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09 お薬たくさん

 目覚めた時、外はもうずいぶんと日が傾いていた。

 確か、そう。部屋へ戻るのにエリカが抱えて運んでくれて。そしてなんだか急に眠くなって。眠って。


『静、起きた?』

「……ん、おきた」


 眠る前のことを静はぼんやりとしながら思い出していれば、上からヨカゼが覗き込んできた。

 すぐにヨカゼは頭をひっこめる。そして次にルイスの姿が視界に入ってきた。


「ご気分は」

「大丈夫。ごめんね、心配かけて」

「いえ」


 ルイスは静の頬に触れる。眠る前よりも和らいだ表情を見るに、顔色は良くなったらしいと静は思いながらルイスの手にすり寄った。


「……わたし、こんなに身体、弱かったっけ?」

「静様がこの世界にいらしてからしか分からないのですが、お三方に比べてだいぶ弱いと思いますよ」

「……おかしい。わたし、戦えるのに」

「それとこれは別かと」


 静は他三人の中で唯一、剣と盾という戦える力を持っている。もちろん、見えるだけでも、導くだけでも、癒やすだけでも十分に戦えるわけであるが、直接戦えるという点であれば静が唯一だった。

 さらに言えば、静は学生の時、荒れに荒れて喧嘩三昧の日々を送っていた。その時は朝まで動き回って、そのまま学校に行くなんてことも多々あった。

 だから、たった数年。さらには、この世界に来た途端にここまで身体が弱くなっていた現実を静はどうしても受け止めきれなかった。

 顔を大きくしかめる静に、ルイスは眉をひそめる。そして宥めるようにか、額にくちづけを落としてきた。

 まるで子供相手にしてくるようなものだったが、静はそれだけで機嫌が良くなったので、自分はまだ子供だなと開き直った。


『ライリー、エリカ。静が起きたわ。扉開けてちょうだい』


 それを他所にか。それとも空気を読んでか。ヨカゼが扉を前足でカリカリと引っかきながら、外へと呼びかけた。

 扉はすぐに開かれ、ライリーとエリカが顔をのぞかせた。二人はまだベッドの中にいる静と、傍らに座るルイスを見てすぐに顔を引っ込ませた。

 一体どうしたのかと静が疑問を持つ前に、ヨカゼが元気よく言った。


『知らせてくるわね! スズカ、行くわよ!』


 共に部屋にいたスズカは軽く羽ばたき、ヨカゼの背中に乗る。ヨカゼはそれを確認してから、勢いよく部屋を出ていった。

 少ししたら伊織達が来るだろう。静は先程から後頭部あたりにあたっている白い毛玉へと手を伸ばした。


「アラレ、そばにいてくれてありがとね」


 その白い毛玉であったアラレは、機嫌が良さそうにゴロゴロと喉を鳴らし、静の顔を覗き込む。

 おっとこれは。

 慌てて起き上がろうとしたがそれよりも早く、アラレは静の顔の上に身体を横たえる。そしてすぐにルイスが問答無用でどかしてベッドの端へ投げたのであった。

 もうちょっと堪能したかったな、と静はこそりと思いつつ、くしゃみをした。



 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 伊織達は確かに、部屋へとやってきた。

 ただ、と静は少しだけ隣に座る伊織に申したくなった。


「これ、うちの滋養の薬。苦いけどすぐに元気になるよ」

「本当においしくないけど、本当にすぐ元気になるわ! ヘルガのお手製なの!」

「後、こちらが痛み止めね。一応、そちらもあるとは思ったけど、引きずり回したのはこっちだからね」


 ベッドに腰かける静と伊織の前にいるのはミュゼとジュナ。それからヘルガの三人だ。ミュゼは話しながら手に持っている白い陶器で作られた瓶をひとまずと言うように目の前に置いた。三本も。

 ヨカゼがこそこそと静と伊織の間に鼻先を入れて訳しているふりをしつつ、あれは変な匂いがすると言葉を追加した。


「メシュラルドの香辛料なんだが、とにかくたくさん使うと健康になれるぞ。後、香りが苦手でなければこのオイルも良い。気持ちが楽になる。髪につけても良い」


 続いてナユカが持ってきたのはたくさんの小袋と一本の硝子瓶だった。

 試しに一つ、クレアから受け取って開けてみると、独特な香りが一気に広がった。きっと奈緒ならばうまく使ってくれるだろう。そしてオイルについてはルイスがしっかりと確認した後、問題なければ使われるはずだろう。

 香辛料の小袋をクレアに返せば、すぐに待っていたと言わんばかりに翠蕾(スイレイ)が朱で染めたような木箱を置いた。


「勘違いなさらないでくださいな。わたくしだって気付けなかったのですもの。ええ、しかも聞けば初めての異国なのでしょう? 体調を崩されるのは当然ですわ」

「そうですよ。一応、伊織様にもとはお持ちしたのですけど」


 さらに続けて鈴乃までも、布を広げ、小さな紙で飴玉のように包まれたおそらく薬であろうものを差し出す。他にも、一番遠くに絨毯に座っているユリアーナの手にも茶色の瓶が二本あった。

 明らかに薬である。

 ヨカゼと、さらに伊織の反対側に座っているアンジェリカも言葉を訳すふりをしながら、あらあらと声を漏らしていた。

 静は思わず、窓際付近に控えていたルイスへと目を向けた。



 ねぇ、ルイス。どういうこと?

