262. 浮遊する澱み(5/7) - 争えない血
イェンスにその場を任せ、ジルはイクセルと共に呼びに来た兵士についていった。向かう先は広場の片隅、軍のテントもまばらになっている場所だ。そこには複数台の馬車が停められていた。どうやら馬車の停車場として使われているらしい。
馬車はどれも軍用や貨物用のものだったが、その中に二台、存在感を放つものがあった。そう大きくないコーチに、綺羅びやかな外観――貴族の使うものだ。その二台は縦に並ぶよう停められており、前方の、後方のものよりもやや簡素な見た目の馬車を背にギリアムが立っていた。相変わらず顔を半分仮面で隠し、更には外ということでその上から口元を覆うようにマフラーを巻き付けているせいで彼の顔は片目の範囲しか見えない。
だが、ジルが相手のその姿に特別な感想を持つことはなかった。この格好は何度も見たことがあるからだ。それからここにいる理由も分からなくもない。しかし分かるのはギリアムなら来てもおかしくはないということだけで、何のために来たのかは分からなかった。
「用件は」
だからジルは単刀直入に尋ねた。挨拶もない上にぶっきらぼうな声だが、ギリアムに気にした様子はない。彼は軽く会釈だけして後ろの馬車の方へと歩いていくと、キャビンの扉に手をかけてジルに笑いかけた。
「こちらを届けに」
そう言って扉を開く。中にいたのは一人の男だ。彼は突然開いた扉に少々驚いたようだが、その感情はすぐに消えた。マスクをしているために危険がないと思ったこともあるだろう。「なんと無礼な――」高圧的な態度でギリアムに文句を言いかけて、しかしその目がジルを捉えると同時に驚愕を顕にした。
「イリス……? ――ッ、ミクラーシュ! 貴様裏切るか!!」
そこにいたのはキルドラグだった。二日前の情けない姿とは違い、怪我には治療が施され、衣服も綺麗なものを身に纏っている。
その彼が、キャビンの中からギリアムを責め立てる。けれど王である彼の言葉にギリアムが萎縮することはなかった。それどころか「失礼」と軽く声をかけて、中からキルドラグを引き摺り出す。「やめろ!」制止の声に構うことなく王を地面に転がせば、キルドラグは「自分の立場が分かっているのか!?」と激昂した。
「ミクラーシュは代々エフォワーズに仕えているはずだぞ! コルネリアの駒の分際で何を考えている!?」
「そのコルネリア様から、ケイラ王女亡き後はイリス殿下に力を貸すよう命じられていたんですよ。ですので今はイリス殿下にお仕えしております。と言っても殿下にお仕えすることを決めたのは、命令ではなく私がそうしたかったからですが」
ギリアムの態度は、まるで駄々をこねる子供を相手にしているかのようだった。口調こそ穏やかなものの、そこに王に対する敬意はない。
しかし、ジルに向き直った時にはもうそれも変わっていた。キルドラグを抑えたままのギリアムはすっと神妙な面持ちとなり、「申し訳ありません、イリス殿下」と深々と頭を下げた。
「コルネリア様との関係は、あの方より他言してはならぬと命じられておりましたので」
一連の出来事を無表情で見ていたジルは、「顔を上げろ」とその謝罪を受け入れた。ミクラーシュが昔からエフォワーズに仕えていたことは知っている。そこにコルネリアが絡んでいたというのは初耳だが、ギリアムが自分の味方をする理由を思えば、今となっては十分に納得できた。
「他に言うことは?」
「私の在り方に関しては何も。ただ――」
ギリアムが目に真剣さを湛える。真っ直ぐにジルを見つめ、少しだけ眉根を寄せる。
「――グレイルードは間違いなく騎士達から王を奪ったそうです。ならばこの男の身柄はあなたのもの。出過ぎた真似かとは思いましたが、あなたのお役に立てればと出ていたところ、ちょうど助けを求められたのでこちらで預かっておりました」
それは、その後のグレイがどうなったかを悟っている声だった。「……そうか」ジルの視線が落ちる。犬死にではなかったのだと、ほっと息が漏れる。それは先程やり過ごした熱を再び呼び起こそうとしてきたが、その気配が近付ききる前にジルは大きく息を吸って、顔に冷静さを貼り付けた。
