05 朝の陽射しの中で
朝の光はロトアロフに比べてずいぶんと眩しく、より白い。
飾り彫りを施された白い円柱の影が朝という事もあって少し長い。ふんだんに光が差し込む一室は、庭に面していることもあってか広間のようにも見えたし、テラスのようにも感じられた。
白い石の床。天井は様々な色彩で飾られ、ここもまたランタン調の魔具が吊るされているが朝ということもあって今はただの飾りとなっている。外から自由に小さな色鮮やかな小鳥が出入りし、また外へと飛び立つ。
「静殿へ直接礼を伝えたかったから、実はロトアロフの言葉を覚えたんだ」
そして中央。大きな絨毯が敷かれた場所に胡坐で座るその青年、フェルドはにこやかに微笑んだ。
「昨日は楽しんでもらえただろうか」
「はい。おいしかったです」
「それは良かった」
わざわざ覚えたというロトアロフの言葉を流暢に話すフェルドに、静自ら答える。ちゃんと答えになっていない気がするが、フェルドは満足げに頷いた為、良しとした。
「ロビンが持っていたナイフの加護のおかげで助かった。本当にありがとう」
「いえ、その。わたしは加護を与えただけで、贈ったのはあっちです」
考えなしと言われればそれまでだが、きっかけとなったナイフを贈ると決めたのはルイスである。
静は即座に笑顔でルイスへと矛先を向けさせた。鋭い視線を背中から感じたが、静は気付かないふりをし続けた。
「……此度の護衛騎士隊の隊長と務めています、ルイスと申します」
「そうか……。君が」
若干の不服そうな声色が漏れていたが、ルイスはいつもよりも平坦に名を名乗る。やはりメシュラルドの言葉にはまだ少し慣れていないようだった。とは言え、その違いはほんの僅かである。
そしてすぐにフェルドは、その僅かな違いに気付き目を細めた。
「ベルナルトが迷惑を……今もかけているようで悪いね。伝えたのだけど」
「……ああ、同胞ですか」
今も同胞と、ベルナルトはルイスに対してそのように言っていることに静は少しの苛立ちを覚えた。
頭が固いだけなのかもしれないが、本人がそれを否定しているのであればそうするべきだ。周囲が決めつけるようなものではない。
だから、関係のない自分が苛立ちを覚えることは間違っていると静は理解していた。そしてルイスは今、分かりやすく苛立ちをあらわにせず、当然のように告げた。
「その程度の人間としか認識しておりませんので、お気になさらず」
「本当に大丈夫です。こっちはこっちで落とし前つけるんで。なぁ、ルイス」
続けて言うロビンに、ルイスはちらりと横目で見る。だが、それだけだった。
二人のロトアロフの騎士を前に、フェルドは小さく息をついた。
「問題を起こさないでくれよ?」
「分かっていますって。いやぁ、話が早くて助かるわ」
ある程度のことは見逃すと断言したフェルドは、今度は肩をすくませた。
「僕とベルナルトは義母兄弟なんだ。それで、ベルナルトとナターシャは同じ母から生まれた。一見すると、僕とナターシャの母が同じように見られることが多いのだけど」
確かに、誰が見ても無愛想過ぎるベルナルトと天真爛漫なナターシャが同じ母の兄妹だとは思わないだろう。しかしナターシャは、ベルナルトが帰ってきた時にいち早く、静達がいながりも抱きしめて帰りを喜んでいた。
そうしてみると確かに、実に仲の良い兄妹だと思えた。
「二人とも、僕の足りないところを支えてくれているんだ。もちろん、他の兄弟達もこの王宮や、他の宮殿にもいるよ。例えばそこにいる男も僕の兄弟。騎士として僕を支えてくれている」
フェルドは視線で静達の後ろを指す。振り返りみれば、同じく褐色の、こちらは金の髪の男が騎士服をまとって立っていた。
男は急に向けられた視線に、小さく肩を揺らしたがすぐに姿勢を正す。そして他の騎士達同様に動かずに立っていた。
「彼らは、それを自ら望んで?」
「半分はそう。もう半分は僕が決めた」
ランスロットの問いに、フェルドは答える。温度が感じられない声色であった。
王族であろうと、騎士にもなりえる。もしかしたら騎士以外にもいるのかもしれない。
そう思うと、なかなかにこの王宮は休まらないなと静はさり気なくヨカゼに寄り添った。
「そこで聞くのだけど。ヴィンセント殿は自ら籍を抜けたのかな」
「隠しても無駄だろうから正直に答えると、違うね」
「……へぇ」
ヴィンセントの代わりにランスロットがすかさずに答えた。
「僕達の祈り方であるから、これについて何も口出しをしないでほしいのだけど」