 おそらくは責任問題の他にも、売りに来たのかと。

 ……売りに?

 我が国、というよりもエヴァンハイン家が関係しています。エヴァンハイン家は門番と周辺国から呼ばれており、恐れられいるらしいです。そして今回、父が親善大使としていますので売りに来たのでは、と。

 外交だぁ。

 はい、外交です。

 アンジェリカぁ。



 政は静達の範疇ではない。すぐに静はアンジェリカへと助けを求めれば、分かっていたかのように微笑んだ。


「ふふっ。皆様、静様がお困りですわ」


 アンジェリカが改めて礼を言いつつ、確認するように一つずつ手に取り、じっくりと見つめ始めた。

 と、伊織はあれ、と小さく言葉を零した。



 イルジナがいない。

 イルジナなら神殿へと戻られたわ。彼女、神官だもの。

 そっか!

 それと、ナターシャ様は来ていないから。

 はーい!



 伊織の呟きにすぐに返答したのはユリアーナだった。流暢なロトアロフの言葉で話をしてくれるのが嬉しかったのか、伊織は満面の笑みを浮かべた。



 ねぇねぇ、ユリアーナのそれって何?

 ……その、ラグニフォルスの薬よ。こっちは。

 こっちは? もう一つの方は?

 大丈夫。私自身も飲んでいるものだから安全は保障するわ。

 安全?

 私が作った薬。疲労回復に良いのよ。素材は虫から出来ているわ。



 ユリアーナはどうやら薬に精通しているらしいが、まさか虫からも作れるとはと静は感心していると伊織が肩を強く掴んできた。



 虫! 静、虫だって!

 伊織が飲めば良いと思う。

 やだ、苦そう。

 静さんも苦いの嫌いです。大丈夫、もう元気。

 ふーん?

 ……あんまり無理しなかったら、大丈夫。

 そっかー。



 昼寝をしたおかげか、とてもとは言わないが静の体調はずいぶんと間違いなく回復していた。もちろん、この後も部屋でのんびりと過ごすつもりでいる為、安静にするつもりだ。

 だというのに伊織は疑いの目を向けてくる始末だ。だから静は、背中側に隠れていたアラレを引っ張り出して伊織の顔へと押し付けた。

 伊織は楽し気にきゃあ、と声をあげてすぐに籠で防ぐ。何事かと籠の中からウーロが顔をのぞかせ、またすぐに頭を引っ込ませた。関わってはいけないと理解したらしい。


「ご心配なさらず。毒はありませんわ。この場で飲んで見せてもかまわないのですけど」


 あまりにも熱心に一つずつ確認しているアンジェリカに、呆れたように翠蕾が言う。アンジェリカは少しだけ申し訳なさそうに眉をひそめて微笑んだ。


「申し訳ありません。お気を悪くさせてしまい」

「こちらこそ申し訳ありませんわ。こうしていきなり大挙して来てしまいましたもの。しかも持ってきたものが皆、薬かそれに近しい物ばかり。そうでなくても体質に合わないものもありますでしょうけど、本当にそれらには毒がありませんわ」

「……ええ、信じます」

「ふふっ、ありがとうございます」


 アンジェリカは少しばかり迷うように、視線を並ぶ薬を見つめ、そして頷いた。翠蕾はそれはもうご機嫌と言わんばかりに対象的に笑みを深め、艷やかな紅が塗られた唇は綺麗に弧を描いた。


「ところで、お聞きしても?」

「はい、何でしょうか?」

「静様には、侍女がいらっしゃらないのです?」


 何気なく、素朴な問いのように聞く翠蕾に、アンジェリカは一度静を見やり、すぐに微笑みを向けた。


「いえ。静様の侍女はおりますが、国で留守を預かっていらっしゃるのです」

「まぁ、そうでしたの。ああしかし、側に二人も女性の騎士がいらっしゃいますし、変に疑ってしまいましたわ。では、もう一つ。何故、そちらの騎士と二人きりだったのか、と」