「殿下。役目を脅かす行動をしたこと、どうかお許しを」
「咎める気はない。この男はお前にとっても憎い相手だろう」
ギリアムの事情を指してジルが言えば、立つことを禁じられているキルドラグが「ミクラーシュには何もしていないぞ」と不快そうに声を上げた。
「……私の両親を殺した火事が、評議会の指示によるものだとしても?」
地面に座るキルドラグにギリアムが冷めた眼差しを向ける。しかしキルドラグの様子はあまり変わらない。不可解そうに眉を顰めるその顔は、ギリアムの発言に全く心当たりがないとでも言うかのようだ。
そんな相手の反応にギリアムは一つ深い息を吐き出すと、「やはりご存知なかったのですね」と話し出した。
「私の母はシノアといいます。かつてイングリッド様に仕えていた侍女です。コルネリア様と共にケイラ様を取り上げました」
ギリアムの説明に、キルドラグがゆっくりと目を見開く。それは彼がシノアという名を、もしくはその侍女の存在を知っているのだと思わせる表情だった。
そして、ジルも。ギリアムの母がイングリッドの侍女だったという話は聞いたことがあったから、そこに驚くことはない。しかし彼の目には確かに驚きがあった。
何故なら、ケイラの誕生に立ち会っていただなんて話は聞いたことがなかったからだ。ギリアムの母どころかコルネリアまでその場にいたなどと、一度も耳にしたことがない。……聞こうと、思ったことも。
「ケイラ様をお守りするために、コルネリア様は母をミクラーシュに嫁がせました。勿論、経歴は隠して。代々エフォワーズにお仕えする当家であれば、多少ケイラ様をお支えしても、〝コルネリア様はイングリッド様に対して後ろめたく思っているからだ〟と誰もが納得しますから。……しかし、評議会が母の素性に気付いた」
ギリアムの目が暗さを帯びる。顔の半分を覆う仮面の奥から、怒りが滲み出す。
「ケイラ様ご誕生の真実を知る母を、評議会は父と私もろとも消し炭にしようとしたのです」
それはジルの知るとおりのギリアムの事情で、そして知っているものとは違った。ギリアムの両親が殺されたのは、ミクラーシュがケイラの手助けをしていたからだと考えていた。そしてミクラーシュがそうしたのは、シノアが子爵夫人という立場を利用したからだと。それが主であるエフォワーズに黙認されていたのは、コルネリアではなく彼らの方がイングリッドに対して罪悪感を抱いていたからだと、そう思っていた。
だからギリアムに声をかけた。自分と背格好が似ていて、いつか役に立つかもしれないと考えた部分もある。だがそれ以上に、ケイラの味方となり得る存在を失いたくなかった。もし両親の死をケイラのせいだと思っていたとしても、これまでどおりどうか彼女の力になって欲しいと頼みに行った。
しかし、これは違う。自分が頼みに行かずともギリアムはミクラーシュとしての立場を変えなかったはずだ。何故ならミクラーシュがケイラを手助けしていたのは独断ではなく、エフォワーズからの、コルネリアからの指示だったのだから。
そうしてジルはまた、己の過ちに気が付いた。細かい事情を知らなかった過去の自分は、当事者であるギリアムの言葉を鵜呑みにしてしまった。シノアが独断でやったことだと語った彼を疑うこともしなかった。少しでも真偽を確かめようとすれば、そこにコルネリアの存在を見つけられたかもしれないのに。
自分はまた、何も知らなかったのだ――たった今突きつけられた現実に愕然とする。コルネリアの胸を貫いた時の感触が、手に蘇ってくる気がする。
だからジルは呆然としていたが、キルドラグを睨むギリアムの目には入らなかった。
「母を殺すよう指示を出したのは評議会でも、発端はあなたです、陛下。あなたが妻子をしっかりと守られていればあんなことにはならなかった。あなたが妻子を守ろうとなさらないから、母とコルネリア様がお守りするしかなかった」
