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果ての銀花と愚者の杭  作者: 丹㑚仁戻
最終章 果ての銀花と愚者の杭
253/268

253. 針先の身命(3/7) - 箱の中

 地下を走る列車の車内は、地上を走っている時と比べてずっと走行音が大きく、ジルの頭の中を激しく揺さぶるようだった。

 そもそもこの列車は遮音性などあまり考慮されていないのだろう。ただ敵地へと兵を送り続けるためだけに造られた線路上を行く車内には、粗末な座席しか設置されていない。ローゼスタットにあるのは軍用列車ばかりだが、それでも普段使われるものは軍の上役も乗ることがあるため、少ないながらもしっかりとした客車が存在するのだ。

 しかし、ここにはそれもない。クッション性の低い座席に置かれた重たい箱はカタカタと小刻みに揺れ、更に車内の騒音を増やす。

 隣に座ってそれを見つめるジルの目には、光がなかった。この場にグレイがいれば、これは思い詰めているのではなく、思考に沈んでいるのだと分かっただろう。だが、ジルの他に車内にいるのは物言わぬ生首だけ。それにもしこの首の持ち主が生きていたとしても、元々の口数の少なさ、そしてジルとの疎遠な関係性から、彼の目に宿る些細な変化は見つけられなかったはずだ。


 だから、誰もジルの思考を邪魔しない。止めない。グレイやイヒカのように、今考えていることは深追いするなと、引き戻す者がいない。そのせいでジルの紺青の瞳はどんどん暗くなり、外気とそう変わらないはずの車内の温度もまた、それ以下に下がっていくようだった。


『だが、真に愚かなのはお前だ。周囲を見下すその目が未熟で曇っていると考えることすらしなかったのだから』


 キルドラグの言葉がジルの頭の中に木霊するのは、それが正しい指摘だと自覚していたからだ。

 何度も間違えた。ケイラが病になってから、何度も己の慢心と過ちに気が付いた。そしてその失敗から学び、同じ轍を踏んではならないと自分自身に言い聞かせてきたつもりだった。

 しかし結局のところ、それは〝つもり〟でしかなかった。家族という関係性にある者に対しての、根拠のない信頼(偏見)。自分で探して見つけた事実は正しいと、途中で疑うことを止めてしまった愚かさ。それらの積み重ねで今、ここには誰もいないのだ。


 それでもジルは止まることはできなかった。この道が間違いでも、既にしてしまったことは消えない。母の本心を知ろうともせず手にかけてしまったし、何より彼女が自身を犠牲にしてまで守っていたケイラはもういない。

 だから、止まれない。止まってしまえば全てが無駄になる。自分がこれまでに奪ってきた命を、不幸にした人々を、その犠牲を、全て無価値にしてしまうから。


「……最後までやってやる」


 それが必要に迫られてのものだとしても。ここまで来て止まってしまえば、それこそこの行為は悪となる。


 復讐は決して正義ではないことは分かっている。自分の中で持て余した激情を別の誰かにぶつけるだけの、ただの暴力だ。


 もし()()を罪だと誰かが言うのなら、全てが終わった後でその責めはいくらでも負おう。手にかけた相手の業のせいで自分を英雄視する者が現れるなら、それは幻想だと、残虐行為を正当化するなと嘲笑おう。


 ここにはただ、身勝手に他者の命を奪った王族がいただけ。己の立場を利用して軍を、そして一人の従者をその遊びに付き合わせた愚か者がいただけ。

 この責めを負うのは、自分一人でいい。


 だから――


「大人しく逃げてなかったら殺す」


 それはもう、できないとは分かっているけれど。もしその身を危険に晒していたならば、二度とそうする気が起こらないほどに暴言を叩きつけてやる。そしてもうこんな奴には構ってはいられないと、こちらに背を向けて好きなように生きればいい。


 ジルは言い聞かせるように呟くと、そっと目を閉じてうるさい走行音に意識を溶かした。



 § § §



 ローゼスタットの王宮地下には緊急避難室がある。外へと繋がる避難経路も勿論存在するが、その外の安全が確認しきれていない場合はこの緊急避難室に退避し、その後の方針を決めるのだ。

 今回騎士達がローゼスタット王・キルドラグをこの緊急避難室に移動させたのは、王宮襲撃の目的がはっきりしないから。一見するとこれまでの治安情勢や景気悪化に不満を募らせた民が暴動を起こし、その勢いのままに王宮を襲撃してきたと考えられる。しかし優秀な騎士達は、この騒ぎはそれだけではないと感じていた。ただの暴動にしては、滅多にないことが重なりすぎていたからだ。


