07 中庭のお茶会
ヴィートやランスロットが会談をしているその裏。
静達は今、王宮の中庭にある大きなガゼボの中にいた。
赤茶色の円柱に、木製の屋根。周囲の木々や草花に良く溶け込んでいる。その中央には、大きな絨毯が折り重なるように敷かれていた。
その中にいる、静と伊織の目の前に座る白がよく目立つ衣服を身にまとったその彼女か口を開いた。
「昨日は見苦しいものを見せてしまい、申し訳ございません」
彼女はそう言って深々と頭を下げる。
衣服と同じ白い布をかぶっているのもあり、姿は一気に白に包まれてしまった。この白は、このメシュラルドの神官の色なのだろうかと、静はその白い塊を見下ろす。
そしてその白い塊はすぐに頭をあげ、隙間からこぼれた銀の髪を片手でまたしまい込みながら彼女は深い藍の瞳を向けた。
「改めまして、わたくしはイルジナ。神官の一人になります。皆様方のお名前はもうすでにうかがっております」
言葉短く、自己紹介は不要だと言ったイルジナに甘え、アンジェリカもまた、言葉短く静達と言葉を交わして頷いた。
「お二人共気にしておりませんわ。もちろん、私達も」
「ありがとうございます」
また深々と頭を下げたイルジナに、待っていましたと言わんばかりに詰め寄ったのは、タリマ・ジャビの神官、ヘルガだった。
「まったく、謝罪も固いねぇ」
「貴方のようにヘラヘラとしている方がどうかと思いますが?」
ぴしゃりと言い返すイルジナに、ヘルガはさらに笑い、大きく肩を揺らした。
そんな二人に呆れた視線を向けていた翠蕾は、広げていた扇を畳み、静達に向けて紅で色づいた唇に笑みを浮かべた。
「せっかくの茶会ですもの。楽しみましょう?」
「あんたじゃなくって、ナユカが主催だってのに。今回もありがとう、ナユカ」
「いや。わたしはただ、その……」
「もう、ほら胸を張りなって! 私みたいにさ! せっかくいいもの持っているんだし、もったいないよ?」
すかさずにその隣に座っていたタリマ・ジャビの王妃、ミュゼが少々乱暴ともとれるような、例えるならば下町にいる女将か母親か、それに近いような口調で言い放つ。そしてさらに隣にいるナユカの丸まった背中を大きく叩き、自身はさらに胸を張った。
メシュラルドと同じく布地が少ない衣装は、色鮮やかな布地と刺繍。それから羽根飾りで彩られているわけだが、その際に揺れた大きな膨らみはどうしたって隠しきれないものであった。
そしてナユカもまた、他に比べて大きな膨らみを持っているのもあって姿勢を正せば良く目立つものだった。
静は無意識に自分の胸に手を当てる。視界に入った伊織もまた、同じように胸に手を当てていた。
「ねぇ、アンジェリカ様。お二人にお伝えしていただいても?」
「はい。もちろんですわ、翠蕾様」
「あのように胸を誇張する衣装はどうかと思いません?」
翠蕾はそれはもう美しい笑みを浮かべる。アンジェリカもまた美しく微笑み、ぴたり、と動きを止めた。
当然ながら静と伊織には、今の問いが通じているわけだが、通じていないふりをしている以上、二人は反応することが出来ない。それにだ、下手をすれば国同士のちょっとした亀裂にさえなりかねないわけである。何せおそらくは伝統的衣装を貶すわけである。
アンジェリカが固まってしまうのもよく分かる。が、そんなことをつゆ知らず、ヨカゼが耳を一度くるりと回し、静と伊織に代わりに問いかけてしまったのだ。
「ああ、ヨカゼ様……!」
『駄目だった?』
当然ながら、ヨカゼにはそんなものが分かるはずがない。純粋なヨカゼの眼に、アンジェリカは困ったように微笑むしかなかった。
そして静と伊織からの言葉を聞き、アンジェリカは翠蕾に答えた。
「……お二人とも、それはそれとして、衣装はとてもお綺麗だとおっしゃっております」
「もう、そんなありきたりなお答えをしなくてもよろしいのに。ねぇ、鈴乃様」
「ええ、胸の大きさが全てではありませんもの」
翠蕾が言いたいことは、胸の大きさについてだったらしい。正しく理解していた葦原国の巫女、鈴乃は大きく頷いた。
その素直すぎる答えに、ミュゼは楽し気に笑っている。この場においてなのか、この顔ぶれだからなのか、このような話題は許されるものなのだと静はそう理解した。