「全て余のせいだと? 違うだろう、イングリッドが病んだのはあの魔性の子のせいだ! その証拠にイングリッドはあれを殺そうとしたではないか!」
キルドラグの言葉を聞いて、ジルの眉間には無意識のうちに力が入った。二日前に知ったその事実は筋が通っていて、実の母親ですらケイラの存在を許していなかったのだと考えさせられるものだからだ。
だが――
「守るためです」
ギリアムが断言する。迷いなく、はっきりとキルドラグの発言を否定する。
「コルネリア様から全て聞き及んでおります。自分と同じ苦しみを腹の子に味わわせないために、イングリッド様はケイラ様を手に掛けようとされたのです。やり方こそ間違えてしまわれましたが、あの方は娘を深く愛しておられた。心からケイラ様の幸せを願っておられた。けれどそれは叶わぬからと、イングリッド様は自らの腹にナイフを突き立てたのです」
そこまで言って、ギリアムは視線を落とした。「しかしこの事実は、評議会にとっては都合が悪かった」暗い声で呟き、口を動かし続ける。
「もしこのことを陛下が知れば、それまでの暗殺未遂を黙認していたあなたですら立場を変え評議会に責任を求めるかもしれない。もしかしたらコルネリア様がエフォワーズの力を使い、他国にも知られる形で公表するかもしれない――そんなことになれば評議会の立場はなくなります。追い込まれた彼らはイングリッド様やケイラ様に再び手を出すかもしれなかった。だからコルネリア様は沈黙を貫き、あなたの妻となられたそうです。イングリッド様の不幸に乗じて王妃の座を勝ち取ったと見せかけることで、その立場を守るために下手な行動は慎むだろうと評議会に思わせるために。全てはあの母娘を守るため……そして私の母も、コルネリア様に同調しました」
ギリアムの目がキルドラグからジルに向けられる。そこには罪悪感があった。まるで黙っていたことを謝るかのように、そっと目を伏せる。
ジルは、何も反応することができなかった。気持ちが追いつかなかった。ケイラがイングリッドに愛されていたこと、そしてコルネリアがケイラのために自らの人生を賭していたこと。彼女がケイラのために頭を下げた相手はキルドラグだけではなかった。彼女は自分の全てを使い周囲を騙し、ケイラを守ろうとしていたのだ――なんて人に手をかけてしまったのかと、呼吸が震えそうになる。平静を装うためにその呼吸を隠すことだけで精一杯で、他のことなんて考えていられない。
「でまかせを。コルネリアにそんな情があるはずもない。イングリッドにしたってそうだ。あれは気の優しい女だった。愛情があったならそんなことなどできるはずがない!」
けれどこのキルドラグの声が、皮肉にもジルに冷静さを取り戻させた。ギリアムの語るコルネリア達の過去とは正反対の言葉。同じ時を生きていたはずなのに何故こうも違うのだと無意識のうちに思考する。意識がそちらに逸れれば、罪悪感も遠くなる。
「あなたには理解できないでしょう。故国で想い人と結ばれるはずだったイングリッド様を、誘拐同然で妻としたあなたには」
だからこのギリアムの発言も、ジルは冷静に聞くことができた。
「それの何が悪い? ウィテーリア如き小国の姫には得難き誉れではないか」
「イングリッド様の望みとは違っていても?」
「そんなものに価値はない。イングリッドは見目こそ美しかったが、大した身分も知恵もなかった。そんな世間知らずの小娘の望みなどまやかしそのもの。その証拠にそれは無意味だと教えてやれば、イングリッドはすぐに受け入れた。余の隣で笑っていればいいのだと教えてやれば、死の間際まで笑い続けた。貴様がコルネリアから何を聞いていたかは知らないが、所詮あの女には他人の心など分からない。くだらぬ思い込みで余を批難するのは勝手だが、己の恥を晒すだけだと気付いた方がいい」
キルドラグに嫌らしい笑みを向けられ、ギリアムがぐっと眉を顰める。「思い込んでいるのはどちらか……!」震える声で絞り出し、鋭い目をキルドラグに向ける。
