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果ての銀花と愚者の杭  作者: 丹㑚仁戻
最終章 果ての銀花と愚者の杭
255/268

255. 針先の身命(5/7) - 拾うもの

 その時、二発の銃声が響いた。これが御者二人の額に風穴を開け、それまで立っていた彼らを地面に沈めた。


「ッ、敵襲!」


 すぐさま事態を把握した騎士達のうちの二人は、銃弾の来た方へと銃口を向けた。背後の建物の二階だ。

 しかしそれより先にまた、一人倒れる。狙撃手(グレイ)に背を向けていた騎士だった。彼が銃を構えていなかったのは、身を挺して主君を庇っていたから。キルドラグを守る壁が、一つ剥がれた。


 退避しなければならない。しかし逃げる先がない。それに逃げることを優先すれば、この狙撃手は確実に撃ち抜いてくるだろう。

 だが、だからと言って騎士達は応戦することもできなかった。そちらに本腰を入れてしまえば、キルドラグを守れない。

 騎士の犠牲か、主君の安全か。騎士団長が指示するまでもなく騎士達は動き出していた。背後の敵を牽制しつつ、少しは狙いにくくなるであろう路地裏に希望を求めた。たとえ命を落としても、主君を守る盾としての役割を果たせたならば本望。だから退避を決めた騎士達に迷いはなかった。

 ただ、逃げ込む先が問題だった。路地裏の先がどうなっているか次第では、袋小路になる可能性も捨てきれなかったからだ。


 その不安が彼らの動きに遅れを生じさせた。一拍の、けれどこの状況では命取りになる遅れ。

 それを見逃さずに動いたのは、襲撃者ではなかった。


「陛下、何を……!?」


 騎士が戸惑いの声を上げる。キルドラグが彼らを押し退けたからだ。「お下がりください!」必死に止めるも、キルドラグは戻らない。「敵に余を殺すつもりはない」そう断言して、敵の、グレイの潜む建物と向かい合う。


「用があるのだろう? 出てこい。話くらいは聞いてやる」

「陛下……!」

「殺すつもりなら最初の爆発で狙われている。馬車を直接攻撃してこなかったのは余に死なれたら困るからだ」


 自信に満ちた言葉だった。表情は口元を覆うマスクのせいでよく見えないが、その声からはこの状況への不安が微塵も感じられない。


「――…………」


 どうするか――キルドラグの反応に頭を悩ませたのは、騎士ではなくグレイだった。できればなるべく潜んで騎士を着実に減らしていきたかったが、あんなふうに出てこられてしまえばそれも難しくなる。一度でも攻撃すれば、騎士はもう二度とキルドラグに同様の行動を許さなくなるだろう。たとえ主君に意見できずとも、目の前で間違った行動だったと証明されれば騎士達は迷わない。彼らが最優先すべきは主君の無事だからだ。

 騎士はまだ、九人いる。二人は常にキルドラグに張り付いているから自由に動けるのは七人だが、それでも力尽くで引き剥がすにはだいぶ無茶がある。


 隠れられることを承知で一人削るか、それとも何もせずこちらが隠れ続けるか――結果は同じだった。どちらの行動であれ、キルドラグを殺せないということを肯定してしまうことになる。

 逃げられてしまえば、そのままキルドラグを隠されてしまう。動いているのが今いる騎士だけのうちはまだいいが、別働隊と合流する可能性もある。そうなれば自分はキルドラグを追いかけていると思い込まされて、実際は騎士達だけを追っているだなんて事態にもなりかねない。


 ここで確実に捕まえるしかない――グレイはその結論に至ると、ゆっくりと壁から出ていった。窓の前に立てば一斉に騎士達の銃口が睨みつけてくる。しかし、キルドラグが「下ろせ」と指示を出した。


「やはりあやつの連れか。なるほど、余を殺せないわけだ」


 キルドラグはグレイの顔を覚えているようだった。今のグレイは顔の下半分をマフラーで隠しているが、背格好や髪色で十分判断できたのだろう。


「下りてこい。賊に見下されるのは気分が悪い」


 その発言に、グレイは不覚にもジルを思い出した。顔立ちは全く似ていないが、声に少し似た響きがある。しかも発言内容までそっくりなものだから、ぼうっとしていたら聞き間違えていたかもしれない。

