02 手を取り合う
ヴィンセントはまだ、腕の中にいる伊織に声だけを向けた。
「追えるか?」
「駄目。出来ない」
「なんと厄介な」
全てが見える伊織の目があってさえも追えないという。ということは、本当に、この場から瞬時にどうやってか消えたということだ。
「さて。どうするか、だが……」
「ねぇ、ヴィンセント。暑い」
「確かにな」
ヴィンセントはすぐさまに伊織を腕の中から解放した。どうやらだいぶ暑かったのか、いつもよりも頬は赤いように見えた。冷気を放つショールの魔具の調子でも悪かったのだろうか。
問おうとしたが、伊織はすぐさまにクレアの元へと駆け寄っていった。
足取り等々を見て怪我がないことを確認したヴィンセントは、さて、と思考を巡らせながら整理するために状況を言う。
「王は不在。外は暴徒。伊織の目でも追えないときた」
「あ、でも。方向は分かるよ! あっち! あ、でもスズカが見てるの違う方向だ」
「なるほど。つまりは別方向にいる、ということか」
伊織はクレアに抱き着きながら、スズカが見ている方とはおおよそ反対側を指す。銀の狼の上にいるスズカは早く行こうと言わんばかりに何度か跳ね、翼を動かしている。
急いだほうが良いのは確かだ。だが、その前にとヴィンセントは周りを見やった。
「で? お前達はどうするつもりだ?」
ヴィンセントが周囲に問うと、いち早くにギークが口を開いた。
「見て見ぬふり。何せこちらは招かれた側だから。と、やるのは簡単だけどもね」
困り顔で笑みを浮かべるギークは大きく肩をすくませた。
「フェルドに借りがあってね。いつまでも借りたままなのは癪だから返そうかと思うのだけど」
「そうだね。そろそろ利子がつきそうだし、さっさと返そうじゃないか」
そして隣にいるミュゼが大きく頷き答えた。続けてエリアスが口を開く。
「それならば僕も、とはいきたいところなのですが。僕は戦闘が苦手なもので」
「私が追うから問題ないわ」
「ユリアーナ……?」
「貴方は邪魔だからここにいなさいよ」
「ユリアーナ……?!」
驚きを見せるエリアスを他所に、勇猛果敢にもユリアーナははっきりと自分が出ることを言い切る。
エリアスはここにいるよう説得をしようとしているが、ユリアーナは不愉快げに顔を背けつつ、翠蕾に向けて口を開いた。
「翠蕾様はどうするおつもり?」
「ここで協力をしない、と言ってしまうと多くの方々から反感を買ってしまいますわね」
「そうよ。それにナユカも一緒にいるかもしれないでしょ?」
「そうですわね。ナユカの舞、とても楽しみにしていたというのに……。困りましたわね」
頬に手を当て、翠蕾は小さく息をつく。そのまま翠蕾は、双子の息子達へと微笑んだ。
「お迎えにいかなくてはなりませんわね」
「行ってこい、というのでしょう? もちろん行きますが」
「ええ、わたくしと陛下はこちらで待っていますわ」
流れるように豪景と翠蕾はこの場に残り、捜索は息子達になった。
何も言う様子の無い豪景は、何故か翠蕾を見ている。睨むような鋭い視線だが、眉尻が大きく下がっているのを見るに、何か困っているようだった。
翠蕾は微笑みを豪景に向け、あちらの言葉で何かを話す。豪景は僅かに口を開いたがすぐに閉じ、項垂れるように頷いた。
「僕、ジルのところに行きます」
そうしていると、天音が言い出した。子供らしいその言い方に、煌河はわざとらしく天音の前にしゃがみ、目線を合わせた。
「お前、本当にジルって奴を気に入ったんだな」
「もちろんです。僕だけじゃなくってユーグも一緒です」
「遊びに行くんじゃねぇんだぞ」
「分かっています」
いつの間にかユーグが天音の隣に駆け寄り、二人揃って煌河に許しを請うように見つめる。煌河は自身の頭をかき回し、顔をしかめていれば風宇が小さく息をついた。
「隼偉も一緒に行くので問題ないでしょう。ただ、言葉の問題はありますが」
『我が共に行こう。ただ、ヨカゼはそちらにいるのか?』
