05 対価
王宮の外はひどい有様だった。
建物があっただろう場所はただの瓦礫の山になっている。火事が起きているのか、黒い煙があちらこちらから昇って、呼吸するたびに喉が痛くなる。
「ヨカゼ、あっち」
『ええ、分かったわ』
先頭を走るヨカゼに伊織は見えている方向を指す。
伊織に見えるのは鈍い光の数々。この国の、魂の形のようなものなのかもしれない。王宮からつかず離れず、導いてくれているが、この先に本当にナターシャ達がいるのかは分からないままだ。
とにかく、来て欲しい。それなら行かないといけないと、伊織はそう判断した。
『嫌になるわ。あちらこちらから、不愉快な匂いがする』
『ばらまかれたようだな』
『そうみたいね。一体どこに潜んでいたんだか分からないけど』
同じく先頭を走る白露が冷静にヨカゼの言葉を返しながら、後に続く伊織へ数度振り返り見る。
ちゃんとついてきているか、確認をしているようだった。
比較的軽装の伊織や、他の男達は皆動きやすい服装だ。しかしユリアーナはドレスのまま。本当にそのままで問題ないのかと思ったが、そのまま難なく伊織の隣で駆けている。
あのドレスには何か秘密でもあるのだろうか。
なんて思っていると、何か眩しいものが伊織の視界に入った。
横からなら、何度か魔術を放たれてはロビン達が防いでくれているのでもはや気にすることではない。
その光は足元。下の方にあった。
「どうしたの、伊織」
つい、確かめようと伊織は無意識に駆けていた足を緩めればすぐにユリアーナが声をかけてくれた。
「えっと」
なんと言えば良いのかと伊織がつい足を止めてしまえば、皆もそろって足を止めた。
その瞬間に狙っていたかのように瓦礫の山からまた何かが飛び出したが、今度は葦原国の黒装束の人達がそれを消し去った。
シノビと呼ばれる人達だ。天音が軽く手をあげて、何か合図をしていたが今はそれを気にすることではなかった。
「光が」
「光?」
「えっとね」
伊織はようやく数度見逃した小さな眩しい光を見下ろした。
それはちょうどすぐ近く。瓦礫の山の手前あたりにゆらり、と誘うように揺れていた。
「あそこに、花が咲いてて」
「花?」
それは花だった。とても小さな赤い花。こんな瓦礫ばかりの中でさえ見つめるのに光ってくれなければ見つけられないほど。そして、続けて視界にもう一つ、光が増えた。伊織はそちらを見る。と、またもう一つ、まるで伊織達を導くように赤い花が続いていた。
花が導こうとしている先には、鈍い光達が導こうとしていた場所ではない。
鈍い光達はその花を前にし、あの花の近くにまで近寄り、そっと消えた。一つ、二つ。消えるたびに、花がしぼんでいき、代わりに鈍い光が一瞬だけ強く美しい光を放ち、消えていく。
「行かなきゃ」
無意識のうちに、伊織は呟いた。
どうしても行かなければならない。そう、自分の何かが告げていた。
伊織は見ることが出来るが、導いているわけではない。その先に何があるのかも分からない。本当に正しいのかも伊織には判断することが出来ない。
この場に導く力を持つ真咲がいれば、きっと迷うことはないだろう。けども今は側にいない。その代わりに、と言わんばかりにあの花は間違いなく伊織達を導いている。
それだけであったが、伊織にはしっかりと理解出来た。
「伊織様。花はどちらへ」
「あっち」
ランスロットの問いかけに、伊織は迷わず答えてそしてすぐさまに足を進めた。
急がなければならなかった。
周囲の鈍い光達のせいで、せっかくの花がしぼんでいくのだ。この鈍い光達のせいで。
おそらくは魂のそれだと思うが、ロトアロフで見えるものよりもずいぶんと淀んだ色だ。まるで、何かに汚れてしまったかのような、そんな色だった。
伊織は頑張って小さな花を追いかけながら考えてみる。
