巻二:神仙(その二)
〜周の穆王、燕の昭王、彭祖、魏伯陽の軌跡〜
古代中国の神仙たちの不思議なエピソードを集めた『太平広記』。巻二では、永遠の命や人智を超えた力を追い求めた王たち、そして独自の哲学で仙道に至った者たちの物語が展開されます。現代のファンタジー小説を読むような感覚で、彼らの数奇な運命を覗いてみましょう。
周の穆王〜神々の領域へドライブした王〜
周の第5代王である穆王は、50歳で即位してから104歳になるまで、実に54年間も国を治めた。彼は若い頃から神仙の術に強い憧れを抱いており、「伝説の黄帝のように、世界中のありとあらゆる場所に自分の馬車の轍を残したい」という壮大な夢を持っていた。
彼は「八駿」と呼ばれる八頭の神馬が引く馬車に乗り、天才的な御者である造父に手綱を握らせ、西へと大遠征に出発した。
荒れ狂う弱水(沈む川)を渡る際には、巨大な魚や亀、ワニたちが橋となって彼を助けた。そしてついに、神々の住む崑崙山へとたどり着く。
瑶池での宴
穆王は美しい翡翠の池「瑶池」のほとりで、西の女神である西王母と酒を酌み交わした。
西王母は彼に向けて、こんな歌を詠んだ。
「白い雲が空に浮かび、道ははるか遠く。山と川が私たちを隔てていますが、あなたが死なずにいれば、またここへ来ることができるでしょうか」
穆王はこう返した。
「私は東の国へ帰り、民の暮らしを豊かに平穏にしなければなりません。それが終わったら、三年後にはまたあなたの元へ戻ってきましょう」
その後、穆王は雷首山や太行山を越えて無事に国へ帰還した。
彼が西王母の宮殿で口にした「蜂の巣のような岩の髄」「玉の木の実」「甘い雪」「黒いナツメ」などは、すべて不老長寿の仙薬だった。最終的に、西王母が穆王の宮殿に空から舞い降り、彼を雲に乗せて天へと連れ去ったと言われている。彼が一度国に戻ったのは、人々に「死(終わり)」があることを見せかけるための、仙人なりのパフォーマンスだったのかもしれない。
燕の昭王〜野心に溺れた王の末路〜
燕の昭王もまた、神仙の道に魅入られた一人だった。
仙人である甘需を師と仰ぎ、「欲望を捨て、心を無にして静寂を保てば、必ず道は開ける」という教えを熱心に実践していた。
ある日、仙人が空から舞い降りてきてこう告げた。
「お前の修行の成果を見るため、西王母様が直々に降臨されるだろう」
その一年後、予言通りに西王母が燕の宮殿にやってきた。
西王母は昭王に、炎の神の火起こし術を教えたり、夜を照らす不思議な香油を与えたりした。さらには、火をくわえて飛ぶ「飛蛾」や、夏の暑さを吹き飛ばす「洞光の珠」という魔法のアイテムまで授けた。
失われた静寂
西王母は三度も昭王の元を訪れ、彼を仙人の道へ導こうとした。しかし、昭王は一国の王である。次第に他国を侵略し、領土を拡大するという「世俗の野心」を抑えきれなくなってしまった。
心が戦の興奮や欲望で濁っていくのを見て、師の甘需はため息をついた。西王母も、二度と昭王の前に姿を現すことはなかった。
「王が口にされた西王母様の酒や食事は、人間の食べ物ではありません。すでに不老長寿の資格は得ていたのです。ただ、心を純白に保つことだけが条件だったのに……」
甘需はそう言い残し、一人で天へ昇っていった。
昭王は33年間の治世の末、病気ひとつせずに息を引き取った。その遺体は信じられないほど柔らかく、宮殿中が芳醇な香りに包まれたという。彼は仙人にはなれなかったが、仙薬の恩恵だけはしっかりと受けていたのである。
彭祖〜700年を生きる超現実主義者〜