隼偉だけではなく、白露も共に行くと言ってくれた。白露の隣にいる鈴乃は、では、と言葉を放つ。
「私はここにおりましょう。皆様はどうされますか?」
「私も残るよ。ジュナも」
「あたしは行くわ! ナターシャとちゃんと話しをしたい!」
ミュゼの言葉を遮り、ジュナもまた子供らしく主張をした。母親の顔を見せるミュゼがすぐ様に止めようとするよりも前に、ギークがミュゼの前へと出て片膝を着いた。
「あ、えっと……」
「ジュナ。ちゃんとユーグを見れるかい?」
「もちろんよ……!」
「僕はフェルドを探す。頼んだよ、ジュナ」
「まかせて!」
「うん。ミュゼ、悪いけどヘルガとここにいる皆をよろしくね」
ミュゼが何かを言い返そうとしているが、ヘルガが肩に手をおいて笑いながら首を横に振った。ミュゼは片手で目元を覆い、小さく頷いた。
そうして、この場にいる大半がどちらを追い、残るかと決めていく。そろそろとこちらも決めなければとヴィンセントが考えるのと同時くらいか、立ち上がった煌河が思考を呼んでいたかのように問いかけてきた。
「お前達も行くんだろうけど、どっちを追うんだ」
その問いに対し、誰よりも先に伊織が言い放った。
「ヴィンセント。私も行くから」
「駄目だ。ここで待っていろ」
「やだ。私の目が必要でしょ」
「スズカがいるから十分だ」
「片方しか見つけられないでしょ」
反射的にヴィンセントが止めるも、伊織は頑なに主張を変えようとはしなかった。伊織の言うことは最もだった。
全てを見る目があれば、導いてくれるスズカがいなくとも探索はずいぶんと楽になるだろう。だが、外は未だに暴徒と化した騎士達がはびこっている。更に言えば王宮の外が今、どうなっているのか分からない以上危険であることに代わりはなかった。
どうヴィンセントの思考が伊織の黄金の瞳に映っているのかは不明であるが、表情を見るに伊織にとっては良いものではないようだった。
「私、見るしか出来ないもん。見えるだけだもん。それでも今なら、皆の役に立てるんだよ」
言い方はどこか子供じみている。確か、今年で伊織は十八となる歳だったはずだ。少しばかり言葉遣いを直したらよさそうだとつい、お節介にもヴィンセントはこんな時に思ってしまった。
「私だって、守れるし戦えるんだから。それに、静だったらそれが、って言ってすぐどこかに行こうとするからそれよりマシだと思う」
「おい、静を引き合いの出すのは卑怯だぞ」
しかし、側には静がいるのだ。時に子供らしく振る舞い、勝手が過ぎる静のせいで、伊織は問題ないと認識してしまっている。正直、ヴィンセントも静に比べたら伊織なんてまだ可愛いくらいだ。これを簡単に許してしまう程度には。
唯一の友人にして悪友の静の所業について、ヴィンセントは改めて本人と話す必要がありそうだと大きく息をついた。
「……どちらに行きたい」
「ナターシャの方」
「何故だ」
「だって絶対、静は無茶してるよ? それでルイスも大変なことになってるよ? 止められるとしたらヴィンセントしかいないよ」
「本当にその通り過ぎて何も言えんな」
そして振り回されているであろうルイスに、少し労ってやらねばとヴィンセントは珍しく思ってしまった。が、あれはあれで静に対して恐ろしい執着を持っている。何だったら薄らと閉じ込めようとしている気配すら伺えるほどだった。
ある意味では似合いの二人である。そしてそれを止められるとすれば、本当に己しかいない現実にいよいよ久しぶりに腹が痛くなってきそうだった。
「分かった。共に連れていくのはライリーにしろ。悪いがエリカはこちらがもらう」
「ヘクターとノーマンと。あとロバートはそっちだからね!」
「ああ、分かっている。で、兄上は」
ヘクター、ノーマン、ロバート。この三人にはユフィアータの眷属がついている。静の身に何かあったとしてもある程度の対処は出来るだろう。
ヴィンセントはそうと決まればと、残りのランスロット達へ問う。ランスロットはすぐさまに頷いた。