どうして花がしぼむのだろう。どうして光が消えてしまうのだろう。まるで線香花火を見ているかのようだった。
そう考えている間に、鈍い光達の姿が変化する。それこそ、小さな火花を放つ火種のように。
ああ、また分からなくなってきた。
伊織はぐっと顔をしかめる。
静がこのばにいたならば、この理由がすぐに分かるだろうか。どうして、なんでそうなっているのか。
すぐにたどり着けない答えに、静ならばすぐにたどり着けるはずだと、伊織はそう思ってしまう。思ってしまって、唇を強く噛んだ。
「ヨカゼ」
『なぁに、伊織』
「あのね。花が消えているの」
『花が? どうして』
「分かんない」
隣に並ぶヨカゼに、伊織は声をかけた。それこそ、静のように。
静はいつもどうしていた。どうやって、答えにたどり着いていたのか。
伊織は知っていた。だって側で見ていたのだから。
いつも、誰かと話をしていた。沈黙せず、声を発し、誰かに問いかけていた。そうでなくても、常に何かを確認するかのように思考していたではないか。
「昏い光がね、あっちって教えてくれたの。けどね、花がね、あっちって教えてくれてるの」
『違う方向ね』
「うん。それでね、昏い光が花に集まるんだけど。花がしぼんで消えちゃうの」
自分でも、何を言っているのかがよくは分からない。けども、どうしてか、話せば、言葉にすれば、疑問に思えたものがようやく輪郭をなしていくような感覚が伊織の中にあった。
「たぶん、光の方は魂、だと思う」
『そうね』
「けど、花が分かんない」
『どうして?』
「どうしてって」
ヨカゼの疑問に、伊織は言葉を詰まらせた。
まさか、ヨカゼからそんな意地悪なことを言われるとは欠片も伊織は思わなかったからだ。
「そ、それに、しぼんじゃう理由も、分かんない」
『伊織は考えるのが苦手ね』
「ひどい!」
そして遠慮のない物言いに、伊織は思わず言い返す。するとヨカゼが機嫌がよさそうに、小さく笑い声を零した。
『馬鹿ねぇ、伊織。貴方はもっとちゃんと見えるはずよ』
『なんだ。この人間、そこまで見えていなかったのか?』
『そうなのよ。きっとリディアータがそうさせたんだと思うわ。見え過ぎても困ると思ったのね』
『良いのか。それを伝えても』
『選ぶのは伊織よ。それに私、静に仕えているようなものよ? リディアータじゃないわ』
『その静はそれを赦すのか?』
『静も同じことを言うわ。選ぶのは伊織だって』
ヨカゼは他人事に言いながら、白露と言葉を交わす。まるでこの場に伊織がいないかのような物言いだ。
静がいないからなのだろうが、それにしたってだと伊織はつい頬を膨らませそうになる。
『静を真似るなら、そこまでしなさいな。伊織』
そして容赦のない言葉を放つヨカゼに、伊織はつい言葉を鋭く放った。
「ヨカゼがそこまで静のこと、大事にしているの知らなかった」
『見ていて分からなかったの?』
「分かってるよ。けど、私に八つ当たりするのは違うと思う」
『私、静がいる方に行きたかった!』
「私だって行きたかったんだから我慢してよ!」
『ひどいわ!』
「静のこと、玩具だと思っているくせに!」
『私はまだ遊んでないわよ!』
周囲がぎょっとして伊織とヨカゼを見ているが、そんなものは無視である。
『ほら、どうするの。伊織』
「見るに決まってるでしょ! あ、止まって!」
まるで売り言葉に買い言葉。ヨカゼに言われるがままに言い切り、すぐにまた新たに咲いた小さな花を見つけて立ちどまった。
ヨカゼの言う通り、リディアータはこの力について何も教えてはくれなかった。
出会った時から、ずっと。ただ側にいるだけだった。それだけでも伊織にとっては心強いものだったから何も文句はなかった。
リディアータはせいぜい、見え方について教えてくれるだけだった。
