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辛口令嬢は辺境で花開く〜妹に婚約者を奪われ追いやられたので無口で不器用な伯爵と子育てをはじめますからお好きにどうぞ〜  作者: リーシャ


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19/22

19妹すらも浄化する息子は私が育てましたが?

 ディートリッヒと視線を合わせた。言葉はなくても通じ合う「仕方がない、入れるか」という諦めと「適当にあしらおう」という共犯の意思。


「はぁ……門を開けろ」


 ディートリッヒの命令で、重い門がギギギと音を立てて開かれたら豪華な馬車が我が物顔で城の敷地に入ってくる。それを見た城の使用人たちは一気にパニックに陥った。


「お、王太子妃殿下だなんて聞いてないぞ!」


「客間の準備が! シーツはどこ!?」


「料理長! 今日の夕食は猪肉のシチューですが繊細そうな方が食べるでしょうか!?」


「もっと高級な茶葉はないのか!?」


 城の中は大わらわ。メイドたちが廊下を走り回り、執事は青い顔で指示を飛ばしている。普段、質実剛健を旨とするヴァルター伯爵家にとって王族の突撃訪問は天変地異に等しい。馬車から降りたソノアはハンカチで鼻を押さえながら、城を見回した。


「まぁ……なんて古臭くて陰気な城なのかしら。埃っぽいわお姉様、よくこんなところで息ができますわねぇ。ふふ」


 後ろに控えていたメイド頭の顔が引きつるのが見えた。


「歴史の重みも分からないなんて可哀想な感性。空気は王都の澱んだ空気よりずっと澄んでいる。あなたの肺には綺麗すぎて毒かもしれないけれど。ね?」


 笑顔で毒を返すとソノアは「なっ!」と言葉を詰まらせた。ルカスがディートリッヒの足元から恐る恐る顔を出す。


「……フロラティア様、あの人って誰ですか? 怒ってるんですか」


 ソノアの視線がルカスに向く。


「ん?噂の孤児? なんて貧相な……」


「ソノア様」


 続ける前にディートリッヒが彼女の前に立ちはだかった。背中は山のように大きく冷気を放っている。


「私の息子だ。言葉には気をつけられよ」


 声の低さにソノアはヒッと短く悲鳴を上げて後ずさった。剣の柄に手こそかけていないが気迫は次、侮辱したらただでは置かないと告げる。腕に手を添え、にっこりと微笑んだ。


「いつまで玄関で騒いでいるつもり? 歓迎はしないけれど、お茶くらいは出してあげる……毒見が必要ならご自分でなさい?」


 妹の顔が引きつり、城の中は使用人たちの悲鳴にも似た奔走の音で満ちる。貴族の子供、しかも実子を侮辱するなど貴族の頂点たる王妃が一番やってはいけないことだ。呆れて内心笑う。


 天使の微笑みと崩れる虚勢


 城の客間に案内されたソノアは豪華なはずのソファに座りながらも、落ち着きなく扇子を動かしていた。


「見てちょうだいこのティーカップ。縁が少し欠けているわお姉様……あなた本当にこんな生活で満足しているの? 王都に戻ってお父様に泣いて縋れば、もっとマシな縁談を用意してもらえるかもしれないのにっ」


 ソノアが嫌味を並べ立てる横でディートリッヒは石像のように沈黙を貫いている。が、拳は微かに震えていた。優雅に紅茶を啜り、薄く笑う。


「ソノア。欠けは家の長い歴史が刻んだ味よさ。常に新品しか愛せない薄っぺらなあなたには少し高度すぎた? 泣いて縋るなんて私の趣味じゃない。縋るなら強靭な旦那様の腕だけで十分」


 わざとディートリッヒの腕に触れると、彼は一瞬驚いたように見、それから深く溜息をついて引き寄せた。やり取りにソノアが再び顔を赤くして毒を吐こうとした時。


「……あの、これ使います?」


 小さな震える声が響いた。見るとルカスがソノアの膝元まで歩み寄り、大切そうに何かを差し出していた。先日お土産に買ってもらった木製の馬の人形。


「小汚い木の塊」


 ソノアが眉をひそめて拒絶しようとする。しかし、ルカスは怯まずに大きな瞳を潤ませて彼女を見上げる。


「お姉さん、さっきからずっと怒ってるから。これを見てると心がぽかぽかするんです。だからどうぞ。怒っているのが治りますように」


 ルカスの声には一滴の悪意も、計算もなかった。純粋に目の前の綺麗な怖そうな女の人を慰めようとする、幼子の慈愛に満ちていた。

 ソノアの動きが止まる。

 王都での権力争いや虚飾に満ちた夜会では決して出会うことのない、真っ直ぐな善意。彼女は固まり、差し出された木の馬とルカスの顔を交互に見た。


「……別に怒ってなんていない、わ」


 ソノアの声が先ほどまでの刺々しさを失い、少しだけ弱々しい。戸惑いながらも、指先でそっと木の馬に触れる。職人が丁寧に磨き上げた木の肌は思いのほか温かかくて。


「あなたが大切にしているものなのでしょう? 私はいらない」


「でも、お姉さんの綺麗なドレスと同じ色です。似合います、とっても」


 ルカスがはにかんで笑う無垢な笑顔は、鉄壁の毒舌を誇る自分でさえ時に絆されるほど強力なものだ。ましてや、王都のギスギスした人間関係に疲れていたであろうソノアにとって、毒を中和する劇薬のようなものなのかも。


「……生意気な子。王太子妃の私に対して似合うだなんて。で、でも、ま、まぁ。せっかくだから借りておいてあげる」


 ソノアはツンと顔を背けたが手はしっかりと木の馬を握っていた。扇子を振るうのも忘れ、瞳には、ほんのわずかな影。

 寂しさと安堵が混ざったような色が浮かんでいた。様子を横で見ていたディートリッヒが、信じられないものを見るような目でこっちを見た。肩をすくめて耳打ち。


「見た?ディートリッヒ? ウチの小さな天使はあなたの軍隊よりもずっと手強い」


 呆れたように、口元には隠しきれない柔らかな笑みを浮かべてルカスの頭を撫でるとドヤった。


 この子は私が育てました!


 城を包んでいた緊迫した空気はルカスが差し出した小さな木の一片によって、嘘のように和らぎ始めていた。

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