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果ての銀花と愚者の杭  作者: 丹㑚仁戻
最終章 果ての銀花と愚者の杭
256/268

256. 針先の身命(6/7) - 孤独な戦い

 それはまだ、ケイラが氷の病を患う前のこと。ケイラはルーデシアから贈られた婚礼衣装を前に、じっと考え事をする時間が増えていた。

 その目は繊細な刺繍や散りばめられた宝石の美しさを眺めるものではなく。己の晴れ舞台を想像して期待や緊張を感じているものでもなく。それらとは程遠い、思い詰めたような、彼女には珍しい重い色を湛えていた。


 ケイラの立場からすれば仕方のないことのなのだろうと、グレイはいつも何も言わずに傍で見守っていた。政略結婚を手放しで喜べという方が難しい話だ。勿論、家の利益を重視する娘や、恋仲とまでは言わなくとも親しい相手と結ばれた娘であれば、喜べることもあるかもしれない。

 しかし、ケイラは違う。そうしないと生きられない。他に何か望みがあっても、この結婚を断るわけにはいかない。

 グレイは何も言えなかった。利益があると取り繕うこともできなければ、相手が存外に良くしてくれるかもしれないと希望を嘯くこともできない。

 できるのはただ、寄り添うことだけ。彼女の望む距離で、見守ることだけ。


「――グレイって、軍でどんな仕事をしていたの?」


 だから突然投げかけられた質問に、グレイは一拍遅れて目を瞬かせた。


「どんな、というと?」

「戦うのは分かるのよ。国を守るために軍はあるでしょう? だから今の仕事はつまらないんじゃないかって。こんな小娘のお守り、今まで立派に国に貢献してきた人からしたら無駄としか思えないんじゃない?」


 ケイラには珍しい質問だった。ただの世間話よりも、グレイの内面に少し踏み込んだ問いかけ。しかも表情はいつもどおりなのに、その目にはあの色がまだ僅かに残っている。

 その様子にこれは真剣な質問なのだろうとグレイは察すると、()()()()()に答えを用意した。


「王女殿下を守ることは国防に繋がりますよ。あなたが人質に取られたらどうなるかお分かりでしょう?」

「そうだけど……でも、私は()()()じゃない。やりがいはなさそう」


 自身の立場を指して、ケイラがほんの少し視線を落とす。だがそれは違うと、グレイは「ありますよ」と苦笑を返した。


「私は今まで誰かを守ることはあまりしてきませんでしたから。こうしてはっきりと守ることは、これまでになかったやりがいがあります」

「でも間接的に大勢を守ってはいたんじゃないの?」

「ええ。ですがあまり褒められた仕事はしていません。どちらかと言うと汚れ仕事の方が多いです。それこそあなたが聞いたこともないような、汚い仕事ばかりしてきました」


 詳細は決してケイラには言えないが。そして言えないのは、機密だからという理由だけではない。

 暗くなりかけた表情をグレイがどうにか取り繕った時、ケイラが「グレイはその仕事が嫌いだったのね」と、その仮面を引き剥がした。


「……そうかもしれません。幸い、当時は嫌いだと思う感覚は持ち合わせていませんでしたが」


 ただ、必要なことだと。合理的なことだと判断して命令された仕事をしていた。だが――


「人としては、最低なことをしていたと思います」


 自身の行いを思い出しながら呟く。目的のためならば、平気で他人を不幸にする仕事ばかりしてきた。ただ戦って相手の命を奪うことだけではない。恨まれるべきは自分なのに、全く別の誰かをその対象に仕立て上げることだってした。人の心を、弄んだ。

 抱いていないはずの罪悪感が顔を出しかけて、グレイの顔から笑みが消える。するとその笑みを剥がした張本人であるケイラは柔らかく笑って、「ありがとう、グレイルード」と胸に手を当てた。


「私、ケイラ・ビビア・ストラスルージュは、英雄イストラート・スルージュの血を継ぎ、国の従僕を示すこの名を持つ者として、あなたの貢献に感謝します」

「……は」


 突然のケイラらしからぬ言葉に、グレイの口がぽかんと開いた。しかし、彼女が口にした内容はグレイも知っていた。これはこの国の軍人にとって最も誉れある勲章を国王が与える時の口上だ。グレイの年齢では実際に耳にしたことはないが、そういうものがあると、軍人の中で密かに憧れと共に語り継がれているものを思い起こさせた。ただし、あくまで似ているだけだったが。

