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渇きの境界線  作者: すずはる


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9/12

正義の境界

第9話です!

 レオと再会したのは、冷たい雨の降る夜だった。

 アストラでは珍しい雨だった。

 人々が空を見上げている。

 子どもたちは笑いながら手を伸ばし、路地では老人が静かに雨粒を眺めていた。

 だがシオンには、その雨すら不穏に感じられた。

 軍情報局からの連絡が途絶えて三日。

 明らかに異常だった。

 監視されている。

 そんな感覚が消えない。

 浄水施設から戻る途中、シオンは人気のない高架下で足を止めた。

 気配。

 後ろ。

 反射的にナイフへ手を伸ばす。

「落ち着け」

 低い声。

 聞き覚えがあった。

 闇の中から現れた男を見て、シオンは目を見開く。

「……レオ」

 同期だった。

 軍学校時代、共に情報局へ選ばれた男。

 だが以前より痩せて見える。

 軍用コート。

 濡れた金髪。

 右頬には新しい傷が走っていた。

「久しぶりだな」

「なんでここにいる」

 レオは苦笑した。

「お前を連れ戻しに来た」

 空気が張り詰める。

 雨音だけが響いていた。

「情報局はお前を危険視してる」

「……そうか」

「通信頻度低下。感情反応増加。任務遅延」

 レオは淡々と言う。

「全部監視されてる」

 シオンは小さく目を伏せた。

 やはり。

 情報局は気づいている。

「お前、何を見た?」

 レオが真っ直ぐ問いかける。

 シオンは少し黙った後、静かに言った。

「……全部だよ」

 雨が強くなる。

「プロパガンダ」

「編集映像」

「軍需企業」

「民間人爆撃」

「俺たちがやってきたこと」

 レオは何も言わない。

 ただ静かに聞いていた。

「レオ」

 シオンは低い声で言う。

「俺たち、何を守ってたんだ」

 沈黙。

 しばらくして、レオはゆっくり息を吐いた。

「……知ってた」

 シオンの目が揺れる。

「何?」

「全部じゃない。でも、薄々は」

 レオは壁へ寄りかかる。

「軍需企業が両国へ流してる話も」

「戦争が利益になってる話も」

「情報操作も」

「知ってた」

 シオンは言葉を失った。

「なのに……」

「それでも俺は戻る」

 レオの声は静かだった。

「なぜ」

「国が必要だからだ」

 即答だった。

 シオンは眉をひそめる。

 レオは続ける。

「確かに腐ってる」

「利用されてもいる」

「でも秩序が崩れたら、もっと地獄になる」

 雨音が響く。

「人間は綺麗事だけじゃまとまらない」

「敵が必要なんだよ」

 その言葉は、ヴェルナー少佐と同じだった。

「恐怖があるから社会はまとまる」

「戦争があるから国内は安定する」

「皮肉だけど、それが現実だ」

 シオンは首を振る。

「だから子どもが死んでもいいのか」

 レオの表情が一瞬だけ曇る。

 だが彼は答える。

「良くはない」

「でも戦争ってのはそういうもんだ」

 その言葉を聞いた瞬間、シオンの中で何かが切れた。

「そういうもの?」

 声が低くなる。

「ユウはただ家にいただけだ」

「普通に生きてただけだぞ」

「それでも“必要な犠牲”か?」

 レオは黙る。

 シオンは続けた。

「俺たちは正義だと思ってた」

「でも実際は違った」

「憎しみを作って、人を煽って、戦争を維持してるだけだった!」

 雨が激しく地面を叩く。

 レオは静かにシオンを見る。

「……じゃあ聞く」

「お前はどうする」

 シオンは答えられない。

 レオは一歩近づく。

「国を壊すのか?」

「全部暴くのか?」

「その後どうなる?」

「秩序が崩れる」

「暴動が起きる」

「水供給も止まる」

「人が大量に死ぬ」

 レオの声には怒りではなく、疲労が滲んでいた。

「正義なんて簡単じゃないんだよ」

 シオンは拳を握る。

「じゃあ間違ってても従えってのか」

「違う」

 レオは静かに言う。

「人間社会は、“ある程度の嘘”で成り立ってるって話だ」

 その言葉が重く落ちる。

 シオンは理解してしまう。

 レオは狂っていない。

 本気でそう考えている。

 だから厄介だった。

 国家。

 秩序。

 平和。

 そのために必要な犠牲。

 それは確かに一理ある。

 完全な悪ではない。

 だからこそ、この世界は止まらない。

 レオが小さく息を吐く。

「シオン」

「戻れ」

「まだ間に合う」

「情報局はお前を処分対象へする前に、回収したがってる」

 シオンは静かに首を横へ振った。

「……戻れない」

 レオは目を閉じる。

 数秒の沈黙。

 そして腰の拳銃へ手をかけた。

「なら」

 シオンも同時にナイフを抜く。

 雨の中。

 二人が向かい合う。

 かつて同じ理想を信じていた者同士。

「やりたくなかった」

 レオが掠れた声で言う。

「俺もだ」

 次の瞬間。

 銃声が雨音を切り裂いた。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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