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果ての銀花と愚者の杭  作者: 丹㑚仁戻
最終章 果ての銀花と愚者の杭
257/267

257. 針先の身命(7/7) - 誰が為の献身

 轟々と響く列車の走行音、振動でカタカタと小刻みに揺れる箱。隣からの音が大きくなってきたように感じてジルが目を向ければ、度重なる振動で箱が最初よりも背もたれに近付いているのが分かった。このせいで音が大きくなったのだ。

 流石に耳障りだと、ジルはマフラーを外して箱と背もたれの間に差し込んだ。すると背もたれに当たる音はなくなったが、今度はマフラーがクッションとなり、底面が座席に当たる音が大きくなった。


「……チッ」


 引き出したマフラーを軽く畳み、木箱の底と背もたれ側の面を覆うように整える。今度こそ音はなくなったが、まるで木箱の中身を敬っているように見えてジルの眉間に力が入った。


 ただ、音がうるさかっただけだ。それ以外の意味などない。そう思うのに、見ているとどんどん気分が悪くなってくる。


 だからジルは目を閉じた。見たくないのなら視界を塞いでしまえばいい。この揺れではどうせ眠れないから、目を閉じたところで何の問題もない。……はずだった。


 ――ゴトンッ


「っ!」


 思わず身構えたのは、その音がすぐ近くから聞こえたから。しかし木箱からではない。もっと重い、金属が落ちる音だ。

 ジルは咄嗟に銃を抜こうとしたが、その際に自身の左側の異変に気が付いて動きを止めた。


「…………」


 そこには剣があるはずだった。長時間座るのに邪魔だったから、腰から外した剣が椅子に立てかけてあるはずだった。

 しかし、今はない。床に落ちているからだ。これが音の正体だ。


 立てかけられた剣は何にも支えられていないから、揺れる車内では倒れることもあるだろう。だが、ジルには初めてのことだった。いつでも手に取れるよう常に気を配っているから、少しでも位置がずれてきた時点で無意識のうちに引き戻すし、実際にこの列車内で何度かそうした記憶もある。

 しかし、現実として剣は倒れた。ならば剣に気を配れていたのは最初だけで、この数時間のうちのどこかから注意を怠っていたのだろうか。それだけ散漫になるほど、自分は平静ではなかったのだろうか。


 頭の中で考えるも、違うという直感があった。つい数分前にも剣に触れた記憶がある。ただこの直感は、それだけではないということも感じていた。

 ……けれど、認めたくなかった。()()は得体の知れない嫌なものを纏っていて、存在を認めてしまったら一気に形を持ってしまいそうな予感がある。


 だから、別の理由を正体として押し付けるしかなかった。


 自分は今、冷静ではない。それはここまでで起こったことのせいでもあるし、今後にすることのせいでもあるかもしれない。こんな、剣を落とすだなんてミスをしたのが良い証拠だ。それくらいどこかで動揺しているからこうなった。……それだけだ。


 しかしもう止まれない。戻れない。この列車に踏み込んだ時点でその手段はなくなった。だから――


「……っ」


 浮かんだ言葉をぐっと飲み込む。そして小さく首を振ると、ジルは剣を拾い上げて再び目を閉じた。



 § § §



「――さっさと殺せ! 賊一人になんという体たらくだ!」


 キルドラグの声で彼を守っていた騎士二人がグレイに襲いかかった。と同時にグレイがその場にしゃがみ込む。グレイが足元の死体の腰から拳銃を引き抜いたのは、彼らの剣が届く直前。威嚇も込めて数発放てばグレイを斬りつけようとしていた騎士達が咄嗟に離れ、距離ができた。

 しかし、傷は負っていない。グレイは確かに相手の胴を狙ったが、その動きは普段と比べるとずっと遅く、更には銃弾を放った衝撃に腕が耐えきれず、反動で狙いが大きく逸れてしまったからだ。


