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太平広記の広義  作者: 光闇居士-Twilight Master


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巻三:神仙(その三)

〜漢の武帝:天上の女神たちと、失われた不老不死の夢〜


古代中国、圧倒的な権力で天下を統べた漢の第七代皇帝・武帝ぶてい。しかし、どれほど巨大な帝国を築き上げようとも、彼にはどうしても手に入れたいものがありました。

それは「永遠の命」――不老不死の仙術です。

これは、絶対的な権力者が神々の領域に触れ、そして人間としての限界に直面する、美しくも残酷なファンタジーの記録です。


誕生の予兆〜選ばれし皇帝〜

武帝が生まれる前、父である景帝けいていは不思議な夢を見ました。雲の中から真っ赤な豚が降りてきたかと思うと、それが霧のような赤い龍へと姿を変え、宮殿の天井をぐるぐると飛び回ったのです。

占い師は言いました。「大吉兆です。この宮殿から、天下を治める偉大な王が誕生するでしょう」


その後、景帝は「神女が太陽を捧げ持ち、それを夫人が飲み込む」という夢を見ます。その14ヶ月後、武帝はこの世に生を受けました。

彼は幼い頃から神童でした。わずか数歳で、古代の聖人たちが残した数万文字にも及ぶ難解な書物を一文字も間違えずに暗唱してみせたのです。7歳で「てつ」と名付けられた彼は、やがて皇帝の座に就くことになります。


七夕の夜、女神の降臨(第一のクライマックス)

即位した武帝は、不老不死の道を熱烈に追い求めました。名山や大川で祈りを捧げ、神仙の降臨を待ちわびる日々。

そんなある日、宮殿に青い衣を着たこの世のものとは思えない美少女がふらりと現れました。彼女は西の最高位の女神・西王母せいおうぼの使いでした。


「あなたが天下の富よりも仙道を求めていると聞き、王母様が心を動かされました。本日から俗世の雑務を絶って身を清めなさい。七月七日、王母様がここへいらっしゃいます」


武帝は狂喜しました。政治を重臣に任せ、宮殿を徹底的に清め、紫の絹を敷き詰め、最高級の香を焚き、天の神を迎えるための豪華な宴の準備を整えました。


そして運命の七月七日、夜更け。

西南の空から、真っ白な雲が湧き上がるように近づいてきました。雲の中からは、美しい笛や太鼓の音楽、そして馬のいななきが響き渡ります。


西王母の到着です。

数千人の仙人たちが、龍や虎、白い麒麟、天馬に乗って空を埋め尽くし、宮殿はまばゆい光に包まれました。西王母自身は紫の雲の車に乗り、九色の斑模様の龍に引かれてやってきました。


玉座に降り立った西王母は、見た目はおよそ30歳ほどの絶世の美女でした。黄金の輝く衣をまとい、腰には宝剣をき、そのオーラは世界の誰よりも気高く、神秘的でした。


三千年の仙桃(天からの贈り物 その一)

武帝がひざまずいて挨拶をすると、西王母は彼を座らせ、天界の絶品料理を振る舞いました。そして、侍女に「桃」を持ってくるよう命じました。


翡翠の皿に乗せられてきたのは、アヒルの卵ほどもある青くて丸い7つの仙桃でした。西王母は4つを武帝に与え、3つを自分で食べました。

その桃は、口に入れた瞬間にとろけるほど甘く、えも言われぬ香りが広がります。武帝はあまりの美味しさに、食べた後の「種」をこっそり懐にしまおうとしました。


西王母が「どうするのですか?」と尋ねると、武帝は「庭に植えて育てようと思います」と答えました。

すると西王母はクスッと笑いました。

「この桃は、三千年に一度しか実を結ばない天界の桃ですよ。 人間の世界の痩せた土地に植えても、決して芽は出ません」

武帝は恥じ入り、種を植えるのを諦めました。


上元夫人の教えと、痛烈な批判

宴の最中、西王母はもう一人の高位の女神である上元夫人しょうげんふじんを呼び寄せました。彼女もまた、千人もの美しい戦乙女たちを引き連れて空から舞い降りてきました。20歳ほどに見える彼女は、燃えるようなオーラを放っていました。