彭祖は、殷の時代の末期にはすでに767歳になっていたが、見た目は若者のようだった。
名声も派手な服や車も求めず、ひたすら「養生(心身を健康に保つこと)」だけを日課としていた。王から政治に参加するよう頼まれても、いつも病気を理由に断っていた。
彼のライフスタイルは徹底している。特別な魔法を使うわけでもなく、ただ静かに部屋にこもり、朝から昼まで呼吸を整え、自分の体内の気を指先まで巡らせる。少しでも体の調子が悪いと感じれば、呼吸法で患部を治してしまうのだ。
究極のアンチ・ファンタジー
王の命令で「長寿の秘訣」を聞きにきた采女に対し、彭祖はきっぱりと言った。
「空を飛んだり、雲に乗ったり、鳥や獣に姿を変えたりする仙人たちがいるが、私はそんなものになりたいとは思わない。 人間の心を失い、貝や鳥に変わって何が楽しいのか? 私は美味しいものを食べ、美しい服を着て、人間としての喜びを味わいながら、病気もせずに長生きしたいだけだ」
彭祖の説く長寿の秘訣は、とても理にかなっていた。
「寒すぎず暑すぎない環境を作る。美しい音楽や芸術で心を癒す。欲をかかず足るを知る。そして、男女の交わりの極意を知ること。これらはすべて『気を養う』ためのものだが、やりすぎれば毒になる。水や火と同じで、適度にコントロールすることが大切なのだ」
この教えを聞いた殷の王は、彭祖の術を独り占めしようと考え、「この術を他人に教えた者は死刑にする。いっそ彭祖本人も殺してしまおう」と企んだ。
それに気づいた彭祖は、ふらりと姿を消してしまった。王は結局、欲に溺れて自滅するように命を落としたという。
魏伯陽〜毒か薬か、究極の信仰テスト〜
呉の国に生まれた魏伯陽は、名家の御曹司でありながら仙術にハマり、三人の弟子を連れて山奥に引きこもって「神丹(不老不死の薬)」の錬成に没頭していた。
ついに薬が完成した時、魏伯陽は弟子たちの覚悟を試そうと、ある芝居を打った。
「ついに完成したが、まずは犬に食べさせてみよう。犬が空を飛べば人間も飲めるが、もし犬が死んだら失敗作だ」
魏伯陽が薬を犬に与えると、なんと犬は苦しみ出し、コロリと死んでしまった。
弟子たちは顔面蒼白になった。「先生、犬が死にましたが、先生はこの薬を飲むおつもりですか?」
魏伯陽は静かに答えた。
「私は世間を捨てて山に入った。仙道を得られずにのこのこ帰るくらいなら、死んだ方がマシだ。私は飲むよ」
そう言って薬を飲み込むと、魏伯陽もバタリと倒れて死んでしまった。
運命の分かれ道
残された三人の弟子はパニックになった。
しかし、その中の一人(虞という青年)だけは違った。
「先生は常人ではない。この薬を飲んで死んだのには、何か深い考えがあるはずだ。私も先生の後に続こう」
彼は薬を飲み、やはり死んでしまった。
残った二人の弟子は呆れ返った。「長生きしたくて薬を作ったのに、飲んで死ぬなんてバカバカしい。薬を飲まなければ、あと何十年かは普通に生きられるさ」
二人は死んだ先生と弟子のための棺桶を買うため、山を下りていった。
二人の姿が見えなくなると——死んでいたはずの魏伯陽はパチリと目を覚ました。
彼はすぐさま死んでいる弟子と犬の口に薬の残りを放り込んだ。すると、弟子も犬も息を吹き返した。不老不死の薬は、一度「仮死状態」を経ることで真の効果を発揮する本物だったのだ。
見事に仙人となった魏伯陽たちは、山へ木こりに来た男に一通の手紙を託した。
山に戻り、手紙を受け取った二人の弟子は、自分たちの不信仰を深く悔やみ、泣いて地団駄を踏んだという。