 その不完全さも、それから自分とは無縁であるはずの栄誉を示唆する言葉も。混乱と、そしてそこに込められたケイラの気持ちがグレイの頭に、胸に押し寄せて、代わりにグレイから思考を奪う。


 そうして固まってしまったグレイに気が付くと、ケイラは「あら、違ったかしら……?」と気まずそうな顔をした。


「軍人に感謝を示す時はこう言うものだと習ったのだけど……それとも、私だから嫌……?」

「いえ……そういうわけでは……」

「じゃあ、やっぱり間違ってた……? もうちょっと長かった気もするの……」


 不安げに問われ、やっとグレイの表情が変わる。ぎこちなく、けれど綻ばせて。自然と浮かんだ笑みは、台詞を間違えてしまったかと不安げにこちらを見上げるケイラの様子がおかしかったからだ。


「それはだいぶ。今のはスルージュ軍事勲章の口上でしょう? 内容もそうですが、あれは国の存続に関わるほどの実績を残さなければ与えられませんよ。ついでに殉死も必要です」


 グレイの指摘で今度はケイラが固まった。「じゅんし……」たどたどしく零して、そしてその意味を理解すると同時に「ご、ごめんなさい!」と慌て出した。


「私ったらちゃんと勉強できてなくて……! 一番感謝が示せる言葉だと思ってて……!」

「気持ちは伝わりましたよ。間違えるのは仕方ありません。確かあれが前回贈られたのは五〇年以上前のはずですから」


 ケイラがしっかりと覚えていないのは仕方がないだろう。それだけ滅多にないことな上、恐らくケイラがその授与式に出ることはない。だから周りも厳しくは教えなかったのだろうし、彼女がうろ覚えでも指摘しなかった。

 けれど、今この言葉を選んだケイラの気持ちははっきりと伝わってくる。グレイはそのことに嬉しさと後ろめたさを感じながら、ケイラに向かって首を振った。


「ですがやはり、私なんかに与えるべきではありませんよ。やったこともそうですし、私は自分の仕事に誇りを持ってすらいなかったのに……」

「それでも我慢してやってくれていたんでしょう?」

「……我慢している時点でどうかと」


 民を守るための仕事を嫌々していただなんて、軍で口にしてしまえば懲罰ものだ。それにたとえ事実でも、その軍に守られる側からしたら聞きたくない内容だろう。

 そう思ってグレイは言葉を濁したが、ケイラはそんな彼に柔らかく笑いかけた。


「でも誰かが我慢しないと、大勢を苦しめてしまう時もあるでしょう? 私にだってそれくらいは分かるわ」


 いつもと同じ、軽やかな声で。それは何も考えていないのではなく、グレイの持つ後ろめたさに気付いたからこその声色だと、彼女の表情が物語る。


「あ、本当に分かってるのかって思ってるでしょう? 分かってるわよ。ジルを見てるとね、私でも理解できる……全部は取れないって。だからあの子は大勢のためになる方を選ぶ。選ぶことだって辛いはずなのに、あの子はそれを我慢して全部隠しちゃうの。だから私にできるのは、何も見なかったふりをして、偉かったねって褒めてあげることだけ。私がこうして無事でいられるのも、あの子やあなたのような人のそういう努力があるからなのに、私はただ労うことしかできない。その苦しさを、一緒に持ってあげることもできない。……それは望まれていないということも知っているから。だから――」


 最初は不満そうに。けれど途中で暗くなって、最後は複雑そうな笑顔だった。ころころと変わる表情は作られたものではなく、ケイラの中にあるいくつもの感情が形となった結果。まるで彼女の心に触れているような錯覚が、グレイの目をそこに縫い付ける。


