04 遊戯盤上の独り言
ランスロット達を見送ったアンジェリカ達は一つの部屋に集まり、思い思いに過ごしていた。
翠蕾、ミュゼの二人は床に敷かれた絨毯の上に集まり、とりとめのない話をしている。ヘルガと鈴乃の二人は先ほどから出入りする騎士達と言葉を交わして外の様子を聞いていた。
離れた場所で、どしりと絨毯が敷かれていない場所に座っている豪景は抱えるように槍を持ち、瞼を閉じていた。眠っているかのように見えるが、騎士が出入りをすると同時に瞼を開いて様子を見ていることから眠っていないのだと理解出来た。
そしてアンジェリカは床に座ることが未だに慣れないということもあり、用意された座椅子に座り、脇に寄り添ってくれる銀の狼を愛でていた。それと同時、目の前にいるエリアスと間の低いテーブルに置かれた遊戯盤を共に嗜んでいた。
「よく、落ち着いていられますね」
「ふふっ、そのように振る舞っているだけですわ。ですが、皆様のお側には我らが神々がおりますもの。それならば私がやるべきことはここで待つこと以外にありませんわ」
こつり、と遊戯盤の駒が進む。
まさかここでも遊戯盤を嗜むことが出来るとは思わなかったが、これはラグニフォルスから伝わったものだ。だからエリアスが持参してくることはそうおかしなことではなかった。
しかし、まさかエリアスから誘ってくるとは思わず、その点だけはアンジェリカを驚かせた。
「それにエリアス殿下も落ち着いていらっしゃいますわ」
「同じですよ。ユリアーナがまた怪我なんてして戻ってこないかと心配でなりません」
「果敢と自ら出ようとするお姿。とても素晴らしいと思ったのですが……」
「それが彼女の良いところでもあり、困ったところでもあるんです」
時間をかけ、ゆっくりと駒を一つずつ丁寧に動かす。攻めているような、守っているような、そんな曖昧な動きを互いに続ける。
「ところで何故、我が国の言葉で話されていらっしゃるのです?」
「こちらの方が都合か良いので」
エリアスの手が、守りに移ったのを見て、アンジェリカはそれならばと攻めの一手を進める。
アンジェリカは有難くロトアロフの言葉で会話を続けた。
「我が国の人間が、そちらに多大な迷惑をおかけしたでしょう?」
「ふふっ、謝罪でしょうか」
「僕の謝罪一つでどうにかなるのであればそうしますがね」
何せ、ミラベルは国家転覆を目論んだ罪人だ。国同士が絡んでいる時点で、王族の一人であろうともエリアス一人の謝罪では何一つ意味をなすことはなかった。
くわえてミラベルという存在は、ラグニフォルスが敗戦した結果、ロトアロフへと嫁がされたいわば人質のような存在だ。国内だけの問題にすることが出来ないのが現状だ。いずれはラグニフォルスとの話になるだろうが、今はその段階ではないことをアンジェリカは正しく理解していた。
しかし、あちらから話を振って来たのだから多少は聞いても良いだろうと思い、気になっていたことを問いかけることにした。
「あの方、遠縁の姫だそうですわね」
「ええ、そうです」
「おかしいですわね。あの方は、第二王女の妹君だと聞いたのですが」
前王アウグストの側妃であるミラベル。本来であれば第二王女が嫁いでくるはずだったのが、その妹としてミラベルがやってきた。
ロトアロフで分かることはこれだけだが、もはやその時点で大きな齟齬が発生している。しかも、これについてエリアスも知らない事実だったようで、眼鏡越しの瞳が丸くなっていた。
「つまりは第三王女、だと」
「それは分かりかねますわ。私が聞いたのはそれだけですもの」
あくまでも第二王女の妹。であるならば第三王女であると判断するのが当たり前だ。しかし記録には第二王女の妹、としか記されていなかった。
血縁関係その他諸々の必要な記録も残されていたが、そんなものは文字の羅列に過ぎなかった。何せ、ラグニフォルス側ではこちらと違う記録が残されているようだったからだ。
エリアスはずれた眼鏡を押し上げ、薄く微笑みを浮かべた。
「……分かりました。一度これは僕が預かりましょう」
「あら、報告はしないのです?」
「信用していただくために、隠すことなくお話しますと」
エリアスは駒を一つ持ち上げ、静かに盤へと置く。
「我が国は近く、傾きます」
転じて、その手は攻めの一手と変化した。
息を飲み、反応が遅れてしまったアンジェリカをそのままにエリアスは続けた。
「おそらく僕が今、この国にいる間に無理やりに多くを動かしているはずです。正直、国に戻りたくないのですか、国民の為に兄達を止めなければならないんですよ」
