03 最大の敵
荒れ果てた王宮内は閑散としており、人影はほとんどない。いてもメシュラルドの者ではなく、ロトアロフや異国の騎士達がほとんどだった。
聞けば皆、外へと避難をしたらしい。とはいえ数は少ないが残っている者達もおり、毅然として異国の騎士達とも連携をとっているようだった。
「焔瑞というのは、前までとても荒れた国でしたの。今は平和ですけども」
「聞いたことがありますわ。なんでもいくつも国があって、絶えず統一をするために戦火が絶えなかったと」
前を歩く翠蕾とアンジェリカがその中、優雅に足を進めながら和やかに会話をする。
「本当に。ええ、本当に大変でしたの。姫であるわたくしも戦場を駆けまわっていたほどで。ですけどもおかげでわたくし、愛おしい旦那様を捕まえられましたのよ」
黙って耳を傾けていたヴィンセントは、翠蕾が発したいくつかの言葉に思わず凝視してしまった。
姫も、戦場も、として捕らえたとまできた。一体どこから問えば良いのか分からなくなりそうだったが、まだ王妃となって日が浅いというのにアンジェリカは落ち着きを払って問いかけた。
「姫……?」
「ええ、そうですの。陛下は元々わたくしの護衛でしたの」
「まぁ、素晴らしいですわ!」
「ふふふっ……」
なるほど。王族は翠蕾の方らしい。つまり豪景は婿入り。しかも元は護衛とあれば、翠蕾の後ろに控えるようにして立っているのも理解が出来た。
ヴィンセントも一応は軽く耳に入れてはいた。
東の大国、焔瑞。今代の王によって、ようやく大陸を支配した国。それはまでは大陸統一を夢見て各国が争い続けた不毛の大地でもあったらしいが、今やそれは影もなく、ずいぶんと豊かな国となったと聞いている。
ただまさか、姫とも呼ばれていた時代から戦場を駆けていた者が今目の前にいるとは思わず、ヴィンセントはつい湧き出てしまいそうになる好奇心を無理やりに抑えた。
「惚気るなら後にしてくれないかい?」
「あら、ごめんなさいませ。皆様が知っていることを、こちらの方々が知らないというのはいけませんでしょう?」
その後ろにいたミュゼが翠蕾に呆れたように息をつく。翠蕾は少女のように微笑み、穏やかな声色のままに続けた。
「そう。それで知ったのです。どのような戦場であろうとも、最大の敵は飢えである、と」
声色は何も変わらない。けども妙に重たい言葉にヴィンセントは思わず姿勢を伸ばした。
「もちろん、急がねばならないのは承知しておりますわ。しかし急いだところで空腹のままでは見落とすものも増えるでしょう。ですので行かれるならばまず、その最大の敵となる空腹を倒してからにしてくださいまし」
今までの経験からなる言葉は金よりも重く、価値があるとはこの事だろう。ここは翠蕾の言う通りに動いた方が良い。
ヴィンセントは黙ってそれを聞き入れつつ、先ほどから行き交う異国の騎士達に目を向ける。
一人の騎士が翠蕾に駆け寄り、何かを耳打ちする。ゆったりとした衣服の上に胸や腕、肩に鉄の鎧を身についているが、動きやすさを重視しているのか覆っている部分は少ない。どれも髪型が特徴的で、何故かほとんどの者は頭の上に小さくまとめている。長髪の者も他に比べて多いように見えた。
「そちらの騎士達の動きは良いな。是非ともうちの騎士達と手合わせをさせてみたいところだ」
翠蕾から騎士が離れた頃を見計らい、ヴィンセントは素直にそう言うと翠蕾は小さく笑みを零した。
「騎士ではなく、武官ですわ。体術、剣術共に身に付けさせておりますから、それなりに動けなくてはなりませんもの。ああでも、そちらの紅い衣服の方々も相応の実力をお持ちのようですわね」
「ああ、相当鍛えられた者達を選んで連れてきたからな。兄上が」
「ヴィンセント様ではありませんの?」
「深紅は王城の管轄だ。神殿は関与していない」
あくまでも深紅の騎士達は王に仕える存在。大神官であるヴィンセントでさえ彼らに対する権限はない。あくまでもランスロットの指令にのみ動く、という体裁でいるが今はもうそんなものはどうでも良い話だろう。
そしてヴィンセントは漆黒によく似た騎士達がいる葦原国へと話題を変えた。
「そういえば葦原国の方に、面白い騎士達がいるな。我が国の漆黒とよく似ている」
「漆黒って、まんまだな。深紅って名前もそうだけどさ」
「我が国では色で所属を分けているからな。分かりやすいだろう? ちなみに神殿は紫紺だ」
「なるほどな」
話題を振られた煌河は納得したように頷き、その面白い騎士について。ただしくは騎士ではない者について、説明をした。