「静様とルイス様は婚約していますもの。当然ですわ」


 黙っていたのはこちらだというのに、アンジェリカはむしろ何故そんな当たり前のことを問うのかと言わんばかりの口ぶりで微笑み続けた。

 翠蕾の口元が一瞬引きつりを見せたが、優雅にさりげなくルイスと、そして静を見て瞳を細める。鋭いものではあるが、突き刺さるようなものではなかった。


「何故、そのような大事なことを伏せていらしたのです?」

「問われませんでしたので」

「ですが……。ああ、いえ。こちらの国は、婚約程度では何の意味もなさないのでしたわね」


 翠蕾の言葉にナユカとユリアーナの表情がそろって険しくなった。

 二人はまだ婚約者という立場だ。とくにナユカはこの国の人間であるから余計に思い当たる何かがあったのだろう。

 これも文化の違いか。なかなかに気が休まらないものだと静は思った。


「我が国では、右の薬指にある指輪は婚約しているという意味なのです」

「指輪見たい……! あ、見てみたいです……!」


 指輪と聞いて、ジュナが一番に声を上げた。すぐに言い直したジュナを微笑ましく思いながら、アンジェリカに問われ、静は迷わずに頷き、右手を差し出した。

 一番にジュナが前に出てきたかと思うと、ナユカとさらにユリアーナまで寄ってきた。

 それぞれ、母国語で綺麗だとか、美しいだとかを呟いて食い入るように見つめてきた。国に戻ったら早速この指輪をくれたユフィアータに伝えなければ。

 と、後ろの方で様子を見ていたわざとらしく、あ、と小さく声をあげた。


「そういえば、昨日の宴の時。伊織様はナユカの舞を見て、咲きそう、とおっしゃられておりましたわね。あれはどういった意味でしたの?」


 翠蕾の問いに、アンジェリカは一度伊織へ問う。伊織は大丈夫と言うように頷いたのを確認してから、アンジェリカは答えた。


「本当に見たままお答えなさりました」

「見たまま?」

「はい。伊織様は我々には見えないものを見えるお力を持っているのです」


 誰もが伊織に目を向ける中、伊織はにっこりと笑みを浮かべてみせた。まるで、何も知らないと言わんばかりに。

 鈴乃がじっくりと赤い瞳を細めながら、ヨカゼに問いかけた。


「千里眼のようなものなのですか? ヨカゼ」

『似たようなものね』

「……そうなのですね」


 ヨカゼの答えに鈴乃は満足していない様子ではあったが、巫女という立場もあってかヨカゼが答えないことに対して執拗に問うことはなかった。

 そしてすぐ、ナユカが静から離れて翠蕾に詰め寄った。


「翠蕾様。今は、その話を」

「お茶会の時に、お話できませんでしたでしょう? 聞くなら今しかありませんことよ?」


 翠蕾はナユカを無理やりに隣に座らせた。ナユカはそれでも何かを言おうとするが、それよりも先にアンジェリカが口を開いた。


「翠蕾様は、ナユカ様のことを大切に思われているのですね」

「とても良い子ですもの。お分かりになるでしょう?」

「ええ、分かりますわ」


 まるでナユカには口を開かせないように言葉を素早く交わした後、アンジェリカはさらに素早く伊織に問う。

 伊織はその笑顔のまま、躊躇なく答えた。

 ああ、答えるんだと思いながら静は伊織の答えに思考を巡らせた。


「糸、のようなものがあるそうですわ」


 一体どのような糸で、どんなふうにその咲きそうな花と共に見えるのか。しかし咲きそうな花を邪魔するように糸があるということは、巻き付いていたりするのだろうか。

 その答えに対し、ミュゼとヘルガが揃って大きな笑顔を浮かべた。


「ナユカ。ほら、ここはやっぱり酒を飲もう」

「そうだね。こういう時は酒を飲んで、ぱあっと騒ごうじゃないか!」


 二人はどうやら糸というものに対し、悩みがあると捉えたようだった。確かに、と静も内心頷く。

 花が何を現すのかにもよるが、糸という形になった悩みのせいであるのならば解決すれば自然と消えるという物だ。

 ただ、その糸が金属のような糸ではないのならば。



 糸なら切れるね。

 そうだね!



 無意識に静が呟いた言葉に、伊織が同意した。さすが、伊織はよく分かっていると静は大きく頷いた。


「……力技が過ぎない?」

「ユリアーナ様。お二人はなんと?」

「糸ならば、切れると」


 ロトアロフの言葉が通じるユリアーナが、二人の会話を鈴乃へと教える。鈴乃は指先を口元にあてて目を丸くした。


「……切る、か」


 そして、しっかりと聞こえたらしいナユカは妙に険しい顔つきとなり、考えるように片膝を立て、そこに肘をつく。が、すぐに足を揃えて座り直し、姿勢を正す。

 そんなナユカに、ヘルガが何かを語りかける。

 ナユカは大きく肩を落とし、頷いた。

 何か、いろいろとあるのだろうなと静は他人事に思いつつ、少しお腹が空いたなぁと窓の向こうに見える橙に染まってきた空を見やる。

 宴の時に食べたお肉、今日も食べられるだろうか。それともまた違うのか。

 ナユカはたくさんの香辛料を使えば元気になると言っていたから、香辛料たくさんの料理が出てほしい。そう、薬の代わりに。

 ついでに心臓のこの病にも効いてくれたら嬉しいな、と静はあり得ないであろう事を考えながら、今日の夕食を想像する。



 ねぇねぇ、ルイス。静、お腹空いたみたいだよ。

 そうでしょうね。



 何やら伊織とルイスの声が聞こえたが、静はまるっと無視して空腹を誤魔化そうとアラレを膝の上に乗せて、わしゃわしゃと撫でまわした。

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