「僕は伊織様につくよ。ロビンもこちらだからね」
「分かっていますよ」
「アンジェ。ここで待っていてくれるかい?」
「はい、陛下」
手早く答えながらも指示をするランスロットに、ロビンとアンジェリカは異論なく頷いた。と、何故か、ヴィートがいそいそと手を上げ発言した。
「あ、じゃあ俺はヴィンセント様の方について行っても良いです?」
「なんだ。ついてくるのか、ヴィート殿」
「ええ、もちろん。こんなんでも自衛ぐらいは出来ますんでご心配なく」
ルイスからヴィートが戦えるとは聞いたことがないが、本人が言うのであれば問題はないだろう。何かあれば誰かしらに強制的に戻せば良い。
話は大方まとまった。
今すぐにでも後を追う為に、ヴィンセントが続けて口を開く。よりも前に翠蕾がよく通る声を発した。
「では、皆様。出発なさる前に、厨房へと参りませんこと?」
一体どうしてこんな時に悠長と、と思ったがそこでようやく、ヴィンセントは朝から何も食べていないことに気づいた。
確かに何にするにしても、簡単にだが腹を満たしておいたほうが良いだろう。
そう判断したヴィンセントは、周囲を確認した後、頷いた。
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王都内にはいくつかの宿泊出来る場所があるが、ナターシャは行ったことがない。
だって王都には王宮があるから、行く必要性というものが全く無かったからだ。
「ねぇ、どうするの?」
ナターシャは汚らしく硬いベッドに腰掛け、フルールへと問いかける。
白い布をようやく外したフルールは、元の肌の色へと戻し、美しい金の髪を手櫛でざっくりとまとめつつ答えた。
「あいつらが追っかけてきていないかの確認をしますよ。後は、仲間達と連絡をとったりとか」
「あっそ。それより、何でここなのよ」
「ああ、先に飛ばしたお気に入りのことが気になるんです?」
「もちろん。当たり前でしょ?」
王都からは離れた場所に飛ばしたのだとフルールから聞いている。けども、はっきりとは聞いていない。ベルナルトは知っているようだったが黙っているということは知らなくても良い場所だ。
「ねぇ、ベルナルト兄様。本当に手に入る?」
「……悪い、ナターシャ。それも難しくなってしまっている」
「どうしてよ」
「あの銀の聖女のせいだ。全てな」
どういえば、とナターシャは思い出す。
あのよく分からない男が魔鉱石を投げた。あれによって目的の場所に飛ばされるのだと聞いたが、その時にあの銀の聖女と呼ばれる女はどこからか取り出したナイフのようなものをもって壊そうとしていた。
そのせいなのだろうとナターシャは結論をつける。
「……ねぇ、ベルナルト兄様」
「なんだ。ナターシャ」
「どうしたら、消せるのかしら?」
邪魔ならば消してしまえば良い。いつものように。
当たり前のことを問えば、ベルナルトはほんの少しだけ口角をあげた。
「消すんじゃない。ナターシャ」
「違うの?」
「捧げるんだ」
意味が分からず、ナターシャは首を傾げる。
「理想郷の為に、あれには贄になってもらうんだ」
理想郷。なんて、甘美な響きであろうか。
ナターシャは薄桃色の瞳を瞬かせ、笑顔を輝かせた。
「そうね。贄ならきっと彼女もきっと喜ぶわ。だって聖女っていうくらいだもの」
「そうだろう? その為に、祭事の時まで耐えてくれるか?」
「もちろんよ! ふふっ、楽しみ!」
ベルナルトがそう言うのであれば、ナターシャは喜んで待つことにした。
ようやく、最愛の兄の願いが叶えられようとしているのだ。だから今は我儘を言うべきではない。
だってずっと、ずっとナターシャの願いを叶え続けてきてくれたのだ。今度は自分が兄の願いを叶える手助けをしなくては。それが兄妹という物だ。
その二人の姿を横で見ていたフルールは口元だけの笑みを浮かべ、冷え切った視線で二人を見つめていた。
その視線を、二人は全く気付くことはなかった。




