↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/225

06 黒い建物

 ヴィンセントは通信機を握りしめ、大きく吠えた。



 あの馬鹿め……!



 そのままの勢いで地面に叩きつけたいような衝動に駆られたが、逆の手を強く握りしめることでどうにか耐える。そして落ち着くこうと両目を手で覆うが、沸き立つような血は全く収まることを知らずにさらに怒りを生み出そうとしていた。

 たまらずヴィンセントは大きく舌打ちを零し、強く地面を踏みつけた。 


「なぁ、どうしたんだよ。あれ」

「あー……伊織様がだいぶ無茶しているようです」

「無茶って……。まぁ、こんな状態ならしちまうかもだけどさぁ」


 背後から聞こえる煌河とヴィートの会話を無視し、ヴィンセントは家屋に止まるスズカを見上げる。スズカはヴィンセントを見やり、そして飛ぶ。

 まだ先だと言わんばかりに前方の上空をくるりと旋回した。さらにその上には、白いドラゴン、キファラに乗っているギークの姿がある。どのような表情は見えないが、スズカが示そうとしている方向をずっと見続けていた。



 ヘクター! やはり外か!

 はい! 外です!



 スズカの思惑を正しく理解しているであろう、動物じみた感を持つヘクターへと怒鳴るように問えば、もう

少し先にいるヘクターも同じように声を張って返した。

 ヴィンセントは改めて前を見る。

 ヴィンセント達がいるのは王都の端だ。ここまで魔術を用いて先を飛ぶスズカに導かれて駆けてきたものの、スズカはまだ先を指し示そうとしている。

 王都の外は広大な大地がひろがっている。ロトアロフと違い、木々の姿はほとんどなく、砂や岩がほとんど。この先、どれほど行けば良いのかは不明である。だがどう見ても駆けていてはたどり着けるはずがないと物語っていた。


「船を貸せ! 王都の外だ!」


 馬でも遅い。ならば船一択だが、ロトアロフは船すらない。だからちょうど良く共にいる煌河か、風宇(フォンユー)に向け、声を張った。


「私、知っていますよ。あれ、八つ当たりでしょう?」

「そう言うなって。たぶん、相当あっちヤバいことになっているようなんだからさ」


 余計な雑談を交わす風宇と煌河は顔を見合わせず、そろって肩をすくませた。


「急がねばなりませんね。ねぇ、煌河殿?」

「分かってんよ」


 しかし、二人の表情は飄々としたものではなく、視線はそろって飛翔する鷹と広大な大地の果てを見つめていた。

 そして煌河が声を張り上げた。


「俺の船を出す! どの船よりも速いからな!」


 風宇が何か言いたげに煌河へ目を向けてくるが、煌河はそんなものを一切気にせずにそそくさと王宮裏の船着き場へ行くため、踵を返した。

 ヴィンセントもそれならばと大地を強く蹴る。

 その中、ヴィートは大きく肩を落とした。



 まじかぁ。

 はいはい。行くよ。



 共にいたノーマンはそんなヴィートの様子を無視し、荷物よろしく肩に背負う。



 ちゃんと捕まっていて。

 へーい。



 ノーマンはヘクターの腕の中にフーリュがしっかりと収まっていることを確認し、周囲から少し遅れて同じように強く大地を蹴った。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 ランスロットに横抱きにされたままの伊織は、案外揺れないのだなと初めて知った。

 何せ静に抱き上げられていた時、だいぶ揺れたし、うっかりと腕を緩めると落っこちてしまいそうだったからだ。けども仕方がない。何せ静は伊織よりも背が小さい。そんな相手に軽々と抱き上げられたのだから、少し不安定さを感じても仕方のない事だった。