この場にいるのは今回招かれた国の女達だ。口を開かずにただ黙って茶を嗜んでいるラグニフォルスの王弟の婚約者、ユリアーナも同席しており、今の会話に対しては大きな反応を示さないどころかちゃんと聞いているのかさえ怪しい。
おそらくは定期的に集まった時にこうして茶会をしているのだろう。それほどまでに緩んだ空気がこの場にあった。
何よりも、フェルドとの会談が終わってすぐあたりに当然のようにナユカからはもちろん、他の王妃達がわざわざ探しに来て茶会へと呼んできたのだ。これはもしかしたら立場というものを置いて交流できる手段なの一つなのかもしれない。そう思えば、この茶会はなかなかに良いものであるが、静はどうしても機嫌は一向に良くなることはなかった。
静は何とか機嫌を良くしようと甘い茶を飲む。ミュゼがそんな静を見てどうしてか微笑み、そしてガゼボの外へと目を向けた。
「にしても、すごいね。あの氷」
「天音殿下、あんなにはしゃいで……。ふふっ」
ガゼボの外には、タリマ・ジャビの王子、ユーグと王女のジュナ。葦原国の王子、天音と狼の白露がいる他、焔瑞の王子、隼偉。さらにはロトアロフの大神官、ヴィンセントが混ざっている。そしてかわいそうかな、ジルがユーグにしっかりと手を握られてしまい巻き込まれている始末だ。
誰も彼も、とくにユーグとジュナはヴィンセントが作り出す氷の狼やワイバーンの彫像にきゃあきゃあと声をあげている。天音も分かりにくいが先ほどから彫像に触れて、大きな身振りでヴィンセントと何かを話している様子が窺えた。
周囲にいる各国の騎士達は先ほどから困り顔を浮かべている。もちろん、ロトアロフの騎士達もだ。怪我をしないか、させないか。周囲は気が気ではないだろう。
とはいえ、あのヴィンセントだ。そんなヘマをするわけないと分かっているのは静や伊織はもちろん、アンジェリカも分かっていることだった。
「ヴィンセント様は我が国でも有数の魔術の使い手ですの。とくに凍結の魔術を得意としていらっしゃるのです」
「それは良いね。それと、あの子供。騎士だそうだけど」
「ええ、はい。名はジル。幼いながらルイス様の補佐になります」
「補佐かい。なんとも将来有望な子だね」
ミュゼの微笑みは王妃というよりか、どこか母のそれに近いように見えた。
ふと、静の横で伊織がヨカゼにずいぶんと小さな声で話しかけていた。ヨカゼは大きく尾を揺らし、すぐにアンジェリカの膝へ前足を器用に伸ばした。
『ねぇ、アンジェリカ。伊織がユリアーナとお話したいそうだけど』
「は……? 私と……?」
今まで口を開かずにいたユリアーナが驚いたように声をあげた。ヨカゼは一度伊織を見上げ、そして今度はユリアーナへと鼻先を向けた。
『そうなの。あのね、伊織って虫が好きなの』
「……蝶とか、そういうものでしょう?」
『違うわよ。虫が全部好きなの。後は蜥蜴に蛇とか。ワーム種の魔物を教えてほしいって。後、ここに蛇がいるわよ。ウーロ、挨拶しなさいよ』
少し乱暴気味に、ヨカゼは伊織の横に置いてあった籠を前足で突く。と、すぐにかぶせられた布の隙間からウーロは頭をのぞかせ、ちろりと細い舌を出し、またすぐに引っ込ませた。
『それでね。一緒に虫探したいらしいわ』
ウーロがしっかりと挨拶したことを確認したことに満足したヨカゼは、伊織がどうしてユリアーナと話をしたいのかと理由を告げる。ユリアーナはほんの僅か、口角をあげた。
「そう……。そう言う事なの」
『駄目?』
「いいえ、駄目ではないわ。是非、行きましょうとお伝えくださる? あ、待って。ロトアロフの言葉は話せるから、訳さなくても大丈夫よ。ありがとう……えぇっと」
『ヨカゼよ』
「ありがとう、ヨカゼ」
そしてすぐ、ユリアーナは伊織へと話しかける。伊織はぱっと笑顔を浮かべて立ち上がった。伊織のそばにいる銀の狼はすかさずにウーロがいる籠の持ち手をくわえてて立ち上がる他、側にひかえてたクレアは侍女らしく頭を僅かに下げる。
ユリアーナはと言うと、顔をしかめている自身の侍女にとどまるように告げ、あちらに虫が多くいたと中庭の隅へと指先を向ける。伊織は何度も頷き、足早に外へと飛び出して行ってしまった。