「あいつらも騎士じゃねぇよ。シノビって言った方が正しい。ロトアロフのその漆黒とほとんど似ているらしいってのは聞いたぜ。そこにいるロビンも漆黒みたいだが」
「あ、そちらのシノビの方々とも話させてもらいましたよ。あいつら面白いですね」
「……もう意気投合してんのかよ」
控えているロビンはもうすでにある程度交流をしていたらしい。様子を見るに、そう敵対心を持っている様子はないようだ。
良いことだとヴィンセントは小さく頷き、さらにと、ここでもう少しばかり踏み込んだことを聞くことにした。
「皆、だいぶ協力的だが。何かあるのか?」
「あ? ああ、フェルドには借りがあってさ」
ヴィンセントの問いに対する答えは多少はぐらかされる可能性があるとは思ったが、この状況だからか、煌河は隠さずに答えた。
「流通のあれこれだったり、完全に身内の問題に容赦なく入り込んできたりとか。うちは身内の問題に首突っ込まれたけど、結果的に大きな借りを作っちまってさ」
そういえば昨日、フェルドは無理にロトアロフが抱える今後の問題について足を踏み入れようとしていた。つまりはあれをほとんどの国でやったということだ。
下手をすれば国を巻き込む問題にもなりかねないが、若き王がここまで皆に慕われるほどのことを結果として成し遂げたと考えれば、なかなかに型破りな者だと言えた。そしてふと、ヴィンセントは静の姿が脳裏に浮かび、額を抑えなくなった。
「わたくしの方は流通ですわね。こちらの香辛料やお茶をどうしても手に入れたくて」
「それと魔鉱石ですよ。こちらの魔鉱石は美しい赤い石でしょう? 我が国はとくに人気なのですよ」
その話題になると、翠蕾に続けて風宇も答える。とてもまともな、しっかりとした政に関する話の為、ヴィンセントは落ち着いて耳を傾けられた。
そして次にエリアスも答える。
「同じくこちらも流通です。魔力不足ということもあるので」
ラグニフォルスは魔力不足が問題となっている。メシュラルドから多くの魔鉱石を輸入しているというのはロトアロフ内でも聞く話だ。
何せ魔力不足は死活問題である。もちろん人の身に宿る魔力や、魔石だけでも生きていく上では十分だろうがラグニフォルスは生活を支える魔具がより発展した国。おそらくはそれに影響が出ているのだろうとヴィンセントは推測した。
そして最後、ギークも当然ながら答えた。
「こっちは流通ではなく、島同士の諍いだね。我が国は島が多いのもあってどこかの島と島で毎日諍いが発生していたんだよ。そこでフェルドが半ば無理やりに解決するのを手伝ってくれたおかげで少なくなったというわけさ」
同じ大陸の国であり、さらにタリマ・ジャビは多くの島がある。その島はそれぞれ文化や言葉も多少異なるとヴィンセントは聞いている。
ほんの僅かな違いでさえも争いの火種になるのは十分すぎるものだが、それが常にあることとなると頭が痛くなる問題になるだろう。それを完全ではないが、ある程度解決してしまったというのは素晴らしいことだ。だが、どうしてかヴィンセントの頭の中に静の姿が再び浮かびあがり、思わず上を仰ぎ見た。
「……周りが大変そうだな」
「らしいよ。おかげで毎回ナユカに怒られているそうだ」
「それはそれは。ずいぶんとナユカ殿はしっかりされているようだ」
思わずこぼしたヴィンセントの呟きに、ギークが笑った。
どうやらフェルドの手綱はナユカがしっかりと掴んでいるらしい。それならば安心だとヴィンセントは思ったが、続いてルイスの姿が浮かんできた。
おそらくフェルドとナユカは、静とルイスと共にいるはずだ。おそらく、きっと、ナユカとルイスがいるから問題はないだろう。
そうヴィンセントは異国の場所ながら、つい我らが神に良く見守ってくださるよう、心の内で強く祈った。
「ところでお聞きしたいことがありますの。あの男に以前、お会いしたような口ぶりでしたけども」
「……ああ、あのよく分からん男か。大神殿に呪術を仕組んできてな。まぁ、先ほどのように逃げられたんだが」
翠蕾からの問いに、ヴィンセントは祈っていたため反応に遅れながら思考を切り替え、あの素朴の男について思い出す。
訳の分からない、ふざけた男だ。仲間が一人や二人はいるだろうと予想はしていたが、あの神官に扮した女がそうなのだろうとヴィンセントは思い返した。
そして、あの男の危険性についてヴィンセントは秘匿せずに答えた。
「奴がいたら即座に退避しろ。呪術よりも面倒なものを使ってくる。我が国の神々はあれを忌まわしきものと呼んでいる」
「忌まわしきもの、とは、とても分かりやすいですわね。それは呪術とはどう違って?」