「――偉かったね、グレイ。あなたもあの子も、今までずっと我慢してくれた。本当に、本当にありがとう」


 それは、ケイラ自身の言葉。ケイラの中にある、相手に最大限の感謝を伝えるための言葉。

 誰に言われたでもなく自然とそう実感して、グレイは先程よりもずっと大きなものが胸の中に膨らんだのを感じた。


「だから次は私の番」


 付け足されたその言葉は、いつもどおりの愛らしい笑みを少しだけ憂えさせた。

 その表情を見て、グレイはやっと理解した。ケイラが何を思ってこんな頻繁にこの場所に訪れていたのか、ここでどんなことを考えていたのか。


「あなた達が今まで私を護ってくれたように、これからは私があなた達を護るの」


 ケイラは駒として嫁ぐのではない。彼女の意志で以て戦いに行くのだ――いつの間にか強い覚悟を持っていた彼女は、グレイにはとても眩しく見えた。



 § § §



『この命に替えてでも、あなたをもう一度ジルの前に引き摺り出します。それが私にできる、ケイラ様の弔いです』


 そう告げた瞬間、グレイの脳裏を過った記憶。何故今こんなことを思い出したのかはグレイにも分からなかった。分からなかったが、背中を押された気がした。これでいいのだと、他でもないケイラに肯定された気がした。


 たとえそれが都合の良い思い込みだと分かっていても。結局は己の気の持ちようだと、無意識のうちに笑みが浮かぶ。

 だから、銃を構えた。背負っていた小銃ではない、腰に差していた拳銃だ。狙う先はキルドラグの背後。九名いる護衛のうちの二人。


「陛下……――ッ」


 咄嗟にキルドラグを庇おうとした騎士達に銃弾が襲いかかる。一つは騎士の額を撃ち抜いた。グレイがこの動きを予想して銃弾を放っていたからだ。

 しかし、もう一つは外れた。向かって左側にいた騎士の鼻先を掠め、奥にいた別の騎士の耳を抉る。「ぐっ……!」呻き声が一瞬だったのは、耳の形が変わったせいでマスクが外れかけたからだろう。慌てて口元を押さえ、しかしその目はグレイを見続ける。

 だが、グレイの方が速かった。


 再びの銃声。負傷により動きの止まった騎士の額に穴が空く。


 しかし銃声は一つだけではなかった。無数のそれは騎士達の方から鳴り響き、グレイを狙った。グレイが紙一重で凶弾の嵐を良ければ、彼の背後にあった建物の壁から粉塵が舞った。

 残り七人――逃げながら、数を数える。


「奴を排除しろ!」


 騎士団長が叫ぶ。王の退避を優先する騎士にとって、滅多にない判断だった。しかし騎士達が迷う素振りはない。

 それは恐らく、直前にキルドラグが護衛よりも前に出てしまったから。もう二度とそんなことはさせまいと、そのために目の前の原因(グレイ)を排除すべきだという結論に至ったのだろう。だからだろうか、騎士団長の合図で彼自身ともう一人の騎士がキルドラグを庇い、残りの五人がグレイへと向かっていく流れは非常に滑らかだった。


 五人の騎士達がグレイを取り囲むように散開しながら銃弾を放つ。多勢に無勢、グレイはただそれを避けることしかできない。当然銃弾より速く動くことなどできず、銃口から弾道を読み取る余裕もなく。ただただ不規則に動き回って、捕まらないように逃げるだけ。

 しかしそれでも、反撃の隙は見逃さない。


 何も考えずに逃げていると見せかけて、グレイは上手く建物の陰に入った。そして、待つ。


 一秒、二秒……――三秒目に差し掛かる直前で、近くに足音を聞きつけた。その足音に向かって物陰から銃口だけを出して引き金を引く。「うっ……!」手応えのある呻き声に相手の位置を確信すると、グレイはそこから飛び出した。


「撃て!!」


 誰かが言う。銃弾が雨のように前方から叩きつける。しかしグレイには当たらない。物陰から出る時に騎士の一人を盾にしたからだ。そのまま数歩進み、騎士達が仲間を撃っていると気付く寸前でその盾を押し出して捨てた。


 走る。放置された馬車の陰に入り込み、その向こう側で逃げようとしているキルドラグ達に向かって銃弾を一発。相手がこちらを見る前に御者台の後ろにある壁を蹴り壊し、飛び込むように馬車の中へ。