伊織はいつものことであるが、まさかユリアーナもドレスの裾を翻してまで駆けていくとは思わず、静はあっという間に小さくなった背中を見つめ続けた。そして少し遅れてロバートが追いかけて行ったので、一先ずは護衛は狼と合わせれば十分だろうと判断した。
と、静の横にいたアラレがにゃう、と鳴く。どうしたのかと見やれば、すぐにヨカゼが鈴乃と何か言葉を交わしていたことに気付いた。
ヨカゼの尾はゆったりと左右に揺れている。そして鈴乃は口元を隠しながらも小さく笑みを零し、瞳を細めて見つめていた。そして、彼女は小さく頷き、顔を上げた。
「ごめんなさい。皆様、少しこの子とお話させていただいても?」
『久しぶりに会ったからちょっとお話したいの』
そして改めてヨカゼは静にロトアロフの言葉で問う。もちろん、静の答えは是、である。
その横でミュゼと翠蕾が笑顔で頷いていた。
「構わないよ。というか聞けば久しぶりの再会、なんだろう?」
「ええ、そうですわよ。それにしても何年ぶりの再会ですの?」
「ざっと百年以上になります」
誰もが一気に口を閉ざす。その中、ミュゼは大きく息を吐きだして額を抑えた。
「……ああ、そうだった。本当、いつも忘れるところだったよ」
そうして、ナユカが口を開いた。
「ゆっくり話をしてほしい」
「ありがとうございます。それでは……名は、ヨカゼ。でしたね?」
『ええ、そうよ。ありがとう」
主催であるナユカから許しを得た鈴乃は、ヨカゼの名を確認しながら立ち上がる。ヨカゼは一度、わざとらしく静に頭をこすりつけながら立ち上がり、ガゼボの隅へと移動していった。
「驚いただろう? 彼女の歳」
「え、ええ……」
残された静達に、ヘルガは茶菓子として出されている木の実へと手を伸ばしつつ話しかけた。
「あっちの白露という狼。あれは葦原国の神に仕える狼なんだが、あれと婚姻したそうなんだ。それで長寿になったらしい。確か、命を分かち合ったんだとか」
「まぁ……!」
アンジェリカは驚く声をあげるも、その声は忌避するようなものではなく温かみのあるものだった。その反応にヘルガは目元を和らげて数度頷いた。
静は分からないふりをし続けねばならないが、内心良い事だと思えた。
互いを愛している。そして、共に生きたいが故に命を分かち合った。寿命が異なるからこその選択であり、それを互いが許容した結果なり得たことだ。
もし、と静は思う。
もし、ルイスと命を分かち合うことが出来たのなら、なんて。
静はまた性懲りもなく痛むこの心臓をショールの下でひっそりと抑えながら、小さく息をついた。
もし出来たとしても、確実に静がルイスの命を奪う側であることは間違いないのだ。であればなおのこと、そんな馬鹿げたことを選ぶことは一生涯ないだろう。
静はそうして、ガゼボの隅にいる二人の姿を見る。
本当に、不愉快だ。心臓の痛みも相まり、さらに言えば床に座ったり立ったりと繰り返しているせいか右膝もじわりと痛い。本当に嫌になってくる。
静は甘い茶を飲み干し、並べられた皿に乗っている菓子に手を伸ばす。ただの木の実に果物もあれば、まるでクッキーに近い焼かれた菓子もある。よく分からないが、ちょっとしっとりとしたケーキみたいなものもある。甘いものから、強い香辛料を感じるものまで様々だ。
「ふふっ、静様はずっとお菓子を食べていらして。わたくし、このお菓子が気に入っていますの」
「私はこれだな」
「こ、これも美味しいぞ」
「この木の実も良い。酒があったらもっと良いんだけどな。おっと、私が茶を注いであげよう」
まさにやけ食いをしている静に、翠蕾が自身の目の前にあった皿を差し出す。ミュゼとナユカも同じように差し出せば、さらにヘルガが静に空のカップに茶を注いでくれた。
静はこくり、と頭を下げてさらに食べ進めた。
呆れて見上げるアラレは静の横で丸くなって眠る体制に入る。スズカは何度も食べ物と静を見ては大きく首を傾げる。
だって仕方がないじゃないかと静は言いたい。
せっかくルイスが近くにいるというのに、どうしてその隣にいるのが自分ではなく、あの姫なのかと。
「……本当に、申し訳ありません」
「……いえ」
横でイルジナが代理のように謝罪を口にする。アンジェリカは困ったように微笑みながら、ルイスと、そして隣にいるナターシャを見やり、すぅっと紫の瞳を細めた。