「しない。一つの学びとして知りたいと思っただけだよ」
まっすぐに理由を告げたフェルドに、ランスロットは少しの間だけ口を閉ざした。一度、ランスロットはヴィンセントへ確認するかのように見やり、しかしすぐにまた前を向いた。
「王族は人の為に、神殿は神の為にある。だからと我ら王族は神をないがしろにしているわけではない。故に、代々王族は子を一人、神へと捧げている習慣があるんだ」
「簡単に言えば供物という奴だ。おかげで俺は王族のしがらみはなく、こうして羽根を伸ばせているわけだ」
自身のことであるから、ヴィンセントはつつみ隠さずにその正体を晒す。とは言え、ランスロットが遠回しに言ったところで供物という意味合いは何一つ変わらない。
フェルドは片膝をたて、そこに肘をつき、赤い瞳を細めた。
「つまりは、君の子もいずれは神へと捧げられるのかな?」
「いずれはね」
「変えようとは?」
「そう聞かれると思ったけど今、変えるつもりはないよ」
「今は、か」
「そう、今はまだ。僕の代では変えられないものだ」
ロトアロフではない人間からすれば、この風習は非道とも取られかねないだろう。
だが供物として捧げられたヴィンセントは自由を謳歌しているように見えるのだから、非道とは言い切れないのも事実であった。
だからこそ、今は変えるべきではないことを静も、そして伊織も理解していた。
「まだ何も整っていない。それに王族と神殿は完全に別れている。実行するにしても神殿内をより整え、信徒達を納得させなければならない。そうだろう、ヴィンセント」
「ああ、今はやれん。確実に暴徒になる」
静はヴィンセントの前の供物がどうなったかを知ってはいる。その誰もが様々な理由で未成年のうちに凍土に眠られたことが本に記載されていたからだ。
それでもなお、この風習は今も行われてきた。当たり前のことであったから。そして、運よくか、それとも我らが神の思し召しか、ヴィンセントは生き残った。
素晴らしいことではあるが、それと同時に民衆は何も問題がないことを知ってしまった。
これは正しきことである。正義である。何一つだって、間違っていない。だから変える必要はない。むしろ変えてはいけない。
「何か言いたげだな?」
「さすがにね。けど、それは人でなければいけない、という理由にはならないだろう? もっと別のものが」
「別のものか」
まさしくフェルドも正しきことを言うが、ヴィンセントがわずかに声を張り、言葉をかぶせ黙らせた。すぐにフェルドは口を閉ざし、そしてヴィンセントはいつものように喉の奥を鳴らすように笑い、淡々と告げた。
「これは我が国の話であり、我ら人間が神の為に決めたこと。故に我らがより良いものは何かと問い、答えを出さねばならんことだ。王族だろうと、我らが神へ祈らぬ人間が踏み入ることが出来るものだと思いあがるなよ」
正義となってしまったならば、民衆が納得する別の正義を提示しなければならない。
長きにわたる風習。強い信仰心。神の為に捧ぐ最上級の贄。
今の段階では、ランスロットもヴィンセントも答えを出すことは出来ないものだった。しかし、いつかの未来の為にと足掻こうとする大神官と国王にとって、何も知らぬ他者の手は紛れもない敵であり、排除するに値するものだった。
実を言えば静と伊織は、この件については何も聞かされていない。
当然であった。静も伊織も、そして国に残っている奈緒と真咲もまた、わずかに二年と少しほどしか過ごしていないのだ。聖女という立場であったが、何一つ知らないのは変わりない。であるからに、聖女達はこの件については口を閉ざす他なく、今の話は聞かなかったことにするしかなかった。
ほんの僅か。久しぶりに感じる肌寒さが感じる空気の中、フェルドは大きく息をつくと頭を下げた。
「ああ、そうだね。本当に、全くその通りだ。申し訳ない」
素直に謝罪をしたフェルドはすぐさまに頭をあげ、ほんの少しだけ情けなさそうに眉をひそめて笑った。
「他の国々にはそれでも、少し無理やりにだけども踏み込んだことがあるんだ。そして何とかうまくまとめ、信頼を得てきた。だから同じように信頼を得ようとは思ったけども、そう簡単にはいかなそうだな。とくに他国の神に関わることでもあるし」
「そうしてくれ。後、今の話は我が国では決してするなよ。特に、エヴァンハイン家の前では……と言っても、もう遅いが」
ヴィンセントがそっと後ろに大人しく座っていたヴィートへ視線を向ける。ランスロットと言えば大きく視線を横へと向けており、口元は僅かに引きつっている。