これは、伊織が知っている事柄でしか見えない。それについて知らなければ見えないまま。だから伊織は魔術について、少しだけ教わった。確かに前よりもはっきりと形が見えるようになった。
そうでなくても力が強まるにつれ、輪郭ぐらいは見えるようになった。
けども、と伊織はそこでようやくおかしい、と気づいた。
伊織は振り返り、ランスロットへと黄金の瞳を向けた。
「私、リディアータの聖女、だよね?」
「はい。その通りです」
「リディアータの役割って?」
「審判たる天秤。その瞳は、真実を解くとされております」
「うん」
だから我らが神。天の神、アルカポルスの愛娘の一人、リディアータ。地面につきそうなほどの長い銀の髪と、黄金の瞳が特徴的な少女。象徴たるは天秤と杖。
そう、伊織はヴィンセントからも、リディアータからも聞いていた。それなのに、だ。
おかしい。
だって、おかしいじゃないか。
この瞳は、リディアータは、真実を見ると。
なのに何故、伊織が知っていることだけしか見ることが出来ないのか。伊織だって、真実が何なのか、分からないのに。分からないから、真実を見ようとしているのに、見えないなんて、おかしい。
「駄目、来ないで」
伊織は、その花に近づこうとする火花のような光を散らすそれに対し、手で払った。
熱さも何も感じないが、確かに触れた柔らかなものは周囲に漂うだけに止まる。そして、触れた伊織の指先が、黒に染まった。
「伊織様……!」
「あ、これ、私だけしか見えないってわけじゃないんだ」
焦るランスロットの反応を見て、伊織はこれが皆に見えるものだと理解した。
そして理解する。どうして鈍い光だったのか。火花を散らしているのか。
黒に染まった指先が、ひりひりと痛む。けどもそれだけだ。だから問題ないと今は気にすることを止めた。
伊織は強く手を握りしめ、花を見る。
きっと、見てはいけないものだ。リディアータはとくに語らない。そも、神なんて皆、語るわけがない。それが理で、この世界にとって、それが正しいことだから。
そして伊織は全ては見えるから、口を閉ざした。言わなければ、ないと同じだったから。
けども、これをない、として良いものではなかった。
見なければいけない。そして真実を解かなければならない。
それこそが、金の聖女としてこの世界に留まった、伊織という人間の役割であるから。
「貴方、誰?」
そして、伊織は問いかけた。
花が、大きく揺れる。
黄金の瞳に、一人の微笑む褐色肌の女性。そして、灼けるほどの眩しすぎる光が映った。
分かってしまった。
どうして、リディアータが見ることを制限させようとしたことを。
ヨカゼがどうして、伊織に教えてくれたのかは分からない。ただ、はっきりと嫌いだとは思いつつも、きっと、こうしなければいけない理由があったのだと伊織はそう思うことにした。
だってヨカゼはとても優しいのだ。なにせ伊織はヨカゼを見ていたのだから。
「っ————!」
声にならない叫びが、伊織の喉から溢れ、両手で目を覆いながらその場でうずくまる。
「伊織様!」
「伊織?! ちょっと、どうしたのよ!」
ランスロットと、ユリアーナが駆け寄ってきたのが分かる。続けて他の誰かも伊織の背に触れたりしている。
右手が妙に重くなったのは、きっとウーロが伊織を心配して籠から出てきたのだろう。
『伊織。見た?』
ヨカゼは容赦なく、そんな伊織に問いかける。声色から、何も変化はない平坦なものだった。
伊織は唇を強く噛み、目の奥からの感じる焼かれたような痛みに小さく喘ぎながらも頷いて見せた。
「貴方! こうなるのを分かって、伊織に見させたの?!」
『こうなることは分からなかったわ。けど、伊織はそう求めた。だから教えただけよ』
「っ……! それでも!」
伊織は必死に片手を動かし、おそらくはユリアーナの服を掴んだ。
「伊織……! 貴方、血が……!」
どうして血なんて言うのだろうか。