「っ……」


 銃を握る手が震える。右手はまだ負傷していなかったのに、力が入らない。体も重く、しゃがみ込んだ体勢から立ち上がるだけで思った以上の体力を消耗した。

 そんなグレイの一方で、騎士達の動きは軽かった。これまで主君を守ることを優先するために全く戦いに参加していなかった彼らは、そのお陰で体力を温存できていた。武器だって消耗していない。それなのにグレイの手元にあるのはこの拳銃と隠した小さなナイフ、それから手榴弾が一つだけ。

 銃は、替えの弾はない。これだけ狙いが逸れるのであれば、外れようがないくらい至近距離で撃たなければならない。相手の剣はこの銃とナイフで受けよう。手榴弾は、できれば温存したい。今のこの体は、爆発の衝撃からうまく逃げ切れるとは限らない。


 頭の中で戦略を立てる。いつもよりもずっと手数が少ない。思い描いても実現するだけの力が残っていない。


 どこまで生き残れるか、分からない。


『ジル、グレイ……私ね、あなたたちといられてよかった』


 声が聞こえる。ケイラの穏やかな声だ。


 ケイラは最期まで死への恐怖を口にしなかった。刻一刻と自身に迫りくる死の気配は感じていたはずなのに、彼女の口から出たのはこちらを気遣う言葉だけ。

 だから、あの時は気持ちが凪いでいた。ケイラを失った悲しさは確かにあったのに、それに打ちひしがれてしまえば彼女の気遣いを無下にしてしまうと考えると、その悲しさに身を委ねることはできなかった。自分の行動で、彼女の美しさを穢してしまうことだけはしたくなかった。


 だからこの感情に蓋をして、(ジル)のために生きると決めた。


 そうやって誰かのために生きることが正しい在り方だと思っていた。父は己の欲のままに生きて母を不幸にした。ならば自分はそうならないように、美しい人達と同じような生き方をしたいと思った。

 例えば母が(自分)のために生きてくれたように。ケイラがジルと自分を守ると言ってくれたように。己の知る美しい人達と同じ生き方をすれば、自分自身が少し良い人間になれるような気がしたから。

 だからその美しい人(ケイラ)のために、彼女が守ろうとしたジルを代わりに守ることでその願いを叶えようと思った。そうすれば、ケイラと共に在れると思った。


 だが、違うのだ。誰かのために生きることは、その誰かと共に在るために必要なこと。共に生きていきたい人を失ったのなら、その人のために生きたところで得られるのは自己満足だけ。

 この四年間、一度もケイラの存在を感じられたことがなかったのはそういうことだ。こうして記憶が蘇ることはあれど、それは所詮自分が手繰り寄せた過去でしかない。

 誰かの生き方を真似たところで、誰かのために生きたところで、本当に欲しいものは手に入らない。


 だからこれからは、自分のために生きる。彼女を愛した自分のことは、少しだけ好きになれそうだから。彼女に愛してもらえた自分は、きっと少しは良いものだったのだろうと思えるから。


 たとえその道の終わりが、すぐ目の前まで来ていることが分かっていても。


「――あぁあああぁああ!!」


 雄叫びを上げれば、自分の喉からこんな声が出るのかと驚いた。それだけ声を張り上げないと身体がもう動かない。相手の斬撃一つ避けるのにも精一杯で、避けたら避けたで今度は自分自身の動きの勢いに耐えることすらままならなくて。

 胴を貫通した傷が悪かった。何度割れても大きな氷の花を咲かせるこの傷は、恐らく生きるために必要な何かを傷付けた。

 それでも道半ばで倒れるだなんてことはあってはならないと、グレイは全身に力を入れ続けた。


 せめてキルドラグを守る騎士()は全て剥ぎ取りたい。元より彼の首をこの手で取るつもりはない。その役目は、始めからそれを狙い続けたジルにこそ相応しい。

 だからジルが滞りなく目的を遂げられるように、この二人の騎士はここで片付ける。


「ッ、死に損ないが……!」


 近くにいた騎士に飛びかかれば、彼は剣で攻撃してきた。それをグレイが負傷した左腕に持った小さなナイフで受けきれたのは、近すぎて相手の剣が振り切られなかったからだ。

 これなら外さない――グレイが口端を上げる。相手がその表情に顔を青ざめさせた瞬間、くぐもった銃声が響いた。騎士の腹に押し付けた銃口はそこから動かない。撃った反動は、銃を持つ手を己の腹で受け止めることで殺した。代わりに傷の痛みが全身に響いて氷の花が砕け散ったが、グレイは気にすることなく向かい合う騎士の背に左腕を回し、そのままくるりと体の向きを変えた。


「っ――――!?」


 ドンッドンッ!


