚かしい馬鹿者だ」
静が馬鹿みたいに大人しくしないのには理由がある。
理不尽で、強欲なまでに、ただひたすらに平穏を求め、周囲を平らにしようとする願いの為だ。そして生きる為だ。
静はそれを正義と言わない。むしろ悪だと思っているだろう。周囲に溶け込まずにひたすらに突き進むのだから、たまったものではないが、今まさに必要な力であることには間違いはなかった。
「側にはおそらくルイスがいるだろうが、あれは面倒くさがって静の好きなようにさせるからな。結果的に静が馬鹿をして俺があいつらに説教をせねばならなくなる」
「ああ……、なるほど。大変だね」
「ああ、全くだ」
とは言え、隣にいるルイスが見定めて止めるなりしてほしいとヴィンセントは願っているがおそらくは叶わないことだ。
開き直ったルイスは静よりも話が通じないくらいに厄介で面倒な相手だ。
想像していたら胃痛を感じ始め、ヴィンセントはすぐ様に思考を変えた。
「それと、静が無事であれば伊織が喜ぶだろうしな」
「うん。それは大事だね」
「だろう?」
兎にも角にも、静達を無事に見つけて戻れば伊織が笑って喜ぶのは間違いようのない事実だった。
早く戻りたい。無意識にヴィンセントがそう思いながら前を見つめていると、おかしなことに気づいた。
「……魔物が増えているな」
「ゴーレムだね、あれは」
残り一体となったワーム種。ただその中に、赤茶色のゴーレムがおり、何故かワーム種に向かって拳を振るっていた。
「何か知らんが、味方になっているな」
「とても心強いね」
ワーム種よりは小柄な体躯ではあるが、大の大人より倍くらいの大きさだ。
むんずとワーム種を締め上げているゴーレムの様はなんとも勇ましい。が、それはそれである。
ヴィンセントは船上を見上げ、声を張り上げた。
「ロバート、降りてこい! シルドラを忘れるなよ!」
とにかくは、あちらの状況を把握する必要がある。
ヴィンセントは慌てて降りてくるロバートを見ながら、まずは何からシルドラに問うべきかと思考を深めた。