ユリアーナの叫ぶような声に伊織は疑問を持つ。が、もう片方の手からぬめりとしたものが伝わってきて、そこでようやく目から血が流れていることに伊織は気づいた。
静は、こういう時どうするだろう。
波打つ焼いてくる痛みの中、伊織は必死に考える。そしてすぐに答えを導き出した。
静は、笑うのだ。笑って、すぐに前を向く。そして、次にどうするかと考えだすのだ。
「いた、い……。ふへ……」
「ちょっと? 何、笑っているのよ!」
ユリアーナの容赦のない言葉に、伊織は痛みに喘ぎながらも肩を揺らし、そうしてようやく頭をあげた。
「……あれ?」
確かに、瞼は開いている。けども、そこにはどうしてか、先ほど見ていた景色は無かった。
瓦礫があったはずなのに、どうしてかそこには山の輪郭しか見えない。花はより、はっきりと見える。そして鈍い光だったそれが火花となり、そして今度は人の影となっていた。
痛みに耐えながら、伊織は周囲を見渡す。
人の、光はより明確に見えている。そしてもう一つ。光の周囲には様々な色合いのものが見えた。膜のような、それこそオーラとか、そういう風なものだった。
『ねぇ、伊織』
「……なぁに、ヨカゼ」
『こういうのは、悪いと思っているのよ。けど、お願いがあるの』
「うん。言って」
『私の片方、交換してくれる?』
きっと、ヨカゼは最初からこうしたかったのだ。
匂いだけでは追えない。どうしても、見る力が必要だった。その為にどうしても、伊織がより見えるようになってもらわなくてはならなくて。
けども、それは伊織の、視力がなくなるのと同意だった。
「ね、ヨカゼ。私の視力って元に戻る?」
『戻るわ。けど、見え方はまた元の通りになるけども』
「そっか。じゃあ、そこまで怒られないかな」
『一緒に怒られましょう?』
「うん!」
伊織は花の向こうにいるヨカゼの輪郭へと手を伸ばし、ふわふわの毛並みに触れた。
やり方は言われなくても分かっていた。
祈ればいいだけだったから。
否、祈ることしか、出来ないから。
どうか。どうか。痛みなく、この右目と、ヨカゼの右目を交換して、と。
『別に、痛みを抑えなくても良かったのに』
「静ならしないでしょ」
『そうね』
次に瞬けば、右目の視界は鮮明な景色が映り、しかし今まで黄金の瞳が映してくれていた、この世界の綺麗なものが見えなくなってしまっていた。
目の前にいるヨカゼは何度か頭を大きく揺らす。
ヨカゼもまた黄金の瞳を持っていたから、その違いはよく分からない。けども明らかにヨカゼの右目は強い光を放っていた。
「見えるよね、ヨカゼ」
『ええ、見えるわ。ここの神は親切ね』
「お花の神様だね」
『そうね。浄化はきっと太陽の神の力ね。おかげで眩しいったらないわ』
「あ、やっぱりそうなんだ」
『そうよ』
ヨカゼも見えるようなったらしく、花を見て、そして上を見上げた。
伊織もまた、上を見る。
先ほどは直視してしまったから、今度は控えめに、だ。
そこには困ったように頬に手を添える舞手の姿。残念ながらどうにか頑張って見えるのは口元までで、それ以上は顔を上げられなかった。何せ太陽の光で目が焼かれてしまうから。
「静ならもっと見えるかな」
『静は見ようとはしないと思うわよ。けど、感覚は鋭いからいるのは分かるんじゃないかしら?』
「そうかも」
うんうん、と伊織は頷きながら足を力を入れようとし、困ったように眉をひそめた。
「……立てない」
そう言うや否や、ランスロットが伊織をすぐに抱え上げた。
「ヴィンセントではなくて申し訳ありませんが、僕で我慢してください」
「なんでヴィンセントが出てくるの?」
「……そうですか……」
ヴィンセントよりも柔らかく、はっきりと困惑した表情を浮かべたランスロットに、伊織は小さく首を傾げた。