 直後に襲ってきた銃弾はキルドラグの反対側、これまで戦っていた騎士達の方から。その銃弾が馬車の壁を破壊する。その頃には既にグレイは向かい合う椅子の間に滑り込んでいた。上から降ってくる木片を浴びながら、直前に見た景色の記憶を頼りに壁ごと銃で撃ち抜く。しかし、手応えはない。弾倉を替え威嚇のためにもう三発撃ってみるも、やはりそれらしき声は聞こえなかった。


 だが、いつまでもここにはいられない。比較的大きな馬車とはいえ、グレイの長身でその床に隠れ続けるのは辛い。椅子のせいで余計にその面積は狭まり、そして馬車上部を狙っていた銃弾もどんどん下に下がってきている。

 これではまずいとガンガンと椅子を蹴りつけ、固定を外す。そこから力尽くで骨組みから引き剥がし、椅子を持ったままキルドラグがいる側の扉から外に転がり出た。その間も後方から自分を狙ってくる銃弾を椅子で受け、やはり先に排除を任された者達をどうにかせねばと、彼らの方へと椅子を投げつけた。

 先程盾として使った一人が減り、戦いに参加している騎士は残り四人。投げつけられた椅子に驚く彼らの元へ、その椅子のすぐ後ろを走って向かう。


 一人が顔面の高さに飛んできた椅子を避ける。と同時にグレイは体勢をうんと低くして足払いをかけた。その勢いのままくるりと回り、一人には弾丸を、もう一人にはナイフを放つ。一回転し終わった時には転ばされた騎士はちょうど地面に背中から叩きつけられていて、グレイはその胸に向かって二発鉛玉を撃ち込んだ。

 残り三人。今しがた回りながら放った攻撃は確かに相手の急所を狙っていたが、どちらも直前で避けられていた。銃弾は肩を貫いただけで、ナイフに至っては頬に掠り傷を負わせただけ。「チィッ……!」珍しい舌打ちは、相手が想定以上に動けることに苛立ってのもの。そして、自身の左腕からの痛みに気が付いたから。どうやら馬車から飛び出した時に、囮の椅子に惑わされず撃ってきた者がいたらしい。

 見くびってはいなかった。しかし実践経験は少ないだろうと踏んでいた。乏しい経験はいざという時に本来の力を出すことを阻む。そこを期待していたというのに、実は経験豊富だったのか、それとも豪胆な性格なのか、この状況をものともしない騎士もいるようだ。


 しかしだからと言って、悠長に考えている暇はない。


 一番近くにいた一人が剣でグレイに襲いかかる。鋭く正確な上からの斬撃。体勢を低くしていたグレイは受けずに地面を転がった。その勢いを使って立ち上がり、膝が伸び切らないうちに銃弾を放つ。撃ち抜いたのは剣士の肩。続けざまにもう一発撃とうと引き金を引けば、銃はガチッと嫌な音を立てた。弾が詰まったのだ。


「運がないな!」


 剣士が嘲笑う。直後に襲いかかった斬撃をグレイは銃身で受けた。空いている左腕で、左の腰に差した剣を引き抜く。逆手に持ったそれを思い切り振るえば、剣士の胸を斬り裂いた。


「あぐっ……」


 だが、浅い。剣士の口端が持ち上がる。拳銃に押されられた剣を引き、再びグレイに斬りかかる。


 ガッ――鈍い音が響く。


「ッ…………ぁ?」


 剣士の目がぐるんと回る。その頭に()()()()グレイが銃で打撃を見舞えば、剣士は地面に沈んだ。

 残るは二人。しかしグレイに休む暇は与えられない。ほんの数秒間のこの騎士との戦いはほぼ一騎打ちだった。周りの騎士達が同士討ちを躊躇ったからだ。

 だがもう、味方を傷付ける心配はない。残っているのは肩を負傷した騎士と、先程攻撃し損ねて無傷の騎士。グレイが狙ったのは肩を負傷した方の騎士だった。銃を構えられる前に相手の前に飛び込み、斬る。騎士の指が二本、斬り落とされる。「ぁ……」その目に浮かんだのは恐怖。どうやら先程自分を撃ってきたのはこの男ではないらしいと、神経を別の方に張り巡らせた。