「もし本当にイングリッド様がそれを受け入れていたならば、どうしてあの方はあそこまで追い込まれたのです!? コルネリア様の思い込み? 違うでしょう。イングリッド様が心の内を打ち明けられたからこそコルネリア様は多くをご存知だったのです! 誰かに吐露しなければならないくらい、イングリッド様にとっては辛いことだったのです! あの方はあなたを受け入れたのではない、拒否することができなかっただけだ。小国の姫があなたの機嫌を損ねれば母国にまで被害が及びかねないから、あの方はあなたの望むとおりに振る舞っただけだ!」
ギリアムが大きく肩で呼吸する。マフラーから大量の白い息が漏れていく。それはジルも見たことがないほど感情を顕にした姿だったが、キルドラグの表情は変わらなかった。
「だとしてもそれがイングリッドの生きる価値だ。何をそんなに憤る?」
「ッ、あなたという人は……!!」
ギリアムの目が血走る。手を出してしまいそうにも見えたその時、「話すだけ無駄だ」とジルが友人を止めた。
「その男はお前の期待するものは持ち合わせていない。まともに向き合おうとしたところで不満が溜まるだけだ」
「しかし……!」
「この男に分からせるのは俺の役目だ」
ジルの心はもう、完全に凪いでいた。少し前まで苛まれていた罪悪感は、動揺は、キルドラグの言葉を聞いているうちにすっかり消えた。知らないことが多くあった中で、この男の言動だけは想定どおりのものだったからだ。
だから、今この時に集中できた。この男には母のように知られざる一面などなく、ただただ自分勝手で、姉の不幸の原因そのものなのだと再確認することができた。
「あなたは恨みばかり買っていますね」
嘲笑する。冷え切った心で、笑みで、そこにいる男を嗤う。
「人のことを言えた人間ではないだろう」
「残念ながらあなたに似てしまったようです。ですが幸い、俺にはそれを気付かせてくれる者達がいた」
本心だった。自分もキルドラグとそう変わらないのだ。イングリッドに歪んだ感情を向けその他の人間を蔑ろにした彼と、ケイラに執着し周囲を軽んじた自分は本質的には同じ。それは血のせいか、育った環境のせいか。どちらでも良かった。こんな男の息子であることが汚らわしくてたまらず、全身の血を入れ替えてしまいたいと思ったこともあったが、その程度ではこれは変わらない。
その程度で変われるなら、同じ過ちを何度も繰り返すことなんてなかった。父や弟に希望を抱いてしまったこと、母の真意を知ろうとせずその命を奪ってしまったこと。そして、こんな愚かな自分を見捨てず見守り続けてくれた人達を死なせてしまったこと。
これらは全て自分のせいだ。自身を驕り、周囲を見くびり、身勝手に生きたせいで招いてしまった。自らの行いがこの手から大切なものを奪い去るのだと、散々思い知らされた。これは醜悪なことなのだと、失うことで理解できるようになった。
「――だから、俺の私情であなたを殺します」
醜悪なものには、同じくらいに醜悪なものを。この男の最期は決して美しくあってはいけない。惨めで陰鬱で、目を背けたくなるくらいに不快でなければならない。
そこに、誰かの喜びなどあってはならない。その死に意味を持たせてはならない。
「断頭台でも用意する気か? この国の問題を全て余に押し付けて、余を処刑することでお前が王座を引き継ぐのか?」
キルドラグが嗤う。その声をジルは知っていた。これは、自分が他者を侮る時の声だ。
だからジルは、「まさか」と同じ声で言った。
「あなた程度にそんな華々しい舞台なんて用意しませんよ。あなたのような人間には相応しくない」
誰に言っているのか分からないと思いながら、ジルは顔に笑みを浮かべた。冷たく、そしてキルドラグによく似た笑みだ。顔立ちはそれほど似ていないのに、その笑い方は確かに両者には何かしらの繋がりがあると周囲に思わせるものだった。
ジルの発言を聞いたキルドラグが意味が分からないとばかりに怪訝な表情を浮かべる。その反応に、ジルは今度は間違えていないと確信した。
息を吸い、目一杯の侮蔑を声に込める。