エリアスが今、口にしていることは最高機密と言って良いものだった。
しかもだ。エリアスのいうことが真実であれば、すでにラグニフォルスの王はもはや独裁と化しているようなもの。国家としては破綻しかけているような状態に近いものだった。
「……戯言ではなく?」
「真実です。それともう一つ、我が国にいる賢者について」
アンジェリカはその手に応じて、何とか守りの一手を指す。エリアスは僅かに眉をあげ、口元に手を当てて考え込む仕草を見せた。
「賢者は男。突然、兄が連れてきた人間で、もう十年近くいます。見目は黒髪、黒目。そして葦原国の人間に近い容姿をしています」
それは、まるで。ロトアロフへと降り立った聖女達のようで。
「名は、シューヤ。本人が言うには、ニホン、という国からやってきた、と」
エリアスがそうして、アンジェリカが指した守りの一手を交わすようにさらに強気の一手を見せた。
意識してアンジェリカは深く息を吐きだす。ひどく動揺しているのをアンジェリカは自覚していた。動揺してはいけないと分かっているはずなのに、どうしても表に出てしまう。
なんという情けない姿かとアンジェリカは歯噛みし、両手を無意識に握りしめた。
「お二人の故郷をお聞きしても?」
「……残念ながら聞いておりません。そもそも、になりますが」
穏やかに問うエリアスに、アンジェリカはどうにか微笑みを向けた。
アンジェリカが知るのはほんの僅か。異なる世界から四人の聖女達はやってきたが、その生まれ故郷については何も知らない。当然ながら、その国の名前も含めてだ。
理由は、明確であった。
「おそらく、それ以上聞かないほうがよろしいかと」
「何故?」
これを独断で話すべきではないことぐらい、アンジェリカは分かっていた。
しかし、伝えなければならない時であると何かが告げていた。これは神の采配によるものなのだろうかと考えたがすぐに否定した。
これは自分の意思によるものである。何せ我らが神は常に見守りくださるのみ。その行く末を母のように見つめ続けてくださっている。たったそれだけ。しかしそれだけで己を見つめなおす機会をくださる。
目の前にいる王弟はすでに信用を得るためにすでに語った。であれば、同じように語らなければならない。今後、良き関係を気づくのであれば。
「理だそうですわ」
「理……?」
「口が過ぎれば消されてしまうのです。故に、我が国の聖女方は口を閉ざし、沈黙をお選びになりました」
ランスロットから告げられた真実。もちろん神の前で沈黙を誓ったものだった。
以前の自分であれば誓ったものを破るということは決してしなかった。しかし今、しなければならない時だった。
何かの火種にもなりかねない。だが、エリアスの様子を見るに、そうは決してならないものだと理解した。
エリアスの視線が揺れている。動揺しているかのように見えた。そして何とか、隠そうとしていて口元は変に歪んでいた。
「……何か、思い当たるものが?」
「……ええ、少し。しかし良いお話を聞くことが出来ました。心より感謝申し上げます」
「あら。私は独り言を言っただけですのに。エリアス殿下もでしょう?」
「そうですね。いや、まさかここまで大きな独り言を言うなんてお恥ずかしい」
「ふふっ、私もつい大きな声で言ってしまいましたわ」
お互いに動揺をしたままに、無様に隠そうと繕っている。
意味があるのかないのか。他の目がなければきっと、繕わずに頭を抱えるなり、立ち上がっては部屋を歩き回るなんてことをしたぐらいだ。
「これは独り言、なのですが。そちらがおっしゃっていた毒とは何かと思ったのですが」
「まぁ、大きな独り言ですわ」
そろって独り言であると言いながら、アンジェリカはエリアスの疑問に答えた。
「魔力ですわ」
僅かに、ひゅう、という音がエリアスから聞こえ、駒の一つが倒れた。
エリアスの指先が小刻みに揺れている。それを誤魔化すようにエリアスは倒した駒をどうにか拾い、そのまま強く握りしめた。
「……感謝します。心から」
「あらあら、何のことでしょう?」
絞り出すように感謝を告げたエリアスに、アンジェリカはいつもと変わらない微笑みをどうにかして見せた。
これで良かった。この選択で間違いなかった。
神よ。我らが神よ。どうか、この先、エリアスの行く末が良きものになるように。
アンジェリカは膝の上で両手を強く握りしめ、国と国民の為、そしてその賢者と呼ばれる男の為に動こうとする王弟の為に祈るのだった。