 なんて、静に言ったら拗ねてもう一度抱き上げてくれそうだと伊織は全くこの状況とは関係のないことを考えてしまった。


『ここよ』


 大きく舌を出しながら、ヨカゼは古びた建物の前に立ちどまった。

 中心部から離れていくにつれ、瓦礫は少なくなり、壊れていない建物ばかりになっていく。

 だが、ヨカゼと交換していない左目から見ると周囲はだんだんと淀み、薄暗くなっていく。右目から見ると、何の変哲もない風景が流れていくばかりだというのにだ。


「伊織様、何が見えていますか」


 ランスロットはヨカゼが立ちどまった先を前にし、伊織に問う。伊織は黄金の瞳をまっすぐに目の前の建物を見やった。


「どろどろ。後……」


 伊織は、この輝く黄金の瞳を得て、ようやく見えた。


「すごいね。呪術の陣、こんなにも溢れている」


 今まで、黒い泥か、その類にしか見えなかった。しかし今、はっきりと見えたのだ。

 天に、大地に。その建物全体に。丸い陣。はたまた、陣に綴られている文字、だと思われるそれらが有象無象に周囲に蔓延っていた姿を。

 ランスロットの息を飲む音が聞こえた。


「後ね、中にたくさんいるよ」

「敵と言う事でしょうか」


 天にいる花の神が、大きく口角を下げている。周囲に漂う花びらは落ちていき、地面に届く前に黒い塵となっている。

 呪術にあてられてもそうだが、周囲を漂う薄い影達が我先にと手を伸ばしていたせいでもあった。


「分からない。けど、たくさん、いるよ」

「そうですか」


 ランスロットはそう言うと伊織をそっと下ろし、ユリアーナに目配せをする。ユリアーナは一つ頷き、伊織を支えた。


「こちらでお待ちください」


 伊織に優しく、いつものように微笑みを向けた後、ランスロットはすぐさまにヨカゼの隣に立った。そのことに白露は耳をぴんと立て、鼻先をランロットへと向けた。


『お前も行くのか?』

「もちろん。こう見えても、時折騎士達に紛れて魔物を討伐することが趣味でね」

『ほぉ』


 ヴィンセントも好ましそうな趣味だと伊織はつい思ってしまう。

 なにせヴィンセントはルイスとの手合わせの時、いつになく楽しそうに輝いていたからだ。本当に今までの中で一番に美しい輝きを放っていたほどだ。だからきっと魔物の討伐もきっと楽しく、そして美しい輝きを放つのだろうと伊織は想像した。

 白露は尾をゆらり、と動かし、近くに立つ隼偉(シュンウェイ)へと鼻先を向ける。そして頷くように頭を上下させ、またランスロットへと鼻先を向けた。


『隼偉は良い趣味だと言っている』

「それは、良い意味で?」

『当然だ。こやつも戦いを好んでおる』


 隼偉の背には身の丈ほどの槍がある。王宮から出る時に、双子の風宇と同じ槍を背負っているのだな、と伊織は何げなく見ていたものだ。そして今見ると、その槍には何かしらの文様のようなものが浮かんでいるのがはっきりと分かった。

 ランスロットには見えないはずだが、隼偉が背負う槍を見て、これまた嬉しそうに笑みを深めていた。


「良い槍だね。是非ともじっくりと見させていただきたい。もちろん後で、だけども」

「是」

「ふふっ。ありがとう」


 槍を褒められたことが純粋に嬉しかったらしく、変わらず仏頂面の隼偉の胸元に小さく花びらが舞っていた。そしてちらちら、と胸の内で槍の姿が見える。

 本当に自慢の槍らしい。静が見たら何か分かるだろうかと伊織はぼんやりと眺めていれば、近くからロビンとジルの会話が耳に入った。



 ジル達はここで待機な。

 分かっているよ。まだ狭いところでの戦闘は習ってないし。

 すげぇ聞き分け良いよな。ルイスとは大違いだ。

 へぇ、師匠ってそんなに悪かったんだ。

 あいつ、案外頑固でさ。ま、出来たんだけど。

 オレはまだそこまでじゃねぇよ。ただ、あそこからどうせ零れるだろうから、それはこっちが対処するから。

 お、心強いな。



 ジルが残るということは、天音とユーグ、ジュナも共に残ってくれるということだ。

 それにライリーもいるからきっと大丈夫だろうと、伊織は笑みを浮かべる。と、横からユリアーナが声をかけてきた。


「なんで笑っているのよ」

「皆と一緒だから」

「……そう」


 左側にいるせいでユリアーナの表情が見えないが、つんつんとしておらず、丸みのある光が見えるから問題ない。


「では、行こうか。案内をお願いしても? ヨカゼ」

『ええ、もちろんよ』


 ランスロットはまるで、令嬢を相手をするような柔らかな物腰で身をわずかにかがめ、ヨカゼに微笑んだ。ヨカゼは尾を大きく揺らし、足取り軽く踏み出す。

 その後ろには王族他、騎士達。伊織の側にはユリアーナとジル達が即座に集まり、周囲を警戒する。

 これはきっと、心配しなくても良いものだ。

 伊織は目を瞬かせ、さらに笑みを深めた。



 伊織の想像通り、中の制圧、というのはあっという間に終わろうとしていた。

 建物自体が揺れ、地鳴りのような音が続いている。その間にも左目から見えた薄気味悪い文字や陣は少しずつ数を減らしていた。

 そして目の前の黒い建物の中から、時折逃げ出す人達がいるが、誰もが外に待ち構えていた騎士達や、シノビと呼ばれる者達、そして武官と呼ばれる者達によって取り押さえられていく。



 ライリー、来てんぞ。

 はい……!