 ヒュンッ――グレイの目の前を左から来た何かが飛んでいく。その何かは少し先で建物にぶつかって地面に落ちた。ナイフだ。()()()()()()()と気付いていなければこめかみに突き刺さっていたと、グレイの額に汗が浮かぶ。

 銃を使ってこなかったのは気まぐれか、それとも意識の片隅でそこを警戒し続けていたことを悟られたか。気になっても、考えている時間はない。目の前にいる騎士は指を斬り落とされながらも、未だ完全には戦意を失くしていない。恐怖と混乱が収まれば、本来の実力に近い動きをするだろう。

 グレイは持ったままだった拳銃を捨てると、相手の血の流れる手を掴んでその腹に剣を突き刺した。左手から肉を断つ感触が伝わる。ぐるりと剣を持つ手首を捻れば、呻き声と共に右手の中にあった相手の腕から力が抜ける。支える指の少ないそこから拳銃だけを奪い取り、持ち直すと同時に自身の左側にいる別の騎士に銃口を向けた。


 しかし、当たらない。撃つ瞬間に相手もまた銃を向けてきた。互いに避けながらの銃撃戦は命中率が下がり、どちらの銃もすぐに弾切れとなった。

 続いて、斬り合う。空の銃を手放した今、グレイは両手を使って剣を操った。だがそれは相手も変わらない。何度も何度も金属がぶつかる音が響く。グレイは時折負傷した腕を庇うものの、相手にそこを突く隙は与えない。一進一退の攻防、このまま膠着状態が続くかと思われた。


 だが、一発の銃声がそれを遮った。


「ッ!?」


 衝撃が、グレイの背中に。思わず銃声が聞こえた後方へと意識が向く。だがその一瞬の隙を斬り合っていた騎士が見逃すはずもなかった。


「はあっ!!」


 強い一撃がグレイの右腕から剣を弾き飛ばす。武器を失ったグレイは咄嗟に斜め後ろへと跳んだ。銃声が聞こえなかった方だ。背負っていた小銃を構え直し、騎士に向ける。撃つ。しかし銃弾は相手の右腕を掠めただけ。続けて撃とうとするも、引き金を引いた指から弾切れの音が伝わる。

 敵は一人じゃない――弾切れを悟ると同時にグレイは目を左側へと向けた。そこにいたのは頭を二回殴りつけた騎士だ。まだ辛うじて息があったらしく、顔中を血に染めながら銃を構えている。

 その騎士に、飛びつく。小銃の柄で頭を叩きつける。頭蓋骨がひしゃげれば、騎士はピクピクと小刻みに体を震わせながら絶命した。

 すかさず死体から銃を奪おうとするも、固く握られていて抜き取れない。一瞬の遅れ。しゃがむグレイに斬り合っていた騎士の凶刃が襲いかかる。小銃の腹で受ける。両手で持った銃が、じりじりとグレイに近付いてくる。

 押されたのは上からの攻撃だったせいだけではない。グレイの背中と腹には氷の花が咲き、さらにその花はどんどん花弁を増やしていっているからだ。

 それでも力を逃がしてどうにか斬撃を捌けば、その衝撃で受けていた剣と共に小銃が飛んでいった。間髪入れずにグレイはマフラーを解き、立ち上がりながら相手の首へ。後ろに周り、相手の背中から抱きつくような形でその首を締め上げる。グレイよりも背の低い騎士の足は地面を離れ、マスクのずれたその顔が真っ赤に染まる。

 ギリギリと力を込めれば、グレイの胴体を彩る死の花が笑うように咲き誇った。腕の中で騎士の体からだらりと脱力したのはその直後だ。


 しかしまた、銃声が轟いた。


「ッ……」


 撃ち抜かれたのは、グレイの腕の中にいる騎士の胸。だがそこを通った銃弾はグレイの左肩にも届いた。

 思わずドサリと死体を落とす。銃口を向けていたのはキルドラグの隣にいた騎士団長だった。その目元は険しく歪められているも、彼がグレイから目を離すことはない。


「さっさと殺せ! 賊一人になんという体たらくだ!」


 キルドラグが叫ぶ。その声に押し出されるように、彼を守っていた最後の騎士二人がグレイに襲いかかった。

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