「あなたはただの小物だ、ローゼスタット王。本来ならば為政者となる力を持たない能無しが」
「ッ――――!!」
その瞬間、キルドラグの顔がカッと赤くなった。「貴様!」怒りのままに声を荒らげ、暴力に訴えようと立ち上がる。だがそれは、彼の動きを制限していたギリアムが止めた。
「離せ! 少し温情をかけて話を聞いてやればつけ上がりおって! そもそも貴様如きが余に触れるなど不敬もいいところ! 身の程を弁えろ!!」
いつもの冷静な王の姿はもうそこにはなかった。ギリアム相手に怒る彼のマスクからは大量の白い息が溢れ出て、真っ赤になった顔にはいくつもの青筋が立っている。
もはや喚き散らしていると表現すべき姿だった。押さえられているせいで首から上の動きが激しくなり、長い髪が振り乱されている。
そんな王の姿を見ていたのはジルとギリアムだけではなかった。ジルの後ろに控えていたイクセルは複雑そうな面持ちを浮かべ、遠巻きに彼らの様子に気を配っていた軍人達も今はもうはっきりとその目に王の姿を映している。それから彼らに手当てされていた民もそうだった。キルドラグの格好のせいもあり彼らはそこにいるのが自国の王だとは認識していなかったが、大声が届けてきた内容に相手の正体を知った。
キルドラグが声を上げれば上げるほどに、少し離れたところの落胆の色が濃くなっていく。冷静沈着だったはずの王の無様な姿が、人々の胸の内にある感情を植え付けていく。
――この王は、本当に必要なのだろうか?
しかしそれが芽吹くことを妨げるように、ジルは未だ興奮しているキルドラグに一歩近付いた。
「ただ、能無しといえどこの国の王であることは事実。あなたの命を使えばこの国の政治を民の手に返すこともできましょう」
そう言って、剣を引き抜く。少し前にグレイへの最大の賛辞を送った剣だ。その剣にはほとんど汚れはなかったが、剣先の方だけはキラキラと赤い光を放っていた。
それは、グレイの心臓を刺した際に付着した氷の欠片。その命の名残を見てジルが目を細める。指先で撫でても完全に貼り付いた赤い氷は落ちず、ジルはおかしそうに口端を上げた。
その笑みが、キルドラグに相手の本気を理解させた。
「ッ、ミクラーシュ! 貴様の主がコルネリアならば、貴様にも余を守る義務はあるはずだ!!」
それまで罵倒していたギリアムを見上げ、キルドラグが助けを求める。手のひらを返したようなその言葉にギリアムはきょとんと目を瞬かせた。
しかし、それも短い間のこと。「ああ、勘違いされていますね」キルドラグが何を言っているのか理解したように頷くと、ギリアムは口元のマフラーを手で押さえ、反対の手で顔の半分を覆う仮面を外した。
「『わたくしがお仕えするのは、イングリッド様ただお一人』」
愛想の良い笑みで言う。しかしその顔は恐ろしかった。半分は確かに誰もが好感を持ちそうなほど綺麗な笑みなのに、残りの半分はまるで違う印象を与えたからだ。
皮膚が焼け爛れた顔は筋肉まで引き攣っているのか、片側と同じような形にはならず、本来は藍色であったであろう瞳は白く濁っている。
その顔に浮かぶものは笑みには程遠かった。ただ、悪意が、怒りが、憎しみが、爽やかな青年の顔半分を醜く歪めていた。
「何を……」
キルドラグの顔が強張ったのは、ギリアムの発言のせいだけではないだろう。だがギリアムが顔を隠すことはなかった。半分の顔にはいつもどおりの優しげな笑みを湛え、「コルネリア様のお言葉です」とキルドラグの疑問に答える。
「私には陛下に味方する義理はないんですよ。何せコルネリア様は、あなたをただの取引相手としか見做されておりませんでしたから」
それだけ言って、ギリアムがジルに目配せする。彼の言葉はジルにまた新たな情報を与えたが、ジルが動揺することはなかった。
「これがあなたの実力ですよ。妻ですらあなたを敬わない。敬う価値がない」
それは、元々知っていたことだから。
ジルが剣を構える。キルドラグの顔が恐怖で引き攣る。その情けない姿を冷めた目で見ながら、ジルは剣を振り下ろした。