 一つは、王宮にやってきた暴徒が警備を突破するまでの時間があまりに短かったこと。次に、直前にジェライア時計台で評議員達の遺体が見つかっていたこと。そしてもう一つは、王宮に侵入してきた暴徒の動きが全く読めなかったこと。

 これらの出来事には繋がりはないが、仮に繋げるならば、評議員達の遺体が見つかったことで、それまで暴動を起こしていた市民が勢いづいたと見ることができる。そのせいで彼らは王宮までやってきて、想定よりもずっと早く王宮に侵入を試み、各々が好き勝手に王宮内を荒らし始めた――そう、納得することもできる。


 だが、偶然という言葉を使えるのはそこまで。現実には他にも()()()()()()()が重なった。

 王妃が殺害され、その首が奪われた。そもそも王宮の警備がこうも簡単に突破されたのは、本来あるはずの軍の援助がなかったからだ。

 これらの事実が騎士達に、暴徒による王宮襲撃は王妃殺害のための目眩ましだったのではと考えさせたのだ。


 そして王妃殺害犯は王族の避難経路を知っていた。だからこそ騎士達に気付かれることなくその凶行を達成することができたのだ。それらの情報を鑑みれば、今日起こったことは全て何者かが入念に計画したものだと考えることができる。ならば王宮の外にも何か仕掛けてあるのではと、騎士達が懸念するのは当然のことだった。

 だから安全を確認しやすいこの緊急避難室にキルドラグを避難させた。しかし同じ理由で、ここもいつまで安全かは分からない。騎士達は並行して外の情報も集めた。既存の避難経路を使っても問題ないのか、そうでなければ別の道はあるのか。普段は仲間意識を持たない騎士達は、途中で合流した騎士団長の指揮の下、王を守るという目的のために一致団結した。


「――安全確保できました。いつでも退避可能です」


 退路を確保せよと騎士団長に命じられていた騎士の一人が、緊急避難室に戻ってくるなり報告する。キルドラグの近くにいた騎士団長は一歩前へと進み出ると、「王宮の状況は?」と続きを求めた。


「複数箇所で火の手が上がっています。暴徒制圧に人員を割かれ、消火にまでは手が回っていないようです。その暴徒も今は衛兵が主に対処しているせいか、減らす数よりも新たに流れ込んでくる数の方が圧倒的に多いように見受けられます」

「火は退路に影響が出る場所か?」

「いえ、今のところは問題ありません」


 報告を受け、騎士団長が「ふむ……」と視線を落とす。王妃殺害犯がこの緊急避難室にまで手を出すかもしれないと懸念していたが、今もたらされた情報はそれを否定している。単にこの場所の存在を知らないのか、それとも目的が王妃のみだったのかは定かではないが、急いでこの部屋から出る必要はなさそうだ。


「お前達は引き続き避難路の安全確保を。目的を悟られないよう、暴徒制圧もしくは消火活動に見せかけろ。我々はここで軍の応援を待つ」


 これが一番安全だろう、と騎士団長が指示を出す。だが――


「退避だ」


 その声は彼の背後からした。しかし今、そこには一人しかいない。


「陛下……?」


 騎士団長が驚きながらも振り返ると、キルドラグは「軍はまだ来ない」と目を細めた。


「来たとしても、敢えて鎮圧を遅らせる可能性がある」

「何故……――っ、失礼を」


 騎士団長が慌てたのは、騎士には王に意見する資格はないからだ。あるのはその安全確保のために指示を仰ぐことと、避難のために合図を出すこと。意見どころか発言の意図の説明を求めることすら許されていない。

 自らの案がよく分からない理由で却下されたせいで口を滑らせた騎士団長は顔を青ざめさせたが、キルドラグは「良い」と愉快そうに笑った。


「評議員は生き埋めにされていたのだろう? ならあれは同じことを余にもしてくる。火もそのうち余をこの場に外から閉じ込める形で燃え広がるだろう。本人は今手が離せないからな」


 そこにいたのは襲撃され、妻の命を奪われた男ではなかった。何か面白い余興でも見ているかのように、普段は表情の乏しい顔に愉しげな笑みを湛えている。

 その笑みはまるでアルノーを思わせた。よく似た親子なのだから当然だが、それまでの厳しい雰囲気が幾分か和らぐその姿に、アルノーの人当たりの良さを知る騎士達は肩の力を抜いた。

 一つ気になることがあるとすれば、キルドラグが王妃殺害犯をよく知っていそうだということ。しかしながらそれを尋ねる権利は騎士達にない。そして、王たる彼の判断に逆らうことも。


「承知いたしました。では、そのように」


 この緊急避難室から退避するために、騎士団長が周りの騎士に指示を出す。その姿を見ながら、キルドラグは笑みを更に深くした。

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