 そんなことを思っただなんて知られたら相当怒らせそうだ――グレイはマフラーの下で苦笑を零すと、小銃を背負って窓から軽く飛び降りた。


「これでいいですか?」


 下りろと言ってきたのは単に気分の問題ではなく、上から狙われないようにしたかったからだろうか。しかしグレイにはどうでも良かった。どちらにせよ、キルドラグを捕まえるためには下りなければならなかったからだ。

 しかしながら、キルドラグは従順なグレイのその行動に満足したらしい。隠されていない目元に弧を描き、「一人で来たということは、貴様の独断なのだろう?」と話し始めた。


「よく気が付いたな、余がイリスの企みを看破したことに」

「企みですか?」

「あやつは余を評議員達と同じ目に遭わせようとした。違うか?」


 グレイは何度か目を瞬かせて、「ああ、そういうことですか」と声を落とした。そこにあるのは失望だ。こんな人物の声をジルと似ていると思ってしまったのかと、キルドラグに対してだけではなく自分にも少し情けなさを感じる。


 ジルが同じことを繰り返すわけがない。意味があって敢えてそうすることはあるだろうが、この場合は違う。復讐という悲願を果たすためにそんな手抜きをするはずがない。今ここでキルドラグが自由にしているのは、そうせざるを得なかったからだ。


『王妃の身体の一部を手に入れて、王はどうするのです? 先に仕留めるにしても、あまり時間が取れないと思いますが』


 今回ジルが優先したのは、アルノーを苦しめるためにコルネリアの身体の一部を手に入れること。すると自然、キルドラグのことは後回しになってしまう。

 しかしそれはジルの本意ではないだろう――この計画を聞いた時にグレイが問えば、ジルは『同時には殺さない』と声を低くした。


『折角だから妻が息子に痛めつけられる様くらいは見せてやるがな。だが、そこまでだ。あの男にはもっと別の使い道がある。可能なら捕まえるくらいはしておきたいが、邪魔になるなら後日仕切り直すしかない』


 それは肯定だった。欲しいものを全て同時には得ることができない。今回はローゼスタットで最も堅く守られている二人を相手にしなければならないのだ。誘拐でもできれば良かったが、騎士の目は長くは誤魔化せない。成功したとしても今度はその後の動きが制限されて、ジルが一番に狙うアルノーに剣が届かなくなってしまう。

 だからジルはキルドラグを放置した。キルドラグが緊急避難室に避難する可能性だって勿論考えたはずだし、何だったらキルドラグが言うように、評議員と同じように生き埋めにすることも一度は検討したかもしれない。しかしその上でジルは後回しを選んだのだ。使い回しの方法ではなく、全く別の方法で己の復讐を遂げると決めたのだ。


 避難室から無事に出られた時点で、ジルが全く関与していないことには気付いてもいいだろうに――グレイの目に侮蔑が宿る。その程度しか頭が回らず、更にはそれが間違いだと微塵も思っていないような人間がケイラに不遇な人生を強いたのかと、胸の奥がざらざらとする。


「読み違えておられますね。あの方はそんな芸のないことをなさる方ではありませんよ」

「……賊風情が偉そうに。貴様があれの何を知っている? どうせただ雇われているだけだろう」


 キルドラグが忌々しげに吐き出す。その反応を見て、グレイはおや、と眉を上げた。


「もしかして私をご存知ありませんか? 一応それなりに有名だと思っていたのですが」


 王女を殺害した国賊として手配されているのだから、いくらキルドラグでも自分の顔くらいは知っていると思っていた。だからこそジルの仲間としてすぐに覚えたのだと考えていたのだが、この反応はどうにも違う。

 一応とばかりにグレイはマフラーを少し下ろしてみせたが、訝しげなキルドラグの様子は変わらない。だが一方で、彼を見た騎士達はその顔を怒りに染めた。


「グレイルード・モリナージェ……ケイラ王女を手に掛けた大罪人か!」


 騎士の誰かが言う。その言葉にキルドラグはやっと表情を変えた。変化は乏しいが、しかしその目には確かに情報が繋がった時特有の色がある。

 明らかに今知ったと言わんばかりの反応だった。知ったのは自分の正体だけか、それともこの名前ごとか――グレイは一瞬だけ考えかけたが、すぐに思考を打ち切った。考えずとも答えは出ていたからだ。