武帝が「どうか不老不死の秘術をお授けください」と懇願すると、上元夫人は冷たく、しかし的確に武帝の「人間のごう」を指摘しました。


「あなたは祈りこそ熱心ですが、その心根には5つの致命的な毒があります」


暴(乱暴): 気性を荒らげ、精神を削っている。


淫(淫欲): 色欲に溺れ、生命力をすり減らしている。


奢(贅沢): 豪華さを求め、魂を濁らせている。


酷(残酷): 他者を痛めつけ、思いやりを失っている。


賊(欲望): 果てなき野望で、心を常に戦わせている。


「これらはすべて、あなたの命を削る刃です。どれほど仙薬を飲もうとも、この5つの毒を捨て、清らかで慈悲深い心を持たなければ、永遠の命など夢のまた夢ですよ」


武帝は床に額をこすりつけ、血を流さんばかりにして謝罪し、心を入れ替えることを誓いました。


究極の秘伝書(第二のクライマックス&天からの贈り物 その二)

武帝の必死の覚悟を見た西王母は、彼を哀れみ、ついに天界の最高機密を授ける決意をします。


「あなたの仙道への情熱だけは本物です。特別にこの宝を与えましょう」


西王母が取り出したのは、紫の錦の袋に入れられた『五嶽真形図ごがくしんぎょうず』。これは、天地を創造した神々が記した世界の真理の地図であり、これを持つ者は大自然の精霊や神々を従えることができるという究極のアイテムでした。


さらに、上元夫人も天界の禁書である『六甲霊飛十二事ろっこうれいひじゅうにじ』という、神仏を呼び出し、姿を消し、空を飛ぶための秘術書を授けました。


女神たちは厳しく警告しました。


「これは天界の宝です。絶対に清らかな心で守りなさい。もし軽々しく他人に漏らしたり、悪用したりすれば、天の怒りに触れ、あなたは破滅するでしょう」


夜明けとともに、女神たちは来た時と同じように、雲と音楽に包まれて天へと帰っていきました。


夢の終わり〜失われた宝と皇帝の死〜

秘伝書を手に入れた武帝。最初の6年間は教えを守り、身を清く保っていました。「これで自分も仙人になれる」と確信した彼は、黄金の箱と白玉のケースを作り、柏梁台はくりょうだいという高い塔の中にその経典を大切に保管しました。


しかし、彼はやはり「人間」であり、「皇帝」でした。

次第に元の欲望が頭をもたげ、再び民衆を苦しませて巨大な宮殿を建てさせ、遠方の異民族を征伐しては血の海を築いてしまったのです。


太初元年十一月。

天の怒りが下りました。

突然の火災が柏梁台を襲い、塔は全焼。黄金の箱も白玉のケースも、そして西王母たちから授かったあの秘伝書も、すべて跡形もなく消え去ってしまいました。女神たちが、資格を失った武帝から宝を取り上げたのです。


その数年後、武帝は病に倒れ、崩御しました。

彼の亡骸は茂陵もりょうに葬られましたが、埋葬された夜、棺桶が内側からガタガタと動き出し、不気味な音が宮殿の外まで響き渡ったといいます。


それから数年後。

見知らぬ商人が、市場で「見事な翡翠の箱と杖」を売っていました。それは間違いなく、死んだ武帝の棺桶の中に一緒に納められたはずの宝物でした。さらに数十年後には、山奥の洞窟から武帝が持っていたはずの巻物が発見されました。


最高位の仙人になる資格を失い、宝を燃やされた武帝。

しかし、神々に触れたその身体は完全に死んだわけではなく、死体だけをこの世に残して魂が抜け出す「尸解しかい」という、低いランクの仙人にだけはなれていたのです。


天下のすべてを手に入れた絶対権力者は、完全なる不老不死の夢には一歩届かず、歴史の闇へと消えていきました。

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