 そんな中、ジルがライリーに言う。すばしっこい相手だったが、シノビか漆黒であればすぐに捕まえられそうなほどに動きは遅いものだった。

 それでも一人だけ見逃されていたのは、中でも経験の無いライリーの為でもあった。

 ジルもそれほどまでに経験は積んでいないがライリーほどではない、らしい。伊織は知らないが。

 そしてライリーは全くと言うほどに実践の経験なんてものは無かった。だからジルは伊織を通して天音に聞いたのだ。

 一人、ライリーに寄越してくれないか。経験を積ませるために。

 そしたら天音は笑顔で頷き、ユーグも何度も頷いた。おかげで周囲の騎士達もライリーが何とか対応できそうな相手を厳選しながら対応し、ようやく一人現れた、と言うわけだ。

 ある意味期待を背負ったライリーはと言うと、緊張を全面に押し出しながら、素早い動きで相手のすぐ目の前へと身を乗り出した。



 ええい……!



 素早くライリーは相手を掴む。小柄な男はすぐさまに身を捻って逃げ出そうとする。けどもライリーはそんなもの、もろともせずにそのまま足を軸に体を捻り、地面に転がし抑えた。



 で、出来た……!

 やるじゃん。誰か、こいつ縛って。ライリーも魔術まだ苦手でさ。



 感極まる声をあげ、口元を緩めた。ジルはすかさずに褒め、そして残っている他の漆黒へと指示を飛ばしながら、大きく顔をしかめた。



 何してんだよ、ライリー。

 あ、いやぁ……。



 ライリーは誤魔化すような笑顔を浮かべながら、そっと服の下に隠れていた片手をあげた。



 癖って、なかなか直らないじゃないですか。

 おい、手癖悪すぎんだろ。ノーマンに言うぞ。

 それは本当に止めてください! 返しますからぁ!



 ライリーが上げた片手には、小さな鍵が一つ揺れていた。そういえばライリーは元はスリをしていたことを伊織は思い出す。

 けども相手は悪い人達なのだから、別に気にすることもないよなと伊織は首を傾げ、あ、と口を丸くした。



 ライリー。それ、ちゃんと持っていてね。

 え、は、はい!



 手の中にある鍵をライリーが小さく肩を跳ねさせながら、頷いた。

 伊織はうん、と頷き返し、上を見上げる。

 ライリーの頭上にふよふよと浮かんでいる花の神が、うれしそうに小さく拍手をして微笑んでいる。

 鍵自体は何の変哲もない、普通の鍵。しかし、その変哲もない鍵こそ、大事なものらしい。


「中、片付いたみたいよ」


 ユリアーナが言うと同時、中からぞろぞろと人が溢れてきた。

 汚れは目立つが、それだけ。ちょっとだけ赤っぽい色が見えたが、きっと問題が無いものだ。

 先頭にいるランスロットが周囲に指示をしながら、すぐに伊織の元へと駆け寄ってきた。


「伊織様。中の鎮圧が終わりましたが……」

「何があったの?」

「囚われていた者達がおりましたが、それだけのようです」


 どうしてか、あれだけ人がいたというのに見つけられなかったことに伊織は小さく首を傾げた。

 少し遅れてヨカゼが右目をしきりに前足でさするようにしながら、伊織に駆け寄ってきた。


『伊織。先に行きたいんだけど、見つけられないのよ』

「見えないの?」

『真っ暗過ぎるし、匂いがきつ過ぎて無理よ。ほら、白露なんてあんな状態よ』


 ヨカゼに言われ、伊織はもう一頭の黒銀の狼へと視線を向けた。

 だいぶ遅れて出てきた白露はすぐ地面に伏せ、その場で匂いを消すように地面に体をこすりつけ始めた。


「中はあまり良い環境とは言えません。伊織様」


 遠まわしに、中へ入らないように促すランスロットに、伊織は笑いかけた。


「あのね、ライリーが鍵を見つけてくれたの」

「鍵を?」

「うん」


 大きく頷く伊織に、ランスロットは形の良い眉を細め、小さく息をついた。


「……お足元がよろしくありませんので、注意なさってくださいね」

「ありがと! ユリアーナ、行こ!」


 ランスロットは正しく、伊織の意向を汲み取った。そして伊織の前から横へと移動し、中へと手を向ける。

 伊織はいつものように明るく感謝を伝え、ユリアーナの手を握りしめて大きく一歩踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。