 連続した銃声は、再びグレイと騎士の間から。しかし今度は狙った先が違った。目の前にいる騎士の腹ではなく、その更に向こう側。直前に振り向いていた先にはもう一人の騎士がいた。騎士団長だ。


「クソッ……」


 騎士団長が崩れ落ちる。グレイと抱き合うようにしていた騎士が倒れ込んだのもほぼ同時だった。とうに命は尽きていたが、グレイがどうにか支えていたのだ。

 けれどまだ、グレイは意識して相手を離そうとしていなかった。


「はあっ……はっ……はあ……」


 グレイの手元にはもう、最後に使っていた拳銃しかなかった。左手に持っていたナイフは気付かぬうちに手から離れていた。それを持ったまま命を失った大の男一人の重さを支えるだけの力は、もう残っていなかった。

 右手の銃も、もはや握る形をした指にどうにか引っ掛かっているだけの状態。腕ごとこれまでの衝撃で痺れ、震えを感じ取ることすらもままならない。それどころかあらゆる感覚が遠くなり、傷の痛みも鈍くなった。

 それでも、グレイは倒れなかった。息を大きく吸い込み顔を上げて、路地裏の入口の前にいるキルドラグを睨みつける。


「まだ死なないのか」


 忌々しげにキルドラグが言う。護衛を失った彼が逃げずにいたのは敵であるグレイが今にも死にそうだったからだろう。それを物語る相手の表情にグレイがはっと笑えば、キルドラグは舌打ちをして踵を返した。路地裏に向かうのだ。


 ガウンッ!


「ッ……!」


 グレイの放った銃弾が逃げるキルドラグを咎める。足元の地面を抉ったそれにキルドラグが動きを止めれば、その隙にグレイは一気に距離を詰めた。

 それは死にかけの人間の動きではなかった。直前に銃を撃った衝撃でその右腕は確かに後ろに弾かれたというのに、これまでだったらその力のままよろけていたというのに。今のグレイはどこにそんな体力が残っていたのか本人でも分からないくらい、機敏に動くことができた。


 だがそれも、逃げようとしたキルドラグを殴って地面に沈めるところまで。

 ジルに何度も殴られてそれなりに消耗していたのか、グレイが一発その頬を殴ればキルドラグは地面に倒れ込んだ。「うっ……くぅ……」呻き声を漏らしながら起き上がろうとする彼の襟首を掴み、引き摺る。あまり抵抗がないのは、キルドラグの意識もまた朦朧としているからだろうか。そういえば殴った時に頭を壁に打ち付けていたなと考えながら、グレイは「死なないでくださいね」と笑いかけた。


 ズルズルと、重たい足取りで広い道を横切るように歩く。行きたいのは最初に隠れていた建物だ。この状態でキルドラグを運ぶことはできないから、どこかに隠してその場所をジルに伝えようと考えたのだ。

 そして、手頃な隠し場所はそこしかなかった。もう、それ以上はここから離れられない。現にキルドラグを引き摺って歩くグレイの進みは酷く遅く、一歩進んでは荷物を引き寄せ、また一歩進んでは荷物を引き寄せるということしかできない。そしてその一歩もまた、小さかった。


 これだけで日が暮れそうだ――自身の有り様にグレイの口から苦笑が零れる。どんな罵詈雑言をジルに浴びせられるだろう。こんなにも体を張ったのにその労は一切ねぎらってもらえず、ただただこちらを馬鹿にしきった言葉をかけられるのだ。


 考えると、おかしかった。ジルのそれは時に本心を隠すためのものであると知っているから。誰にも弱味を見せずに育った彼は、弱味になりうる感情を常に隠そうとしてしまうから。だから彼の口から出る暴言すらも可愛らしく思えてしまうのだと、いよいよ自分は彼に親心を抱いてしまっているのだとおかしくてたまらない。