「陛下はつくづく御息女のことにはご興味がおありではなかったようですね」


 落胆と、納得と。ジルと共に知ったケイラ誕生の真実は、グレイにキルドラグの態度への疑問を一欠片も抱かせなかった。

 代わりに膨れ上がったのは、ケイラへの想い。自分が騎士として守っていたのはどれだけ虐げられても折れなかった素晴らしい女性なのだと、忠誠心にも似た感情が、グレイの胸を覆い尽くす。


 彼女は決して魔性の子ではなかった。優秀で孤独な弟の唯一の拠り所となり、荒んだこの心を解きほぐしてくれた。

 知らないなら教えてやればいいだけだ。そんな相手に仕えられたことを誇りに思っている男がここにいる。そしてその男が、自分を窮地に陥らせるのだと。


 グレイは穏やかな表情を顔に貼り付けると、恭しく胸に手を当てた。


「改めまして、グレイルード・モリナージェと申します。御息女・ケイラ王女殿下の護衛を務めておりました。今はその弟君・イリス王子殿下の下にて、ケイラ王女の死に関わった者達全てに鉄槌を下すお手伝いをさせていただいております」


 捨てたはずの名を名乗ることにおかしさを感じながら、しかしかつて身に付けた所作で丁寧に名乗る。

 そのグレイの発言に、キルドラグの傍で騎士達がざわついた。騎士の立場では王族のプライベートに関わることはほとんどないが、当時から王宮にいた者はイリス(ジル)が姉であるケイラと親しかったことは察している。ケイラの唯一の味方とも言えるイリスと、他でもない彼女を殺した人間が共に行動しているのはおかしい。

 そこまで気付いた者の頭には、自然と別の考えも浮かんだ。グレイはキルドラグを狙った賊だ。もし彼の発言が正しいのであれば、コルネリアを殺害したのはグレイかもしれないどころか、()()()の可能性もあるのでは――普段は平静を保つはずの騎士の顔が強張る。彼らの目はグレイを注視しながらも、その意識はキルドラグにも向けられていた。キルドラグはコルネリア殺害犯の顔を見ていると知っていたからだ。


 だが、キルドラグが騎士達に答えることはない。周囲の動揺に気付いていないのか、気付いた上で全く気に留めていないのかは、感情の乏しい顔からは見て取ることができない。

 そしてその話し相手であるグレイもまた彼らに注意を払わず、「ローゼスタット王国・キルドラグ国王陛下――」と冷たい声で続けた。


「――ケイラ様の存在を疎んじ、病に苦しむ彼女の身を一切守ろうとしなかったあなたの身柄を、我が主の元にお届けしたく」


 はっきりと言葉にすれば、自然とグレイの視線が鋭くなった。ケイラの死にキルドラグが直接関与していないことは分かっている。ケイラを殺したのはアルノーで、キルドラグはただ無関心だっただけだ。

 だがそれでも、父親としての役割を放棄した人間が腹立たしかった。それどころかコルネリアが守る前は実の娘を殺そうとしていたのだと知って、憎くてたまらなくなった。


 キルドラグを見ていて自身の父の顔までちらつくのは、彼らが同類だと心の何処かで感じているからか。一人の女を愛し、けれどその女本人の意志は無視して。生ませた子供を女の自由を奪う道具として使った父と、目の前の男が同じような生き物だと。イングリッドが実際のところどう思っていたかなど知る由もないのに、無意識のうちに父に対する感情と重ねてしまっているのだろうか。

 考えたが、もはやグレイにはどうでも良かった。ただ、この男を捕らえる。そしてジルに差し出す。自分よりも長い間この男に怒り、そしてその罪を裁こうとしている主君に委ねることで、この復讐は完遂するのだ。


「できると思うのか。仮にも騎士だったならこの者達の実力くらいは分かっているはずだ」


 グレイの言葉を受けてキルドラグが嘲笑する。彼がそう言いたくなる状況なのはグレイにも理解できていた。こうして出てきてしまった以上、キルドラグを守る騎士達と真正面からやり合わなければならない。

 だがもう、それもどうでも良かった。


「復讐なんて理性で考えるものではありませんよ。イングリッド前王妃を想うあまり、赤子のケイラ様を殺そうとしたような方ならご理解いただけるでしょう?」


 結局、人はみんな同じだ。己の欲を制御しきれるかどうかだけ。その手綱を失えば、倫理に反することも、無謀としか思えないことだって躊躇わずにしてしまうのだから。


「この命に替えてでも、あなたをもう一度ジルの前に引き摺り出します。それが私にできる、ケイラ様の弔いです」

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