横抱きされるのはこれで二度目だ。一度目は静。暴れるウーロから逃げる為に、静が慌てて伊織を抱き上げて逃げてくれたのだ。
そして二度目がこれである。静よりもしっかりと抱えられているおかげで安心感という点においてはとても信頼ができた。
できたが、何故かちょっとだけヴィンセントではないことにがっかりした。
ランスロットの言う通りの感情が何故か沸いて出てきたことに伊織はさらに首を傾げる。どうして、がっかりしてしまったのかがどうしても理解出来なかった。
「ロビン。ヴィンセントに報告は終わったかい?」
「はい。今終わりましたけど、すっげぇ怒ってましたよ」
そう考えているうちに、ランスロットとロビンの会話が耳に入り、伊織は反射的に顔を上げる。が、まだ痛みが引かないせいか、そのまますぽん、と頭をランスロットへと傾けてしまった。
「誰か、痛み止めはあるかい?」
「あるわよ」
ランスロットがそう言うと、ユリアーナは小さな小瓶を差し出してきた。
それを見てロビンが受け取り、小瓶の中身を見て試しにというように一粒だけ取り出し飲み込んだ。
「大丈夫ですね。これ、一粒です?」
「二粒よ。水は」
「あ、大丈夫です。この通り」
ロビンは小瓶をユリアーナに返しながら、片手に水の球を浮かべる。器用にちょうど一口で飲めるくらいの小さな水の球だった。
ユリアーナは頷き、さてというように小瓶から薬を二つ、取り出した。
「さ、伊織。飲みなさい」
「大丈夫」
「安心しなさい。虫が原料の薬よ」
「飲む」
「はい、あーん」
伊織は大きく口を開ければ、ユリアーナは遠慮なく口の中に薬を放り込み、続いて水が入ってきた。
ちょっとばかり勢いが良くて咽そうになるのを耐えながら、伊織は飲み込み、大きく息を吐きだした。
「……伊織様さ。虫も好きだからって、よく飲もうと思いましたね?」
「どうして? 食べられる虫もいるんだよ? 私、食べてみたい」
「そっすかぁ」
ロビンが何故か顔をしかめているが、伊織にはその理由がよく分からなかった。しかも周囲を見れば、同じようにちょっとだけ引いていた。
左目から見ると、はっきりと薄い壁があった。
ちょっと、いやだいぶ、悲しかった。
「本当は早々に戻っていただきたいのですが、おそらくはヨカゼと離れない方が良いと判断いたしますので連れて行きます。が、戻ったらヴィンセントからの説教がありますので」
「……はーい」
大きく肩を落としている伊織に、ランスロットはさらに容赦なく告げてきたことで、伊織の肩はさらに落ちたし、声色も低くなった。
「ここからはヨカゼが導いてくれる、ということで良いのかな」
『私じゃなくて、ここの神よ。どうも、早く対処した方が良い場所があるみたい』
「ベルナルト殿下達がいる方ではなく?」
『それは行かないと分からないわね』
見える力を得たところで、その先に何があるのかということまでは見えるはずがない。
ランスロットは顔をしかめ、そして大きく息を吐きだした。
「分かった。行こう」
そしてランスロットの一言に、誰もが頷き、また駆けだす。先頭にいるのはヨカゼ。その少し後ろから白露が追いかける。
先ほどよりもずっと動きは早く、迷いはない。
伊織はそれを見て、ちゃんと見えるようになって良かったと迷いなく思えた。
結局は見るだけの力でしかない。けども、より真実の輪郭が見えるようになったことで、より早くたどり着けるようになったということに他ならない。
静は怒るだろうか。それか、困ったように頑張ったね、と言ってくれるだろうか。
きっと静は怒らない。何せ静自身がもっと無茶をするからだ。ついでに一緒にヴィンセントに怒られてくれないかなと、伊織は静が怒られること前提に考えた。
周囲には薄い影の人の輪郭が漂う。中には伊織達へと手を伸ばそうとしている。
伊織はそれらを感情なく見やり、すぐに目を逸らした。