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ちょっとだけ大きな石だ。しかし、こういう石の下にいることが多いと伊織は知っている。国は違うけど、たぶん。
えいや、と伊織は服が汚れるのもいとわずに石をひっくり返す。と、その下には湿った場所を好む小さな虫達が驚いたように一斉にわらわらと動き始めた。
「いた!」
「すごいわ!」
伊織とユリアーナがそろって黄色い声をあげて、しゃがんで観察を始める。ちょうど木陰の下あたりだが、全身が隠れるわけではない場所だった。
だから伊織はすぐに自分のショールをかぶり、片方を大きく広げた。
「ユリアーナ、こっち入って。暑いよ」
「ありがとう、伊織」
ユリアーナはすぐにショールの中に入り、ほとんどくっついて改めて観察を始める。
あの虫の名前はこう言って、生体はこうで、とユリアーナが一つずつ教えてくれる。伊織はうんうん、と楽しく全ての話に頷く。
可愛らしい小さな花が舞ったかのような光を周囲に漂わせるユリアーナは、さらに口早にたくさんのことを教えてくれた。本当に好きで仕方がないと言うように、だ。
こんなことを聞いていたら、自分ももっと好きな事についてちゃんと調べて知った方が良いような気がしてきた。国に戻ったら静と一緒に地下の書庫室に行ってみるのも良いかもしれない。
伊織は気合を入れるように、ぎゅっと手のひらを握り、大きく頷いた。
そうしてあらかた教えてくれたユリアーナはふと、ショールの影から大きなガゼボへと目を向けた。
「……静様の機嫌、悪そうね」
「静って呼んで大丈夫だよ」
「勝手に言って良いの?」
「静だもん。大丈夫」
伊織もまた、様なんてつけられるよりも呼び捨ての方が嬉しいくらいだ。だからきっと静も同じ、のはず。たぶん。
なんて勝手に思いつつも、きっと静はそういうはずだという確信がどこかにあった。
そんなことを思いつつ、伊織もそろってガゼボを見る。静は中央にいたまま、ずっと置かれている皿に手を伸ばして食べている。遠目だからよく見えないが、ぱちぱちとした光が見えるくらいに機嫌は本当に良くなかった。
そしてその原因であるルイスの隣にずっといるナターシャを見た。
「彼女、ちょっと惚れっぽいのよ」
「……けど、しつこすぎると思う」
「そうよね」
どうしてナターシャがルイスの隣にいるかと言うと、ナユカがお茶を誘った時に一緒にいたナターシャがルイスを見てすぐに隣にやってきたのだ。
びっくりするぐらいの甘ったるい声で一気に詰め寄ったナターシャは、とっても可愛らしい笑顔をルイスにだけ向けてきた。ルイスは即座にその場に離れようとしたが、静の機嫌の悪さに即座に気付いたのだろう。悩んだ末に留まった。
たぶん逃げた方が良かったのかもしれないが、今度はきっとナターシャはルイスについてしつこく聞いてくるだろうし、とにかく一切その気がないことを見せる方が良いと思ったのかもしれない。
ヴィンセントは馬鹿だな、と正直に伊織の耳元で呟いた。伊織はとても大きく頷いた。
皆は呆れていたし、ナユカとイルジナはそろって頭を抱えていた。つまりはいつものこと、なのかもしれないと伊織はそう思った。
ユリアーナは呆れたように息をつき、また視線を虫達へと向けた。
「彼が、昨日話に出ていた人なのね。本当、見目はメシュラルド出身のように見えるけども」
「ロトアロフ出身だよ。たぶん、メシュラルドに来るのは初めてだと思う」
「それなら余計に同胞なんて呼んだら駄目ね」
ちゃんと理解してくれたユリアーナに、伊織の機嫌は良くなる。
味方、なのかはよく分からない。けどもこうして隣にいてくれて虫についてたくさん教えてくれるくらいの良い人だ。とても悪い人ではないはずだ、きっと。
「けど、静の機嫌が悪いのは何か理由があるの?」
「……えっと」
ユリアーナの質問に、伊織は言葉を詰まらせた。
そうだ。ユリアーナも含めて皆、静とルイスが婚約していることなんて知らないのだ。というか、それぐらいにお互いのことを愛しているということも知らない、はずだ。たぶん。
けど、あんなのを見ていたらルイスの方はともかくも、静がルイスのことをずっと気にしているなんてことは丸わかりだ。