「媒介が必要ない呪術に近しい力だ。俺自身、あれを身へ入れられたが不愉快過ぎたな。目につくもの全てを破壊したくなった」
周囲の空気が張り詰める。そうなるだろうなと分かっていた反応を確認しつつ、ヴィンセントは続けた。
「ウーロは呪術を食らうことが出来るが、どうも苦しみを伴うようだから食わせるつもりはない。そして静は呪術を浄化できるし、忌まわしきものも浄化できるが使い過ぎれば死ぬから期待はするな」
「お待ちくださらない? ええ、蛇の方もですが、静様が死ぬ、とは」
「死ぬぞ。伊織も力が尽きたら死ぬ。国外だと我らが神の守りの外ということもあって、力が回復しないんだ。国に戻れば問題はないんだが」
本来であれば秘匿術的ことであるが、この状況である。伊織と静がどれほど危険な状態に身を置いているか周知する必要があるとヴィンセントは判断した。
「俺達と違って、伊織達にとってこの世界は毒しかない。その毒から我らが神、そして近しい方々が伊織達を守ってくださり、力をお与えくださったというわけだ。だからその力が尽きたら死ぬ。分かったな?」
ヴィンセントが周囲に言い聞かせるように伝えれば、伊織にユリアーナがすぐに詰め寄った。
「い、伊織! 力、使っちゃ駄目よ!」
「え、でも私のこの見る力、止められないから出来ないよ」
「嘘?!」
まるで悲鳴をあげるかのような声を発したユリアーナは、ゆらり、と体を傾ける。慌ててエリアスが支える中、その顔は同じように驚愕の色に満ちていた。
誰もが伊織を凝視している中、すぐに気を取り直した煌河がヴィンセントに問いかけた。
「なぁ。じゃあ、その忌まわしきものって力。どう対処するんだよ」
「魔力で叩け。撃ち込まれたら、傷を抉って魔石を作る要領で体外に排出しろ。毒みたいなものだ」
「力技過ぎね?」
「それが一番手っ取り早かったんだから仕方がないだろう?」
静がいてもいなくとも、異国という場所である以上、静の命にも関わってくる浄化の力を頼るべきではない。静の思いつきのようなものだったらしいが、それでも力を使わずに対応できる術を会得しておいて良かったと思わざるえなかった。
とはいえ、野蛮な方法であることには変わりない。今後は少しでもマシな方法を探る必要があるだろう。
「しかし、驚くほどに認識が出来ないね」
「ああ、そうだ。あいつの胸の中心には青い魔鉱石が埋め込まれている。それが原因の可能性もあるが……」
ギークの思わずというような呟きに、ヴィンセントは頷く。あくまでも推測に過ぎないことだが、それ以外に今、見つかっている特徴はない。
これ以上の手がかりがない以上、思考を回したとしても無意味である。
それに、やはり朝から何も食べていないからか動きがいつもよりも鈍くなっていた。
「……何はともかく、腹が空いたな」
「ほら、言った通りでしょう? 今、こちらの厨房を確認しましたら何人かの料理人が残っていたようで、すぐに用意できるそうですわ」
素直に空腹を認めたヴィンセントに、翠蕾は弾むような声で言う。
そういえば、先ほどからどうもこの国独特の香辛料が香ってきていた。なるほど、これのせいで空腹の胃を刺激していたらしい。
であれば、だ。
「そうかそうか。この国の食事はなかなかにうまいからな、楽しみだ」
「あら、食事がお好きなのです?」
「嫌いではないな」
「そういえば、静様は宴の時も、お茶会の時も、大変食べられていましたわね」
「あいつは食べるのが好きでな。うまければ、何でも食うぞ」
「まぁ、素晴らしいお方。是非とも我が国の料理を食べさせてあげたいですわ」
翠蕾がさらに声を弾ませた。どうやらひたすらに食べていた静に対し、好意的に捉えていたことがその様子から理解出来た。
以外にも使える手段だったことを知ったヴィンセントは、それならば自分も多くを食べてみるかと考えた。しかしそれはまず、この状況を打開してからである。
さらに空腹の胃を刺激する香りが強くなる。
静は何も食べていないままに行方知らずになってしまった。今頃、空腹に嘆いていないだろうかと、思うがそばにルイスがいる為、どうにかしているだろうと想像し、思考を追いやった。
何せ自分は空腹であるし、静はなんだかんだとうまくやっているだろう。どうやら似た気質を持つフェルドもいるのだから問題ないはずだ。ルイスとナユカが苦労するだけで。
そうと決まればすぐに腹を満たし、ルイスとナユカの為にも早々に居場所を探さなければ。
ヴィンセントは静達に申し訳ないと思いつつ、一先ずは用意してくれた食事を有難くいただくことにしようと思考を切り替えた。