 以前よりも殺伐とした生活を送っているのに、以前よりも平和を感じている。それが、心地良い。


 そんな自身の心持ちに、もう一つ笑みを零した時だった。グレイの身体が、突然何かに弾き飛ばされた。


「ッ!?」


 横向きに地面に打ち付けられ、咄嗟に仰向けになる。見えたのは銃口、考えるよりも先に身体が動く。

 避けるように上を向いたばかりの上半身を横に捻り、同時に足は銃を持つ人物の足元があるであろう場所へ。感触だけを頼りに相手の足を引っ掛け、地面に倒す。

 起き上がる。だが、身体が重い。よろよろと嫌に重たい身体を足を踏ん張って持ち上げ、最後に下を向いていた上半身を前に向けた。


 ドンッドンッドンッ――


「…………?」


 グレイの身体に衝撃が襲った。胴を三回、点のような、しかし渾身の力で殴られたかのような強撃。

 その力に押され、グレイがふらりと後ろに傾く。無意識のうちに右足を後ろに伸ばせば、突っ張る形で倒れる動きが止まった。


 止まった視界の中、グレイが目にしたのは銃をこちらに向ける男の姿。騎士団長だ。彼もまた致命傷とも言える傷を負ったはずだが、まだ生きていたらしい。銃を持っていない方の手では苦しそうに傷口を押さえ、顔に苦悶を浮かべている。その目にはまだ、意志がある。


「っ――――」


 銃口に向かってグレイが走る。銃声が響く。肩を撃ち抜かれる。

 それでもグレイは止まらなかった。抱き付くような形で騎士団長に飛びかかり、隠し持っていた手榴弾を取り出す。ピンを外す。相手の心臓に押し付け、飛びかかった勢いのまま倒れ込む。


 ドォンッ!


 爆音が辺りに轟く。空気を揺らし、土埃を巻き上げ、その場の視界を完全に遮る。音がしたのは最初だけ。爆音と共に何かが少しだけ崩れ落ちるような音がして、その後は一切の静寂に包まれた。


 しかしそれも、風が土埃を攫うまで。


「――……はは……ははははは!!」


 視界が晴れてすぐ、機嫌の良い高笑いが静寂を打ち破った。キルドラグの声だった。元々倒れていたせいで爆発の衝撃はほとんど受けなかったらしく、既に立ち上がって近くを見下ろしている。彼の視線の先にあるのは酷く損壊した騎士団長の死体と、それからそのすぐ傍にうつ伏せるグレイの姿。


 グレイは、動かなかった。彼の腹の横には大きな赤い氷の花が咲いていた。それが回復者(スタネイド)の血だということは、もう散々負傷したグレイを見ていたから嫌でも理解できる。

 自分を狙った賊は最後の最後で自爆を図ったのだと、あれほどこちらを生け捕りにしようと騎士達を相手に立ち回ったのに、結局失敗で終わったのだと思うとおかしくてたまらない。


「はっ! 愚かな。イリスなんぞに傾倒しなければ長生きできたものを」


 ふらつきながらグレイの方へと歩き、その頭を足蹴にする。キルドラグの顔に浮かぶのは愉悦。一度捕らえられたこともあり、今日会ったばかりのグレイの死を喜ばずにはいられない。


 だがその時、グレイの頭を蹴るキルドラグの足が掴まれた。


「なっ……!?」


 突然の出来事にキルドラグが息を呑む。死んだと思っていた男が生きて、そしてこちらを見ている。


「逃が、し……せ……」

「っ――――!!」


 その瞬間、キルドラグの全身を襲ったのは恐怖だった。


「は、離せ……!」


 声が震える。ともすれば裏返りそうになる。拒絶を口にしているのに、身体が動かない。

 そんなキルドラグの耳に遠くからの無数の足音が届いた。「っ……!」その音にキルドラグははっと意識を取り戻し、足首を掴む手を振り払う。


 グレイの手は呆気ないほど簡単に解けた。だが、キルドラグは彼の力の弱さに気付かなかった。冷水でも浴びせられたのかと思えるほど冷たい感覚が背中を這って、未だ彼から冷静さを奪っていたからだ。