だから伊織は必死に考えて、静がいつも言う言葉を引っ張り出した。
「ルイスは、静の騎士だから」
「皆も騎士でしょう?」
「うん。けど、ルイスは静の特別だから」
静はルイスに、わたしの騎士、と呼ぶ時がある。当たり前のことで、きっとそれは当たり前のことじゃない。
伊織自身、よく分かっていないけども、あの言葉はきっと静とルイスにとって大切なものなのだ。
きっぱりと言い切った伊織に、ユリアーナは眉を潜めつつも納得してくれたのか小さく頷いた。
「ロトアロフはその所属によって色があると聞いたわ。神殿はその紫……。いえ、紫紺、だったかしら」
「そう。紫紺の色」
伊織の色を見て思い出したかのように、ユリアーナは間違えずに答えて続けた。
「深紅に、漆黒もいるようだけど。彼や、女性の騎士の方々に、あの子も。違う色ね。紫紺とも違うわ」
「うん。皆ね、夜明けの色って言ってるよ」
「夜明け?」
「そう。静の騎士隊の名前、レイメイって言うの。意味は夜明け」
ユリアーナはもう一度、ガゼボと、そして眩しい陽射しの中を見つめた。
「つまり、あの方々は静の騎士隊、ということなのね?」
「そう」
「伊織の騎士隊はいるの?」
「ううん、いない。静だけだよ」
また伊織へと視線を戻したユリアーナは視線で、よく分からないと言うように大きく眉をひそめた。
ユリアーナの眉はきっと、言葉よりも素直だ。とても分かりやすい。
伊織は笑みを零しそうになりながら、そっと囁くようにユリアーナに教えた。
「レイメイはね、静の祈りと願いなんだよ」
「祈りと願い? どんな」
「皆と夜明けが見たい。皆が夜明けになって欲しいって」
これは真咲がこっそりと教えてくれたことだ。
静と真咲が城下町へ出かけた時、ちょっとしたひと悶着があった。
銀の聖女は汚れていて、そのレイメイもまた汚れている。何せ罪人の集団だから。
けどもレイメイの皆は生きると言う罰を与えられて生きている。誰も彼も、必死に生きようとしている。そんな彼らに、静はこうなってほしいのだと言ったらしい。そして、だから静はこの夜明けを守るとも。
騎士は守るためにいるのに、その守られる側の静が守るだなんて。本当に静らしいことだった。
そして今、レイメイの皆はたくさん制限されている静を守る為に動いている。ようやく、ちゃんと守れることに喜んでいた。
最近は喜びというものが、伊織の目には花に見えるからとても分かりやすいものだった。
「……そう」
ユリアーナはたっぷりの沈黙の後、そう答えた。
揺れる光。その意味は伊織には何も分からなかった。
ふと、近くにいた銀の狼がきゅうと鼻を鳴らし、鼻先を伊織達の後ろへと向けた。
どうしたのかと伊織とユリアーナはそろってショールをどかして見ると、大股でヴィンセントが歩み寄ってきたのだ。
とても、本当に輝かんばかりの眩しい笑顔を浮かべて。
「伊織! ドラゴンを見に行くぞ!」
「ドラゴン?! 行く!」
その一言に、伊織は思わず立ち上がり、きゃあ、と声をあげた。
そしてすぐにガゼボへと戻ろうとし、慌ててユリアーナに手を差し出す。
「行こ!」
「……そうね」
ユリアーナはほんの少しだけ遠慮がちに、伊織の手に自身の手を重ねた。
アンジェリカに比べて、ちょっとだけ固い手。指先がちょっとだけひんやりとしていて、静や奈緒にそっくりだった。
立ち上がったユリアーナはすぐに隣に並び、口角をあげる」
「なんだか虫よりも嬉しそうね?」
「あ、えっと。あのね?」
「意地悪してごめんなさい。ふふっ、ちょっと伊織は素直すぎるわ」
「そうかな……?」
「そうよ」
初めて言われる言葉に、伊織はぱっとユリアーナの手を離して頬をむにゅり、と揉んでみる。
意味があるのか分からないけども、なんとなく意味があるような気がした。
そしたらユリアーナは小さな声で、口元を隠しながら笑った。それを見ていたらなんだか伊織は胸がぽかぽかとしてきて、つられるようにへらり、と笑った。
そして、思った。
友達になりたい、だなんて。
喉から溢れ出せば良かったのにどうしてか、伊織はその言葉を大きく飲み込み、足早にずっと食べ続けている静の元へと急いだ。
その途中。
伊織は木陰の下に、何か黒いものが見えた、気がした。