いや、しかし、と静は考える。ヴィートはメシュラルド出身であり、婿入りした人間だ。だから元からエヴァンハイン家の一人として生まれ育ったわけではないからきっと、それほど恐れることはない。と、静は思いつつも同じように振りかえり、即座に前を見た。
隣にいる伊織は静にぴったりとくっついた。これが答えであった。
「この後、話をさせていただきますヴィートと申します。フェルド陛下」
「ああ、よろしく。確か商人だと聞いていたが」
「市場の元締めをしているだけなんですけどね? ああ、それと、ルイスは俺の息子になります。顔だけはそっくりなんですけど、中身はまるで違うんですよ」
「……確かに、よく似ているね」
にこやかに挨拶を始めるヴィートに対し、フェルドもまた笑顔で言葉を交わし始める。そしてルイスと見比べ、うん、と頷いた。
「いや、俺を見初めてくださった家というのが、我らが神に仕える一族でして。ほら、こちらでは門番と呼ばれているあそこですよ」
そしてフェルドの表情は一瞬固まり、そっと頭を抱えてしまった。
一体どういうことか。それについてランスロットも知らないものだったらしく、すぐにヴィートへと振り向いた。
「門番というのは?」
「ただの通り名ですよ。我がエヴァンハイン家は国内では守護伯。もしくは狂信者と呼ばれているわけですけど、外では鉄壁を守る門番として名が知れ渡っておりまして」
「それは良い名前だね。狂信者よりも良いんじゃないのかい?」
「そうですかね? とりあえず変につっこもうとしてきたんで、この後の話は容赦しないことにしてますけど」
和やかな話がそのまま出来そうだと、誰もが思った矢先にヴィートはにこやかに、そして冷ややか赤い瞳をフェルドに向けた。
ランスロットは一度、息子であるルイスを見る。だがルイスはわざとらしく外の様子を見ており、決して目を合わせようとしない。ヴィンセントは無言で頭を抱える。静と伊織は決して振り向かない。
急ぎランスロットはフェルドへと振り返った。
「ごめんね、フェルド陛下。彼らって、家名があるし王族に仕えているように見えるのだけどそれは表向きなだけで、本当は我らが神を愚弄する相手を簡単に皆殺しにするような一族でね。何度かエヴァンハイン家の怒りに触れて、王族が滅ぼされかけたりしていて」
「いやぁ、楽しみですねぇ」
弁明のような、言い訳のような、そんなランスロットの言葉なんて気にせずに、ヴィートはより大きな声で言葉をかぶせて告げた。
まるで死刑宣告であった。
ヴィンセントは呆れたように大きく息を吐きだした。
「馬鹿め。触れるからだ」
「……うん。これも一つの学びと思えば……。いや、待て。まさかルイス殿も」
「こいつも似たようなものだが、我らが銀の聖女の隊が別であってな。それの隊長を務めている」
ゆったりと頭をあげたヴィンセントは、何故か静へ指先を向けた。大変失礼であると、静は思いつつも今は利口に黙ることにした。
だが、続くヴィンセントの言葉に静は明確な意思を持って拳を握りしめた。
「それで我らが銀の聖女だが、馬鹿なので正直に言ってくれて構わない」
「うん、ちょっとよく分からない」
「必要であればその場で怒ってくれても良い」
「聖女だよね?」
「ちなみに俺や王族よりも立場は上だ。我らが神に近いからな」
「待って」
「こいつに喧嘩は売るなよ。全部買うからな」
小気味の良いフェルドの反応は聞いていて面白いと、静は素直に思った。しかし握りしめた拳はしっかりと力が入ってしまっている。
この拳をどうしてくれようかと、静はヴィンセントをじっとりと見やる。口角がしっかりと上がっているのを見るに気付いているはずなのに、ヴィンセントは一切動じる様子なく小さく肩を揺らしていた。
「……そちらの……」
「ああ、伊織か。全て分かっていると思ってくれ。後は静の見張りだ」
「見張り」
「おそらく虫を探しに庭を散策すると思うが、問題ないか? 伊織は虫も好きでな」
「……ああ、それならユリアーナと話が合うかもしれないな」
そのままヴィンセントが伊織について話せば、フェルドはユリアーナの名を出した。ベルナルトも言っていたが、本当に虫を好んでいるらしい。
伊織は一気に表情を明るくし、静の肩を小さく揺らした。どうやら、すぐにでも話をしたいらしい。
静は伊織の眩しい笑顔を前にし、息をついて拳をとく。そうして、静が伊織にもう少し待とうと小声で言うと、伊織は素直に大きく頷いた。