 だからキルドラグは逃げた。遠くの足音はその命を守る騎士かもしれないが、同時に敵かもしれない。この男のような()()が、まだ他にいたら――その可能性がキルドラグの精神を支配して、彼をそこから走り去らせた。


 グレイは、その間も動けなかった。振り払われた手はその状態のまま、もうぴくりとも動かない。


 キルドラグを逃がしてはならない。彼を生け捕りにしなければ、ジルの元に差し出さなければ意味がない。


 身体を起こせないまま、地面を這いつくばってキルドラグが逃げた方へと進もうと試みる。動くたびに氷の花が割れる音がする。何かが腹からずるりと出ていく感覚がする。

 けれど、進まない。グレイが努力したほど、身体は動かない。


 それでも追いかけねばと、グレイは手足に力を入れ続けた。


「もういいよ」


 不意に声が聞こえた気がして、グレイは重たげに視線を上げた。そこには何故か、ケイラの姿があった。


「もういいよ、グレイ。よく頑張ったね」

「ケイラ様……?」


 自分でも驚くほどするりとその名が出たのは、これは幻だと心の何処かで分かっていたから。

 無意識のうちに記憶を引っ張り出して作り上げた、都合の良い幻。でなければケイラがここにいるはずがない。それも病に罹る前の元気な姿で、自分の隣にいるはずがない。

 だから、これは幻なのだ。だからその存在をこうも自然に受け入れられているのだ。


 そう理解しても、グレイが落胆することはなかった。あの日以来初めて、彼女がここにいると感じられるから。


「……これは、お見苦しいところを」


 冗談めかしてグレイが言えば、ケイラは「そんなことないわ」と優しく微笑んだ。


「ジルのために頑張ってくれたんだもの、あなたは格好良いよ」

「ジルだけのためじゃ……」

「うん、知ってる」


 懐かしい声だった。歌うようで、穏やかで、聞いていると冷たい心が暖まっていくようで。それは彼女の相手を気遣う気持ちが成せるものだと気付いたのは、生憎二度と聞けなくなった後だった。

 その声が、ここに。彼女の手が、この頬に。こちらを(いたわ)るように触れる滑らかな感触が、グレイを微睡ませていく。


「後のことは何も心配しなくていいよ。だからゆっくり休んで。もう、何も我慢しなくていいの」

「ジルは……」

「分かってくれる。だって誰かに殺されたわけじゃないでしょ? ちゃんと約束は守ってるじゃない。私の弟はそんな人に怒るような心の狭い人間じゃないわ」


 くすくすとケイラが笑う。彼女の冗談にグレイもまた、顔に笑みを浮かべる。


「お疲れ様、グレイ」


 ケイラのその声を聞きながら、グレイはゆっくりと目を閉じた。





「――いたぞ!」


 戦いの終わったその場所に、複数の足音が響く。彼らは軍人だった。数名が周囲を警戒するように武器を構え、そうしていない者は無惨に転がる騎士達の死体を確認していく。

 彼らの中にはイクセルの姿もあった。イクセルは騎士の死体には目もくれない。ただただ自分の探す人物と同じ背格好の者がいないか、焦燥の面持ちで探している。


「ッ……グレイルード……!」


 うつ伏せで倒れるグレイを見つけ、イクセルが駆け寄る。ピクリとも動かないグレイの腹の横の地面は、赤い氷で覆われていた。その意味を悟りつつ、しかし希望を持ってグレイを仰向けにさせる。パキパキと、氷の割れる音がする。

 それでもグレイは動かない。固く閉じられた目は、開かない。


 しかしイクセルはもう、そんなことは気にしていられなかった。


「ぁ……あぁっ……」


 震え声が戦場跡に落ちる。イクセルの目に映ったグレイの腹からは、支えを失った臓器がドロリと零れ出ていた。

次回更新は4/14あたりの予定です。週2回更新に戻ります。

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